第17話 ママが泣いた夜
第17話 ママが泣いた夜
その日の夕方。
ママは台所で夕飯を作っていた。
「ママ、手伝う!」
ひまりが元気よく入ってくる。
「じゃあ、これ切ってくれる?」
「任せて!」
ひまりは包丁を持とうとする。
「待って。危ないから、これは私がやる」
さくらがすぐに止めた。
「じゃあ、私が何かする!」
「お皿を並べてくれる?」
「分かった!」
ひまりは嬉しそうに皿を並べ始めた。
すずはテーブルの上を整えている。
ももはママの足元に座っている。
「ママ」
「ん?」
「今日、一緒に寝る?」
「もちろん」
ももは嬉しそうに笑った。
その様子を、あんずが少し離れたところから見ていた。
「……」
今日は、いつものように恋愛作戦を考えていなかった。
* * *
夕飯の時間。
五人が楽しそうに話している。
「今日ね、私、外で猫を見たの!」
ひまりが身振り手振りで話す。
「どんな猫だったの?」
「すっごく大きかった!」
「熊五郎みたい?」
「熊五郎よりちょっと小さかった!」
「それ、かなり大きいね」
ママが笑う。
その笑顔を見て、すずがじっとママを見る。
「……ママ」
「なに?」
「今日、少し疲れてる?」
ママの手が止まった。
「そうかな?」
「うん」
すずは小さく首を傾げた。
「笑ってるけど……ちょっとだけ悲しい顔してる」
ママは一瞬黙った。
「……大丈夫よ」
そう言って笑った。
でも――
その笑顔は、いつもの笑顔とは少し違った。
* * *
夜。
五人が寝静まったあと。
ママは一人で縁側に座っていた。
月明かりが庭を照らしている。
「……」
膝の上には、古いアルバム。
ページをめくる。
五人が小さかった頃の写真。
笑っている顔。
泣いている顔。
ママに抱きついている姿。
「みんな、大きくなったな……」
ママは微笑む。
けれど、その目には涙が浮かんでいた。
「私……」
小さく呟く。
「ちゃんと幸せになれてるのかな」
今まで、五人を育てることだけを考えてきた。
自分のことは後回し。
やりたいことも。
行きたい場所も。
恋愛も。
全部、いつかでいいと思っていた。
「……今さら、私が誰かを好きになるなんて」
涙が一粒、頬を伝った。
そのとき。
「……ママ?」
背後から声がした。
振り返ると――
ももが立っていた。
「どうしたの?」
ももは何も言わず、ママのところへ走ってきた。
そして、ぎゅっと抱きついた。
「ママ、泣いてる」
「……」
「痛いの?」
「違うよ」
「悲しいの?」
ママは答えられなかった。
ももはママの顔を両手で包んだ。
「ママ」
「ん?」
「ももがいるよ」
その言葉に、ママの涙がまたこぼれた。
「……うん」
「ずっといるよ」
「……ありがとう」
ママはももを抱きしめた。
すると――
「ママ?」
「……?」
今度はさくら。
その後ろから、ひまり、すず、あんずも顔を出した。
「みんな……」
ひまりが慌てて走ってくる。
「ママ、泣いてる!」
「大丈夫よ」
「大丈夫じゃない!」
ひまりはママの膝に乗った。
「私、ママを笑わせる!」
「ひまり……」
「変な顔する!」
ひまりが思い切り変な顔をする。
ママは思わず笑った。
「ふふっ……」
「笑った!」
ひまりが嬉しそうに叫ぶ。
さくらも隣に座った。
「ママ」
「うん」
「無理して笑わなくていいよ」
ママがさくらを見る。
「泣きたいときは、泣いていいんだよ」
「……」
すずもママの手を握る。
「悲しい気持ちも、ちゃんと大事だから」
あんずは少し離れたところに立っていた。
いつものように「恋だよ」とは言わない。
ただ、ママを見ていた。
そして――
「ママ」
「なに?」
「私たち、ママに幸せになってほしい」
「……うん」
「でも、誰と幸せになるかは、ママが決めていいよ」
ママの目から、また涙がこぼれた。
「……あんず」
「だって、ママの人生だもん」
あんずは少し照れながら笑った。
「私たちは、ママの応援団だから」
五人がママの周りに集まる。
「ママ、大好き!」
「私も!」
「私も!」
「ずっと一緒!」
ママは五人を抱きしめた。
「ありがとう……」
涙を流しながら笑った。
「私、幸せだよ」
五人が顔を上げる。
「みんながいるから」
* * *
少し離れた廊下。
恒一は立っていた。
偶然、縁側から聞こえてきた声。
ママの泣き声。
五人の声。
恒一は何も言わず、その場を離れようとした。
すると――
「恒一さん」
すずが立っていた。
「……」
「聞いてた?」
「ああ」
恒一は苦笑する。
「ごめん」
「ううん」
すずは首を振った。
「恒一さんも、ママのこと心配してる?」
「……してるよ」
「じゃあ」
すずが笑う。
「明日は、ママを笑わせてあげて」
恒一は少し驚いた。
そして、優しく笑った。
「分かった」
* * *
翌朝。
「ママ!」
ひまりが飛び込んでくる。
「今日は朝から元気だね」
「今日は恒一さんが朝ご飯作るんだって!」
「え?」
ママが振り返る。
台所には恒一。
「おはよう」
「どうして?」
「たまには俺が作ろうと思って」
「……」
テーブルには、少し不格好なおにぎり。
ひまりが一つ取る。
「いただきます!」
ぱくっ。
「……」
全員が見つめる。
「どう?」
ひまりが真剣な顔をする。
そして――
「しょっぱい!」
「……」
恒一が固まる。
ママが吹き出した。
「ふふっ……!」
ひまりも笑い出す。
「恒一さん、塩入れすぎ!」
「そんなに?」
さくらも一口食べる。
「……うん。ちょっとしょっぱい」
すずが笑う。
「でも、優しい味」
ももがママを見る。
「ママ、笑ってる」
「うん」
あんずが満足そうにうなずいた。
「作戦成功」
ママが振り返る。
「あんず?」
「……あ」
「作戦は禁止って言ったよね?」
「忘れてた!」
「こらー!」
朝の家に笑い声が響く。
ママは笑いながら思った。
昨日まで、自分の幸せが何なのか分からなかった。
でも今は――
この家で。
この子たちと笑っている時間が、とても大切だった。
そしてその中に――
少しずつ、誰かを想う気持ちが芽生え始めていることにも。
まだ、気づかないふりをしていた。




