吸血鬼とメイド アルト過去編4
薄暗い鋼鉄の柵の中でアルトは床に仰向けになって寝転んでいた。
アルトが牢屋に放り込まれて3日は経っていた。
あまり目立たぬよう警備隊におとなしくついて行ったがこのままでは刑務所暮らしになるかもしれない。それだけはどうしても避けたい。
先程は人通りもあり多くの人の目につきやすかったがここでは警備する人間一人が定期的に巡回しているだけだった。
しかもその警官は牢の鍵を持っていたためそいつ1人を殺して鍵を奪うという作戦を考えていた。これが最も妥当な作戦だろう。
そしてそろそろ巡回時間である。
アルトは獲物を狙う狩人のように冷たい目になる。
コツコツと足音がしてくる。そしてその音は確実にこちらへ近づいてくる。
警備の人間をこちらへおびき寄せるために声をかけようとするアルトだったが、そのようなことをしなくても警備の人間はこちらへと近づいてくる。
「出ろ。お前は釈放だ」
拍子抜けしたアルトだったが警備隊人間の指示に従い牢を出る。
アルトは客室のような部屋へと案内される。
扉を開けるとそこには見慣れた顔があった。
「やぁアルト。反抗期にしても少しやんちゃをしすぎたね。ママ心配したんだよ」
そういうリークは心配していたというには楽しそうにへらへらと笑っている。
「お前、どうやって……」
「あれ?いってなかった?僕の家であるレーモンド家は由緒正しい貴族の家でねこの国ではそれなりに権力を持っているんだよ。こんなど田舎の領主なんて相手になんかならないさ」
「初耳なんだが……」
リークは肝心なことはあまり言わない。自分の思うがまま行動している。こいつの適当具合はどうにかならないものかと思った。
アルトはリークに連れられ建物を出る。
外にでてそそくさと歩くアルトにリークが呼び止める。
「どこへ行くんだい?君三日も何も食べてないだろ。せっかくだから僕に付き合っておくれよ。ごちそうといこうじゃないか」
日も暮れ始める時間、太陽の光を闇が侵食していく。あと数分で闇の住人が動き出す。リークは人間の血を飲まず喉が渇いているアルトをつれ人間を狩ろうと言っているのだろう。だがあいにくと喉は乾いていないし、獲物をこいつと分け合うなんてまっぴらごめんだ。
こいつの趣味なのか捕まえた人間をすぐ殺さず楽しんでじわじわと殺していく。
趣味が悪すぎて嫌悪感を感じるほどだ。
まあ、人の食事になどとやかく口を出す気はないが。
「断る。俺はそこらへんを歩きながら適当に帰る」
日が暮れはじめ屋台に火がともり始める。
日中の人々のにぎわいとはまた違う雰囲気を醸し出す。
「ねえ!あなた!」
アルトは気付かずにそのまま歩く。
「ねえ!!!ちょっと!!」
女性はアルトの肩を掴み呼び止める。
ようやっとアルトは女性の存在に築いた。
「やっと気づいてくれた。それよりこの間は大丈夫だったの?」
「……?」
女性にこの間と聞かれ何だろうと考えていると女性の顔を思い出し、ああ。と声を出していた。
その女性とはアルトが投獄されるきっかけとなった男ともめていた女性であった。
「呆れた。結構な騒動だったのに当の本人は忘れているなんて……」
心配していた自分がバカみたいと言いたげにため息をつく。
「まあ、とにかくあなたが無事でよかった。ところでこの後暇かな?」
「ああ」
「ならお礼をさせて欲しいの。私ここの通りの突き当りの食事処で働いているからそこはどうかな?」
「……いや、俺は」
吸血鬼だから人間の食事には興味はないと言えるはずもなく返答に悩んでいると、アルトが遠慮していると勘違いしたのか女性が強引に詰め寄ってくる。
「遠慮しないで。私が言うのも何だけど私が働いているお店はこの街では一番って評判なの!」
女性はアルトの背中を強引に押して目的地に向かうのだった。
***
女性に連れられとある建物の前に到着する。
外観は木でできており木の看板に食事処と書かれていた。
中に入ると人でにぎわい酒と食事を各々楽しんでいた。
