吸血鬼とメイド6
梅雨の季節になり雨の日が増えてきた今日この頃。カトレアは城内の枯れた花を色鮮やかで美しい花と交換していた。カトレアは黙々と作業を続けていた。
カトレアは表情に乏しいため普段と変わらないように見えるが実際はアルトにどのように血を飲んでもらうかなど仕事中にずっと考えにふけっていた。
どのようにしたらアルトは血を飲んでくれるのだろうか。いろいろな作戦を考えたがやはり生きる目的を与えるというのがカトレアのたどり着いた答えだ。
しかしそれが何よりも難しい。現に自分を一人にしないでほしいと心の内をさらけ出したのに拒絶されてしまった。どうしたものかと考えていると一人の女性に声をかけられた。
「カトレアここにいたのね」
声をかけてきたのはカトレアより2年上のメイドであるエリカだ。カトレアが新人の時は教育係として仕事のほとんどを教えていた。
「エリカさん。どうしましたか」
「メイド長がお呼びよ」
その時、カトレアはなぜか何とも言えない悪寒を感じた。何か嫌な事が起こる予感がしてメイド長のもとへ行きたくはなかったが拒否できるものでもないのでそのままメイド長室へと向かった。
メイド長室へ向かう途中、廊下の角を曲がると誰かとぶつかってしまう。 カトレアはバランスを崩して倒れそうになるが誰かに腰に手を回され支えられた。
「大丈夫かい?」
そこにはこの国屈指の名門貴族であるリーク・レーモンド卿がいた。カトレアはすぐさま離れ頭を下げる。
「申し訳ございません」
「いいよ。それよりも君は怪我はない?」
「私は大丈夫です」
さすがレーモンド卿と言うべきか。紳士的な対応だけではなくその落ち着いた声音に優雅なたたずまいも相まってこの世の女性はすべて彼の虜になってしまうのではないかとカトレアは思った。
「申し訳ない。仕事の邪魔をしてしまったね」
「いいえお気になさらず。メイド長室に用があっただけなので」
レーモンド卿の言葉で現実を思い出したカトレアは少し気が沈む。カトレアの変化を察知したのかレーモンド卿は心配そうな表情になる。
「大丈夫かい?何か嫌な事でも?」
「えっ?」
カトレアの表情の変化はほぼないに等しい。長年の付き合いであるエミリーでさえつい最近カトレアの表情の変化を少しわかるようになったのだ。カトレアとの交流が少ない同僚のメイドたちはカトレアの表情の変化など分かるはずもなかった。
本来なら最近知り合ったレーモンド卿がカトレアの表情を読み取れないはずなのだが彼はカトレアの表情の変化を読み取った。カトレアは自分の表情をきちんと読み取れるのはアルトしかいないと思っていたので少し驚いてしまった。
「話したくないのなら無理に話さなくてもいいんだ。ただ君は頑張り屋だから少し心配になってしまって……」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。メイド長室に向かわないといけないのでこれで失礼いたします」
カトレアはお辞儀をするとその場から去って行っていく。その後ろ姿を愛おしそうに見つめるレーモンド卿の碧眼は一瞬だが赤く怪しげに輝いた。
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カトレアは部屋の前に立ち深呼吸をし、ドアをノックした。
「カトレアです」
しばらくすると、知性を感じ品のある女性の声がした。
「入りなさい」
「失礼します」
カトレアはドアを開けメイド長のいる机の前に立った。
メイド長であるアリアは茶髪の中に白髪が数本混ざり後ろにお団子でまとめている。つり目で瞳の色はブラウン、メガネをかけいかにも仕事ができるような女性だった。
「それで105の様子は?」
105とはアルトの個体識別番号である。
「はい、今日も血を飲みませんでした」
アリア小さくため息をつき、机に両肘を立て、手の甲に顎を乗せる。
「困ったわね。ますます血の質が低下してしまうしわ。それに彼の体力はすでに限界。他の個体ならば、ほんの数日で喉の渇きに耐えられず血に飛びつくというのに」
アリアは窓から外を数秒眺めこちらを向いた。
「仕方がないわね。彼は一週間後に量産施設に移しましょう」
その言葉を聞いたカトレアは目を見開き普段の彼女からは想像がつかない声を出した。
「ちょっと待ってください!量産施設に移動してしまったら血の供給が途絶えてしまいます。ただでさえ上位種の吸血鬼は貴重だというのに」
今、城ではアルトから血を採取して供給している。アルトは吸血鬼の中でも貴重な上位種だ。城では質の高い血を王族に供給するため吸血鬼一体に対して一人の専属のお世話係がいる。
対して量産施設にいる吸血鬼は質は高くないが安定的に血を供給するシステムだ。そこで生産される血は国の貴族階級や金持ちの商人などが高額で買い取っている。血の質が低いと言っても吸血鬼の血は貴重なため高額で売買されるのだ。
アルトがいなくなればこの城での血の供給は止まってしまう。
「大丈夫よ。実はね、代えの吸血鬼をすでに捕獲してあるの」
「え?」
アリアの予想外な言葉を聞き、カトレアは思わず声に出して驚いてしまった。
「以前からアルトの血の質が落ちているので、代えの吸血鬼を捕獲しろという命令が陛下から出されていたの」
(上位種の吸血鬼をもうすでに捕獲したというの!?)
「とにかくこれは決定事項なのでそのつもりでいるように」
「……承知しました」
部屋を出て、廊下を歩くカトレアの足取りは慌てている訳でもなく普段通りだった。このような状況では取り乱すのが普通だろうがカトレアは至って冷静であった。アルトが量産施設に移されるのは時間の問題だったからである。
しかし、上位種の吸血鬼をすでに捕獲していたのは予想外であった。カトレアの予想ではあと1年は今の状態を維持できると思っていたが、代えの吸血鬼がいるとなれば話が変わってくる。しかし、問題はなかった。カトレアはいつでもアルトを逃せるように以前から準備をしていたからだ。
ではなぜ今まで逃げ出さなかったかというと、アルトがそれを望んでいなかったからだ。アルトはひたすら死を望んでいる。仮に助け出したとしても自ら死を選ぶだろう。それでは意味がない。
そのためカトレアは長い時間をかけて彼が生きたいと思わせるように努力してきた。先日の人の血を混ぜた料理も、アルトが自ら血を食すための工夫であった。
吸血鬼に料理の概念があるのかわからなかったが美味しそうな料理を作ったら食べてくれるだろうとカトレアは考えた。これまでも似たような料理を作ってきたが、アルトは僅かな血の匂いを嗅ぎ取り食べようとはしなかった。
無理やり血を飲ませることもできたがカトレアはあえてそれをしなかった。カトレアはアルトの意思を尊重したかったのだ。いや、正確に言えばカトレアはアルトの意思を無視し、血を飲ませることで、彼に嫌われたくなかったのだ。
カトレアはあくまでアルトに能動的に血を飲んで欲しかったのだ。しかし、今はそのようなことを言っている状況ではなくなってしまった。
夜が明ける前に助け出さなければアルトは量産施設に移されされてしまう。そうなったら手が出せなくなる。そう考えたカトレアは胸の中心を握りしめ、エメラルドグリーンの瞳には静かであるが、決して揺るがない意志が見えた。
―待っていてくださいアルト。私が必ずあなたを救ってみせます。




