第19話 ママには幸せになってほしい
第19話 ママには幸せになってほしい
「ママ!」
朝から、ひまりの声が家中に響いた。
「どうしたの?」
「今日はみんなで出かけよう!」
「どこに?」
「内緒!」
「……」
ママが五人を見る。
さくらは少し緊張した顔。
すずはにこにこ。
ももはママの手を握っている。
そして、あんずは――
妙に自信満々だった。
「今日は、ママのための日だから」
「私の?」
「うん!」
「何をするの?」
「あとのお楽しみ!」
ひまりが笑う。
「なんとかなるよ!」
「その言葉、今日はちょっと不安なんだけど……」
* * *
五人に連れられてやって来たのは、近所の公園だった。
「ここ?」
ママが周りを見渡す。
「うん!」
さくらが大きなレジャーシートを広げる。
ひまりは持ってきた袋を開けた。
「お弁当!」
「いつの間に作ったの?」
「昨日!」
「……ひまりが?」
「私は食べる係!」
「でしょうね」
ママが笑う。
すずは木陰に座っている。
ももはママの隣にぴったり。
あんずは、紙袋から何かを取り出した。
「はい、ママ」
「これは?」
小さな花束だった。
「みんなで選んだの」
ママは目を丸くした。
「……私に?」
「うん」
あんずが笑う。
「いつもありがとうって」
ママは花束を受け取った。
「ありがとう……」
胸が温かくなる。
「でも、どうして急に?」
あんずは少し考えてから答えた。
「昨日、みんなで話したの」
「何を?」
五人が顔を見合わせる。
そして、さくらが口を開いた。
「ママには、幸せになってほしいって」
ママは黙った。
* * *
「私ね」
さくらが続ける。
「ママが私たちのために頑張ってるの、ずっと見てきた」
ママは黙って聞いている。
「ご飯を作ってくれて」
「洗濯もしてくれて」
「怒るときはちゃんと怒ってくれて」
「泣いたときは抱っこしてくれて」
さくらは少し照れながら笑った。
「だから今度は、私たちがママを笑わせたい」
「……」
ひまりが手を挙げる。
「私も!」
「ひまりは何をしてくれるの?」
「ママをいっぱい笑わせる!」
「それは期待できそう」
「あと、おいしいものをいっぱい食べる!」
「それはあなたでしょ」
二人で笑う。
すずが静かに言った。
「私はね」
「うん」
「ママが寂しいとき、すぐ気づける人になりたい」
ママはすずを見る。
「すず……」
「ママが笑ってても、本当は悲しいときがあるから」
すずはママの手を握った。
「そういうとき、そばにいたい」
ママはその小さな手を握り返した。
「ありがとう」
ももは何も言わず、ママに抱きついた。
「私は……」
「うん?」
「ずっとママと一緒にいる」
「……」
「ママがどこに行ってもついていく」
「もも……」
「ママが寂しくならないようにする」
ママはももを抱きしめた。
「ありがとう」
最後に――
あんず。
「私も、ママに幸せになってほしい」
「うん」
「だから、もう勝手に恋愛作戦はしない」
ママが驚く。
「本当?」
「うん」
あんずは少しだけ寂しそうに笑った。
「ママが誰を好きになるかは、ママが決めることだから」
そして――
「高橋さんでも」
「……」
「恒一さんでも」
「……」
「誰でもなくても」
あんずは笑った。
「ママが幸せなら、それでいい」
* * *
ママの目から、涙がこぼれた。
「……どうして?」
五人が不思議そうに見る。
「どうしてみんな、そんなに優しいの?」
ひまりが首を傾げる。
「ママが優しいからじゃない?」
「……」
さくらが笑う。
「ママが私たちにしてくれたことだから」
すずが続ける。
「優しさは、もらったら誰かに返したくなるんだよ」
ママは五人を抱きしめた。
「……ありがとう」
五人もママに抱きつく。
「ママ、大好き!」
「私も!」
「大好き!」
「ずっと一緒!」
公園に五人の声が響いた。
* * *
その日の帰り道。
ママたちはゆっくり歩いていた。
「今日は楽しかったね」
「うん!」
ひまりが走り出す。
「ママ、競争!」
「ちょっと、道路では走らないの!」
さくらが追いかける。
「ひまり、待って!」
すずは二人を見ながら笑う。
ももはママの手を握って歩いている。
あんずは少し後ろから、ママの背中を見つめていた。
「……」
そのとき。
ママのスマホが鳴った。
「もしもし?」
少し話したあと、ママの表情が変わった。
「……はい」
電話を切る。
「ママ?」
すずが気づく。
「どうしたの?」
「……ううん」
ママは笑おうとした。
「ちょっと、家のことで連絡があっただけ」
「家?」
さくらが聞く。
「うん」
ママは少し黙った。
「今度、少し話し合わないといけないみたい」
「何を?」
「それは……」
ママは五人を見る。
「まだ分からない」
* * *
その夜。
恒一が帰宅すると、ママはいつもより静かだった。
「どうした?」
「今日、ちょっと連絡があって……」
ママが話す。
恒一は真剣に聞いていた。
「そうか」
「まだ何も決まってないんだけど」
「一人で抱えなくていいよ」
「……ありがとう」
その会話を、廊下で五人が聞いていた。
ひまりが不安そうにママを見る。
「何かあったの?」
さくらはひまりの肩に手を置いた。
「まだ分からないって言ってたよ」
すずは静かに目を伏せる。
「でも……」
ももはママのところへ行こうとする。
あんずがそっと止めた。
「今は、待とう」
「……うん」
五人は黙って頷いた。
* * *
翌朝。
ママはいつものように朝食を作っていた。
「いただきます!」
ひまりが元気よく食べ始める。
「おいしい!」
さくらが笑う。
「ひまり、昨日もいっぱい食べたでしょ」
「今日も食べる!」
すずはママを見つめる。
ももはママの袖を握る。
あんずは何も言わず、ママの隣に座った。
ママが笑う。
「みんなどうしたの?」
あんずが小さく答える。
「何でもない」
そして――
五人はそれぞれ思っていた。
何が起きても。
ママを一人にはしない。
この家族を守る。
その気持ちは、五人とも同じだった。
ただし――
その日の午後。
家の前に、一台の車が止まった。
「……?」
ママが窓から外を見る。
知らない男性が車から降りる。
そして、家の玄関へ向かってくる。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
ママが玄関へ向かう。
「はい……」
扉を開ける。
男性はママを見ると、静かに頭を下げた。
「突然すみません」
「……どちら様ですか?」
男性は一枚の書類を差し出した。
「この家について、お話があります」
ママの顔から笑顔が消えた。
その後ろで――
五人も固まった。
「ママ……?」
誰もまだ知らなかった。
この一本の電話が――
家族を揺るがす、大きな出来事の始まりになることを。




