72.前線崩壊
東の守備隊がほぼ全滅だと!? 東の守備隊にはフィーナの父ちゃんやフィンがいるんだぞ……!
「なにが、あったんですか?」
「伝令の報告によりますと、オーグラドの陣から轟音が発せられると、我らの守備隊が次々と吹き飛んだ、と。それに混乱しているところに騎兵との波状攻撃を受け壊滅したとのことです」
じわり、と頭の中が焦燥で焼ける。
『アルス君、心当たりは?』
『大砲だと思う。銃を何倍にもデカくした奴だ』
『強力な兵器なんですね?』
『俺が知っているものだと、人間の頭ほどの鉄の塊を、矢よりも遠くに飛ばせる』
「えっ!?」
「な、なんですと!?」
例えが具体的だったからか、ミリルフィアと村長が驚愕の声を上げた。驚き過ぎたのか声を飛ばすのを忘れている。
『聞いた話しだからな? 攻城兵器だから、一発で人間が何十人も死んだりしないはずだが、万が一砲弾を食らったら死ぬ。そんなものがデカい音と一緒にバンバン飛んできたら、踏みとどまって盾構えてたりできないだろうな』
「じゃ、弱点は無いのですか?」
『実物を見た訳じゃないから、どの程度のものが再現されてるかわからん。迂闊な事は言えないが……少なくとも重くて嵩張るはずだから、騎兵と同じ速度で進軍してくることは無いと思う』
「な、なるほど」
「ケムラ、私にも話の内容を聞かせてくれ!」
ウルクストが堪らず村長に通訳を頼み、大砲についての説明を受けた。巨大な銃という表現で、顔を強張らせている。銃は見てるから実感できるんだろう。
「その大砲をアッセンまで持って来られたら……」
村長がガタガタ震えている。
『大砲を使われるまでもなく、大軍が押し寄せてきたらアッセンは持ちこたえられないだろ』
「それはそうですが……」
万事休すと、村長が頭を抱えた。
「守備隊はほぼ全滅とのことでしたが、他になにかわかりませんか? 叔父様はどうなりましたか?」
「伝令はリーディン様からこの事を知らせるように、と命を受けただけのようです。ただ、死傷者が多く、部隊は混乱していた、と」
伝令は全滅をその目で見ていた訳じゃないのか。なら、ココ村の人たちが全員死んだとは限らない。望みはある、はずだ。
「そうですか……戦場はここからどの程度の距離なのでしょう?」
「馬で2日の距離です。騎兵だけならもう槍が届く距離にいる可能性がありますが、焦って突出してくることもありますまい。逃げる時間はあります」
まあ、確かにに補給を無視したような動きはしないと思うが……あ、そうか。
『いや、騎兵で突っ込んでくるかもしれない』
『アルス君、どういうことです?』
『向こうは前線を攻撃すると同時にアッセンを落とすつもりだったんだろう。さっき俺らが倒した部隊でな。連携するつもりだったならガンガン騎兵が押し込んでくるかも、と思って』
攻略失敗って連絡がいってるかもしれんけど、戦闘中の混乱があるだろうからなぁ。
「……」
村長が死にそうな顔してる。
『そうなると……脱出する為に村の外に出ると、騎兵に狙われるかもしれん。ココ村の人達ぐらいなら俺たちで守れるけど、アッセンに住んでる人全員とか無理だからな?』
軍人は民間人には手を出さないはず、なんてとてもじゃないが思えない。以前オーグラドに占領されたアッセンは酷いもんだった。
だが、じっとしてると本当に逃げる機会を逃すかもしれん。
「では守備隊が東に展開して騎兵を待ち受けましょう。その隙にミリルフィア様や残っている村民はケッセルフに向けて逃げて頂く」
俺の考えを村長から聞いたウルクストが唸り声を上げながら自分の考えを述べた。
捨て駒になる気か。だが、命を掛けて時間稼ぎをしてもすぐに追いつかれるだろう。ココ村の人たちは徒歩なんだ。くそ、しょうがない……
『俺も足止めに付き合おう』
ウルクストはラオルを呼びつけ、待ち伏せについてあれこれと指示を出し始めたが、ミリルフィアと俺たちは休息の為に引き上げた。守備隊は今晩の内から東に穴ほったりしながら待ち伏せするらしいが、俺はもうガス欠だ。休ませてもらって明日から働くことにした。もちろんなにかあったら声を飛ばして貰える手筈だ。
『アルス、あんた人間を舐めてるかもしれないけど、数に任せた突撃って手に負えないところがあるのよ?』
宿になっている倉庫に向かう途中、今まで黙り込んでいたキョーコが突然警告めいたことを言い出した。
『あんたなら隊列の前列の数人、数十人は一瞬で倒せるかもしれないけど、すぐにその後ろに居る何十人、何百人が押し寄せてきてあんたを踏み潰すわ。同盟の戦術研究でも、軍隊の集団戦には参加しないって言われたぐらいなんだから』
キョーコはそれからこんこんと集団戦法の恐ろしさ、乱戦の恐ろしさを説いた。
だが……
『不利でもやるしかない。守備隊に任せるだけじゃフィーナが危ない目に合うかもしれんからな』
まあ、試してみたい、確認してみたいこともあるし……
『本当にアルスさんってブレないですよね』
エスタが呆れたようにため息をついた。あ、今ため息にはちょっとナーバスになってるから止めて?
