80.説教と無罪
『どうしてくれようかしら、この狂犬』
『アルスさんは街を歩いたり、偉い人と話したりしない方がいいのでは……』
ココ村の仮宿に到着し、万が一にも外部の人間の目につかないように兄弟達の家に上がり込むと、キョーコとエスタがこぼし始めた。実に不本意な言われようだ。
『おいおい、あそこで捕まったらどうなってたかわからなかったぞ?』
『だからってあんな事したら印象最悪じゃないの! あいつ、ミリルフィア様を呼び捨てにしてたから結構偉い人よ!? もう、どうしよ……』
『ヤバいことになったら、あたしは止めたんですが、こいつが勝手に! とでも言えばいいだろ』
『勿論ヤバくなくても言わせてもらうわよ!』
『そもそも偉そうなあいつの態度が気に入らねぇ。あんな奴に下手に出る必要はないだろ』
『この……!』
キョーコがなにか激情のまま叫びだす前にエスタが割り込んできた。
『アルスさん、前々から思っていたんですけど、敵と味方で態度を分けすぎです』
『味方はフィーナちゃんとフィーナちゃんの味方で、敵はそれ以外って感じ?』
『そんな感じです』
そ、そうか? そんなつもりは……
『アルスさんが1人山の中で生きていってるならそれで良いかもしれませんが、フィーナちゃんがいるでしょう?』
エスタがじっと俺を見つめながらにじり寄ってくる。あ、あの……
『アルスさんが人に怪我させたら、他の人はどう思うと思います? フィーナちゃんの犬が、人に怪我をさせた、と考えますよ』
『フィーナを引き合いに出すのは卑怯だろ……』
『どこがです? 有り得ない例えじゃなくて事実そうなるでしょう?』
う、ぐぐ……
『アルスさんの行動はフィーナちゃんへの評価にもなるんです。ココ村ではフィーナちゃんは村の人たちに凄く良くしてもらってたでしょう? 私とアルスさんが狩りをしたりネズミを獲っていたりしたからですよ。私達の行動がフィーナちゃんの評価になっていたんです』
へぇ、そんな事してたんだ、とキョーコが呟いた。
『悪いことも同じですよ。特にこういう世界なんですから、どんな無茶言われるかわかりませんよ? あの人が怒ってフィーナちゃんを牢屋に入れたりしたらどうするつもりですか』
『そりゃ、邪魔する奴らをなぎ倒して……う、す、スマン、そんな事にならないようにするべきだよな』
エスタが鼻が触れそうな距離から俺をじっと睨みつけてきている。なんて迫力だ。
『そうです。アルスさんの行いはフィーナさんの行いであると自覚を持って行動してください』
なんか同じような事を学校とかで言われたことがあるような気がするな……
『……お前、先生とかしてたの? スイッチ入ってるけど』
『なっ! ち、違いますよ!』
お、なんかエスタが動揺して説教モードが解けたな。ラッキー。このまま話を逸らして……!
『随分と長く話しているが、なにかあったのか?』
ところがババ様の声により話題が途切れなかった。
『そうなんですよ! 聞いてくださいよ。ババ様~』
キョーコがババ様のところに走っていった。
やめろ! ババ様に話したらフィーナの耳に入るかもしれんだろ!
俺は全力でキョーコを追った。
食いついてでも話しを止めさせようとしたが、リィザの登場により目的を果たせず……
ケッセルフでの初めての夜は説教と共に過ぎていった……。
夜が明けた。
夜露に濡れた体を震わせて水気を飛ばし、伸びをする。
結局俺の行いはフィーナの知る所となり、あまりに恐ろしいフィーナの説教の後、反省しなさい、と家の外に締め出しを食らった。
これは堪えた。
久しぶりにフィーナと一緒に寝るつもりだったのに。うぅ……
俺が起きてからしばらくメソメソしていると、部屋の中で誰かが動く気配がした。誰か起きた?
少しするとドアが開いてフィーナが顔を覗かせた。目が合う。
「アルス!?」
フィーナが眠そうだった目を驚きに見張った。慌てて外に出てくる。おはようフィーナ。どうした?
「外で寝てたの?」
「ワン」
「ごめんね。昨日、アルスはピノン達のところに行って寝ると思って、追い出しちゃった……」
フィーナが俺の隣に横座りしたので、遠慮無く膝に頭を乗っける。するとフィーナがゆっくりとまだ夜露に濡れている俺の毛皮を撫でた。
「濡れてる……外にいたのは罰を受ける為?」
「ワゥン」
「意地張ってるでしょう?」
「……ウゥ」
ばーれーてーるー。
フィーナは俺を撫で続けている。いつも以上に優しい指使いが心地いい。
「なんだかいつもアルスを叱っちゃって、ごめんね」
「ワウゥン」
いや、叱られる事をした俺が悪い。悪いんデス。モウ、シマセン……
昨晩の恐怖が蘇り、体が震えだした。
「アルス、ありがとう。守ってくれて、ケッセルフに連れて来てくれて、村の人たちを守ってくれて、ありがとう」
え?
