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74.壊滅と逃走と

 とんでもない轟音。雷が同時に何回も落ち続けたような、音というよりは衝撃波のようなそれは、その場の全ての生き物の体を芯から揺さぶった。

 耳鳴りがしてなにも聞こえない。閃光で目が眩んで何も見えない。これ、は、ヤバい……鼻もなんか薬品っぽい匂いとなにかが焼け焦げた匂いでまるで効かないし、まるで真っ暗な空間に放り出されて浮いているようだ。本当になにもできない状態で、すげぇ怖い。


 暫く恐怖に耐えていると閃光で眩んでいた視力が戻ってきた。目の前に広がっている風景は折り重なって倒れる人と馬。


 オーグラドの騎馬隊のほぼ全てが折り重なって地面に倒れていた。辺りは轟音に音全てが食いつくされたかのようにシンと静まり返っていて、うめき声すら聞こえない。


 …………


 ……


 いやぁ、こんなに上手くいくとは思わなかったなぁ。


 ジュンジの陽炎を薄く伸ばして暴走気味に能力を使うのを見よう見まねで試してみたんだが、本当に大成功だ。あれは待ち伏せに使えそうだなぁって薄ぼんやり考えてたんだよね。試しに無言でやっても上手く行かなかったから、遠吠えに乗せるイメージでやったら上手い具合に拡散してくれた。

 電撃が上手く流れていくかは掛けで、前列の奴らを倒すなり転ばせるなりして突撃の勢いを殺せれば御の字。最悪目潰しになればいいかと思って使ってみたら予想以上の威力だった。やったね!……ん? この焦げ臭い匂いはなんだ? 最近嗅いだことがある……あ、火薬か。

 

 よくよく見てみると、馬に括りつけられた荷物が爆発して、その周囲も黒焦げにしていた。

 なるほど、俺の電撃で銃用かなにかの火薬に引火したようだ。


 かなりの人数が火薬を持っていたのか、3分の1以上の騎兵が自分の火薬で黒焦げになっていた。運んでいた本人だけじゃなく周りにも爆風がいっただろうから、かなりの数が巻添えになっただろう。

 いやぁ、400人以上を一気に全滅とか流石に威力がデカすぎると思ったんだよ。音もバチチッじゃなくて、ドカーーンみたいな音だったしな。そりゃそうだよな、はは……  


「な、な……」

「これは、いったい……」

 爆発と閃光で怯んでいた守備隊も状況を把握し始めたようだ。盾や弓を構えていた兵士達がガクガクと震え、口を開けたまま、クシャクシャになったアルミホイルみたいな様子で折り重なっている騎兵隊を眺めている。仕掛けた俺も驚いて呆然としたぐらいだ、いきなりこんなことやられてそれはもう肝をつぶしただろうが、今はまず勝ちを拾って欲しいところだ。

『村長さん、いるよな?』

 返事が無い。

『村長さん?』

 アッセンの東門の方を伺うと、尻もちをついて幽霊でも見たかのような表情で震えているのが見えた。ええい!


「ヴォウ!!」

「ひぃッ!?」

 近くに寄って吠えかけるとやっと反応してくれた。

『騎兵隊は全員が死んでる訳じゃない! とっとと総大将を捕まえたり、武装解除していかないと勝ちを逃がすかもしれん。だから……』

「あ、あぁ、あの、これ、なに、が」

 うわぁ、村長が使い物にならなくなってる。ガクガク震えながらうわ言のようにあうあう言ってる。が、頑張ってもらわなきゃならん。

『アッセンの村人を守る為に残ったんだろうが! しっかりしろッ!!』 

「は……はっ!?」

 村長は俺の存在に初めて気がついたかのうように、体をのけぞらせた。

「こ、これはアルスさんが、やったんですか?」

『まあ、そうだな』

 火薬の誘爆云々はとりあえず置いておこう。

「こ、これ、こんな……」

 また、あわあわ言い出した。ええい、話しが進まん!

『いいか、これから俺が飛ばす声をウルクストに伝えてくれ!』



「ウルクスト!」

「ケムラか……。これは一体なんだ? 日本人の兵器なのか……?」

「これは精霊のご加護だ!」

 ケムラことアッセン村長はヤケクソのように叫んだ。近くで呆然としていた兵士達も何事かと注目する。

「この機会を逃してはならない! ……えー、指揮官を探しだせ! 槍と剣を取り上げろ! ……身分の高そうな者から縛り上げ、捕虜にするのだ! 急げ! 動け!」

 つっかえつっかえ行動を大声で指示する村長をウルクストは呆然と見ていたが、最後まで聞くと、もっともだと頷いた。

「守備隊の勇気ある兵士達よ! 正しく勇気ある我々に精霊はご加護を賜った! この機会を逃してはならない! いくぞ!」

 ウルクストが声を張り上げ、倒れ伏している騎兵隊を跨いでいくと近くの兵士がそれに続き、それにつられるようにどんどん兵士が動き出した。

 村長には、武器を取り上げろ、身分の高そうな者は捕虜にしろ、と叫び続けてもらっているので、その指示も聞いてくれているようだ。


 さて、これでなんとかなるだろうが……仕上げだ。


 俺から見て遠くにいた右翼左翼の後方の騎兵はまだ馬の上にいる。呆然としたり、暴れだした馬を抑えたりと混乱しているが、立ち直られると、アッセンの守備隊とほぼ同数になりそうだ。放置しておくとまずい。


