吸血鬼とメイド4
今、カトレアはアルトの部屋を掃除していた。
アルトのいるこの塔は、アルトを逃がさないように塔の出入り口には鉄の扉、部屋の窓には鉄格子が取り付けられている。
また、アルトの生活が苦にならないようにベッド、机、本棚など生活に必要な最低限の物がそろえられていた。少しでも上質な血を手に入れるため、アルトにストレスをかけないようこのような作りになっているのだろう。
カトレアは今日もまたアルトの生活の質の向上のためせっせと掃除をする。
カトレアは掃除をしながら不意にレーモンド卿に舞踏会に誘われた件について思い出していた。
アルトを助けたいのならエルゼという女性をつれてくれば話は早い。しかし、塔に幽閉される前となると生きていることすら怪しい。それにカトレアは気付いてしまった。アルトが自分ではなく他の女性を選んでしまうのが耐えられないことを。はじめは確かに親愛の情だった。しかし、いつの間にかアルトを心から愛してしまっていたのだ。
だから自分の願望を叶えるためにはエルゼではなくカトレア自身がアルトを助けなけれあならない。そのためには手段を選ばずレーモンド卿の話に乗ればいいのだろう。だがこうして考えがまとまらないでいたのだった。
「いい加減不安の種を除きたいものです」
カトレアは掃除をしながら独り言をいう。
「お前何か悩み事でもあるのか?俺でよければ聞いてやるけど」
本を片手で持ち窓枠にのんきに座っているアルトを見て、あなたのことで悩んでいるんですが!?と言ってその本を脳天に突き刺してやろうかとカトレアは思った。
カトレアはまた大きなため息をつく。
「なんだよ。人がせっかく心配してやってるのに」
ホウキをもったままアルトに近づく。
「いつまでたそがれているつもり?いい加減そこをする掃除したいのですが」
窓枠に座っているアルトにシッシと手を払う。
「お前俺をなんだと思ってるんだ」
まったく、と文句を言いながら窓枠から降りその場を離れようとするがなにかに気づいたのか振り向きカトレアの腕をつかむ。
そして手の甲をじっと見る。
「……あいつふざけたことしやがって」
「なんですか急に。そんな死にそうな顔して」
アルトの様子の変わりように驚くカトレア。
「最近リークって名乗る男に会わなかったか?」
「リーク?レーモンド卿のことですか?」
「そいつだ。いいか。そいつにもう関わるな」
「そんなことを言われましてもレーモンド卿はこの国の重鎮。話しかけられたら無視されるわけにもいきませんし」
「話をしたのか!?」
迫りくるように聞いてくるアルト。
「……はい。舞踏会のに誘われました」
「……まさか行く気じゃないだろうな」
断るつもりだと言おうとするが、ここでカトレアはレーモンド卿が話していたことを思い出す。自分を利用しろと。なんでか分からないがアルトは私がレーモンド卿と関わるのが気に食わないらしい。
もしレーモンド卿の誘いを承諾すると言ったらアルトはどんな反応をするのだろうか。カトレアはそんないたずら心が出てきてしまう。
「行きますよ。だって舞踏会のパートナーに指名されるなんて機会めったにありませんからね」
「舞踏会のパートナーとして参加する意味を分かっていて言ってるのか?」
「もちろん知ってますよ。城勤めをしているものならば常識です」
パートナーになると言うことはそれなりに親しい仲だと言うこと。貴族は結婚するまで初夜を迎えてはいけないという決まりがある。
しかし、欲望を抑えられないというものが人間である。したがって、その欲望を発散するために舞踏会の後は男女の思いのままに何をしてもいいという暗黙の了解ができたのだ。
その日だけは男女のあれこれは許されるのである。したがって、舞踏会のいい雰囲気を感じたままベッドインというのが大きなの流れだ。アルトはそれを心配しているのだろう。
「でもご心配なく。男女のあれこれについては本で理解しているので」
巷ではロマンス小説が流行っておりカトレアも例に漏れずそれを読んでいた。しかも18禁小説であったためカトレアの未熟な知識では理解できなかった部分はエミリーに解説してもらいながら読んでいた。
このような色恋沙汰に関することをエミリーに話すことには少し抵抗があった。なぜならばこの手の話になると周りが見えなくなり口が止まらなくなるのだ。しかし、このような相談を他にできる人がいるはずもなく仕方なくエミリーに解説を頼むと案の定一晩中話を聞かせられた。
「それにこの体験は一生の思い出になるでしょう。だって私の初めてを捧げるのですから」
(このくらいで勘弁してやりますかね)
カトレアは愛する人に初めてを捧げるのを今か今かと待ちわびている乙女を演じた。
アルトがどんな反応をするのか楽しみだった。嫉妬に狂い自分を欲しがって欲しいとカトレアは思っていた。
何処の馬の骨かも知れない貴族じゃなく俺を選べ!
俺にはお前しかいないんだ!
