伍長になる
祭国から帰還して半年ほど休んだ私は二十一歳になった。秋に花国の南に位置する笑国に行くことにした。子宝に恵まれなかったとはいえ、三年も兵役を務めたので私は伍長になっている。
花国ではほぼ全員が十八歳になる年から三年、外国に行って適切な男を探して子宝に恵まれる協力な掟が有る。花国は本島の毒霧によって女しかいないので、そうしなければ人口が維持せずに滅ぶからだ。だから三年の兵役を終えた者は皆、伍長にはなる。
過酷な兵役だったけれど、私は職業軍人になりたかった。子宝に恵まれたいとは思わず、むしろ妊婦を護衛したかった。私達新兵を叱咤激励していた熟練の老兵達に魅力を感じていた。授乳して子どもを最も責任持って育てるのは母親だが、それを手伝いながら守る仕事がしたかった。
母も姉達も叔母・伯母も私の希望を受け入れた。私達の田畑を守り耕すのは母と姉達で十分だからだ。母と姉達は悪漢に躊躇わずに報復する私を心配した。男は陰湿で女からの暴力を根に持つ事が多いからだ。私は肝に銘じながらも悪漢には屈したくないとも思った。
南部の軍港に行って筆記試験と実技試験と面接を受けると、無事に合格した。妊婦や乳幼児を直接支える軍医に憧れたが、私は航海と護衛を担当する武官になった。
配属先の軍艦の教官達は今回も前回と同じく老兵ばかりの熟練者が多かった。彼女達が私達に航海や武術を教えるのだ。前回は基礎を教わっただけだが、今回はしっかりと教わる。
また、今回は何も勝手の分からない新兵がいない。二十一歳以上の兵役経験者ばかりだ。私と同じ歳の者もいれば、四十歳近い者もいる。親離れの難しい幼子を連れてきている者もいる。私達は厳しい航海の中、その母子を守りながら南の笑国に行く。三年ほど滞在して子宝に恵まれるように頑張るのだ。
私達は一班五人に分かれた。私の班は班長が五十代の曹長、他は四十代と三十代の軍曹が二人、私と同じく伍長で丁度三十歳ほどの同僚がいた。同僚は七歳の子どもを連れている。今回はこの同僚が子宝を希望しているので私達は彼女を守って支えるのが任務だ。
同僚の娘は緊張しているが、私達は笑顔で可愛がろうとした。交代で彼女に勉強を教えることになった。
子ども達の前ではにこやかだが、そうでない時の教官は厳しかった。殴る蹴るの暴力はなかったが、作業に失敗すると私も同期達も厳しく叱責された。舟板一枚下は地獄だ。ちょっとした油断で船が壊れたり大海原に投げ出されたりして大惨事になる。二百人ほどの乗組員達が息と力を合わせて大きな船を動かすのだ。上官達は厳しくも具体的に簡潔に注意する。私達ま肝に銘じる。
怒鳴られることもあったし、前回よりもやる事が難しくなったが、それは責任有る事を任された証拠でもある。
時化の時は子ども達をなだめながら航海を続けた。殴るような風と足元を揺らす大波と匂いも音も潰す雨。更に凪よりも忙しいが私達は耐えた。




