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吸血鬼とメイド2

「カトレア……。ちょっとカトレア!」


「……は、はい。なんでしょう」


 どこかへ飛んでいたカトレアの意識が女性の声によって引き戻された。

今、カトレアはシーツなどを洗濯した後、外でそれらを干している最中であった。


「私の話聞いてた?」


「すみません。聞いてませんでした」


 このカトレアと仲良く話している女性はメイド仲間のエミリー。ブラウンの癖っ毛にサファイアの瞳を持ち、可愛らしい顔立ちをしている。


「あんた怒ってるでしょ。さっきお取り込み中に声かけちゃったもんね。ごめんねー」


「別に怒ってません」


 本当は少し機嫌が悪かった。エミリーに声をかけられなかったら血を飲ませることができたかもしれなかったからだ。しかし、あのままエミリーに止められなくてもアルトに血は飲ませることはできなかっただろう。それほどアルトの精神力は並外れているのだ。


「今日はかの有名なレーモンド様がいらっしゃるらしいのよ。一目でもいいから見てみたくて。カトレアも一緒に行かない?とても美しく可憐なお方だそうよ」


「そう。私は別に興味ないから一人で行って」


 カトレアはそういうと目の前の山盛りになっている洗濯物を淡々とこなしていく。

エミリーはカトレアの様子を見て何か腑に落ちたのかニヤリといたずらっ子のような表情になる。


「そうだったわね。あんたには例の彼氏がいるものね」


 その言葉を聞いてカトレアは顔を真っ赤にしながら言う。


「だから彼氏じゃないって何度言えばわかるんですか」


 アルトとカトレアは吸血鬼と専属メイドという関係であってそれ以上でもそれ以下でもない。そのことをカトレアは十分承知しているはずなのに簡単に動揺してしまい表情にででしまう。

このようにカトレアはアルトのこととなるとわかりやすい反応をするのでエミリーはついついからかってしまうのだ。


「はいはい、そういうことにしといてあげる」


 エミリーは満足そうな顔をして言う。


「私のことはいいからこっちにある洗濯の山も片付けなくちゃ」


 エミリーはそう言うと自分たちが干している洗濯物とは別の洗濯物の山を見る。


「あんたまたミアたちに押し付けられたでしょ。なんで断らなかったのよ」


 ミアとはカトレアとエミリーの同僚であり五大貴族のうちの一つであるエギン家の次女である。


「断るとあとあと面倒になるんですよ」


 一度放っておいたらメイド長にあることないこと報告されて懲罰房に放り込まれたことがあった。五大貴族の出ということもありメイドの中でも影響力がそれなりにあるのだ。


 この国では家臣たちの忠誠心を図るために子供を一人城に仕えさせなければならない。男児なら騎士に、女児ならメイドである。城勤めと言う集団生活の場でストレスがたまり憂さ晴らしのためいじめが起こることも少なくない。その一人はカトレアだ。


 吸血鬼の専属メイドというのは汚れ仕事だ。しかし、吸血鬼の血は王族が口にするものであるため吸血鬼の餌もまた高貴な者の血でなければならない。


 したがって王の忠臣である五大名家のなかから一人づつ選ばれる。現在王国が保有している吸血鬼はアルトのみであるため五大貴族の一つであるフィーネル家の一人であるカトレアが選ばれた。


 五代貴族の一員と言ってもフィーネル家では力も何もなく使用人以下の扱いを受けていたが。


 エミリーから同僚の色恋沙汰のなどのうわさ話を話半分に聞きながら洗濯物を干しているとカトレアを呼ぶ男性の声がした。


「カトレア、元気にしていたかい?」


「はい。レーモンド卿もお元気そうで何よりです」


 リーク・レーモンド。この国では屈指の名門貴族だ。ブロンドの髪を携え、青白い肌を守るように日傘をさしていた。


 先程まで噂話をしていたレーモンド卿が目の前にいるせいかエミリーは慌ててカトレアに小声で話しかける。


「ちょっとカトレア。レーモンド卿と知り合いなの?」


「え、えぇ。以前ちょっとね」


 なぜ言ってくれなかったのと言いたげな表情で見てくるがカトレアは気にしない。


 以前レーモンド卿が城内で迷っていたのでカトレアが案内したことがある。それ以来レーモンド卿は城に来るたびにこうしてカトレアに会いに来るようになった。


「実はカトレアを僕の屋敷で開かれる舞踏会に招待しようと思ってね」


「舞踏会ですか?」


 舞踏会はとは男女一組のペアで参加する貴族同士の交流会のことを指す。下級メイドという肩書だけならともかく吸血鬼の専属メイドという吸血鬼の餌という不浄をまとう仕事もしているためカトレアには縁遠いものだった。


「君を僕のパートナーとして招待したいんだ」


 舞踏会のパートナーには本来その人の伴侶、婚約者、恋人またはそれに順ずる者を選ぶ。舞踏会のパートナーとして参加するということはそれなりに親しい仲だということだ。


「しかし、私をパートナーとして招待すればレーモンド卿の品位が疑われてしまいます」


「僕は君をメイドとしてではなく一人の女性として招待したいんだ」


「しかし……」


 サファイアのように美しいその瞳でカトレアを愛おしそうに見つめるので、カトレアは思わず目を逸らしてしまう。

 