愛してるよカトレア。
カトレアの頭の中はこのような妄想でいっぱいだった。
そもそもロマンス小説を読み出したのもアルトとそのような関係になった時に恥をかかないようにするためだった。決して今回の茶会のために読み出したのではない。
まぁ、どうせからかわれて一蹴されるのがオチだろうななどと考えていたが、カトレアの予想をはるかに超え、アルトは何かが切れたように表情を一変させた。
「……そうか。……じゃぁ、試してみるか」
アルトの目は瞬く間に赤く色づいて行く。それは人間の血を食らう吸血鬼の目だった。
本来吸血鬼の瞳の色は人間と同じで個体によって違う。しかし、人間を狩る時は異能の力を使うため目が赤くなる。
アルトが瞳を赤くすることはめったにない。カトレアが初めて見たのはアルトと出会った時の一回キリだけ。それ以来アルトが目を赤くすることはなかった。
気付くとカトレアはアルトに押し倒されていた。両腕はアルトによってうまい具合に押さえつけられているためカトレアは身動きが取れなくなっていた。
「な、何のつもりですか」
予想外の展開にカトレアは混乱した。
「お前が悪いんだぜ?せっかく心配してやったのに酷いこと言うからさ」
アルトはカトレアの首元にゆっくり近づいていく。
「あっ、……!」
アルトの柔らかい唇がカトレアの首に優しく触れ、反射的に声を出してしまった。
カトレアはアルトの息遣いが耳元で聞こえるため、彼の存在が近くで感じさせられ、鼓動はますます速くなる。
「本の知識だけでは心もとないだろうから俺が練習相手になってやる」
アルトは首の輪郭線をなぞるように繰り返しキスをしてく。触れた部分から痺れと熱が帯びていき下腹部が疼くのをカトレアは感じた。
「あっ…、はぁ…っ!」
カトレアは徐々に呼吸が荒くなっていく。その場から逃げ出そうとするが力がうまく入らず、自分の体ではないようだった。
カトレアはもう限界だった。しかし、体は苦しいはずなのになぜか不快ではなかった。
「お前がどれくらい耐えられるのかが楽しみだ」
するとカトレアの首元に鋭く冷たいものが感じられた。それはアルトの牙だった。その瞬間カトレアの人間としての本能が捕食されることへの恐怖を感じた。
しかし、それとは矛盾してやっとアルトに血を飲んでもらえるという恐怖とは真逆の安心感も感じた。これでアルトは生き永らえれる、私が彼の役に立てるとカトレアは思った。そしてアルトと一つになれることへの幸福感とアルトに蹂躙されることへの高揚感を感じた。
カトレアは瞳を閉じその瞬間を待つが次の瞬間-
「いたっ!」
首に鋭利なものが刺さる感触はなく代わりにおでこに軽い衝撃が走った。
「バーカ。引っかかってやんの」
「え?」
カトレアは口を半開きにし気の抜けた間抜けな顔になっていた。
「お前が意地を張ってるからちょっとからかってやったのさ。そしたらお前少し触れただけで顔真っ赤になるし。男っていうのは欲に見境がないのさ」
アルトはゆっくりと上体を起こし、カトレアから数歩下がり距離をとる。
「これに懲りたらあんまり男を信用すんじゃねぇぞ」
しかし、カトレアからの返事はなかった。
不意にどこからか嗚咽が聞こえアルトは嗚咽が聞こえる方向に顔を向けた。
それはカトレアから発せられていたものだった。
カトレアはうつむき、瞳からは止めどなく涙が溢れていた。
「ご、ごめん。まさか泣くと思わなくて。お前いつも涼しい顔してるからさ。これくらい大丈夫だと思ったんだ」
アルトは慌ててカトレアをなだめるが泣き止む気配はない。
「だってお前簡単に茶会に出席するっていうからさ。お前、男女の色ごとには疎いだろ?だから心配だったんだよ」
カトレアはその言葉を聞いた瞬間、ゆっくりと頭を上げた。
「アルトは私の事いつも心配だって言ってくれますよね。ではなぜ血を飲んでくれないんですか!」
カトレアの声が響き渡る。
「吸血鬼のお世話係のメイドは担当の吸血鬼のお世話係兼餌っていうことを知っていますよね」
「……そう…だったかな」
アルトは誤魔化すように目を逸らす。
「そうなんです!でもアルトは一向に私の血を飲む気がないじゃないですか。だから私は、アルトは私の血が好みじゃないのだと思って若い少女の血を持って行くようになった。それでも手を付けないから料理してまでしているのにあなたは何も手を付けないじゃないですか!」
カトレアのあまりの勢いについついアルトは後退りした。
「先ほどだって私の血を飲まなかった!私には餌の価値すらないということですか!」
「違う!そうじゃない!」
「だったらなんだというんですか!」
「それは……」
「あなたはいつもそうやって大事なことは言ってくれないですよね」
「カトレア落ち着けって」
「落ち着いてなんかいられないです!あなたこのままじゃ死んじゃうんですよ!」
カトレアはアルトに必死に訴える。
しかし、アルトはバツが悪そうに目をそらし黙ってしまう。
「私じゃなくて、エルゼだったら血を飲んでくれるんですか?」
アルトは驚きカトレアを見る。
「なぜその名前を」
「寝言でいった出たんですよ」
その事実を知り驚くアルト。
「今まで私をからかって楽しかったですか?必死にあなたに血を飲ませようとする私の姿をみて」
一つ言い出したら止まらなかった。
「滑稽でしたよね。どうせ私の血は飲まない。飲みたくもないんでしょうね。だってエルゼがいるんですから」
(違う。そんなことを言いたいわけじゃない)
「そのエルゼっていう女性に比べたら私なんて眼中になかったでしょうね」
「アルトはいつも私のことを心配って言ってくれるけれど本当に私のことが心配なら血を飲んでよ。私を一人にしないで!」
勢いに任せて心にもないことを立て続けに言ってしまった。
「……すまない」
悲しそうにそういうアルトを見てカトレアは罪悪感にさいなまれる。
アルトのその一言でカトレアは自身の血を拒絶されているとわかった。
カトレアはその場にいるのも辛くなりはその場をあとにした。




