【???】不幸の知らせは犬と共に
「ゲルトラッツの騎兵隊が壊滅しただと!?」
本陣に駆け込んできたボロボロの兵士の報告を聞いたボーデヴィン総大将は、聞き間違いかと2回も聞き返した後に叫び声を上げた。
「なにがあった!? 詳しく説明しろ!」
ボーデヴィンは作戦会議にも使われる重厚なテーブルを拳で叩き、跪く兵士を促した。怒り狂うのか嘆き悲しむべきなのか、本人の体が決めかねているのか、顔色がころころと変わる。
ボーデヴィンは無能ではない。
村1つ落とすにしてはやり過ぎともいえる2段構えの作戦も、勝ちが見えた状況に奢らず伏兵や援軍を警戒したもので、非の打ち所のないものだった。
しかも事前の偵察によるとアッセンの守備隊は100に満たない数で、ほぼ半数が農民であるという。
そこに200の兵での奇襲と、500もの騎兵が襲いかかったのだ。負ける道理はない。
それが壊滅したといわれれば混乱もするだろう。
「あ、ありのままをご報告します」
恐らくは騎兵隊の生き残りであろう兵士の鎧は酷く汚れ、槍でも受けたのか胸当てに鉤裂きの裂け目があり、右の肩当てが脱落していた。状況を説明する為に不休で馬を飛ばしたのだろう。匂いも酷い。
「昨日の朝、全隊がアッセンに到着しました。奇襲部隊からの連絡はなく、アッセンはキルグフィッツの守備隊が守っておりました」
「まて、アッセンが落ちていなかっただと?」
ボーデヴィンが歯を食いしばり、末席に控えるローブの男に憎しみの篭った視線を向けた。
本陣に詰めていた武官達も、ローブの男に注目する。やはり、その視線に好意は感じられない。
「イザヨイ、何故アッセンへの奇襲失敗を報告しなかった?」
「報告は不要とボーデヴィン様の副官から申し付けらましたので」
ローブの男イザヨイは自分に向けられる視線をものともせず、平然としていた。その態度が気に食わないボーデヴィンが顔を真っ赤にして叫び声をあげた。
「言われたからやらなかった、など、貴様は頭にはなにも入っておらんのかッ!?」
鎧がビリビリと震えるほどの大音声だが、イザヨイはやはり平然としている。ますます激昂したボーデヴィンがなにか叫ぼうと口を開くが、それを制するようにイザヨイが口を開いた。
「まずは報告を聞きませんか? 私への叱責ならいつもやっているでしょう」
それは正しい意見ではあったが、ボーデヴィンの神経を逆撫でした。禿げた頭を真っ赤にしたボーデヴィンは、何事か叫び散らすかと思われたがぐっと暴言を飲み込んだ。
「……確かにその通りだ。お前の頭の話は後だ。お前、報告を続けろ」
感情を制御できるのは美徳である。ボーデヴィンはそれを多少なりとも持っていた。
「はっ! 我々はアッセンの守備隊の前に布陣し、降伏勧告を行いました。これは受け入れられませんでした」
5倍ほどの騎兵を前に降伏しないのは流石といったところか。
「我々はすぐに攻撃準備を整えました。敵の布陣は薄く狭いものでしたので、右翼左翼で回り込み、本隊と合わせて守備隊をすり潰す作戦が伝達され、すぐに突撃が開始されました」
敵が少ないこと、わざわざ騎兵に平地で挑むことからなにか奇策でもあるのかと警戒したのだろう。油断のない作戦に思える。
「前衛が守備隊と接触する直前、とてつもない轟音と強い光、衝撃と痛みで……ほぼ全ての部隊が、戦闘不能になりました」
「省略をするな。どんな兵器が使われたのか見たのか?」
「恐れながら、守備隊の布陣に見慣れぬ兵器はありませんでした。私も同じ隊の者も何が起こったかわかりませんでした」
「それで恐ろしくなって逃げてきたのか?」
ボーデヴィンが忌々しそうに歯ぎしりをした。生来の武人である彼は弱気が許せぬ質だ。
「いえ、いえ、決してそのようは事はありません! 我々は、状況把握に勤め、ゲルラッツ様の無事を確かめようとしておりました」
兵士の目の力は強い。彼の自身の誇りを疑わぬその態度にボーデヴィンが頷いた。
「それでどうなった?」
「犬に襲われました」
一気に場が緊張する。
「犬、だと?」
