吸血鬼とメイド アルト過去編7
翌週の日曜日
エルゼに言われるまま朝早く孤児院へと向かう。
孤児院の扉を開けるとピクニックの準備のため朝早いというのにみんな起きていた。
「エル姉、アル兄きたよ」
エルゼにそう伝えるのは弟たちの着替えを手伝っていたロイだった。建物の奥へとつながる廊下の奥に呼び掛ける
すると、どたどたと廊下を走ってくる音が聞こえた。ぴょこっと顔をのぞかせる。
「よく来たわね。悪いんだけどその子らの着替えと準備を手伝ってくれないかしら。今手が離せないの」
そういうとすぐさまエルゼは戻っていく。
建物の奥から聞こえてくる。奥にはキッチンがあるのでおそらく何かしら作っているのだろう。
「きゃはははは」
「こらー着替えないとおでかけいけないよー」
おとなしく着替える子、眠くてぐずる子、準備ができて待機している子とさまざまであった。
「アル兄はルディーの着替えをお願い」
そういいながらロイは手早く弟たちの着替えをしていく。
アルトも見様見真似で着替えさせようとするがこれまた難しかった。ルディーはやんちゃ坊主で言うことを全く効かない。こちらをからかうように走り回る。
「まだ着替えていなかったの?そんな子はお留守番よ」
キッチンからこちらに向かってくるエルゼがルディーを叱る。
エルゼに叱られたルディーは先程までとは嘘のように着替えていく。さすが長年の候というべきか。
一通り準備を終えると大きなバスケットを持ってエルゼがこちらへやってくる。
「荷物持ちはお願いね」
そういうとエルゼはバスケットをこちらへ差し出すのでアルトがそれを受け取るとあまりの重さに一瞬よろめく。エルゼが軽々と持っていたおで軽いのかと思い気を抜いていたので一瞬よろめいてしまった。
「みんな準備はいいー?」
『はーーーーい!!』
「では、しゅっぱーーつ!」
エルゼの掛け声とともに孤児院を出発した。
*****
「なあ、ピクニックに行くとは言ったが、行先はどこなんだ?」
アルトはいまだ行先を教えられてはいなかった。
「今向かっているのはスーシア山よ。湖がとてもきれいなところがあってね、ついてからのお楽しみよ」
エルゼはうきうきとしていた。
「さあ、もうそろそろつくわよ」
木々のトンネルを向けるとそこには広大な草原と美しい湖があった。
草原には色とりどりの花が咲き、大量の水をたたえる湖は青くうつくしい。また透明度が高くそこまで見える。
草原には大きな木があり木陰ができていた。
あまりの美しい風景にアルトは魅入っていた。
その光景を見ていたエルゼは嬉しそうに言った。
「きれいでしょ?私のお気に入りの場所なの」
「ま、まあまあかな」
照れてそういうアルトを見て嬉しそうに笑うエルゼ。
「あそこにシートを敷きましょう」
エルゼは大きな木を指さして言った。
大きな木の下に着くとエルゼはアルトの持っているバスケットから大きなシートを取り出し地面に敷く。
子どもたちは各々広大な草原で遊び始める。男の子たちは走り回り、女の子たちは花冠や花かごを作り出す。
年長組のエルゼとアルトは木陰からそれを見守る。
「この光景を見ているとね、日々の疲れが飛んでいくの。頑張ってよかったーって!この子たちのためなら自分の命なんて惜しくないって思えるの」
そんなものなのだろうか。
人間は絆というものを大事にするらしい。他人のために自分を犠牲にする。吸血鬼などの妖魔には考えられないことだった。
他を蹴落とし助け合いなどしない。他人のために自分を犠牲にするなどもってのほかだった。しかし、なぜだか、その思いやりが自分に向けられたらなんて考えてしまう。そんなこと訪れはしないが。
「君にも何か命を賭してまで守りたいものはあるかい?」
エルゼの問にアルトは首を横に振る。
「いつか君にもできるといいね」
そんなことは考えもしなかった。もし自分にもそんなものがあったらなどと興味心はある。
そんな日々は訪れないだろうが……。
「そういえば、ピクニックに来た目的を君は忘れていないかね」
子どもたちと遊ぶことである。
アルトは子どもたちのもとへ駆け寄るが……
「ハナが見当たらない」
アルトがそういうとエルゼは顔色を変え、慌ててハナといつも仲がいいセラとイヴのもとへ行く。
「あなたたちハナを見なかった?」
2人は顔を見合わせると首を横に振る。
「そんな……」
みんなでハナを探し始める。木々の影や湖に落ちていないか周辺を探すがどこにも見当たらない。
ここは見晴らしの良い平原だ。ここにいないとすれば森の方へ行ったに違いない。しかし、この人数で森へ向かってしまえば二次遭難になりかねない。
「どうしよう。私のせいだ。私がもっとあの子を見ていれば」
エルゼはそう言うと瞳から涙があふれてくる。
いつも年下の子供たちをお世話するお姉さんの姿ではなく、すすり泣く姿は年相応の少女だった。