フィーナを見上げると微笑みながら瞳に涙を溜めていた。
「お父さんが死んじゃったって聞いた時、何も考えられなくて。空っぽになっちゃったみたいだった。ずっとずっと、ただ歩くだけ。その時何を話したかも覚えてないの。でもね、アルスたちが励ましてくれて、一生懸命守ってくれているのがわかって、これじゃ駄目だなって思えたの」
フィーナが涙を拭わないので、俺が舐めとった。
「それで少し元気になれたわ。……昨日、アルスが貴族様に怪我をさせたって聞いた時、凄く怒って叱ったけど……なんだか、また少し心が動き出した気がする」
フィーナが元気になるなら、あの金髪野郎を何度でもあぶぶ。フィーナにぐっと頬を抓られた。
「喜ばないの。またやったら本当に怒るからね」
ハイ、ゴメンナサイ。
「もう……アルスがそんなだからお礼を言いそびれちゃうのよ?」
まあ、言葉に出さなくても結構伝わるよ? ちょくちょくテンション上がるし。いやあ……ちょっと照れながらお礼を言うフィーナの表情は素晴らしいなぁ。
「わかってるのかしら? こら!」
フィーナがふざけてふにゃふにゃと俺のほっぺたを揉む。あふぅ。心地よい。何をされても心地よい……
そんな感じでフィーナとじゃれあっていると、他の人たちも起きだしてきて食事の準備やら洗濯やらを始めだした。
むう、ずっとこうしていたいが、そんな訳にもいかんか……
朝飯を食べて暫くすると、昨日ここに案内してくれた兵士がやってきた。
村長さんが話をしたので、横で立ち聞きしてみたが、どうやら村の人たちに働き口を紹介してくれるらしい。
なんでも、いつまで続くかわからない避難生活の間、ずっと食料などを支援するのは現実的ではないので、働いて自活してくれ、ということだった。
なるほどなぁ。ちょっと冷たい感じはするが理にかなってる気がする。
ある程度の自給自足ができる畑も貸してもらえるようなので、それプラス仕事をするなら生活が安定しそうではある。
『ここの領主? 市長? が結構やり手なのかねぇ』
『避難してくる領民を何度も受け入れて慣れてるのかもしれませんね』
そういや、長屋も新築って訳じゃないしなぁ。何度も使いまわしてるのかも。
『で、あたし達はどうすんの?』
『どうするもなにも……大人しくしてるしか無いだろう。フィーナにはなるべく内職みたいな仕事をしてもらって、なるべく目立たないように引っ込んでよう』
『仕事する訳にもいきませんからね……アルスさんはやろうと思えば色々できそうですが、就業態度に難がありですね』
『お前だったら魚屋とかで冷凍庫の代わりとかできるんじゃねぇの?』
『電子レンジが無いと解凍するのが大変ですから止めときましょう』
『え、そういう問題?』
俺たちが馬鹿話をしていると、なにやら車輪の音が近づいて来た。馬車かな?
随分急いでるような……と思ってたら、すぐに視認できるところまで近づいてきた。
うん、やはり馬車だな。んん? 馬車に描いてある紋章、どこかで見たような……
『ケッセルフ家の紋章ですよ。領主様の紋章です。貴族様が乗ってるってことですよ』
そんなに念を押さなくてもわかってるよ! 絡まないし暴れないよ! 昨日の今日でまたやらかしたら、せっかくフィーナと良い感じになれたのに口を聞いてもらえなくなるだろ!
『君子危うきに近寄らずだ。適当に隠れてようぜ』
『そうね』
『わかりました』
だが、俺たちが兄弟の家に入るより先に馬車が止まり、馬車の扉が蹴破られるような勢いで開いて、乗っていた人物が飛び出してきた。
まさか。
俺が嫌な予感に身を震わせて振り返ると、そこには化粧をして身なりを整えたミリルフィアが立っていた。
ああ、よかった。あの金髪野郎が出てきたらどうしようかと思ったぜ。どうした、ミリルフィア。なんだか怒っているみたいに見えるけど、理由は話さなくていいよ?
『アルス君、やってくれましたね』
あーあー! 聞こえない!




