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79.路地裏と金髪

 あ~、大体なにが起こったのか理解できたわ。ニホンジン! ときた。キョーコめ、下手打ったな?


「はぁッ!」


 金髪が斬りかかってきたので、安全をとって大げさに飛び退いた。……石畳がへこんだりしないけど、この調子に乗って自信満々な感じは嫌な予感がするな。


 しかし、おい、キョーコ。この金髪はお前に背を向けてるんだから、こっちに抜けてこいよ。なんで右往左往するだけで動かない?


 金髪の剣が続けざまに振るわれる。1、2、3。すぐに息を切らし剣を止めた。大した腕前じゃねぇな。殺そうと思えば一瞬だが、ケッセルフでキルグフィッツの騎士を殺すのはまずいよなぁ。


「ワン!」

 来いよ! こっちに来い!

「アゥン!」

 キョーコの声から伝わってくるのは困惑。あの、さっきからピクリとも動かない魔法使いが足止めかなんかしてんのか?


「ちょこまかとっ!」

 金髪が剣の切っ先を俺に向けた。あ、ヤバい。

「ヴォウ!」

 避けろ! エスタが汲みとってくれることを信じて吠え、俺は地を這うようにして突進する。


 次の瞬間、俺の右耳が吹っ飛んだ。


 くっそ、いってぇええ!


 だが、痛みに足を止めないように心を決めていたので、負傷に怯まず、石畳を蹴って跳び上がり、金髪の右手首に噛み付いた。


「うっ! ぐぁああ!?」

 金髪は鎧を着て安心していたんだろうが、こいつの鎧は腕の外側しか覆っていない。噛み付いたら手首の内側には牙が通る。

 血の味が口の中に充満した。だが、これぐらいじゃ死なないだろ?


「このッ!」

 俺を左手で殴りつけようとしてくるが、痛みに腰が引けてへっぴり腰になっているところに、利き腕とは逆の手でのパンチなぞ当たらんわ。

 体を捻って、金髪の右腕に体を巻きつけるように動かし、金髪の目を狙って左足で蹴りを放つ。


「あがぁ!?」

 流石に金髪は避けたが、左足から陽炎をちらっと出して軽く目を突いてやった。これぐらいなら俺の蹴りを避け損なったように感じるだろう。


 顔を抑えて仰け反ろうとしたので、腕を放してやる。金髪はそのまま路地に倒れてゴロゴロと転がり痛がっている。もう隙だらけ。今だけで10回は殺せるわ。自分の生まれを感謝しろよ?


「マクルシオン様!?」

 倒れて悶絶する金髪を見て、魔法使いが動揺した声を上げた。その途端にキョーコが振り返り、こっちに走ってきた。魔法が解けたか。


 撤退! 撤退だ!



 金髪の悲鳴やらで路地の入り口に野次馬が集まりかけていたが、躱して走る。全力で走る犬に追いつける人間なぞいない。俺たちはあっさりと騒ぎとは無縁の人目につかない路地まで逃げ切った。


 まずは俺の耳を治す。あー、痛かった。キョーコとエスタの体を確認するが、怪我はしていないようだ。

 キョーコが気まずそうにモジモジしている。

『さて、なにをしたんだお前は?』

『それは、その……』

 思わず独り言を飛ばして、魔法使いに聞かれたとかか?

 なかなか白状せず、ウンウン唸っていたが、俺が再度促すとやっと口を開いた。


『建物の上に登ろうと思って、風を使ってジャンプしたところをさっきの騎士に見られちゃった……』


 ……


『馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで考えなしの馬鹿だとは思わなかった』

『そ、その言い方は酷くない!?』

 あ、思わず思考をそのまま飛ばしてしまった。

『で? 俺たちが駆けつけた時になんで動かなかったんだ?』

『……なんか透明な檻みたいなので囲まれてたのよ。日本人だろう、って言われて剣で突かれて……死ぬかと思ったから吠えたの』

『能力で反撃しなかったのは冷静だったな』

『これからここで日本に帰る研究をしてもらおうって時に人間を傷つけちゃまずいって事ぐらいは分かるわよ……』

 キョーコがしょんぼりと項垂れた。

『まあ、暫くは大人しくしていろ』

『傷つけちゃまずいのにアルスさんは反撃してましたけど大丈夫ですか? さっきの人、アルスさんに怪我させられてたから怒ってますよ、きっと』

『目立つ格好してたから、見かけたら逃げるさ。知らんぷり知らんぷり』

『もう……』

 エスタがため息をついた。


『ところで、あいつ祝福者だったでしょ? 能力無しでやっつけちゃうなんて凄いわね』

 実はちょっと使ったんだけどね。

『あいつが今までやった祝福者の中で1番弱かったからな。ココ村襲ったゴロツキの頭領の方が10倍強かったぞ』


「弱くて悪かったな」

「起動、遠き壁の1」


 うそん。


 振り向くと、金髪と魔法使いがこっちに向かって歩いてきていた。魔法使いは手に木札を持っている。そこから陽炎が広がってきていた。


 かなり引き離したし、小声で話してたってのに、なんでここがわかった!? くそ、撤退! 撤退だ!


 身を翻して走りだそうとすると、ガツンと見えない壁にぶつかった。キョーコが使われた魔法か!? やべぇ、逃げ道を塞がれた。


「ふふん、ニホンジンを3匹も捕獲できるとは、なかなか良い滑り出しではないか」

「こんなに早く有効性を示すことができて、幸いです」


 厄介なことになったな。うーん……あれ? おい、エスタ、キョーコよ。なんで俺を押さえるんだ?

