第15話 子どもたちの恋愛応援作戦
第15話 子どもたちの恋愛応援作戦
「これは何?」
朝。
ママは食卓に貼られた紙を見つめていた。
紙の一番上には、大きな文字。
『ママの恋愛応援作戦』
その下には、
『作戦その一 ママをきれいにする』
『作戦その二 素敵な男性と二人きりにする』
『作戦その三 恋のきっかけを作る』
『作戦その四 告白を待つ』
そして最後に――
『作戦その五 イケメンの家に引っ越す』
「……」
ママのこめかみに青筋が浮かぶ。
「誰がこんなもの作ったの?」
全員があんずを見る。
「……私です」
あんずは胸を張った。
「やっぱり……」
ママが深いため息をつく。
「この前、勝手に作戦を立てて怒られたでしょ?」
「うん」
「じゃあ、なんでまた?」
あんずは少し黙った。
そして、ママの手を握る。
「だって……」
「……」
「ママにも、ドキドキする時間があってほしいから」
ママは言葉を失った。
すると、さくらが横から口を開く。
「私も手伝うよ」
「さくらまで?」
「でも、今回はママの気持ちを勝手に決めない」
さくらは真剣な顔をしていた。
「ママが嫌なら、すぐやめる」
「……」
ママは五人を見る。
ひまりはすでにやる気満々。
すずは静かに微笑んでいる。
ももはママの腕にしがみついている。
あんずは期待の目で見ている。
「……分かった」
「やったー!」
ひまりが飛び上がった。
「ただし!」
ママが指を一本立てる。
「無理やり誰かとくっつけようとするのは禁止!」
「はーい!」
五人が声をそろえた。
……その返事が妙に怪しかった。
* * *
まず最初に動いたのは、さくらだった。
「ママ、これ着て」
「え?」
さくらが持ってきたのは、少しきれいめな服だった。
「いつも家のことばかりしてるから、今日は少しおしゃれしよう」
「でも……」
「大丈夫。私が選んだの」
ママは服を受け取った。
「ありがとう」
その横で、ひまりがママの髪を触る。
「ママ、髪もやろう!」
「ひまり、引っ張らないで!」
「ごめん!」
ひまりは笑いながら逃げる。
すずは鏡の前に立つママをじっと見た。
「ママ」
「ん?」
「今日のママ、嬉しそう」
「……そう?」
「うん」
ママは鏡を見る。
少しだけ照れた。
「……なんか、恥ずかしいな」
すると、ももがママの手を握った。
「ママ、かわいい」
「ありがとう、もも」
ももは満足そうに笑った。
そして最後に、あんずが腕を組んでうなずく。
「完璧ね」
「何が?」
「恋するママ」
「だから、私はまだ恋してないってば!」
* * *
その日の午後。
ママは用事で外へ出ることになった。
すると――
「ママ!」
五人が一斉に玄関までついてくる。
「今日は一緒に行くの?」
「うん!」
「なんで?」
あんずがにっこり笑った。
「偶然を作るの」
「……嫌な予感しかしない」
* * *
商店街。
ママが歩いていると――
「あ!」
ひまりが突然走り出した。
「ひまり!」
「待ってー!」
ひまりが向かった先には、花屋があった。
「ママ、この花きれい!」
「本当ね」
そのとき――
「こんにちは」
後ろから声がした。
振り返ると、そこにいたのは――
高橋直人だった。
「高橋さん!」
「こんにちは」
直人は笑った。
「偶然ですね」
「はい……」
ママは少し緊張した。
すると五人の目が輝く。
さくらは黙ってひまりの手を握った。
「ひまり、静かに」
ひまりは口を両手で押さえる。
「……イケメン……」
すずは直人の表情を見る。
「今日は嬉しそう」
ももはママの服を握った。
「ママ、緊張してる?」
「えっ?」
ママは慌てて否定する。
「してないよ」
あんずはニヤニヤしている。
「これは恋ね」
「聞こえてるわよ!」
直人が笑った。
「仲がいいですね」
「いつもこんな感じなんです……」
ママが苦笑する。
直人は五人を見る。
「みんな、お母さんのことが大好きなんだね」
「うん!」
ももが即答した。
「ママ、大好き!」
直人は優しく笑った。
「素敵だね」
ママは少し照れながら笑った。
その様子を見たあんずが、こっそりさくらの耳元で囁く。
「やっぱり、ママ嬉しそう」
さくらも小さくうなずく。
「うん」
