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77.ケッセルフへ

 フィーナは次の日からは普通にしていた。足取りもしっかりしていて、リィザやフィンに話しかけられてもいつもの通りに応対している。

 だが、無理をしているのがわかってしまう。誰かと話した後、悲しげに目を伏せるんだ。道の先を見つめる瞳がなにか別のものを見ているようなんだ。俺は自分の無力を噛み締めながら、フィーナの隣を歩くことしかできない。


 フィーナの様子はエスタ、キョーコ、兄弟達も気にしており、フィーナの回りはちょくちょく様子を見に来る犬でごった返している。

 今も辺りを一周してきたピノンがフィーナの手を舐めてご機嫌を伺っている。

 それにフィーナは笑顔で応えた。……俺たちが悲しみを昇華する助けになっていればいいんだが。


「オォーン!」


 ペペルの警戒を促す声が左手の草原の方から聞こえた。

『アルスさん』

『ああ、すまんが頼む。人数が多いようなら知らせてくれ』

『はい、任せてください』

 隊列の後方を歩いていたエスタがさっと草原の中に消えた。

『キョーコ、矢への防御は?』

『もうやってるわ。何本飛んできても街道まで届かせないわよ』

 なかなかに頼もしい。銃弾は風では防げないかもしれないが、そもそもあんな火薬の臭いがプンプンするもので俺たちは不意を撃たれたりしない。

 襲撃に備え警戒を固めるが、俺は平然とした顔で歩き続けた。

 普通の人間には遠吠えが聞こえたなぁ。ぐらいの変化のはずだ。そうでなくてはならない。今はフィーナに戦闘を感じさせては駄目だ。


『3人です。もうペペル、ポポラ、プロアが倒してました。偵察でしょうか……』

『死んでる? 服装は?』

『死んでます。皮の鎧を着て弓と剣を持ってますね。オーグラドの紋章はありませんが、大丈夫ですか?』

『キルグフィッツの兵士が街道から外れて様子を伺う理由がありませんので、気にしなくて大丈夫ですよ~』

 馬車で休んでいるミリルフィアはエスタの声に答えてくれた。

『わかりました。私はそっちに戻ります』

『あたしの風、止めるわよ~? ずっとやってると夜持たないし』

『わかった。さんきゅー』

『しかし、頼もしいですねぇ……もの凄い安心感ですよ。輸送隊や補充兵が度々襲われるって聞いてたので、出発前はちょっと怖かったんですけどね』

『皆、何度か襲撃があった事すら気がついておらん。大したものだ』

 おや、ババ様が発言するとは珍しいな。

『気を張ってるからな。……ところで、ケッセルフまではあとどれぐらいだ?』

 フィーナを早く落ち着いて休ませてやりたいんだが。

『順調ですからね。あと3日程度です。』

 もう少しか。


 その夜、20人程の兵士から襲撃があった。

「ウオォーーーン」

 不覚にも1回悲鳴を上げさせてしまったので、遠吠えで誤魔化した。

『これで全部っぽいな。念のため辺りを一周してくるわ』

 一声唸ってピノン、パプル、プロアには休んでいるように伝える。ペペルとポポラは当番を理解しているようで、なにか言う前にさっと森の方に消えた。

『了解です。私はフィーナちゃんの近くに居ますね。……ところで、ケッセルフから歩いて3日の距離って結構近い気がするんですが、まだオーグラドの兵士に襲われるってまずいんじゃないですか?』

