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50.話し合いましょう

『こんにちは。聞いてたと思うけど、私はミリルフィアっていうの。貴女はエスタちゃん?』

『……はい』

 俺の後ろから気まずそうな気配がする。まあ、こうなってしまっては、仕方ない。

『お喋りするワンコって本当にいるのねぇ! 興奮してきちゃった!』

 興奮してきたとか言うな。はしたない。それと……

『フィーナを放置すんなよ』

『あら、ごめんなさいね』

『ちょっと、アルスさん!?』

 エスタが俺の口の利き方に文句をつけてくるが、無視だ。


「うぅん、残念だけど、ミリィって呼んでもらうのはまた今度にするわ。ねえ、明日お話ししない? 倉庫がいくつか完成してきてて、明日見せたいものがあるのよ」

「はい、私で良ければ喜んで」

「ありがとう。よかったらアルス君とエスタちゃんも連れてきてね。アルス君は黙っててもついてきそうだけど。ふふっ」

 お察しの通りだぜ。お前達の中にフィーナを1人行かせる訳ないだろ?

『アルスさん、殺気、殺気ッ!』

 エスタが小声を飛ばしてくるが、やはり無視。

「アルス」

 フィーナに名前を呼ばれた。いい加減にしなさい、と叱りつけられたようで、ひやっと腹の底が冷えた。

「くうん……」

 殺気もなにも消して、ペタリと地面に這いつくばる。ごめんなさい。もう失礼なことはしません。

『……』

 エスタが呆れる気配。お前もフィーナに叱られてみろ、怖いんだぞ。


「ふふっ、こわ~いアルス君もフィーナちゃんの前では型なしね」

「アルスが失礼な態度で申し訳あ「いいのいいの! 私の家にも犬が沢山いてね、色々慣れてるから~」

 フィーナに最後まで誤らせず、ミリルフィアがパンパンとフィーナの肩を叩く。

「じゃあ、明日は私達のところでお昼をご一緒しましょう? あ、フィーナちゃんのお母様でしょうか? 娘さんを明日、お招きしましたので、ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」

「あ、いえ、こんな格好で失礼します! サレアと申します」

 サレアさんは鹿を解体していたところなので、エプロンが血塗れだ。おそらくフィーナと並んで挨拶したかっただろうが、血塗れの姿で近づく訳にもいかず、遠くに立ち尽くしていたようだ。

「サレアさん、お仕事中に申し訳ありませんでした。本当なら来訪を知らせる使者を立てるものなのですけど、そんなことをすると大袈裟かと思いまして、直接きちゃいました。無作法なのはこちらですので、お気になさらず」

「……はい、ありがとうございます」

「じゃあ、フィーナちゃん、明日ね?」

「はい、よろしくお願いします」

 ミリルフィアはニコニコしながらフィーナとサレアさんに応対し、手を振りながら帰っていった。


「フィーナ、ミリルフィア様はお優しい方みたいだけど、失礼の無いようにね?」

「うん、気をつける……晴れ着を着ていった方がいいかな?」

「うぅん……この前着てから寸法を直してないし、すぐには無理だと思うわ。1番ほつれが無い服を着ていくしかないわね」

 フィーナとサレアさんが明日の打ち合わせを早速始めた。

 さて、兄弟達が暇そうだ。

「ヴォウ、ワウ」

 兄弟達にはなんにもなくてゴメンと謝りつつ、解散を知らせると、了解の唸り声をあげつつ、ぞろぞろと森に帰っていった。

『さて、叱られたので懲りたと思いますけど、明日は気をつけてくださいね?』

『……前向きに善処する』



 そして次の日、フィーナと俺とエスタはおめかしして村の入り口に向かった。

 いやあ、しかしフィーナの可愛さといったら! 念入りに髪に櫛を入れて、サレアさんのとっておきのショールを羽織ったら、まるでお姫様のようだぜ!

『犬ってスキップできるんですね……』

『心が弾めばな! ってかエスタ、お前はなんでそんなにシラッとしとるんだ。フィーナの晴れ姿を見てなにも思わないのか?』

『いや、可愛いって思ってますけど、アルスさんがあんまりにも大はしゃぎするから……』

 ええい、ノリの悪いやつめ!


 まあ、俺も空気の読める男だから、倉庫街になりつつある村の広場に近づくと気を引き締めた。

 俺達の姿を見た兵士の1人が奥の方へと走っていった。

 まあ、随分と様変わりしたもんだよな。入り口を広場側に向けたデカイ木造の倉庫がずら~~っと並んでいる。

「いらっしゃいフィーナちゃん。アルス君、エスタちゃんも来てくれたのね~」

 早速のミリルフィアの登場だ。今日は護衛はいないようだ。まあ、まわりにウロウロしてるし、こっちをずっと見てる兵士もいるから油断ならん。

「お招き頂きまして、ありがとうございます」

「どう致しまして~。さぁさぁ! 早速だけどこっちこっち」

「は、はいっ!」

 ミリルフィアがフィーナの手を取って、村の門の脇、向かって右に立つ倉庫の前に引っ張っていった。この倉庫はどうやら完成しているらしい。他の倉庫にはまだない木の扉がしっかりと取り付けてあった。

「はいは~い、始めますよ~」

 ミリルフィアが兵士たちに声をかけると、近くにいた兵士達がバタバタと完成した倉庫から離れた。なんか危険物から離れた、みたいに見えたが……?