「はい、黒い毛並に右前足が白く、目が黄金色に輝いていました」
「その犬は、日本人だったのか?」
「はい。雷を放ち、倒れた騎士の槍を浮き上がらせ、投げつけてきました」
その報告と同時にわなわなとボーデヴィンが震え出した。
「イザヨイ、これはどういう事だ……!」
射殺されそうな視線に晒されてもイザヨイの態度は変わらない。顔を上げ、その黄色の瞳でボーデヴィンを見返した。
「それは黒狗でしょう」
「クロイヌだと?」
「はい、同盟ではそう呼んでおります。名はあるのですが、敵としては相応しくない名前ですので、会議の場などではこのような渾名を」
「名などよい! その黒狗とはなんなのだ!?」
「同盟に所属していない日本人です」
「……そんなことがあり得るのか?」
「はい、同盟に入らず生き延びる日本人は非常に珍しいのですが、あり得ることです」
「お前達が国庫の金を湯水のように使って、国の内外を問わず飛び回っているのは知っているぞ……! なぜ黒狗を同盟につれてこない!?」
イザヨイは今日初めて感情らしい感情を現した。ため息をついたのだ。
「我々もそのつもりでしたが、接触に失敗しました。今は強い敵対心を持たれています。先ほどのお話しからもお分かり頂けるかと思いますが、非常に戦闘能力が高く、すでに日本人が9匹やられております」
「日本人が9匹も!?」
「はい、ですが、500の騎兵隊を壊滅させる程の力を持っているとは思いませんでした。認識を改める必要があるようです」
「騎兵隊を壊滅させたのも、その黒狗だというのか!? 貴様……そんな化け物の存在を知っていながら、なぜ報告しない!?」
「意見を求められませんでしたので」
ボーデヴィンは怒りのあまり失神寸前だ。流石に気の毒になってくる。
上官の怒りを気にした様子もなく、イザヨイはすっと立ち上がった。
「聞きたいことは聞けましたので、私はこれにて失礼致します」
「貴様、閣下に無礼が過ぎるのではないか?」
ボーデヴィンの副官がやはり怒りに頬を震わせながら声をかけてくるが、イザヨイは気にした様子もなく背を向けた。
「黒狗がこの本陣に飛び込んでこないように手を打つ必要がありますので」
黒狗の名が出た途端に本陣がぐっと静かになったのは少し面白かった。
『我々がきちんと見張っていれば、あんな不快な思いをして頂く必要はありませんでした。申し訳ありません』
『どの道呼びだされたよ。気にする必要はない』
イザヨイが歩きながら声を飛ばして答えた。
だが、アルスに発見されるのを恐れてアッセンから距離を取り過ぎたのは私の判断ミスだ。直に見ていれば何か弱味を見つけれたかもしれないのに……
『アルスは何匹かの犬を連れていたのだろう? その犬がどこに潜んでいるかわからんのだ、お前の判断は間違っていない』
『……はい。あの、先ほどの会議の件でよろしいでしょうか?』
『どうした?』
『なぜアルスの事を報告していなかったのですか?』
くくっとイザヨイが喉で笑った。
『武官の方々は日本人を利用するばかりで、捨て駒のように扱うのでな。少し痛い目を見れば良いと思ったのだ』
本当に本陣で言っていた通りだったのか。この人は仕事はできるのだが、たまに子供っぽいことをする。
『痛い目を見過ぎたようですね』
『そうだな。今後の予定が変わる程の被害が出るとは思わなかった』
ふう、とイザヨイがため息をついた。
『そういえば、お前は大きな音が聞こえたと言っていたな。さっきの兵士の話とも合うが……何をやったのか見当はつくか?』
『いえ、申し訳ありません……。ですが、アルスが日本人の能力を奪う、という話があります。もしかしたら、山で生まれた日本人の力を奪っているのかもしれません』
『その想像はぞっとしないな。際限なく強くなってしまうことになる。……ショウゴめ、厄介な事をしてくれた』
ちらりと顔を伺うとイザヨイは不快そうに眉を潜めていた。珍しい。
『アルスへの対応は如何いたしましょうか?』
『それについては1つ考えがある。行ってくれるか?』
『はい、喜んで』




