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要塞落としを遂行せよ

 翌日、天空橋航空基地。

 常駐していた全てのHF乗り達が指令室に集められていた。

 殆どがパイロットスーツ姿だが、背広姿の者も数人いる。

 彼らアライドの将校達は、この会議を見張るかのように前に並んで立っていた。


「何だよ、あいつら。見ない顔だな……」

 用意された椅子に腰かけた所で、先に着席していた荒城が頬杖をついてぼやく。

 見渡せば、暗い室内に光るのは前面モニターのELパネルの青い輝きだけ。コの字に配された席に居並ぶ顔は薄明りに照らされ、その誰もが深刻な面持ちをしていた。


 程なくしてブリーフィングが始まる。

 開始時の第一報は北陸方面の味方の戦況からだった。

 北陸の部隊は大分苦戦しているらしく、日本アルプスを挟んで配置されていた陸戦部隊は新潟まで撤退した。

 その上、空軍の拠点だった敦賀湾はアンネームドに占拠されたらしい。

 敵は目下、空母型を造成中だという。

 アンネームドの空母機動艦隊が完成すれば、北上して東北・北海道方面に上陸することも、琵琶湖に築かれた運河を通り、大阪湾から紀伊水道を伝って太平洋側に出る事も可能になる。

 戦況は思っていた以上に芳しくない――基地司令はそう締めくくって、後ろへと下がる。まあ、いつも通りのクソッタレな戦況報告か。


「それでは、次は私から……」

 入れ替わる様に、やけに背筋の通った将校、長束が前に出る。


「誰だ……?」

 俺や瑠希乃は顔を合わせたので知っているが、荒城を始めとする他の連中は初対面だ。

 えらくデカい勲章を付けた見慣れない将校に戸惑っている様子。


「私は日本アライド統合作戦司令本部所属、長束紘一郎という者だ。一応、肩書では作戦参謀という事になっている」

 パイロット達からどよめきが起こる。

 参謀と言ったら、戦略を決める側の人間。日本における解放軍の首脳クラスの人物が、このブリーフィングに顔を出しているのだ。

 現在の状況を誰よりも熟知している男の声に、自然と注意が向けられる。


「楽にしてくれ。何も俺達は本当の軍隊じゃない。アンネームドを倒すという旗印の下に集まったプレイヤーによる連合だ。そう堅苦しく構えなくていい」

 長束は少しだけ頬を緩め、あくまでも皆にリラックスを促すが、勿論気休めにもならない。

 互いに見合わせたり、せわしなく視線を泳がす者まで。会った事の無い上層部のお偉いさんがいきなり登場したのだ。皆動揺しまくっている。

 しかし、ちらりと横目で見た先の瑠希乃だけは違う。真剣な顔で作戦参謀の次なる言葉を待ち構えていた。


「先ほど、司令官から北陸、中部の前線が後退しつつある話はしたが……対応策として東北・北海道の基地から援軍が順次送られる手はずになっている。私もその先鋒として北海道から到着したばかりだ。勿論、樺太方面の戦況は依然、予断を許さぬ状態ではあるが……」

