決断
皇帝は笑顔のままだったが、眼光が鋭くなった。私が一歩退こうとするとその前に皇帝は、
「朕はお前を寵妃にしたい」
一瞬、意味が分からなかったので私は宰相に振り向く。宰相は青白い顔をして皇帝に振り向いている。盾になっている宦官は、
「何を仰る!お気を確かに!陛下!」
皇帝は真顔になり冷静な声で、
「朕は真面目だ。この者が寵妃になれば朕はこの異界の者達と条約を交わしてこの世を富ませる」
「異界の者を後宮に置くのはあまりにも危険です!」
宰相が反論した。どうやら皇帝は本当に私を側室や妾にしたいようだ。しかし私は今年で三十八歳になった。男はどの世界でも若い美人を好む傾向にあるけれど、皇帝は何を考えているのだろうか。
ロイが大声で、
「大佐は玩具では有りません!俺達にとっては英雄なのです!」
皇帝は冷ややかな目でロイを見返し、
「だからこそ寵妃にするのだ。この者が寵妃になればお前達と誠実な条約を結んで公正な交易をしようではないか」
皆は困惑した顔で目配せする。紅帝国側の者達は苦い顔をしている。秋蓮と夏鉄は不安そうに私を見つめている。戸惑いの声で広間が充満になる。
イロ提督がハッキリした口調で尋ねた、
「我々や彼女が拒めばどうなるのですか」
皇帝は無表情で、
「お前達はこちらの者達を百人以上も殺したではないか。報復せねば」
皆、黙った。私が寵妃になるのを拒めば私達の艦隊は一人残らず全滅する。また、私達は必死に抵抗するので、こちらの世界も被害を受けるはずだ。皆の顔が強張る。身体が震えたり俯く者もいる。
私は皇帝に振り返り、
「何故、陛下は私にこだわるのですか。私は美人ではないし年増なのですが」
皇帝はニヤリと笑い、
「年齢も容姿も関係ない」
私には理解出来なかった。皇帝は完璧な女を寵妃にする。特に世継ぎの為に生殖能力を重視するはずだ。皇帝が私に恋慕しているとは思えない。自分達の世界の人々を突然殺害したことへの当てつけなのだろう。
私は腹が立った。しかし拒んだり怒りを露わにすれば私達は全滅だ。
皇帝は微笑みながら、
「どうする?」
皆が固唾を飲むのが分かる。私は、
「私を人として尊重するならば妾になります」
「寵妃だ。そりゃあ大事にするに決まっているではないか」
皆、息を飲んだ。突然の決定に納得する者はいない。しかしこれで戦争は防げたようだ。皇帝は満面の笑みを浮かべている。条約締結も交易もなされるだろう。
皇帝は満足したのか立ち上がると出て行った。私を含めた皆は暫く呆然とした。
我に返った宰相は役人達に命じてこの事を他の者達に報せるように命じたり、条約や交易についての話し合いを再開した。
私達は半年ほど宮殿内に滞在した。その間に具体的な事を煮詰めて議論した。紅帝国の人達は頑固で傲慢なところがあったが、私達が懸命に説明すると少しずつ妥協していった。物の輸出入だけではなく文化交流も互いに刺激になる。決定事項は二枚ずつ丈夫な紙に記録し署名していく。それをそれぞれが一枚ずつ保管する。
途中で茶垣国に待機していた私達の仲間や茶垣国以外の国の使節が来て更に侃々諤々とした議論を展開していく。どんどん条約も法も対策も決まっていく。最後には皇帝がそれを読んで最終判断を下す。
寵妃になったこともあり、私は皇帝と一緒にいることが多かった。だが、寝床を共にすることはなく、私は事務作業の手伝いをしていた。私は後宮の隅にある大部屋に寝泊まりすることになった。女官ではなく宦官が不安そうに私の世話をする。
ほぼ全てが決まると仲間達は秋蓮と夏鉄に連れられて帰っていく。私は一人一人に握手した。残念そうに溜息を吐く者や涙を流す者も何人かいた。




