吸血鬼とメイド アルト過去編1
それは紅蓮のように燃え輝く皆既月食の日だった。
深々と雪が降り積もり動植物は寝静まる深い夜。人も寄せ付けぬ森の奥に樹齢何百年になるのかという大木があった。
針葉樹林以外の植物は葉を身に着けていないのにその大樹には青々とした葉をたずさえている。その木の枝には両手では抱えきれぬほどの大きな実がなっていた。その実は紅蓮に燃える月の光を一身に受け、まるでその光を栄養分にしているかのように必死に浴びている。
十分な養分を得た実はこれ以上大きくなれないと言っているかのようにピキリと一筋の切れ目が入る。ぶどうの実が皮から出てくるかのように木の実の中身がボトリと落ちる。その落ちた実は小さな子供の形をしていた。一糸まとわぬその体には透明な液体がまとわりついている。
落ちた衝撃のせいか少年はゆっくりと目を開ける。6歳くらいだろうか。幼い少年だった。肩まで伸びた黒髪は絹のように滑らかで肌は陶器のように白く美しい。瞳はルビーのように赤く輝き、見るものを魅了する。
「おはよう。ようやくお目覚めかい?」
そこには笑顔でこちらを見る少年がいた。金髪碧眼で青白い肌をしている。
「僕はリーク。君と同じ吸血鬼さ」
リークと名乗る吸血鬼をただ見つめる少年。
「まだ寝ぼけているのかな?まぁ。無理はない。生れ落ちて間もないからな」
少年は体を震わせる。雪山で、それも冷たい月明かりしか照らされない夜に服を着なければ寒さに震えるのは当然のことである。
その様子を見たリークは自らの上着を少年に着させる。
「そろそろ屋敷へ帰ろう。ここに長居してはいくら吸血鬼といえど衰弱してしまうからな」
リークは立ち上がると少年に手を差し伸べる。
しかし、少年は一向に動こうとはしない。体を丸め震えながら何かに耐えている。
呼吸が荒くなり、肩を上下させる。
喉がひどく乾き、筋肉が震え、骨の節々がいたい。今すぐに喉を潤しこの苦痛から解放されたい。
しかし、少年は分からなかった。どのようにしたらこの渇きがなくなるのか。
「おやおや、しょうがない子だ」
リークは少年の顎を上げ少年の表情を見る。
苦痛に震えながら耐える少年の表情を見て、満足した表情を浮かべる。
「君はとてもきれいな目をしているね。純粋で美しく輝く君の瞳からその光奪ったらもっときれいになるだろうね」
そんな不穏なことを言っているが、喉の渇きに耐えるのが精一杯で少年の耳には届いていなかった。
リークは自ら自分の手首をきる。そこからは深紅の液体が滴り落ちてくる。
「さぁ、お飲み。少しは体が楽になるよ」
滴り落ちるその液体は魅惑の果実のように少年を引き付ける。もう我慢できないというように差し出すリークの手首を少年は勢い良くかぶりつく。
口に含んだ血は舌を通って喉を流れ全身にいきわたっていく。体の震えは次第に収まり、全身が温かくなっていく。
青白かった肌はうっすらと赤くなり、頬もうっすらと紅潮していく。甘美な果実を食している少年の瞳は潤み果実以外には目もくれていなかった。
そんな少年を弟のように優しく頭をなでる。
「そういえば君の名前を決めてなかったね」
リークはどこか懐かしむように少年を見る。
「君の瞳は本当にきれいだね。あの人とうり二つだ」
リークはしばらくすると口を開く。
「あの人の名前からもらってアルトというのはどうだろうか」
少年はアルトという名前に少し反応を見せるがすぐさま血を飲みだす。
「では今日から君の名前はアルトだ」
リークはどこか懐かしむようにその名を言う。
しばらく飲み続け満足したのか少年はリークの手首を離す。
「これで歩けるだろう。喉の渇きは収まっただろうがしょせん吸血鬼の血だ。しばらくすればまた激しい喉の渇きが襲ってくるだろう」
そう言うとリークはアルトに手を差し伸べる。
「君には学ぶべきことがたくさんある。それを僕が教えてあげよう。よろしく、アルト」
アルトはリークの手を取りリークについていくのであった。




