73.戦争
次の日、俺はフィーナの腕の中で目を覚ました。フィーナは涙の跡を痛々しく残したまま、まだ眠っている。辺りはまだ暗い。ちょっと早起きし過ぎたが、体は随分と軽くなった。頭もスッキリしている。きっと久しぶりにフィーナの隣で寝たからだな。
名残惜しいがフィーナの匂いを体いっぱいに吸い込んでから寝床から抜けだした。サレアさん、リィザもフィーナを挟んでまだ就寝中だ。リィザはババ様についてなくていいんだろうか。
しかし、お呼びが掛からなかったということは、オーグラドの騎兵はゆっくりしているか、アッセンが落ちなかったと連絡がいったのか……
『おはようございます、アルスさん』
ハーネスを着こみながら倉庫の外に出ると、入り口の脇の影に座っていたエスタが挨拶してきてちょっとビビった。こいつ、気配消すの上手くなったな。
『ずっと起きてたのか?』
『ええ、念の為に』
見れば兄弟達も倉庫の外をウロウロしているようだ。ピノンが音もなく入り口の前を横切っていく。俺の近くに来た時に軽く目礼された。
『スマンな。気を遣わせちまって』
『いえ、日中は楽させて貰いますから。よく眠れました? フィーナちゃんと一緒に寝てましたよね?』
『ああ、フィーナの腕の中は最高だぜ。いつもの3倍は寝たような気がする。体調万全。今なら空だって飛べる』
『またそうやってふざけて照れ隠しして……もう行くんですか?』
『そうだな、出発前にフィーナと別れを惜しむと、変なフラグが立つ気がするんでいいや』
『フィーナちゃんはお話ししたいと思うんですけどね……』
『まったくよ。昨日はあんなにイチャイチャしたから照れくさいんでしょ?』
『うるせぇな、そんなんじゃ……な』
倉庫の中から飛んで来るキョーコの声に反論しようと振り向くと、寝床から起き上がってるフィーナと目が合った。フィーナの隣でキョーコがニヤリと笑っている。このアマ……!
フィーナが倉庫から出てきて俺を撫でてくれた。
「アルス、もう行くの?」
「ワン」
やってくるかもしれない騎兵を待ち構えてないといけないからね。
「気をつけてね……」
なにか言葉を飲み込んだ気配がした。本当は行かせたくない、みたいな引き止める系の言葉だろう。
「ウゥン」
すぐ帰ってくるよ。フィーナの方こそ気をつけてな。
「アルスは優しい子だね」
フィーナの後ろから俺の方を伺ってる女二人が揃って微妙な顔をするのが見えた。
『フィーナの言葉になにか文句でも?』
『い~え、別に?』
『なにも言ってませんけど?』
ぐぬ……!
「エスタもキョーコも心細いのよ」
そんな事はないと思う……って、え? き、聞こえてる?
『え、フィーナちゃんって聞こえる人なの?』
『あの、フィーナ? 聞こえてる?』
「どうしたの?」
え、えぇ!? まじかよ!
『いつから聞こえるようになったんだ?』
「……?」
あ、ああ、なんだ、偶然会話が噛み合っただけか。フィーナって勘がいいから、こっちの言いたいことを結構汲みとってくれるからなぁ。
『あー、ビックリして緊張感が吹っ飛んじまった』
『まあ、いつも通りが1番いいわよ』
『確かにな』
じゃあ、行くか。
「ワゥン」
「はい、行ってらっしゃい」
行ってくる。
アッセンの東門を出て50メートルほど進んだところに守備隊が杭を道に打ち付けて防御陣を築いていた。守備隊の人数は100人居ないぐらいか? 想像してたよりは多いな。みんな金属鎧を着ていて強そうではあるのだが、陣がアッセンから近いなぁ。ヤバかったらとりあえずアッセンに逃げ込もうみたいな弱気が見えるようだぜ。
「……アルスさん」
俺が守備隊が杭を打つのを眺めていると声を掛けられた。あれ、この声は村長? 声の方に振り向くと、俺と同じく守備隊からちょっと離れて座り込んでいるアッセンの村長がいた。
『なんでアッセンの村長がこんなところに?』
「はは、その連絡役として必要ということで……アルスさんともお話しできますし」
まだ暗いからはっきりと表情まで見えないが、控えめに言って今にも死にそうなほど雰囲気が重い。自分から進んでここに居る訳じゃ無さそうだな。そりゃそうだよな。この人弱気で怖がりだからな。
『そりゃまた大変だな。でも、ここに居なくても村の中にいてもいいんじゃないか? 近いし、ここよりは安全だろう?』
「えぇ、それはそうなのですが……村の中にいると、家に逃げ込みたくなってしまうもので」
へぇ、ちょっと見直した。相変わらず今にも死にそうな顔をして胃の辺りを抑えてるけど、それでも男だね。
『そういう意地の張り方は好きだぜ。俺も意地張らせてもらうから、見ててくれよ』
