吸血鬼とメイド5
すみません。一つ飛ばして投稿してしまったので追加で投稿します。
カトレアはアルトに拒絶されその場にいることが辛すぎて勢いよく塔を飛びだしてしまった。
外は 雨が激しく降り始める。まるでカトレアの心情を表しているかのように。降り注いだ雨粒は地面に小さな小川を作る。
カトレアは雨に濡れることを気にせず宿舎までの道を歩いていた。
アルトに一緒に生きることを拒絶されカトレアは心身ともに疲れていた。アルトを助けたいのは結局は自分の独りよがりでありアルトは救われることを望んではいなかった。本人が生きることを望んではいないのに他人である自分が足掻いたところでありがた迷惑というものだ。
(それを自分が一番わかっていたはずなのに……)
本当にアルトのことを思っているのならばアルトの望む通り死を迎えさせるほうがいいのだろう。
服はびしょ濡れで宿舎に着くと滴る水が廊下に軌跡を作っていく。
その憔悴しきった姿を見たエミリーは驚いた顔でカトレアに近寄っていく。
「どうしたのその姿。びしょ濡れじゃない!」
「気にしないでください。急に雨が降ってきて傘を持っていなかっただけですから」
しかし、エミリーはカトレアの表情を見て何かがあったことは気づいていた。しかもここまで憔悴しきっているカトレアは見たことがなく心配そうにカトレアを見る。
「でも……」
「ほんとに大丈夫ですから」
エミリーはそれ以上干渉はしなかった。
カトレアは自室に戻り濡れた服を脱ぎ無地のワンピースに着替える。
そして力尽きたようにベッドに倒れ込む。
疲れているはずなのに一向に眠ることはできなかった。
カトレアは胸に溢れてくるモヤモヤを解消するかのように棚の整理をし始めた。
特別趣味もなかったカトレアの部屋にはものは少なかったが唯一集めていたのは吸血鬼に関する本だった。子供が読む御伽話から専門書まで吸血鬼と名のつく本を集めていた。
本の整理をしている振動で棚に置いてあった木箱が落ちてくる。
木箱の蓋を開けるとそこには黒く細い腕輪があった。
この腕輪はアルトの髪で作られたもので幼い頃にもらったのだ。
その腕輪を見てカトレアは幼い頃の記憶が蘇る。
***********
この国には五大貴族と呼ばれる者達がいる。
ミアの出身であるエギン家、エルフォンス家、アーカイド家、サブレット家、そしてカトレアの出身であるフィーネル家だ。
彼らは代々王族の側で仕えているため他の貴族たちよりも権力を持っていた。そして王族の側で仕えている者の大事な役割の一つが自分達の家紋の中から1人ずつ王族に捧げなければならない。そして捧げられた者達は王族のために吸血鬼にその身を捧げるのだ。
吸血鬼達の血は王族が口にする者だから吸血鬼達の餌も高貴な者の血でなければならないという決まりになっているのだ。しかし、いくら王族に忠義を尽くしているとはいえ血縁の中から捧げるなど誰もしたくはないだろう。そこで彼らは正妻とは別に妾を作りその者との間にできた子を王族に捧げるようになったのだ。
そしてカトレアの出身であるフィーネル家でも例に漏れず妾をもうけていた。フィーネル家の当主は妾を3人もうけその間に1人ずつ子供をつくった。その1人がカトレアだった。
当主は3人の子供に惜しむことなく教養をあたえた。そして優秀な1人を王族に献上し、その母親は側室に迎えると約束されていた。
カトレアの母は当主を深く愛し、側室に入りたいがためにカトレアを厳しく育てた。それは狂信的な愛だった。
カトレアは母の気を向けたくて勉学に励み、ダンスや裁縫なども一生懸命頑張った。どんなに厳しくとも、ムチで体を打たれ傷だらけになろうとも他の子達に勝った時にに喜んでくれる母を見ていると嬉しくなって頑張れた。
そしてその努力が報われ王族に捧げられる1人に選ばれた。これでやっと自分には興味がなく、当主にばかりに目を向けていた母も私を見てくれる。そう思っていた。
しかし、現実は理想とはあまりにもかけ離れていた。母は自分など眼中になく、当主を見かけると一目散に駆け寄った。
これで私たちは一緒になれると喜び抱きついていた。カトレアはその光景を見て絶望を通り越して何もかもがどうでも良くなってしまった。
今まで母と慕っていたあの人は自分のことなど見ていなかったのだ。努力したところで無意味だった。ただ、よく頑張ったねと、優しく抱きしめてくれるだけでよかったのに。
王城に向かう当日、当然見送りに母の姿はなく必要最低限の人数で王城に向かうこととなった。
誰にも愛されず必要とされないのなら自分は存在しないのと同じことだ。ならば死んでも変わらない。
カトレアにはこの世で生きる意味も必要性もなくなり死を望んでいた。ならば仕える吸血鬼に殺してもらおう。そう考えた。
王城に着くとそこには自分と同じ歳の頃の子供が2人いた。自分と同じで王族に捧げられるためだけに生まれたのだろう。同情や憐れみを送れるほど今のカトレアには感情を起伏させる力はなかった。自分と同じただの餌としか認識していなかった。
そこから健康診断のため血を抜かれ身体中をあちこち触られた。しかし、ここでもなんとも感じなかった。カトレアの心はもう壊れていた。
大人に連れられるまま連れてこられたのは石造りの塔だった。螺旋状の階段を登るとそこには窓枠に座り外を眺める吸血鬼がいた。絹のように長い黒髪は優しい風になびいていた。
その風貌はどこかの貴族かと思わせるほど美しかった。