そして女性に案内されるまま二階の奥の席へと案内されるこの二階の半分が吹き抜けになっていてその半分が客席となっていた。
案内された席からは1階の様子がよく見える。
「好きなの食べていいからね」
そういうとメニューを渡される。
そんなことを言われたってアルトは生まれてこのかた人間の料理など食べたことがなかった。
食料に困って豚や牛などの血を飲んだことがあるくらいだ。
やはり断ろうとルルの方を見ると遠慮は許さないと顔で描かれているようにこちらを笑顔でこちらを見ていた。
「すまない。料理には疎くてな。君のおすすめでいいよ」
「そう?じゃああなたが満足いくような料理をいっぱい頼むわね」
「ああ……よろしくたのむ」
一抹の不安はあったがアルトは女性に従った。
しばらくするとテーブルに続々と料理が運ばれてくる。
だんだん食べきれるか不安になってきた。
「さあ!遠慮なく食べてね!!」
テーブルに所狭しと並べられた料理は人間にとってはごちそうなのだろうがアルトにとっては未知の領域であり恐怖さえ覚える。
「飲み物はオレンジジュースで我慢してね。あなた見るからに未成年だしね」
女性はビールジョッキを持ち何やら何かを待っているようだった。
「なにしてるの?早く乾杯しようよ。私お腹すいてお腹と背中がくっつきそうだわ」
「……乾杯とはどうすればいいのだ?」
「……え?」
アルトは生まれてこのかた人間と食事をしたことはなく人間の礼儀作法など知らなかった。
女性は怪しむようにアルトを見る。
(ヤバい。怪しまれている)
「あなたもしかして外国の人?」
アルトは慌てて頷く。
アルトは女性が勝手に勘違いしてくれたおかげで命拾いした。
「それならしょうがないわね。でもそれにしても言語が堪能ね」
「あ、ああ。一生懸命勉強したからな」
アルトは女性の話に合わせて必死にごまかす。
女性はアルトに乾杯の仕方を教える。
女性は咳払いをして――
「それでは気を取り直して。助けてくれてありがと!!―――乾杯!!!」
カチンと気持ちの良い音が鳴る。
女性は勢いよく飲んでいきジョッキのすでに半分まで減っていた。
オレンジと言う果物は酸味が強い果物だと書物で読んだことがある。
吸血鬼にも味覚と言うものは存在する。血と言っても個体によって味が違うため好き嫌いも当然ある。
酸味と言う概念も理解しているつもりだ。だが未知の食べ物にアルトは緊張する。
どうとでもなれとアルトも勢いよくジョッキに口をつける。
「……おいしい」
アルトは一気に飲み干してしまう。
(なんなんだこの感覚は)
口に広がる酸味と甘みは血を飲むときのそれとはまるで違った。さわやかな香りも鼻を心地よく通り過ぎていく。
テーブルの真ん中には鳥の丸焼きが置かれていた。腹の内臓は取り出され様々なハーブが入っている。
女性はそれをアルトに切り分ける。
一口食べるとハーブとスパイスの香りが口いっぱいに広がり鳥の肉汁もこれでもかと言うほどに流れてくる。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はエルゼ・ククミラ。あなたの名前は?」
「アルト」
自己紹介を終えるな否や料理にがっつき始めるアルト。
「気に入ってくれてよかったわ。ここの料理おいしいでしょ?」
エルゼは満足そうに微笑む。
「ああ、料理と言うものは初めて食べたからな。こんなにおいしいなんて」
「初めて?」
しまったと思った。そもそも料理を食べたことがない人間なんていないだろうから。
「こんなにおいしい料理を食べたのは生まれて初めてだという意味だ」
慌てて取り繕う。
「それにしては上等な服を着ていると思うのだけれど?」
「こ、これは主人から貰ったんだ。いらないからやると」
嘘ではなかった。アルトは衣服には興味がなかったため気が付けば服がボロボロとなっている。それを見かねてリークが服をくれるのだ。お前みたいなのが近くにいれば僕の品位が疑われると。
