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 休暇を与えられたある日。

 俺は瑠希乃によって何故か街に連れ出されていた。

 地図アプリを視界に開いた住所は中央区銀座、ちなみに天気は晴れ。いや、何で?

 時計台やら商業ビルが建ち並ぶ広い道を見渡しながら、瑠希乃は何故かウキウキ気分で歩いている。

 一方の俺は何故彼女がこうも浮かれ気分で歩けるのか全く解せない。


「なあ。この辺ってショッピング界隈だよね? 人っこ一人いないんだけど」

 見渡す広い歩行者用通路は俺達以外の人影が見えない。まさにゴーストタウンだ。


「アンネームド接近の報が一般プレイヤーにまで広がっちゃったのよ。北日本、北海道方面に避難した人も一杯いるって。ニュースサイトで聞いたわ」

「随分と詳しいだな」

「誰かさんが雪山で遭難してる間に、色々あったって事」 

 いい気分で歩いていたのに水をさされたのか、ムスっとする瑠希乃。

 その心当たりがあるだけに、俺は冗談で返せないのがきつい。


「分かったよ。でもさ、このお出かけに何の関係があるんだよ? 何で俺、連れ出されてんの?」

「上官命令よ。少し気分転換したいから付き合いなさいって事」

 ふふんと鼻で笑う瑠希乃は何故か自慢げ。見た限り機嫌は良さそうだ。

 命令違反の俺を怒っている訳でなないと知り、心底ほっとする。


「着いたわ」 

 そして、瑠希乃はあるビルの前で立ち止まった。そこの一階はフロア丸ごと喫茶店らしい。見覚えのある有名チェーンを模した看板と、華やかなテラスが俺達を出迎える。


「じゃ、入るわよ」

 そのエントランスの扉前で、彼女は振り返り、颯爽と店内へ。俺も続くしかない。

 扉に釣られていた鐘が音を鳴り、ウッドテイストの落ち着いた店内が俺達を迎える。

 いかにもお洒落な喫茶店の雰囲気。しかし、店内に人はおらず、かえって不気味だった。


「座りましょう」

 踏み入れると薄暗い店内に照明が灯る。瑠希乃は手近な席に座ると、メニューを呼び出した。


「パフェでいい?」

「いきなりかよ……てか俺、喫茶店来た事無いんだけど」

「うそでしょ……え、何。だから、そこで止まってるわけ?」

 愕然とした瑠希乃の対面に腰かける。でも、やっぱり何をすればいいのか分からない。

 魔改造した旧型機でアンネームドを蹴散らす瑠希乃だが、それはそれ。今、この場の彼女をエスコートするのが男としての俺の役目だろうに。この辺、ダメダメなのが俺だ。


「……」

「じゃあ、私に任せて。とりあえずオーダーしとく」

 半ばオブジェクト、NPCの客になりかけていた俺を差し置き、瑠希乃はメニューをタップ。

 すると、テーブルの上に光のテクスチャがいくつも沸き起こる。

 現れたのは、クロワッサンの乗った皿。シュークリームにプリン。ティーカップからは、白い湯気が立ち昇っていた。

 テーブル上は瑠希乃がオーダーしたスイーツで埋め尽くされており、すごく糖分高めだ。見ているだけで胃がもたれる。


「食べなさい」

「い、いいのか?」

「うんっ。だって大澄君のおごりだから」

「ええっ?」

 天使みたいな笑顔でプリンを口に運ぶ瑠希乃。俺は思わず口に含んだミルクティーを噴き出しそうになる。


「もう、何やってんのよ?」

 ナプキンを寄越され、それで口許を拭った。


「一応、雪山でアンネームドと命がけの白兵戦やってたんだけどな。それでも俺の奢りなのか」

 てっきり、奇跡の生還を祝う意味でのランチだと思っていたのに。


「クレジットもうないのよ。本当にもう、すっからかん」

 俺が信用していないとでも思ったのだろうか。瑠希乃はメニュー画面を開き、俺にも見えるように、ホロウインドウをこちらに向けた。小さく表示された所持金は、見ているだけで憐憫を覚える額面。小銭入れでもここまで軽くないって……