カトレアは吸血鬼に近づこうとするが男に止められる。
「あまり近くに寄るな。食われるからな」
それを聞いた吸血鬼は少し不満げな表情になる。
「失礼だな。人間たちよりはずっと優しいと思うけど」
「貴様……」
「だってそうじゃないか。お前ら人間は私利私欲のために弱い奴を利用して平気でに切り捨てる。この子達のようにね」
吸血鬼はカトレアを見てそういう。
「その点俺は他の吸血鬼のように戯れで人間を襲わないし生きられる最小限の血しか飲まない。お前ら人間の方がよっぽどタチが悪いと思うけどな」
「ふん、どうとでも言うがいい。しょせんお前ら吸血鬼は人間の家畜に過ぎない。家畜の言葉などに耳を傾ける価値はないからな」
「ひでえ言われよう」
男はカトレアの背中を無造作に押す。
「お前の担当する吸血鬼だ。くたばらせないよう最低限の世話はするように」
男はそういうと部屋から去った。
部屋にはカトレアと吸血鬼だけになる。
しばらく沈黙が流れるがその沈黙を破ったのは吸血鬼だった。
「お前俺が怖くないのか?」
怖いも何もカトレアはがっかりした感さえある。吸血鬼と聞いていたのでどんな凶暴で恐ろしい奴かと思えばこんな能天気で腑抜けた奴だったとは。こんな奴が自分を殺してくれるのだろうかと少し不安になっていた。
「たいていのやつは俺を見ると泣き叫ぶかここから必死に逃げようとするんだがな。お前変わってるな」
ここに連れてこられる子供はたいていロクな人生を送っていないのは確かだ。そんな中で普通でいられる奴なんてほとんどいないだろう。
「俺はアルト。お前の名前は?」
「……」
「だんまりか。まあいい。さっきのいけ好かない人間も言っていたが、最低限の仕事はしてくれよ」
そういうと吸血鬼はまた視線を外に向けた。
吸血鬼と出会って一週間。カトレアを吸い殺す気配はない。それどころか一滴すら口にしようとはしなかった。
普通、吸血鬼は血を飲まないと喉の渇きで正気を保っていられないはず。しかし、このアルトという吸血鬼はカトレアの血を飲む気配はない。どのようにして正気を保っているのかと疑問に思っていたがそれはすぐに解消された。
ある日突然複数の大人がやって来てアルトをつれていった日があった。しばらくして戻ってきたアルトの体はボロボロで目も当てられないほどだった。
不思議そうに見つめるカトレアに気付いたアルトはこれまた能天気に語りだす。
「ひでぇもんだろ。俺の血を散々抜いた後、死なせないよう人間の血を無理やり飲ませようとしてくるんだ。血を拒絶しようとしてもこうやって体に傷を造ると体が傷を修復させようとする。修復させるためには人間の血が必要で本能がそれを求めてしまう。とくに銀でできた傷は特段傷の治りが遅い。なおさら血を求めてしまう。ほんと無駄に丈夫すぎて困るよこの体」
笑いながらそう言うアルトを見てカトレアは気付いた。この男もまた死による解放を求めているのだと。
もしかしたらこの男なら自分を救ってくれるかもしれないと……
近づいてくるカトレアを不思議そうに見るアルト。
いままでカトレアから近づいてきたことはなかったのでアルトは少し身構える。
「あの……私を殺してくれませんか?」
「はぁ?」
はじめて口にした言葉が自分を殺してくれという突拍子もないお願いにアルトは思わず気の抜けた反応をしてしまった。
「口がついていないんじゃないかってくらい話さなかったお前が急に話し始めたかと思えば……」
カトレアはドキドキしながら返事を待つ。
「断る。なんで俺がお前を殺さなければならないんだ」
「あなたは私と同じ匂いがします」
「俺が?」
「はい、生きる目的も希望もない。死による解放を求めている。だから、どうか……」
「十年そこらしか生きていないお前と一緒にすんな。そういうことを言うのはな100年早いんだよ」
「人間は100年もいきれません」
「たとえ話だ、たとえ話!」
アルトはそういうとカトレアの頭を優しく撫でる。
「この世はお前のしれないことで満ち満ちている。きっと生きる希望も見つかるさ」
「でも……」
でもそんなものこの世になかったら?ただ辛い世の中を無駄に生きているだけじゃないか。そんな運に任せた人生を送るくらいなら今すぐにでもそんな人生から解放されたい。
カトレアは不満げに下を見る。
その姿を見たアルトは言う。
「そんなこと言っても俺、ガキの血には興味がねえからな。だから――」
アルトはカトレアの頭を優しく撫でる。
「お前が大人になってもまだ気持ちが変わらないんだったらその時は一思いに殺してやるよ」
「……ほんとに?」
「ああ」
「そんな約束忘れただとか言いませんか?」
「どんだけ疑い深いんだお前は……そうだな」
アルトはひとつに束ねていた長い髪を切り数分作業するとカトレアの手首に巻き付けた。
「それは俺の髪で編んだものだ。吸血鬼はな何か大事な約束をするときに自分の髪を編みこんで相手に渡すんだ。人間たちになんやかんや言われるが吸血鬼は一度した約束は守るんだ」
「本当ですか?」
「本当だ」
その言葉を聞いてカトレアは今までに見せたことのないくらい眩しい笑顔を見せる。
「ありがとうございます……っ!」
嬉しさのあまり涙を流す。今まで悲しさのあまり涙を流し涙はとっくに枯れていたものだと思っていたがうれし涙は枯れてはいなかったようだ。
「殺す約束をしてこんなに喜ばれるなんてなんだか複雑だな」
嬉しさで涙を流すカトレアを見て複雑な表情をしているアルトであった。