『そうなんですよ……アッセンから南は大変な事になってるかもしれません。なるべく早くケッセルフに逃げ込みたいところです』

 寝っ転がりながらミリルフィアが深刻そうな声を飛ばしてきた。


『ちと、アッセンが心配だな。また何百人単位で来られたら持ちこたえられないだろう』

 知った顔も増えたんで心配だ。ウルクスト、ケムラはアッセンに残ってるしな。

『流石にオーグラドも1000人近い被害を出した上に人質を取られてますから、暫くは大丈夫だと思うんですけどね……』

 ミリルフィアはなんとも頼りない口調だ。現に人質を取ってるのに襲われまくりだからな。オーグラドの兵士じゃない体だからセーフ!ってことかねぇ。


『ねぇ、あたし考えたんだけど。アッセンで黒い犬を飼ってウロウロさせたら、オーグラドは怖がって攻め込んで来なくなるんじゃないの?』

 キョーコが本気でいい考えだと思ってるような口ぶりで無茶なことを言い出す。おい、なんか言ってやれよミリルフィア。

『ああ! それは良い考えですねぇ!』

 えぇー……

『黒い犬なんているんか?』

『どの口が言うのよ。ここに6匹もいるじゃないの。他にもいるでしょ?』

 アッセンにはいないと思うぞ。初めて行った時は俺が近づいただけで悲鳴上げられたからな。

『いえ、確かに黒い毛の飼い犬なんていませんが、塗料か何かで黒くすればいいんですよ』

 犬にはちょっと我慢してもらって、とミリルフィアが付け加える。ん? なんか言い方が気になるな。

『黒い毛の飼い犬がいないって随分自信ありそうだな』

『犬に限らず、黒い毛の家畜が生まれたら堕ちた獣だ!って殺されちゃいますからね』

 えぇー……

『酷い話だなぁ。色で差別すんなよ。お前だって髪の毛黒いだろうが』

『ちょっと、なんてこと言うんですか!? 人間の堕ちた獣なんて聞いたことありませんよ!』

 まあ、獣ってぐらいだからな。ん? そういや俺が初めて合った堕ちた獣は蛇だったけど、蛇って獣か? 生物学みたいなのが発達しないと言い分けないのかもしれんが。

『ねえねえ、アルス。なんで黒い生き物に堕ちたってつけるの?』

『俺に聞くな』

『……生まれてくる時に悪い精霊様に同調して堕落した、と信じられているからですよ』

 ミリルフィアが何か言いにくそうだ。別に気にしなくていいよ? 俺、精霊なんて会ったこと無いし。

『ははっ! それは間違って無いかもしれませんよ。確かにこいつ悪魔みたいに強いですからね!』

 キョーコ、お前はちょっとは気にしろ。


 次の日、ミリルフィアがリーディンに夜に襲撃があったことと、それを俺たちが密かに全滅させたことを報告していた。何故か得意げに報告しているのが解せない。

「いつもすまんな。助かるよ」

 リーディンが髭面を緩ませて隊列の周りを走り回る俺たちに声を掛けてきた。リーディンはもう俺たちが何人倒そうが驚かないが、ほぼ無音で襲撃を悟らせない事には感心しているようだ。

「だが、可能なら襲撃者の捕虜をとってくれると助かるのだが」

「私もそれは前に言ったんですけど、フィーナちゃんに戦闘があった事を悟らせたくないから駄目って言われました」

「そうか……」 

 そりゃそうよ。なんの為に俺たちが襲撃者を静かに倒してると思ってるんだ。



 その後は特に襲撃は無かった。流石にケッセルフに近すぎるのだろう。度々巡回をしているらしきキルグフィッツの騎兵とすれ違うしな。今も騎兵3騎とすれ違った。ミリルフィアが挨拶すると取り調べられることもなく顔パス状態である。

「そこの丘を登りきればもうケッセルフですよ、皆さん」

 ミリルフィアがココ村、アッセン村の人達に声を掛けて励ましている。確かに大きめの丘だよなこれ……さっきから馬車が立ち往生しそうになるので、陽炎でフォローしまくりだ。

 ……よし、もうちょっとで丘の頂上だ。


「わぁ……!」

 フィーナが俺の隣で明るい歓声を上げた。丘の頂上からケッセルフと思われる街がよく見える。手前に大きな川が流れていて、街は灰色の城壁に囲まれており真ん中に城らしきものが建っている。正に西洋ファンタジーの街! といった外見だ。おお、結構でかいな。


「ケッセルフって凄い綺麗ね!」

「うん!」

 走り寄ってきたリィザにフィーナが笑顔で答えている。

 フィーナを笑顔にしてくれたケッセルフに感謝だ。

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