第16話 作戦、大失敗!
第16話 作戦、大失敗!
翌朝。
「ママ、おはよう!」
ひまりが元気よく飛び込んできた。
「おはよう」
ママが朝食を並べていると、さくらが手伝いに来る。
「ママ、お皿こっちに置くね」
「ありがとう、さくら」
ももはママの隣にぴったりくっついている。
「ママ、今日も一緒にいてね」
「もちろん」
すずは黙って窓の外を見ていた。
そして――
あんずは一枚の紙を握っていた。
そこには、
『恋愛応援作戦・第二弾』
と書かれている。
「……あんず」
ママが気づいた。
「何それ?」
「あ、これは……」
あんずは紙を背中に隠した。
「何でもないよ」
「昨日のこと、もう忘れたの?」
「忘れてない」
「じゃあ、変な作戦はやめてね」
「……はーい」
あんずは笑った。
だが――
その目は全然諦めていなかった。
* * *
朝食後。
五人だけの秘密会議。
「作戦を変更します」
あんずが宣言した。
ひまりが手を挙げる。
「何をするの?」
「高橋さんじゃない」
「え?」
「恒一さんを応援するの」
すずが静かにうなずいた。
「昨日、寂しそうだった」
さくらは腕を組んだ。
「でも、恒一さんがママを好きって決まったわけじゃないよ」
「でも!」
あんずが紙を広げる。
「好きじゃなかったら、あんな顔しないと思う」
「どんな顔?」
「……ちょっと寂しい顔」
すずが答える。
ひまりが考える。
「じゃあ、恒一さんにも恋人を作る?」
「違う!」
さくらが即座にツッコんだ。
「ママと恒一さんがどう思ってるかは、二人の問題なの!」
「じゃあ、どうするの?」
「……」
さくらは困った。
すると、あんずが笑った。
「二人が話す時間を作る」
「それなら……」
さくらも少し考える。
「いいかもしれない」
「決まり!」
ひまりが立ち上がる。
「私、頑張る!」
「ひまりは何するの?」
「二人を二人きりにする!」
「……嫌な予感」
* * *
その日の夕方。
恒一が帰宅した。
「ただいま」
「おかえり!」
五人が一斉に玄関へ走る。
「今日はどうしたんだ?」
恒一が笑う。
「いつもより静かだな」
実は――
五人は妙におとなしくしていた。
「今日はママが夕飯作ってるよ!」
ひまりが言う。
「そうか」
「恒一さん!」
あんずが近づいた。
「今日はママと一緒にご飯食べてね」
「え?」
「私たちは別の部屋で食べるから」
恒一が目を丸くする。
「なんで?」
「たまには大人だけで話したほうがいいから!」
「……」
恒一は苦笑した。
「君たち、本当に変なところで大人びてるな」
* * *
夕食。
テーブルにはママと恒一だけ。
「……」
「……」
二人とも妙に緊張していた。
「今日は……静かですね」
ママが笑う。
「うん」
恒一も笑った。
「五人がいないだけで、こんなに静かになるんだな」
「いつも騒がしいですからね」
二人で笑う。
しばらくして、恒一が言った。
「この前、高橋さんと会ったんだって?」
「……はい」
「楽しかった?」
「うん。すごく優しい人でした」
「そうか」
恒一はうなずく。
ママは恒一の顔を見る。
「……恒一くんは?」
「俺?」
「何か言いたいことがあるんじゃない?」
「……」
恒一は少し黙った。
「いや」
そして笑う。
「ママが楽しそうなら、それでいいと思ってる」
その言葉に、ママは少し驚いた。
「……ありがとう」
「うん」
二人の間に、穏やかな空気が流れる。
その瞬間――
ガタン!