 ちらと背後を振り返り合図をする長束。初老の司令官が小さく頷き返すと、ディスプレイが暗転、映像が灯る。


「何だよ……これ」

 それは一枚の写真だった。

 市街地から見上げて撮影したものだろうか。並び立つビルの先には空を覆う巨大な紡錘形の物体が一杯に映り込んでいた。

 機械的な意匠を施した鉄の塊。どういう理屈かは分からないが、その巨体は確かに宙に浮かんでいる。

 頂点部から底面部まで一直線に走る無数のシャフトは等間隔で幾筋も走っており、例えるなら黒一色で染め上げられた鳥かごのように見える。

 何も言わないまま画像がズームされると詳細部が鮮明に見えるようになる。

 合間の溝には様々な対空砲台やらが設営されていて、周囲の空浮かんでいた小さな黒い点は飛行型のアンネームドである事がようやく分かった。


「ストロングホールド」

 小さく……しかし、はっきりとした声音で呟いたのは瑠希乃だった。

 俺を始めとする何人かが、思わず視線を彼女へと向ける。


「現在までアンネームドと戦っていたパイロット諸君は、これが何であるかは理解しているだろう。こいつが敦賀の解放軍の港を墓場に変えた!」

 語気を強める長束に、だらけながら聞いていた皆の背筋が定規でも入れられたみたいに正される。

 画像は更にスライドされていく。空を暗くする程の巨大な要塞。その下部には円形の窪みがあり、内部からは戦闘機型のアンネームドが何機も出てきている。

 その内のいくつかの機首はこちらを見ている。画像越しに殺意を向けられているようで、俺は背筋に嫌な寒気が走るのを覚えた。


「これを撮影した者の消息は不明だ――」

 つまり、これは撮影者が最期にせめてもの思いで送信してくれた、そういう価値ある情報なのだと、長束は付け加えた上で続ける。


「アンネームドどもが本格的に侵攻行動に入った以上、こいつは最優先で破壊しなければならない。再編成した残存航空戦力を総動員してこいつを叩き落とす!」

 声を上げ、長束は後ろ手で画面の怪物を叩きつけた。その眼は強い決意に満ちている。


「紘一郎様。作戦の概要をお願いします」 

「ああ、そうだな。助かる、藍原少佐」

 藍原と呼ばれた女性はまるで長束の秘書官みたいにすぐ背後に控えていた。少佐という肩書に相応しく、端正な顔立ちの割に堅物といった面持ち。瑠希乃のようにフランクな印象は無い。 

 藍原はセルフレームグラスを直しつつ、書類を何枚かめくって長束に渡した。

 机に用意されていたボトルで給水を済ませた後、長束はそれを読み上げ始める。


「生還者の情報ではストロングホールド――識別名『アトラス』は現在、揖斐川から名古屋方面に向けて移動を開始している。恐らく、関東方面に増加したアンネームドも、アトラスからの指令を受けて動いているのだろう」

「俺らが定期的に爆撃して潰してるのに……道理で減らない訳だ」

 荒城が感心したように小さく唸る。

 アンネームドの群れの最上位に位置するのが移動要塞ストロングホールドだ。

 小さな歩兵型や戦車型、戦闘機型といったアンネームドは全て、この巨大要塞をリーダーとして行動しているのだろうという話が続けられる。


「敵は上手く連携してきている。しかし、我々にもまだ勝利の目はある。アトラスは都市を征服する際に地表に降下し、陣地設営に全力を傾ける。その間に護衛の戦闘機型どもを片付ければ、奴の懐に入り込める」

 ぐっと拳を握り締め、長束が再び語尾を強める。


「ちょっと待ってください」

 そこに割り込む声。一同が向いた先には、小さく右手を掲げた瑠希乃の姿。


「ストロングホールドは恐ろしく強固な防空設備を備えています。護衛機も多く、戦闘機部隊のみでの破壊は相当リスクが伴う筈です。アメリカのストロングホールド『ヒュペリオン』は、味方の大艦隊の支援でようやく落とせたと聞きました。我々がアトラスと戦うとして勝機はあるのですか?」

「そうだ! 大阪で俺達はアトラスに到達すらできなかったんだぞ」

 前に控えていたボレアス隊の一人も瑠希乃に呼応する。

 彼らは皆、一度アトラス撃墜の作戦に参加しているのだ。結果は迎撃に来たハブーヴによる一方的な殺戮。

 その敗戦の内容は俺も聞いていたので、彼らの言い分はよく理解できる。瑠希乃はそれを言っているのだろう。

 いくら王将が前に出てきたとはいえ、その王将はとてつもない強固な戦力を伴って移動している。破壊しろと言われて出撃した所で、死にに行くようなものだ。

 瑠希乃は未だ不満げに瞳を暗くしながら、長束をじっと見ていた。


「それはともかく……さ」

 荒城が俺を見て小声で耳打ちする。その顔は何とも言えない苦笑い。


「公平なプレイヤー同士だとしてもだ? あのオッサンはアライドでトップなんだろ?」

「まあな」

 その雲の上にいるような人間相手に初対面でここまで言えるなんて、瑠希乃も相当やばい奴だと俺は思い知る。

 しかし、あれだけ言われても、長束は大人の余裕というか、動じない雰囲気に満ちていた。


「確かに、君の言いたい事は良く分かったよ。実際に戦場に出ているプレイヤーはやはり肝が据わっているな」

「私は別に……っ!」

 少しだけからかい気味に微笑む長束。瑠希乃は顔を真っ赤にしながら押し黙る。


「いかに戦場が予想できないものだというのも分かっている。そういう意味で、君の意見はもっとも理にかなっているし、生き残って勝つための戦争をしていると言える。君達のようによく考えて行動してくれるプレイヤーばかりなら、日本のアライドが勝てる日もそう遠くはない」