「い、犬が来るぞ!?」

「ど、どうする……あがぁ!?」

 遠慮せずにまだ混乱の中にある左翼後方にいた騎兵に突っ込む。突っ立ってる騎兵なんぞ物の数ではないわ。金属鎧を着てるしな。


 俺が次々と電撃でなぎ倒していくと、騎兵が立ち直り始めた。分かり易い敵の出現で、とりあえずする事ができて混乱から脱したのかな。

 槍やらで突いてくるが、それは絶望的に犬を相手にするには向いておらず、避ける必要がないほどだ。楽勝だが、追い剥ぎ中の守備隊に目を向けられて、そっちに向かわれても困る。


 よし、もう1回混乱してみようか。


 丁度良く火薬の匂いをする荷物を馬に積んでる騎兵が居たので陽炎を思いっきり伸ばし、その荷物に遠くから電撃を食らわしてやる。


 バァン! と凄まじい音と共に不幸にも火薬を運んでいた騎兵と、その周りに居た騎兵が会わせて5人ほど吹っ飛んだ。

 再度の轟音といきなり吹っ飛んだ仲間に、これはもう無理! とばかりに騎兵達が逃げ始めた。そう安々とは逃さないよっと。逃げる騎兵にも火薬の匂いをさせてる奴がいたので、3人ほど爆破してやる。周りを巻き込んで吹っ飛ぶ騎兵達。


 しかし、危ないなぁ。俺が着火しなくても結構事故とか起こってるんじゃないの、これ?

 

「ひ、ひ、ひぃ!」

 残りの無事だった騎兵達は誇りとかそんなものをかなぐり捨てて全力で逃げていく。

 全力疾走する馬に追いつくのは流石に疲れるので、そこら中に転がってる槍を拾い上げて適当に投げつけてやった。槍は作りはデカイが矢と同じ要領で飛ばすことができ、結構な殺傷能力だった。金属の鎧の上からでも命中したら絶命させられる。

 槍のある場所に移動しながら乱射してどんどん射殺していたが、2,3騎ほど逃がしてしまった。

 まあ、仕方ない。追いかけるよりも、右翼の方の残りを平らげるとしよう。こっちの様子を見て、もう既に逃げ腰だけどね。


 逃げ腰だったから右翼を片付けるのは非常に簡単だった。

 


「我々は今日、この戦場で死ぬ気であった。だが、蓋を開けてみればどうだ……いまだに完全には信じられぬ。本当に精霊が目の前に現れ、勝利をくれてやると言われてもこんな気分にはならんだろう。目の前が真っ白になったと思ったら敵が全滅していたのだぞ?」

 ウルクストがゲッソリとして顔で椅子に座り、首を振りながら呟いた。死ぬところを助かったんだからいいじゃん。

 太陽は登り切り、ぐったりと倒れ伏す騎兵達と戦場跡を片付ける兵士達を力いっぱい照らしている。

 基本的に倒れている騎兵は死んでいるか行動不能なので、それほど苦労もなく拘束され、剥ぎとった装備が積み上げられていく。俺が心配した息を吹き返して暴れだす奴は居ない。だが、一日で終わりそうもないなこりゃ。凄い量だし。

「私も同じ気持です……ですが、命をかけた時間稼ぎが無傷の大勝利となったのです。まずは喜んでいいのでは」

 ケムラも疲れて座り込んでいるが、戦闘中よりは顔色が良くなってきている。勝った、助かった、という実感が湧いてきたのかもしれん。

「そうだな……」

 ウルクストがふう、と1つため息をつくと、寝っ転がって休んでいる俺を見つめてきた。

「これは、アルスがやったのか?」

「先程、私も同じ事を聞きましたが、そうだ、と言っていました」

「なんということだ……」

 銀色の大草原のように倒れ伏している騎兵たちを見て、ウルクストがまたため息をついた。

「凄まじいものだな、日本人の力というのは……オーグラドには何匹も日本人がいるのだろう? トムルグ丘陵の前線が崩壊する訳だ」

 あ、やばい。まずい方向に勘違いを始めている! 不必要に日本人を恐れられると俺が動きづらくなるし、戦争では敵陣に犬の姿が見えた時点で潰走、なんてことになったりしたら目も当てられない。


『あー、ここまでのことは日本人でもそう簡単にはできない。今回は偶然の好条件が揃っていたんだ。そういう意味では精霊のご加護っていうのも嘘じゃない』

 ケムラが俺が言ったことを同時通訳してくれる。

「他の日本人はこんなことはできないのか?」

『絶対にできない、とは言い切れない。だが、これ以上のことができる日本人は居ないかもな』

 俺のちょっと調子に乗ったセリフを通訳されると、ウルクストが吹き出した。

「お前が味方で良かったよ」

 そいつはどうも。

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