第9話 ママ、大激怒
第9話 ママ、大激怒
「ママ、今日は楽しかったね」
夕方。
ママと恒一が帰ってきた。
玄関を開けた瞬間――。
「おかえりなさーい!」
ひまりが飛び出してくる。
「ただいま」
ママが笑う。
「恒一さんもおかえり!」
「ただいま、ひまりちゃん」
恒一も笑った。
その後ろから、さくらがやってくる。
「おかえりなさい。二人とも、楽しかった?」
「うん」
ママが頷く。
「恒一さんが色々案内してくれてね」
「よかった」
さくらが嬉しそうに笑う。
すずは二人の顔をじっと見た。
「……ママ、笑ってる」
「え?」
「朝より、もっと笑ってる」
ママは少し照れた。
「そ、そう?」
ももはママのところへ駆け寄り、ぎゅっと抱きつく。
「ママ、おかえり!」
「ただいま、もも」
「寂しかった!」
「ごめんね」
ママがももの頭を撫でる。
そして最後に、あんずが現れた。
「おかえりなさい、ママ」
「……」
ママは嫌な予感がした。
「……あんず。何かした?」
「何もしてないよ?」
あまりにも笑顔だった。
「本当に?」
「本当」
「……」
ママは疑いながら家の中へ入った。
そして――。
「え?」
リビングに入った瞬間、目を疑った。
テーブルの上に、たくさんの紙が並んでいる。
『ママと恒一さんが仲良くなる方法』
『偶然を装って同じ場所へ行かせる』
『二人で同じものを食べる』
『肩が触れる距離に座らせる』
『最後は縁結びスポットへ!』
「…………」
ママの顔から笑顔が消えた。
「……あんず?」
「はい」
「これ、何?」
「作戦表」
「誰の?」
「ママと恒一さん」
「…………」
ママの眉がピクッと動いた。
「あなたたち……」
ひまりがそろそろと後ずさる。
さくらも「あ……」と口を開けた。
すずは何かを察したように静かにママを見る。
ももはママの顔を見上げる。
そして――。
あんずだけが、まだ笑っていた。
「ママと恒一さん、もっと仲良くなったほうがいいと思って」
「どうして?」
ママの声が低くなる。
「だって……」
あんずが少し首を傾げる。
「ママには幸せになってほしいから」
その言葉に、ママは一瞬黙った。
けれど――。
「それでも!」
ママがテーブルを指差した。
「勝手にこんなことしちゃダメでしょう!」
「……!」
五人が固まった。
「人の気持ちは、作戦表みたいに決められるものじゃないの!」
「……」
ひまりがしゅんと肩を落とす。
さくらは俯いた。
すずはママの表情をじっと見ている。
ももは不安そうにママの服を握った。
あんずだけは、唇をぎゅっと結んだ。
「……ごめんなさい」
小さな声だった。
ママは深く息を吐く。
「みんなが私のことを心配してくれてるのは分かってる」
五人を見る。
「でもね、ママが誰を好きになるかは、ママが決めることなの」
「……うん」
さくらが頷く。
「ごめんなさい、ママ」
ひまりも目を伏せる。
「私も……ちょっとやりすぎた」
すずは静かにママの隣へ歩いてきた。
そして、そっとママの手を握る。
「……ママ、怒ってるけど、悲しい?」
「え?」
「怒ってる顔の中に、悲しい顔もある」
ママは驚いた。
すずはそのまま、ママの手を握っていた。
「……うん」
ママは正直に答えた。
「ちょっと悲しい」
すると、ももがすぐにママの胸に飛び込んだ。
「ママ、ごめんなさい!」
「もも……」
「ママ、泣かないで!」
「泣いてないよ」
「でも、悲しい顔してる!」
ももはママの頬を小さな手で撫でた。
その姿を見て、ママの怒りが少しずつ消えていく。
「……ありがとう」
ママはももを抱きしめた。
その横で、あんずはずっと黙っていた。
やがて――。
「ママ」
「なに?」
「……ごめんなさい」
あんずが頭を下げる。
「私、ママが一人で寂しくしてるの、嫌だったの」
ママが目を見開く。
「私たちがいるから、ママは幸せだと思ってた」
あんずの声が少し震える。
「でも……ママにも、私たち以外の大切な人がいたらいいのかなって」
「……あんず」
「だから、恒一さんならいいと思ったの」
あんずは顔を上げた。
「優しいし。ママを大事にしてくれそうだから」
ママは何も言わなかった。
そして、五人を順番に見た。
「……みんな」
ママはしゃがみ込んだ。
「ありがとう」
五人が顔を上げる。
「ママは、みんながいてくれるだけで幸せだよ」
「……ほんと?」
ひまりが聞く。
「本当」
「じゃあ、恒一さんは?」
あんずが尋ねる。
ママは顔を赤くした。
「……それは、まだ分からない」
「ふふっ」
あんずが笑う。
「じゃあ、まだ可能性はあるのね」
「そこ!」
ママが指を差す。
「また作戦を始めようとしない!」
「あはは!」
ひまりが笑う。
さくらもつられて笑った。
すずは安心したように目を細める。
ももはママに抱きついたまま笑っている。
神谷家に、いつもの笑い声が戻った。
---
その夜。
子どもたちが寝静まったあと。
ママは一人、台所で湯飲みを片づけていた。
そこへ恒一がやってくる。
「まだ寝てなかったんですね」
「あ……はい」
恒一は少し笑った。
「今日、子どもたちが何かやっていたでしょう?」
「……知ってたんですか?」
「なんとなく」
ママは苦笑した。
「すみません。あの子たち、勝手なことばかりして」
「いいじゃないですか」
「え?」
恒一は穏やかに笑った。
「あなたのことを、それだけ大切に思ってるんでしょうね」
「……」
「俺は、嬉しいですよ」
「何がですか?」
「この家に、あなたたちが来てくれて」
恒一は少し照れたように目を伏せた。
「帰る場所が、前よりずっと温かくなったから」
ママの胸が、ドキンと鳴った。
「……恒一さん」
「はい?」
「……ありがとうございます」
二人はしばらく見つめ合った。
その瞬間――。
廊下の向こうから、
「ママぁ……」
ももの寝ぼけた声が聞こえた。
「どうしたの?」
ママがすぐに駆けていく。
恒一も後を追った。
すると、布団の上で眠そうなももが手を伸ばしている。
「ママ……」
「ここにいるよ」
ママが抱きしめる。
ももは安心したように目を閉じた。
その光景を見て、恒一は優しく微笑んだ。
そして廊下の陰では――。
「……」
四人がこっそり覗いていた。
ひまりが小声で言う。
「なんか、いい感じじゃない?」
さくらが頷く。
「うん……」
すずは二人を見ながら呟いた。
「……恒一さん、ママを見る目が優しい」
あんずは腕を組んで、ニヤッと笑った。
「やっぱり……」
「何?」
あんずは小声で言った。
「脈ありね」
「「「……!」」」
四人が驚く。
そして――。
「次の作戦、考えなきゃ!」
あんずが拳を握った。
「こら!」
ママの声が飛んできた。
五人は慌てて逃げ出した。
「逃げろー!」
「ひまり、走らない!」
「待ってー!」
「ふふっ」
「ママ、怒ってるよ!」
夜の神谷家に、また笑い声が響いた。
怒ったり、泣いたり、笑ったり。
それでも――。
この家には、確かに家族の温かさが育っていた。