「飯代くらい入れておこうよ。一応、お嬢様学校の生徒なんだろ?」

 どんなビンボー貴族だよ。俺は頭を垂れるしかない。


「はー。この世界のクレジットが全て共有された同一通貨になってるなんて、予想外だったわ」

 瑠希乃は俺に目配せして、溜息しながら背筋を伸ばす。いちいちわざとらしい仕草だ。


「ブルーバックの改造してなければなー。ここまでお金に困らないのになあー。でも、そのブルーバックで私はアライドのエースになれたんだけどなー」

 最後は半ば切れ気味。瑠希乃は俺に見せつけるようにクロワッサンを手づかみして頬張った。


「分かった。分かったってば」

 仕方ない。俺はメニューを呼び出し、彼女の代わりに会計キーをタッチする。

 胸をすくような会計音が鳴り、ついでに俺の額面クレジットも一気に軽くなる。


「ありがと♪」

「おう……」 

 俺は気分を取り直すべく、目の前のティーカップに口をつける。仄かに甘い紅茶の香りが鼻を通り抜けた。


「ところで、ブルーバックを降りたのか?」

「……何で?」

 瑠希乃は眼を薄く開きながら、小さな声で言った。かちゃりと音を立てるカップの音は、心なしか少し乱雑に聞こえる。


「さっきも言ってたけどさ。君はあれだけブルーバックの改造にこだわっていたじゃないか」

 特に他意はなく、本当に何気なく問いかけたつもりだった。しかし、彼女は言葉の意味をどう受け止めたのだろうか。相変わらずの険しい顔は、空で作戦に臨む時の顔にそっくりだ。


「勿論、カスタムは続けるわ。でも、今はアトラスに勝つ事が最優先事項でしょ?」

「だから、あの新型機を受け取ったと?」

「ええ。似たようなカラーリングだし、空自設定の架空機だし。私としては万々歳よ」

 淡々と言ってのける瑠希乃。ヤケクソ気味にパフェにスプーンを突き入れて食べ始める。

 間違いなく怒ってるよ……俺は謝りたくなる衝動に駆られる。


「私はね、大澄君。君と同じように勝ちたいの」

 ふと、瑠希乃は表情を緩ませてニコリと微笑む。


「さっさとアンネームドを倒してさ……その後の事はまだ分からないけれど、この世界からも脱出して――それで、また昔みたいに皆でHFを遊びたい」

 その眼は何処か遠くを見ている。希望に満ち輝く瞳。

 俺はこんな彼女に惹かれて戦う覚悟を決めたんだと、今更ながら思い返す。


「俺から見たら、今の瑠希乃も十分楽しんでるように見えるけど……空戦」

「はあ?」

 不満そうな顔で腕を組む瑠希乃。

 ちょっと不味い事言っちゃったかな。やっている事がゲームプレイの延長線上にあるとはいえ、俺達は命を賭けているのだ。それを遊んでいるだなんて……


「ご、ごめん。そんな事無いよな……」 

 少なくとも、アンネームドとの戦いに全力をかけている彼女に今掛ける言葉では無かった。


「命を賭けて飛んでるのに遊び感覚だなんて、軽薄すぎるよな。どこまで現実感失ってるんだろうな、俺。あり得ない……」

 あれ――


「大澄君?」

 瑠希乃は俺の表情の変化を見逃さない。スプーンを手に留めたまま、こちらを見る目は何かを見通そうとする鋭い眼差しだった。


「い、いや……」

 俺は自分の動揺を悟られないように、シュークリームを口に突っ込む。フガフガ。


「もう、何やってんの? 馬鹿じゃないの」

 それを見て笑う瑠希乃。俺も誤魔化すように笑って返した。

 しかし……俺は気づいてしまったのだ。

 この空で戦い始めて当たり前になってしまったが、今更沸いた疑問。

 俺は、大澄春人という人間自体は、この世界での戦いをどう捉えているのだろうか。

 ハブーヴを相手にして、死を意識して、確かに俺は恐怖した。

 しかし、死と隣り合わせにあるにも関わらず、再び空に上がろうとしている自分もいるのだ。

 あの雪山で狙撃手の少年に撃墜された時の思いを聞かれた時、悔しかった、怖かったと。確かに俺は、そう答えた。しかし、それと同時に俺はハブーヴに勝ちたくなっていたのだ。

 心の端ではこの電子の空での戦いを、命の駆け引きを、楽しんでいるのかもしれない。

 俺はそんな事を思い返しながら、自問自答を繰り返す。


「どうしたの? 気分でも悪い?」

 瑠希乃が不安そうな顔でこちらを見ている。


「もしかして、雪山で怖かった時の事、思い出させちゃった?」

「大丈夫。単にクリームが気管に詰まりかけただけだから……ごほっ」

「もうっ! これくらいで死ぬようなプログラミングはされてないわよ!」

 おかしそうに笑う瑠希乃。俺は尚も本心を隠しながら笑い続けた。

 そうやって、ありったけのデザートを食いながら話し込む俺達。

 心のどこかに引っかかった小骨を必死で飲み込もうと、俺は疑似世界の糖分を摂りまくった。


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