ところが――
ひまりが突然叫んだ。
「じゃあ、ママと高橋さん、一緒にお茶してきたら?」
「ひまり!」
ママが真っ赤になる。
直人も少し驚いた。
「え?」
「ひまり!」
さくらが慌てて止める。
「勝手に決めちゃダメ!」
「だって、二人とも楽しそうだったから!」
ひまりは不思議そうな顔をする。
ママは困ったように笑った。
「ごめんなさい、高橋さん」
「いえ」
直人は笑った。
「僕は別に構いませんよ」
「え?」
「もし時間があるなら、お茶くらいなら」
ママの顔がさらに赤くなる。
「……はい」
五人の顔が一斉に輝いた。
「やった!」
「しーっ!」
さくらがひまりの口をふさぐ。
* * *
近くの喫茶店。
ママと直人が向かい合って座っている。
五人は――
少し離れた席に座っていた。
「……」
ママが振り返る。
五人が壁から顔だけ出している。
「あなたたち!」
五人は慌てて隠れた。
「見つかった!」
「だから言ったでしょ!」
さくらが怒る。
ひまりは笑っている。
すずは静かに二人を見ている。
ももはママの姿が見えなくなって不安そう。
「あんず……」
「なに?」
「ママ、ちゃんと戻ってくる?」
「もちろん」
あんずは答えた。
「ママは私たちのママだもん」
その言葉を聞いて、ももは安心したように笑った。
一方、テーブルでは――
直人がママに尋ねていた。
「いつも五人のお子さんを?」
「はい」
「大変じゃないですか?」
ママは少し考えてから笑った。
「大変ですけど……楽しいですよ」
「そうですか」
「この子たちがいるから、毎日笑っていられるんです」
直人は優しくママを見る。
「……素敵ですね」
ママは少し照れた。
「ありがとうございます」
* * *
その頃。
少し離れた席では――
あんずが小声で言っていた。
「脈あり」
さくらが注意する。
「まだ分からないよ」
すずが二人を見る。
「でも、高橋さんはママの話をちゃんと聞いてる」
ひまりがケーキを食べながら言う。
「おいしそう」
「ひまり、何しに来たの?」
「応援!」
「ケーキ食べてるだけじゃん」
「これも応援だよ!」
「どういう理屈?」
五人が小声で言い合っていると――
「あの……」
店員が近づいてきた。
「こちら、お子さんたちのお席ですか?」
五人が固まる。
「……はい」
「お母さまは?」
五人が一斉に指をさす。
「向こうです!」
「こら!」
ママが振り返った。
店内に笑い声が響く。
* * *
帰り道。
ママは五人と手をつないで歩いていた。
「今日は……ありがとう」
五人が振り返る。
「ママ?」
「楽しかった」
ママは少し照れながら笑った。
「高橋さんと話せて、嬉しかった」
あんずがニヤッとする。
「やっぱり好きじゃん」
「だから、まだ分からないってば!」
ひまりが笑う。
「でもママ、今日はいっぱい笑ってた!」
すずが言う。
「心が軽くなってたね」
さくらも笑う。
「それなら、作戦成功だね」
ももがママの手をぎゅっと握る。
「ママが笑ってると、ももも嬉しい」
ママは五人を見つめた。
「……ありがとう」
そして――
少し離れた場所。
恒一が買い物袋を持って歩いていた。
偶然、ママたちの姿が目に入る。
ママが楽しそうに笑っている。
その隣には――
直人の姿。
恒一は足を止めた。
「……高橋さんか」
しばらく二人を見つめる。
そして小さく笑った。
「……よかったな」
そう言って歩き出した。
けれど――
買い物袋を持つ手に、ほんの少し力が入っていた。
そのことに気づいたのは――
遠くから恒一を見ていた、すずだけだった。
「……恒一さん」
すずは小さくつぶやく。
「ちょっと、寂しそう」
その横で、あんずが振り返る。
「……」
あんずの顔から、いつもの笑顔が消えた。
「これは……」
そして五人は顔を見合わせた。
ママの恋を応援するはずだった。
けれど――
どうやら、この家にはもう一人。
自分の気持ちに気づいていない人がいるらしい。
「……恋って、難しいね」
すずが小さく笑った。
その後ろで、ひまりがケーキの残りを食べていた。
「私は簡単だけど!」
「ひまりは食べてるだけでしょ!」
さくらのツッコミが、夕暮れの商店街に響いた。




