第21話 初めて離れ離れになる親子
第21話 初めて離れ離れになる親子
コンコン。
玄関の扉が、もう一度叩かれた。
五人は息をひそめていた。
「……誰?」
ひまりが小声で聞く。
さくらはそっと玄関に近づいた。
「私が出る」
「気をつけてね」
すずが後ろから声をかける。
ももは不安そうにママの代わりにさくらの服を握った。
あんずは玄関脇から外を覗く。
そこに立っていたのは、昨日とは別の男性だった。
「神谷さんのお宅ですよね?」
「……はい」
さくらが答える。
「少し確認したいことがあります」
「何ですか?」
男性は書類を見せた。
「この家についてです」
その瞬間――
「やっぱり……」
あんずが呟いた。
* * *
しばらくして、ママと恒一が帰ってきた。
「ただいま」
玄関を開けた瞬間。
五人が一斉に走ってくる。
「ママ!」
「おかえり!」
「大丈夫だった?」
ママは五人を抱きしめる。
「ただいま。大丈夫よ」
しかし、その顔には疲れが出ていた。
恒一も靴を脱ぎながら言う。
「話を聞いてきた」
五人が恒一を見る。
「どうだった?」
さくらが聞く。
恒一は少し黙った。
「……しばらく、この家を離れないといけないかもしれない」
「え?」
ママの顔が青ざめる。
「調査が終わるまで、一時的に別の場所で生活してほしいと言われた」
「いつ?」
「明日」
「明日……?」
ママの声が震えた。
* * *
「嫌!」
ももが叫んだ。
「ママと離れたくない!」
ママにしがみつく。
「離れないよ」
「絶対?」
「絶対」
しかし、ママ自身も不安だった。
ひまりは部屋を走り回る。
「じゃあ荷物全部持っていこう!」
「ひまり、落ち着いて!」
「でも家がなくなるかもしれないんでしょ!」
「まだ決まったわけじゃない」
さくらが必死に説明する。
けれど、自分にも言い聞かせているようだった。
すずは窓の外を見る。
「……この家、寂しくなるね」
小さな声。
あんずは何も言わず、家の中を見回していた。
「……」
* * *
翌朝。
家の中には段ボールが並んでいた。
ママは荷物をまとめている。
「これ、持っていくね」
さくらが箱を抱える。
「私も!」
ひまりが大きな箱を持ち上げた。
「ひまり、それ重いよ!」
「大丈夫!」
一歩歩く。
「……重い」
「だから言ったでしょ!」
ひまりは箱を床に置いた。
「でも、持っていきたい!」
すずはアルバムを大切そうに抱えている。
「これは絶対持っていく」
「うん」
ももはママの服を握ったまま離れない。
「ももも手伝う」
「じゃあ、この小さい袋をお願い」
「うん!」
一生懸命、袋を運ぶ。
あんずは――
一枚の写真を手に取っていた。
五人とママが笑っている写真。
「……」
あんずは写真を胸に抱いた。
* * *
昼。
家の外に車が止まった。
「そろそろ行こう」
恒一が言う。
ママが五人を見る。
「みんな、忘れ物はない?」
「ない!」
さくらが答える。
「全部確認した」
「私も!」
ひまりが手を上げる。
「おやつも持った!」
「それは確認しなくていいの」
ママが笑う。
すずは家を見上げる。
「……また戻ってこられるよね?」
「うん」
ママは答えた。
「きっと戻れる」
* * *
ところが――
車に乗ろうとしたとき。
「待ってください」
先ほどの男性がやって来た。
「申し訳ありません」
「……?」
「手続き上の都合で、お子さんたちは別の場所で一時的に過ごしてもらう必要があります」
「え?」
ママの顔が固まる。
「そんな……」
「安全のためです」
「でも、この子たちは私と――」
「ママ!」
ももが泣き出した。
「ママと一緒がいい!」
ひまりも叫ぶ。
「私も!」
さくらがママの手を握る。
「私たち、ちゃんとするから!」
すずの目にも涙が浮かぶ。
「ママ……」
あんずは唇を噛んだ。
「……どうして?」
ママは五人を抱きしめる。
「大丈夫」
「嫌!」
「大丈夫だから」
ママ自身の声も震えていた。
「少しだけ離れるだけ」
「少しって、どれくらい?」
あんずが聞く。
ママは答えられなかった。
* * *
車が二台に分かれることになった。
ママと恒一。
五人は別の車。
「ママ!」
ももが泣きながら手を伸ばす。
「もも!」
ママも手を伸ばす。
「すぐ会えるから!」
「絶対だよ!」
「絶対!」
ひまりが窓を開ける。
「ママーー!」
さくらがひまりを抱きしめる。
「大丈夫!」
すずは黙ってママを見つめる。
その目から涙が一粒落ちた。
あんずは何度も振り返る。
「ママ!」
「うん!」
「絶対、迎えに来て!」
「……もちろん!」
二台の車が別々の方向へ走り出した。
ママは何度も振り返った。
五人も窓から身を乗り出すようにしてママを見ていた。
やがて――
姿が見えなくなった。
「……」
ママは唇を噛んだ。
恒一がそっと声をかける。
「大丈夫」
「……うん」
「必ず会える」
ママは頷いた。
でも――
目には涙が溢れていた。
* * *
五人を乗せた車。
ひまりは窓の外を見ている。
「ママ、見えなくなっちゃった……」
さくらがひまりの手を握る。
「大丈夫」
「本当に?」
「うん」
すずは膝の上のアルバムを開いた。
ママとの写真を見る。
「ママは、ここにいるよ」
ももは写真に触れる。
「ママ……」
あんずは窓の外を見つめていた。
そして――
小さく拳を握った。
「……私たちが、ママを迎えに行く」
「え?」
「待ってるだけじゃない」
あんずの目に、いつものいたずらっぽさはなかった。
「私たちの家族なんだから」
五人は顔を見合わせる。
さくらが頷いた。
「うん」
ひまりも拳を握る。
「ママを探す!」
すずが微笑む。
「きっと見つけられるよ」
ももは涙を拭いた。
「ママに会いたい」
五人は手を重ねた。
「絶対に、もう一度一緒になる」
* * *
一方――
ママは一人、窓の外を見ていた。
「……みんな」
恒一が静かに運転する。
「大丈夫だ」
「うん……」
ママは涙を拭く。
「でも……」
「?」
「私、あの子たちと離れて、初めて分かった」
恒一が黙って聞く。
「私にとって、あの子たちは……」
ママの声が震える。
「ただ守るだけの存在じゃない」
そして――
「私の家族なんだって」
恒一は静かに頷いた。
「俺も同じだよ」
「……え?」
「俺にとっても、あの五人はもう家族だ」
ママは恒一を見る。
二人の間に、静かな決意が生まれた。
必ず――
五人を取り戻す。
そして、もう一度。
みんなで笑える家に帰る。
その頃、別の場所では――
五人もまた、ママを探す決意を固めていた。
初めて離れ離れになった親子。
その距離は、まだ遠い。
でも――
家族の心は、離れていなかった。