隣の部屋から大きな音がした。
「……」
二人が同時に振り返る。
「何の音?」
「さあ……」
* * *
隣の部屋。
「痛い!」
ひまりが床に転がっている。
その上にはクッション。
さらにその上には――
もも。
「もも、重い!」
「ひまりが押したから!」
「だって見えなかったんだもん!」
さくらが頭を抱える。
「もう……静かにしてって言ったでしょ!」
すずは困った顔で二人を見る。
あんずは――
「計画通り……」
と言いかけた。
その瞬間。
襖が開いた。
「お前たち……」
恒一が立っていた。
「……何してる?」
五人が固まる。
「……」
「……」
「……作戦会議?」
あんずが答えた。
「やっぱりか」
恒一は苦笑した。
* * *
翌日。
今度は、さくらが考えた。
「今日は私がちゃんとやる」
さくらは朝から家の掃除を始めた。
「ママは休んでて」
「え?」
「今日は私たちが家事をするから」
ひまりも張り切る。
「私、洗濯する!」
「ひまり、洗剤は入れすぎないで!」
「分かった!」
ドバドバドバ。
「入れすぎ!」
「えへへ」
すずはタオルを畳む。
ももはママの隣で掃除機を押す。
「ももも手伝う!」
「ありがとう」
そしてあんずは――
恒一にメッセージを書いていた。
『今日はママにありがとうって言ってね』
恒一はそれを見て苦笑した。
「……君たちは本当に」
そのとき。
掃除機のコードにひまりの足が引っかかった。
「あっ!」
ガシャーン!
花瓶が倒れる。
「ひまり!」
さくらが走る。
ももが驚いて泣きそうになる。
「ママ!」
すずがすぐにももの手を握る。
「大丈夫だよ」
あんずは慌てて雑巾を持ってくる。
「ごめんなさい!」
家中が大騒ぎになった。
ママは思わず叫んだ。
「もう、みんなやめて!」
五人が固まった。
「ママ……」
「私のために、無理しなくていいの」
ママはしゃがみ込み、五人と目を合わせた。
「恋って、誰かが作ってあげるものじゃないでしょう?」
「……」
「私が誰を好きになるかも、誰が私を好きになるかも……」
ママは優しく笑った。
「それは、私たち自身が決めることだから」
あんずが俯いた。
「……ごめんなさい」
「うん」
「また、勝手に作戦立てちゃった」
「でも……」
あんずは顔を上げた。
「ママに幸せになってほしい」
ママはあんずを抱きしめた。
「それだけで十分嬉しいよ」
ひまりも飛びつく。
「私も!」
さくらも笑う。
「私もママが幸せなら嬉しい」
すずが静かに言う。
「ママが笑ってるのが、一番好き」
ももはママにぎゅっと抱きついた。
「ママ、大好き!」
「私もみんなが大好き」
五人とママは抱き合った。
* * *
その日の夜。
恒一は一人で台所に立っていた。
そこへ、すずがやってくる。
「恒一さん」
「ん?」
「ママのこと、好き?」
恒一の手が止まった。
「……」
すずはじっと見つめる。
「答えなくてもいいよ」
そして、小さく笑った。
「でも、ママが誰かを好きになっても……恒一さんが寂しそうにしなくていいんだよ」
恒一は驚いた。
「すず……」
「ママは、恒一さんのことも大切だから」
そう言って、すずは部屋へ戻っていった。
恒一は一人、静かに笑った。
「……参ったな」
そして――
自分の胸に手を当てる。
「俺、やっぱり……」
その先の言葉は、まだ口にできなかった。
* * *
翌朝。
食卓を見ると――
また紙が貼ってあった。
『恋愛応援作戦・第三弾』
ママは無言で紙を破った。
「……あんず」
「はい」
「もう作戦は禁止」
「……はい」
ひまりが笑う。
「じゃあ、作戦じゃなければいいんだ!」
「ひまり?」
「自然に二人をくっつければ――」
「それも禁止!」
「えー!」
家中に笑い声が響いた。
恋愛作戦は――
見事に失敗した。
でも五人は、ひとつだけ学んだ。
人の恋は、作戦では動かせない。
……ただし。
五人が諦めたとは限らない。
「次は自然にいこう」
あんずが小声で言った。
「聞こえてるわよーーー!」
ママの叫び声が、朝の家に響いた。