もうじき日が暮れる。そうしたら森へ捜索は断念せざる負えない。日が暮れたら森は一気に気温が下がる。ハナのように幼い子供の体力では長くはもたないだろう。
ワオ――――――ン
オオカミの鳴き声である。
「こんなところにオオカミなんて現れたことないのに」
エルゼはオオカミの遠吠えを聞くな否やますます慌て始める。
「あの子きっと今頃不安で泣いているわ」
「まずは落ち着け。もうじき日が暮れる。考えなしで言ったら二重遭難になるぞ!!」
しかし、目の前で血のつながりのない他人を必死に心配するエルゼを見るとなぜか胸が締め付けられる。
吸血鬼としてこの世に生れ落ち同族で仲間と呼べるものもいる。しかし、エルゼのように自分を心配し泣いてくれる奴がいただろうか。自分のためにこれほど心配し泣いてくれる、これほど自分のことを思ってくれる人がいたらどれほど幸せだろうか。
こんなに心温かい人をこのまま泣かせていいのだろうか。答えが出る前に気づけばエルゼを引き留めていた。
「待て!むやみに森へ行くな。遭難したらどうするんだ!」
「そんなの関係ない!私が行かないとあの子が!オオカミもいるし、もしかしたらもう襲われているかもしれない。早く助けに行かなくちゃ」
「何故そうまでして他人を助ける。血のつながりもないただの他人だろう」
アルトの物言いにエルゼは衝撃を受けたのかおとなしくなる。その様子を見てわかってくれたのかとアルトが安心していたがエルゼの瞳には悲しみに溢れていた。
「あなた、それ本気で言ってるの?この一か月みんなと過ごして何も感じなかったの?」
エルゼは悲しそうな表情になる。
「あなたにとってはただの他人かもしれない。でも私にとっては血のつながりがなくても本物の家族だった。周りからは家族ごっっこだなんていわれることもあった。周りからは偽物に見えていたかもしれないけど私にとっては本物だった!私にとってはたった一つの宝物なのよ!だから一人でも失ったら私は……」
エルゼの切羽極まる主張にアルトは戸惑う。
エルゼはロイの方を見る。
「ロイ。帰り道は分かるわね?」
エルゼの問に頷くロイ。
「みんなのことはお願いね」
ハナを迷いなしに探しに行くエルゼをアルトは止めることができなかった。ここで無理やり止めることもできただろうが、きっと今後恨まれるだろう。
エルゼがいなくなり不安に駆られたのか年少組のマーガレットや年中組の子供たちが泣き出す。一人泣くとまた一人と伝染していくように泣き始める。
まずは子どもたちの安全を考えて街へ戻るべきだろう。しかし、このままエルゼとハナを放っておけば二人ともオオカミの腹の中かもしれない。
なぜここで迷っているのか分からなかった。以前の自分なら迷わず判断できるはずなのにエルゼを置いてはいけなかった。
「アルト?お前なにしてんだ?」
アルトは声がする方向に目をやると、鬱蒼とした木々の下に狐の妖魔がいた。
アルトはその妖魔ーエギンのもとへ駆け寄った。
狐の妖魔であるエギンはアルトとは古い付き合いのある妖魔であった。昔エギンが他の妖魔に襲われていたとことろを、ただの気まぐれでアルトが助けた。そのことがきっかけで度々会うようになったのだ。
アルトは急いでエギンに今の状況を説明する。
「ありゃ、それはえらいことになったな。お前はあんまり首突っ込むんじゃねえぞ。それじゃ」
「どこへいく」
エギンはその場をちゃっかり抜け出そうとするので首根っこを掴む。
「だってよ、これ以上関わったらろくなことになんねえよ。それに灰色オオカミも関わってる。下手に手を出したらこの森に棲んでる俺にとばっちりが来るだろうが!!」
「そこは心配いらない。手を出すのは俺だ。お前にはこのガキどもを町まで送ってほしい」
エギンはまだ渋っているのか首を縦に振ろうとはしない。
仕方がないのでアルトは最終兵器を投下することにした。
「今度妖魔会のアイドル、エマちゃんを紹介してやろう」
それを聞いてエギンの耳がピクっと動く。
「闇市のクラブでは人気ナンバーワンだからな。お前みたいなどこぞの底辺妖魔は一生お目にかかれないだろうが、俺が手引きしてやる。これでどうだ?」
「……それマジだろうな」
「まじまじ」
エギンはしぶしぶ子供たちを街へ送ることを承諾してくれた。
アルトは子どもたちのもとへ戻り、泣きじゃくる子供たちを落ち着かせていた。
するとロイがアルトの服をちょいっと引っ張る。
心配そうにアルトを見つめる。
「大丈夫だ。俺に任せとけ」
アルトはロイの頭を優しく撫でる。
アルトは子どもたちに聞こえないようにエギンの耳元でいう。
「ガキども食うんじゃねえぞ」
「食うか!!俺の好みはナイスバディのグラマラスな姉ちゃんなんだ!!」
エギンは失礼な!!といわんばかりに怒っていた。
子どもたちを見送った後アルトは森の中へ向かうことになった。