『お前たちはフィーナとココ村の人たちを頼む』
『えっ……』
『ちょっと! あたし達を連れて行かないつもり!?』
『日本人がフィーナ達を襲うかもしれない。張り付いておかないと危険だ』
『それは……!』
キョーコが言葉を詰まらせた。
『兄弟達はエスタの言うことなら聞くだろう。指揮は頼むぞ』
『……わかり、ました』
『アルス、少なくとも騎兵の突撃を正面から待ち構えるような事はしないで。犬の足なら突撃してくるのを見てから避けれるはずよ』
『わかったわかった。なんだよ、お前は俺の母ちゃんかよ』
『んな……!』
怒って騒ぎ始めたキョーコの言葉を聞き流していると倉庫についた。さて、フィーナを説得しないとな……気が重い。
ミリルフィアをちらっと見る。
『ご、ご協力しますよ』
冷や汗をかいてるぞ、頼りないなぁ。
倉庫に入ってミリルフィアが、ちょっといいかしら、と声を掛けると、寝る準備をしていたフィーナが悲しげに俯いた。ボロボロの俺たちの姿と雰囲気で色々と察したのだろう。
隣にいたリィザが心配そうにフィーナの肩を撫で、今日は疲れているので……と口答えしようとすると、フィーナは大丈夫とリィザに笑いかけてからミリルフィアについて倉庫の外に出てきた。
「ミリルフィア様、お怪我をされたようですが、大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ。ありがとう」
挨拶もそこそこにミリルフィアが手短に現状を説明し始めた。フィーナは黙って聞いていたが、東の守備隊がほぼ全滅、の部分でビクリと体を震わせた。漂ってくる驚きと悲しみの匂いに胸が痛くなる。まだ、望みはあるが、ここで迂闊な慰めはしない方がいいよな……
「それでね、慌ただしいけど明日の朝アッセンを出発することになるわ。……オーグラドの兵隊が追いついてこないように守備隊の人はアッセンの東に残るのだけど、アルス君も残るって言ってるの」
フィーナがさっと俺を見る。思わず目を逸らしたくなるが耐える。
「ワゥン。ウゥン」
こうしないと皆が危ないんだ。フィーナ……
「わからないわよ、アルス。わかってあげない!」
フィーナが感情に任せて叫ぶのを初めて見た気がする。フィーナが涙を流し始めた。
「ワン!」
だが、これはどうしても必要なことなんだ。譲れない。
俺の決意の声を聞いて、フィーナは暫く考えこみ、ポツリと呟いた。
「……あなたが元気になった時、山に返してあげた方が良かったのかな……そうすれば大怪我したり、人間の戦争に巻き込まれなくて済んだのに……」
「ヴォウ!」
そんな訳あるか! 怪我も痛みも、フィーナの代わりに受けたと思えば誇らしいほどだ!
俺は初めてフィーナに向かって殺気の篭った声を出した。
「ごめんなさいアルス。ごめんね……」
すると、フィーナはくしゃりと顔を歪めながら俺を抱きしめてくれた。
そして何度も泣きながら謝られた。
その温かい体温と涙に、感謝と悲しみを感じた。