「はは、ありがとう。頼りにしてるよ」
『じゃあ俺は適当に東の方をウロウロして見張ってるよ。なにかあったら声を飛ばすから宜しく』
「はい、お気をつけて」
一応責任者だろうからウルクストの前にも姿を見せ、ひと声かけてから東の方に走りだした。
夜が明け始めていた。
前方から薄っすらと空が白み始め、太陽が顔を覗かせる。平原は明るくなり始めると一気に明るくなるなぁ。ココ村は東に山があるから明るくなるのが遅いんだ。
ん? そういや、この世界でも太陽は東から登るんだな。今更だけど。
『アルスさん、おはようございます。いい朝ですね』
俺が清々しい気分に浸っていると、聞いたことない声が飛んできた。まあ、来るんじゃないかと思ってたよ。
『おはよう。どちら様でしょうかね?』
『同盟のものです』
だろうなぁ。俺が守備隊から離れるのを待ってたようなタイミングだ。見張ってやがったな。
『なんの用だ? 大体想像はつくけどよ』
『お察しの通りだと思います。今回の戦争から手を引いて貰えないかと、お願いに来ました』
声の出処がわからない。北にある森の中からだと思うんだが……東から聞こえるようでもある。くそ。
『言われて、わかりました、ってなると思う?』
『いえ。ですが、落とし所は見つけられるのではないか、と思っています』
『へぇ?』
『アルスさんは、ココ村の村人を守りたいので、ここで騎兵を待ち伏せしているのだと思います』
『さぁ、どうだろうな』
へぇ、やっぱり騎兵だけが来てるのか? と、突っ込みたくなるのを堪えた。
『心配がココ村の村人の安全ならば、ご安心ください。今のところオーグラド軍はアッセンまでしか侵攻しないことになっています。アッセンより西に逃げれば追手がかかることはありません』
囲まれている感じはしないが……俺、気配読むのが下手だからなぁ。
『せっかく教えてもらってなんだが、同盟が信用できないから情報は交渉材料にはならねぇぞ?』
『ショウゴ達の事で同盟が信用できないのは理解しています』
『そいつはどうも。じゃあ、もういいか?』
『ですので、少しでも信用して頂けるように、手土産を持ってきました』
『手土産……?』
『ここから200メートルほど行った森の入り口に置きました。わかりやすいものですので、近づかなくとも大丈夫ですよ』
なんだそりゃ……? 罠だとしても遠回し過ぎるなぁ……まあ、行ってみるか。
200メートルなんぞ、犬の足では一瞬だ。大体ここだろう、という地点に近づくと血の匂いがした。なんだ……?
草原と森の境目の草が途切れた場所になにか、丸いものが置いてある。少し近づいてみる。
それは、白い毛並みの犬の首だった。
ショウゴの匂いがする……気がする。こいつら、仲間を殺したのか?
『勝手なことをしたショウゴはこの通り罰を受けました。同盟の事を少しは信用して頂けたでしょうか?』
『……同盟が俺が考えていたよりヤバい奴らだという事はわかったよ』
抜けて正解だったなキョーコ。あのままだと殺されてたかもしれんぞ。あぁ、実際に攻撃の巻き添えで殺されかけてたか。
『お前も日本人だろ? こんな映画の中のギャングみたいな事されたらどう思うか、想像つかない?』
『ですが、言葉だけでは信用して頂けないでしょう?』
こいつ、ATMみたいに淡々と話すから怖くなってきたぞ。
『残念ながら作戦は失敗だ。こんな仲間を切り捨てる奴らは信用できない』
こんなことするぐらいなら、信じて下さい! って泣き叫ばれた方がまだ信用できるわ。
『残念です』
『やるのか?』
気配を全力で探る。が、やはり誰もみつけられない。もしかしてアッセン攻めてきた部隊が使ってた透明化能力でも使ってたりして? だとしたらヤバいな。
『いえ、私の役目はアルスさんとの交渉です。同盟は貴方と敵対することを望んでいないのは変わりません』
『へぇ……』
身構える。とりあえず、何か感じたら転移して逃げよう。後ろからか、上からか……下からくることもあるかもしれん……
『またお話しすることもあるでしょう。では失礼します』
…………
……
あれ、マジで仕掛けてこないの!? ちっ! これも手の内だろうが嫌らしいことだ。念の為全力で離脱して……くそ。
陽炎でざっくりと穴を掘る。そこにショウゴの首を放り込んで土をかけた。
その後、すぐに俺は軽く南側に転移した後、全力で西に走った。アッセンの守備隊はまだ見えない程度の地点で立ち止まる。
…………
……
結局なにもなかったな。本当に手を引いて欲しかっただけ……? いや、だってショウゴの首持ってくるってどうなんだよ。まともじゃない。仲良くなれるはずないのは想像つくはずだろ?