「そういえばどうしてあの男ともめていたんだ?」
アルトはこれ以上言及されないように慌てて話をずらす。
「ああ、そのこと。いいわ。説明する。何も理由を知らず巻き込まれたら気分が悪いでしょうから」
エルゼは先日あったことをアルトに話し始めた。
エルゼは聖シーナ孤児院で働いており、この間孤児院に訪れていたのはその孤児院のパトロンである領主の使用人。
なんでも領主が幼女趣味をお持ちだとかでその幼女の調達のために孤児院に訪れていたという。
そして10歳の幼い少女ハナを無理やり連れて行こうとしたところをエルゼが止めたのだとか。
領主はこの孤児院のパトロンのため逆らえばただでは済まないとわかっていたものの孤児院のみんなは家族だと思っていたエルゼは実の妹のように思っていたハナをつれていかれるのが許せなかった。
「そこに偶然あなたが割り込んでくれたおかげでハナのご奉仕の件がうやむやとなって助かったというわけ。本当に助かったわ!」
エルゼは満面の笑みでアルトを見る。
その瞬間胸の奥に何か温かいものが感じられた。冷たい屋敷の中では感じることのない感覚。
アルト自身は助けたという自覚がなかったが他人に感謝されるのが始めててこれも悪くはないと思った。
「もう少し付き合ってほしいのだけれど大丈夫かしら」
特に用事のなかったアルトは静かに頷く。
2人は店を出て路地を曲がるとそこは聖シーナ孤児院と書かれた建物があった。
外まで子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
エルゼはドアを開け二人は中へと入っていく。
「ただいまー」
そういうと子供たちはおかえりと元気良く言う。
見かけないアルトを見て子供たちは興味津々に近づいてくる。
「エル姉このお兄ちゃん誰?」
物珍しいものを見るかのように続々と子供たちが集まってくる。
こんなに人に囲まれたことがなかったので少し引き気味になるアルト。
「この人はアルトお兄ちゃん。この前ハナを助けてくれたのよ」
ハナを助けたことを聞いて子供たちはアルトを品定めしているような視線から信頼を寄せる視線となり笑顔になる。
「この人が助けてくれたんだ」
「ハナを助けてくれてありがとう!!」
「アルト兄ちゃんはどこの人なの?」
全方位から投げかけられる会話について行けずアルトはてんやわんやしているとその様子を見ていたエルゼは優しく止めに入る。
「こーら。アルトお兄ちゃん困ってるでしょ。順番に話さないとだめよ。それと……」
エルゼは何かを探すように周りを見ると、それを見つけたのか声をかける。
「ハナ――!!恥ずかしがってないでこっちへおいで」
エルゼが声をかけた方向には恥ずかしがって壁に隠れている少女ハナがいた。
エルゼに見つかってしまい観念したかのようにこちらへ近づいてくる。
「アルト。この子がハナよ」
美しいブロンドヘアーを二つ結いをしてクマの人形を持っている可愛らしい女の子だった。
「ほらハナ。ありがとうは?」
エルゼに催促され下を向きながら口を開く。
「たすけてくれて……ありがとう」
そういうとハナは一目散に逃げてしまった。
「ごめんね。あの子人見知り激しいのよ」
「別に構わない」
そしてしばらくすると二人は少し肌寒い風が吹く外へ移動した。
「今日はつきあってくれてありがとう」
そういうエルゼに一つ質問をしてみた。
「それはいいのだが最後なぜ孤児院に?」
「うーん。なんて言うんだろう。あなたが救った人を実際に見て欲しくて。なんかあなた助けたって実感がなさそうな顔していたから」
それはそうだ。アルトには助けたという自覚がなかった、
図星と言う顔をするアルト。それを見てエルゼはクスッと笑う。
「また今度遊びにおいで。子供たちもきっと喜ぶ」
「気が向いたら」
そしてアルト孤児院を後にする。
闇が支配する夜の路地。街灯の光を頼りに歩くアルトの姿を面白そうに見つめるリークの姿があった。