『あの、誤解をしておられるようなので、説明させてください。私たちは確かに日本人ですが、キルグフィッツに協力している者です』

 エスタが俺が何か言う前に金髪に必死に話しかけていった。話している間に俺の足を踏んでくる。

 なんだよ、別に殺したりしないよ?

 

 エスタの必死の言葉を金髪は鼻で笑った。

『ふん、口から出任せを。ミリルフィアがニホンジンの捕虜を連れて帰って来ていると聞いている。恐らくその捕虜を取り返しに来たのであろう?』

 ミリルフィアの事知ってるなら、確認をとれよ。と、俺が言う前にキョーコに手を踏まれた。ちょっと……痛いんだけど。


『ミリルフィア様に確認して頂ければわかります。あたし達はミリルフィア様と一緒に先程ここに着いたばかりなんです』

「ミリルフィアが戻っているだと?」

 金髪がちらっと魔法使いの方を見るが、すぐに厳しい顔で睨みつけてきた。

「確認の為に通信魔法を使わせて障壁を解除させるつもりだな? そうはいかんぞ」

 変な勘ぐりだけは頭が回る奴だな。あ~、面倒になってきた……痛っ! エスタ、俺の足踏みすぎ。


「大人しく捕縛の術を受けろ。命だけは助けてやる。色々聞きたいことがあるのでな」

 これにはエスタ、キョーコも戸惑うように黙った。訳のわからん術を掛けられるとか、中身のわからん注射をされるようなもんだからな。恐ろしい。


 すっと陽炎を伸ばして振ってみる。

 ふむ、人間2人は陽炎が見えていないな? そのまま陽炎を伸ばして周囲を探る。

 俺たちの周り1メートル四方に見えない壁があるな。魔法使いから出ている陽炎で発生させてるんだろうが、あんな薄い陽炎じゃ強度も大したことないだろう。

 試しに強めに陽炎で押すと若干押しこむことができた。同時に魔術師が顔をしかめる。だが、金髪に警告しないのは、なんでだろう……集中が途切れるからか?


『あの、抵抗はしませんので、魔法をかけるのはちょっと……』

「お前達は選択することはできない。さあ、俺の目を見ろ」

 金髪が木札を取り出しながら近づいてきた。なるほど、目を見るとかかる魔法か。ジュンジの部隊にも居たね、そんな能力使う奴。

「早くしろ、手足の1、2本奪ってもいいのだぞ」

 金髪が剣の切っ先をこっちに向けながら透明な壁からギリギリのところまで近づいてきた。


 はい、ご苦労さん。


 陽炎3本を振り回して見えない壁をぶち破る。壁は音もなく掻き消えた。魔法使いがぎょっと目を見開く。他の人間は何が起こっているかまだ把握していない。


 すぐに陽炎を伸ばし、金髪の首を掴んで電流を流してやった。


「ガッ!?」


 金髪が短い悲鳴と共に倒れた。イライラしていた分上乗せした出力だけど、死んではいない。

『ちょッ!?』

『アルスさん、なんてことを!』

 女2人が悲鳴をあげるが、苦情は後でね。


 俺は2人を押しのけてうつ伏せで倒れた金髪の上に乗っかり、陽炎で落ちていた剣を持ち上げ、金髪の頭の上でゆらゆら振った。

『そこの魔法使い、動くな。……安心しろ、こいつは死んでいない。両手をあげて、こっちに来い。大人しくしていれば命は助けてやる』

『ちょっと、ちょっと!?』

 エスタも動揺しているが、キョーコがすげぇ慌てている。まあ、大丈夫だって。多分。


「マクルシオン様を開放してくれ、私はどうなっても構わない!」

 魔法使いがガチガチに緊張し、泣きそうな顔で両手を上げた。

『お前に選択権は無い。殺さないって言ってるだろ。早くこっちに来い』

 魔術師がとぼとぼと歩いてきたので、動くなと釘を刺してから、陽炎でボディチェックをした。木札は全没収する。

「あ、あぁ……」

 路地に転がる木札に魔法使いが切なそうな声を上げた。どうやら魔法使いは木札が無いと魔法を使えないようだからな、これで無力化できただろう。


『俺たちを追ってこれたのはなんでだ?』

「ニホンジン感知魔法を使ったんだ」

 なんだと? 俺の後ろで2人が息を飲むのがわかった。

『そんな便利なもんがあったのか?』

「わ、私が魔力感知の魔法を改良して作り上げたんだ! きょ、今日は誤作動をしないか確認していて、その……」

 キョーコが引っかかったのか。なるほど、都合よく見られたもんだと思ったが、探知されてたならしょうがないなぁ。


『なるほどねぇ』

 再度魔法使いの持ち物をチェックする。うむ、どこにも木札は隠してないな。魔法使いは見えない触手に体を弄られて涙目だ。

「た、助けてくれ。そ、その、その方より私の方が身分が上だ。人質にするなら私の方がいい」

 見上げた根性だ。だが、ちょっと前にマクルシオン様って呼んじゃってるよ? 詰めが甘い。

『こっちとしちゃ、お前たちが大人しく城に返ってミリルフィアに話を聞いてくれるだけでいいんだよ。わかった?』

「わ、わかった」

『じゃあ、ご縁があればまたね』

「え? ひっ!?」

 路地に転がった木札に思いっきり電撃を流して黒焦げにする。これですぐには探知できないだろ。


 さて、とっととずらかろう。


『いくぞ』

『……』 

『…………』

 ココ村の仮宿までエスタとキョーコは不機嫌そうに黙りこんだままだった。

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