 別に照れたわけではない。彼の視線から獲物のように狙われているような恐怖を感じたためだ。正直カトレアはレーモンド卿をあまり好きではなかった。高貴な身分でありながら誰にでも分け隔てなく振る舞うその紳士的な対応、それに加えてこの美貌である。女性であれば誰でも心を奪われ、男性からは尊敬のまなざしを送られるほどだ。

 

 しかし、なぜかカトレアは彼からは底知れぬ恐怖を感じるのだ。その青い瞳で見つめられるだけで体が凍りつきそうなほどに。


「あとで遣いを送るから待っていてほしい」


「お待ちください!レーモンド卿!」


 しかし、レーモンド卿は振り返らず手を振るだけだった。


「カトレアやったじゃない!」


「……?」


「あれは絶対あなたに気があるわ!」


 エミリーは一人で舞い上がっていた。


「レーモンド卿と結婚すれば玉の輿よ!た・ま・の・こ・し!」


 普通ならこの状況を喜ぶべきなんだろう。下級メイドが貴族に気に入られて結婚するというのは全くない話ではないのだ。そのため玉の輿を狙っている下級メイドも少なくない。カトレアには全く興味のない話だが。


「選ぶならああゆう男にしときなさい。かっこいいし、優しそうだし。ほんとカトレアは男を見る目がないんだから」


 エミリーに当回しにアルトをバカにされカトレアはムスッと不機嫌な表情になる。見る目がないのはエミリーの方だろうと心のなかで文句を言う。


 すると、カトレアとレーモンド卿のやり取りを見ていたミアとその取り巻き2人が近づいてくる。


「ごきげんよう。カトレア。それとそちらは……そうそうエマ!」


「エミリーよ!エミリー・プリュンデル!あんたわざと間違えてるでしょ」


 エミリーはまるで逆髪を立てる猫のように威嚇している。

 

「あら、ごめんなさい。わざとじゃないのよ」


 この光景はまるで百獣の王であるライオンが子猫の威嚇を軽くあしらっているようだった。


「何よあんたたち。カトレアが誘われたからって嫉妬して当たらないで!」


「なんですって!ミア様はあなたたちに身の程をわきまえろと言っているのよ」


「たかが世話係の分際で舞踏会に行くなんてレーモンド様に恥をかかせるだけ。その点ミア様はエギン家と言う高貴なお家の出でレーモンド卿の隣にふさわしい方ですわ」


 ミアは取り巻き2人を静かに制止させる。


「お二人ともそこまで言っては彼女に失礼ですよ。彼女も私と同じ五大貴族の出なんですから」


 ミアはカトレアを見ながらそう言うとゆっくりとカトレアに近づく。

そして、ミアは上品で落ち着いた声で言う。


「あなたは使命を負って生まれてきた。それはさぞかし過酷な人生だったでしょう」


「何を言いたいんですか」


 カトレアは揺らぎのない落ち着いた瞳でミアを見る。


「身を捧げる相手を間違えるなと言いたいのよ。あなたは王族に捧げられるために生まれてきたのだから」


 そう言うとミアは取り巻き達をつれその場から去っていった。


「なんなのあいつ!チョー腹立つんですけど。カトレアももっと言い返しなさいよ!」


 興奮しているエミリーに対してカトレアは冷静に言う。


「まあ、本当のことですし。それに私、レーモンド卿のお誘いはお断りしますから」


「なんで!?せっかくの玉の輿のチャンスなのに。もしかしてまた例の吸血鬼のこと気にしてるの?あんたがどこまで本気かは知らないけどその選択は破滅を招くだけだよ。共倒れになるよりだったらあんたの幸せだけでも考えな!レーモンド卿ならそれを可能にできる力があるんだから」


「ありがとうエミリー。でも大丈夫です。あなたが心配しているようなことにはならないですから。私の幸せはきちんと考えてます」


「本当に?」


「本当です」


 カトレアは今にも泣きだしそうなエミリーをなだめるように優しく頭を撫でた。


 エミリーがこんなにも必死に泣きながら話すのには理由がある。エミリーは今年23歳になるのだが2年前に婚約が成立したため、今月いっぱいでメイドをやめることになっていた。

 

 エミリーは一生を共にするパートナーができメイドの仕事を辞めることには悔いはないがカトレアを1人置いていくことだけは心残りとなっているようでこうしてカトレアを人一倍心配ししているのだ。


 エミリーは涙を流し、カトレアを抱き寄せる。


「なにかあったらすぐに私に言って。絶対よ!」


「ええ、わかったわ」


 エミリーの優しさが焦りで余裕のなかったカトレアの心に余裕を持たせてくれる。こんな自分にはとてももったいないくらいの友人である。エミリーが友達で本当に良かったと思った。

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