 至極納得。そう言わんばかりに大きく頷き、周囲を見回す長束。

 単身、命令無視してハブーヴと交戦し、敢無く撃墜された俺にとっては耳が痛い。入る穴があればすぐにでも飛び込みたい気分だ。


「紘一郎、そろそろ打ち明けた方がいいのでは? このままでは皆も納得しませんよ」

 背後に控えていた藍原少佐が小さく手を添えて耳打ちする。

 やはり長束と共に赴いて来たと言う事は、彼の副官なのだろうか――どこか気心の触れたようなやり取りだ。


「すまない。実の所、私は諸君の誰よりも敵の兵器と弱点を知っている。少なくとも敵航空勢力と《HFハイフライヤーズ》に関する事ならば……ね」

「何だ……と?」

 隣の荒城が訝し気に呟く。他のプレイヤー達からもうめき声のような物が漏れる。

 長束はそれでも動じることなく、鷹揚に手を広げて続けた。


「つまりだ。私はアンネームドの攻略法を熟知している。それに、私の情報力は恐らく欧州、アメリカ大陸のアライド上層部よりも確かなものだと自負している」


「「何だって?」」


 我慢できなくなったパイロット数人が、とうとう声を上げた。

 一触即発、そんな物々しい空気で作戦室内がピリピリし始めた。もう逃げ出したい。


 要は、長束はこう言いたいのだ。

 自分が世界で一番アンネームドの攻略法を知っている、と。


 驚く一同を尻目に、長束は一人だけ愉快そうに相好を崩す。綻んだ顔が今までになく人当たりよさそうで、悪く言えば悪戯好きな少年のような、そんな雰囲気。

 どうやら、今の顔が彼の本当の姿らしい。


「そう言えば、私の詳しい自己紹介がまだだったな。ここではただの軍人だが、向こう――現実世界では、こんな仕事をしていてね」

 その声に合わせるように、背後に控える藍原がホログラム端末を操作し始める。

 空中要塞の画像が切り替わり、映し出されたのは長束の顔写真。


「社員証か?」

 荒城が首を傾げる。しかし、驚くべきは顔写真の右側に記された長束の肩書きだった。


「これは……」

 思わず誰かが驚きの声を上げ、俺も言葉を失う。

 そこにはこう書かれていた。


『株式会社フォーマルハウト・エンターテイメント VRゲームソフトウェア開発部 総合ディレクター 長束紘一郎』

 フォーマルハウト・エンターテイメントというのは、俺達がこの世界で乗り回している戦闘機ハイフライヤーズを制作した、ゲーム会社の名前だった。





「HFのプログラムを設計し、デバッガーを統率し、ゲームバランスを調べ尽くした。電子の空で起こりうるありとあらゆる事象を検証し、ゲームソフトとして完成させたのは、私だ」

 そう言って長束は一同をぐるりと見渡す。その眼に虚栄は無い。

 ありのままを述べる堂々とした表情に、誰も言い返せる者はいなかった。

 成程、敵の手の内を知っているというわけだ。

 彼が設計した敵をモチーフに増殖したのがアンネームドだ。敵ユニットがある以上、長束はHFに登場する戦闘機、そしてゲーム内に登場する敵兵器の組成まで知り尽くしているという事になる。

 確かに、長束紘一郎の存在は解放軍にとって切り札と成り得るだろう。


「恐縮過ぎるだろ……」

 どうしようもねえな、と荒城が薄ら笑いをする。多分俺も同じような顔をしている。


「勿論、いくつかのアンネームドに関しては門外漢だ。この世界に同期している複数のFPSゲーやタンクゲーはそれぞれ別メーカーが開発したソフトウェアだからね」

 そう注釈を加えた上で、もう一度周囲を見渡す。


「しかし、ストロングホールドは別だ。奴はいずれ、HFのアップデートで実装する予定だった空中要塞が基になっている。つまり、アトラスの戦力はほぼHF由来だと言っていい」

「それは分かる……だがな」

 天空橋飛行隊の指揮官、北条敏矢は腑に落ちない顔で立ち上がる。


「アトラスを落とすとして、ハブーヴへの対策はどうする? 奴がキングを守るクイーンの駒として存在しうる限り、我々は多くの味方を失う。アトラスを潰す前に何機の仲間がやられるか……それでは元も子も無い」

 北条の発言は、実際に戦場に出る指揮官として至極もっともなものだった。


「策はある」

 しかし、その問いに長束は力強く頷いて答えた。ぴくりと北条の眉間が反応するように動く。


「現在、アトラスが生成した敵の多くは敦賀から移動を始めている。敵は北陸軍を優先して倒すつもりらしい。一方で、アトラス自身を護衛する戦力は薄い。この機を逃さない手はない」