「ちょっと見ててね~」

「はい」

 ウインクしてからフィーナの手を離すと、ミリルフィアが倉庫の扉の前1メートルほどに立って、なにやら懐から取り出した。名刺2つ分ぐらいの大きさの木製の板だ。表面になにか細かく描いてある。それを右手で倉庫に突きつけるようにかざした。


「起動しなさい、保護の7番」

 ミリルフィアからいきなり陽炎が立ち上った。

 なにっ!? 

「汝、硬く、変質せず、守るもの。印のある限り、その任を果たせ。」

 ミリルフィアから立ち上った陽炎は木札に集まり、木札を通り抜けて倉庫に絡みついていく。木札を通った無色の陽炎は黄色になり、硬くゴワついて見えた。

「ミリルフィアがここに宣言を終える。保護の7番、御印となれ」

 ミリルフィアの持っていた木札が燃え上がった。

「あっ!?」

 フィーナとエスタが息を飲む。おれも意表を突かれたが、見ている兵士たちが慌てないところを見ると、どうやら異常事態ではないらしい。

 ミリルフィアが燃え上がった木札を持ったまま、倉庫へと近づいていく。

「刻む」

 ミリルフィアが呟きながら握りこむと呆気無く木札が砕けたが、炎は右手に残ったままだ。熱くないんだろうか。

「印」

 ミリルフィアが炎ごと右手を扉に押し付けた。その瞬間、倉庫全体に絡みついていた陽炎が壁や屋根に染み込んでいき、倉庫全体が鈍く光を放つ。光はすぐ消えたが、なんというか、まだ軽く陽炎を放っているような?


「う~、熱かったぁ!」

 あぁ、やっぱり熱かったんだ。右手燃えてたしね。

 扉には右手を押し付けた場所にゴチャゴチャした直線だけで構成された模様が焼き付いていた。ちょっと前に見たフィンの魔法と随分違う感じだなぁ。大掛かりっていうか、派手だ。

「ミリルフィア様、流石のお手並みでした」

「ありがとう~。それよりも、ご飯の準備はできてます? フィーナちゃん達が来るって伝えてたわよね?」

「はい、ご指示の通り、天幕に用意しております」

「はいはい。じゃあ、いきましょうか。フィーナちゃん、アルス君、エスタちゃん? ご飯食べながら話しましょう」

「……はっ!? は、はい!」

 フィーナは呆然と倉庫を眺めていたが、ミリルフィアに手を引かれると我に返ったようだ。  


 目的の天幕はすぐそこに張ってあった。こっちに来てからずっと張られっぱなしの大型のテントみたいなもので、運動会で組み立てられてる白い屋根のアレの2つ分ぐらいのサイズだ。中にはテーブルが組み立てられており、そこに椅子が2つと食事が用意してあった。

「はい、アルス君とエスタちゃんの分ね~」

 ミリルフィアがテーブルの端にデンと置いてある鍋からスープみたいなものをちゃっちゃと底の深いボウルに入れて床に置いてくれた。

 すぐにフィーナと自分の分も用意いて、召し上がれ、と微笑んだ。

 毒味も兼ねて遠慮無く頂く。ふむ、シチューか……あ、これ旨い。いや、すげぇ旨い! うわぁ、こっちに来てこんなに深みのある味の料理は初めてだわ……!

 見るとエスタもドカンとボウルに頭を突っ込んでがっついていて、フィーナも普段よりスプーン使いが早い気がする。

「お気に召したようで何よりだわ~」

「はい、こんなに美味しいシチューは初めて食べました」

『とっても美味しいです!』

 なんだかここで同意すると負けになる気がしたのでコメントは控える。

『アルスさんも尻尾で美味しいって言ってます』

 おいこらエスタ、余計な事を言うな! 

『それはよかったわ~』

 ミリルフィアがにっこりとエスタに笑いかけた。

「まだまだあるから、欲しかったら言ってね?」

 ふむ、残すのも勿体無いから頂くとするか。


「とても美味しかったです。ミリルフィア様と精霊様に感謝を」

「精霊様に感謝を。みんなとっても美味しそうに食べてくれるから、私もとっても嬉しかったわぁ」

 鍋は空になっていた。ふう、人間の食事で満腹になったのはもしかしたら初めてかもしれん。


「さて、ではお話しを始めましょうか」

 きたか。さて、なにを言い出すんだ……?

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