俺がグルグルと思考のループに嵌っていると、地鳴りが聞こえた気がした。じっと息を止めて耳を澄ます……確かに聞こえる。これは……馬か? 東の方に目を凝らすと道の先に土煙が上がっていた。これは間違いない。
『村長さん! 騎兵隊がきてるぞ!』
『わ、わわっ、わかりまひた!』
慌て過ぎだろ……だが、呆れたお陰でちょっと冷静になれた。サンキュー村長。さて、どうなるか……
「オォォーーーーン!」
俺が遠吠えをしながら走り回り、防衛陣に着く頃には騎兵隊がしっかりと視認できるところまで近づいてきていた。移動してきたまま突っ込んでくることはせず、陣形を整えるようで、防御陣から100メートルほど離れた平地で横にずらっと広がりながら整列しだした。
すげぇ数だな……500騎近いんじゃないか? ピカピカの鎧を着た人馬がずらっと並ぶ様は中々の迫力だ。
「オォーーン!!」
仕上げの遠吠えを済ます。ふむ、騎兵の先頭でなにかこっちを指差して話してるな……声までは聞こえないが、なにか言い争っているような……アッセンが落ちてないじゃないか! みたいな? 違うか? さっきの日本人から連絡いってそうなもんだからな。
む、1騎こっちにくるな。オーグラドの旗を掲げて、肩に家紋らしき紋章の入った布を掛けている。これは攻撃しちゃダメな奴だっけ。
「私はオーグラド王国、トートヴァンのドレッツォである! 守護の盾を持つ方はどなたか!」
「私が守護の盾を持つウルクストである! トートヴァンのドレッツォよ、なに用か!」
うお、なんか伝令とウルクストが距離を空けたまま怒鳴り合い始めた。
「アッセンを守り続ける盾の輝きに、我らの指揮杖ゲルトランツは感じ入った! その盾を砕くことはせぬ。尊き方の守護となるべく向かわれるがよかろう!」
な、なんだ? なにいってんだこいつ?
「守護の盾はまず民を守る為にかざされるものよ! 盾の輝きを見たなら、剣持つ者の元へご報告されるがよかろう!」
え、えぇ……?
「その蛮勇、貴国で語り継がれることとなろう! 安らかなることを願う!」
「貴国の槍の鋭さは我が国で語り継がれることとなるだろう! 安らかなることを願う!」
どうやら話し合い? は終わったらしい。伝令が帰っていく……
『なんだったの、あれ?』
『こ、ここ、降伏勧告です。ウルクストはそれを受け入れませんでした』
俺が聞くとアッセンの門の前から村長が答えてくれた。降伏勧告の作法みたいなもんか? へぇ……
「守備隊、槍構えぇ!」
ウルクストが声を張り上げる。ずらっと並んだ守備隊が盾を構え、置いてあった槍を持ち上げた。何メートルもある槍がずらっと並ぶ様は壮観だ。だが、数が足りない。向こうの騎兵の方が左右に広く布陣しているから、あっさりと回りこまれそうだ……
前列の後ろにいる兵士は弓を構えている。突撃してくる騎兵に射掛ける為だろう。
敵もやる気だ、伝令が戻ってから角笛が鳴らされ、前列の騎兵が槍を構えた。馬が興奮に足踏みしている。
睨み合う両軍の間に殺気が漲っていく。
風は無い。いい感じだな。
俺は守備隊の足元から前に出て、防衛陣の真ん前に陣取った。ウルクストが何か言いたげだったが、結局なにも言わなかった。
「オオォォォォォーーーーーン!!」
俺は深く深く広がるように遠吠えをした。
まるでそれを合図としたようにオーグラドの騎兵が突撃を開始した。
ゴゴゴゴゴと重苦しい凶悪な音と共に地面が揺れる。
100メートルの距離が一気に縮まり、両軍の槍が触れ合うその瞬間
轟音と共に戦場が真っ白に染まった。