 北陸方面軍は既に大きな被害を受けている。それでも尚、彼らを使って陽動を行うと長束は言っているのだ。


「つまり、味方の損失を見越してのミッションという訳ですね? 北陸の部隊の出血はアトラスを倒す為の……」

 黒いポニーテールを闇に揺らしながら、今度は瑠希乃が質問を投げかける。


「大阪で私達は多くの仲間を失いました。だからこそ……これ以上、無闇に犠牲を出す可能性のある作戦は、回避するべきだと思います」

 憂いげな横顔が俯き、顔を上げる女エース。その口許がキッと引き締まる。


「だが、ヤツを落とさなくては敵の勢力は増す一方なんだぞ」

「そもそもハブーヴが健在だ。アトラスの射程圏内にすら近づけん」

「俺達に特攻覚悟で敵地に突入しろってのか?」

 瑠希乃の一言を皮切りに方々から声が上がり始めた。

 所詮はプレイヤーである以上、軍人のような規律は彼らには無い。共通してアンネームドに対抗する意志はあっても、やはり戦場への恐怖はそれに勝る。

 あっという間にそれぞれの不満が噴出し、話がおかしな方向へと曲がり始めた。

 てんでばらばらに騒ぎ合うHFパイロット達。基地司令も頭を抱えてしまっている。


「おいおい。今揉めてどうすんだよ~」

 その様子にうんざりしたように、荒城が机に伏せてしまう。内心呆れ返っているようだ。

 ただでさえ窮地に追い詰められているというのに結束しなくてはならない。作戦に出撃するにあたって、隊全体の足並みが揃わなくては、望みがある作戦ですらも不可能になってしまう。


 ――しかし、俺は見逃さなかった。


 この混乱の坩堝の中で、長束紘一郎は未だ余裕に満ちた顔のまま。

 まだ、何か秘策があるのだろうか。俺は次の言葉を待つ。


「北条隊長。貴方が部下の帰還を優先する手堅い指揮官だとはかねてから聞いている。生還してこそ、次の戦果を確実に上げる事ができるからな。しかし、今回ばかりは私も譲れないんだ」

 長束は襟元に手を当てると、ネクタイを大きく緩めながら前に出る。

 その思いきったパフォーマンスに、言い争っていた連中が動きを止めた。


「このまま手をこまねき、敵の増長を許せば、どのみち北陸方面の味方は全滅する。だからこそ、アトラスは何としても落とさなくてはならない」

 天空橋の飛行隊長、北条敏矢は腕を組んだまま、詰め寄る長束をじっと見ている。


「ハブーヴを落とし、アトラスも落とす。その後に北陸方面軍と連携し、敦賀湾からも敵機動艦隊を一掃する。そうすれば、日本の大部分からアンネームドを駆逐できる日も遠くなくなる」

 語気を強める長束に周囲の面々は圧倒されたまま。


「しかし、アンタ達上官の命令で俺達は仲間を多く失ってるんだ。今回の敵の攻勢では陸上部隊だって大きな打撃を受けている。割ける戦力はだいぶ少なくなってきたんだ」

「――だから、今回は私自身も出撃する」

「?」

 反論しようとしていた北条が息を詰まらせ気味に驚いた。

 長束は少しだけ自嘲気味に笑う。参謀自ら出撃という事がどれほどおかしな話であるか、言った本人も十分承知のようだ。


「私がハブーヴの相手をする。その隙に君たちはアトラス全身に張り巡らされているジャミング装置、対空装備を破壊するんだ。あのデカブツを丸裸にしてやれば、後はデカい的だ」

 ゲーム開発に携わり、自らもデバッグをしたという長束。

 彼自らがこの無謀な強行作戦で先陣を切ると豪語するのだから、それ以上は誰も言えない。


「「…………」」

 天空橋飛行隊の面々で、異を唱える者は誰もいなかった。


「成程。作戦参謀殿が最前線にまで来たのは、そういう理屈ってわけか」

 北条も納得いったようだ。沈黙のまま、ゆっくりと首を縦に振る。


「分かった、いいだろう。アンタに任せようじゃないか」

 一触即発だった二人に冷や汗の粒を額に浮かせていた基地司令官。堅物と知られる壮年の彼も、心底ほっとしたのか胸を撫でおろしている。

 見回すと、瑠希乃も穏やかな微笑を浮かべていた。俺もそれに目線で返す。


「いいか。この作戦は大阪以来の大規模反抗作戦だ。だが、大阪の敗戦の二の舞にはならない」

 確信をもって、長束は皆を見渡した。


「アンネームドの上陸に浮足立っていた前回とは違って、今の我々には情報という力がある。ハブーヴも、デカい顔で空に浮かぶふざけた要塞も、残さず叩き落としてやろう!」

 長束が力強い声を発する。それに呼応する歓声と共に、ブリーフィングは締めくくられた。



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