51.語られる世界
「まず、今さっき見せた魔法についてね。あれは建てた倉庫に保護する為のものなの……これ、結構大変で手間のかかることでね。普通はやらないのよ。でも、やったのはなんでだと思う?」
「普通はしない、んですよね。……もしかして、戦争でなにかあったんですか?」
ミリルフィアが僅かに息を飲んだ。驚きの匂い。
「鋭いわ。驚いちゃった。そう、オーグラドの軍が国境を越えてくるのは初めてじゃないけど、今回は初めてのことが多くて長引きそうなの」
ミリルフィアがため息をつき。じっと俺を見つめてきた。なんだ?
「オーグラド側の前線に、不思議な力を使う犬が現れて、私達キルグフィッツ軍の兵士を苦しめているの」
『えぇッ!?』
エスタの強い思考が漏れてきた。俺は言葉もない。おいおい、侵略戦争に加担するとか日本人として恥ずかしくないのかよ。
「……アルスを疑っているんですか?」
フィーナが珍しく、怒りの匂いを漂わせた。俺に言われたくないだろうけど、落ち着いて!
「いいえ、まったく!」
ミリルフィアはニコリとフィーナの怒りを受け流した。それにしても動じない女だなぁ。
「アルス君は叔父様を助けてくれているし、最初から疑っていないわよ~。でも」
また俺を見つめてきた。ふん、まあ、大体話がわかったぞ。
「多分、アルス君となにか関係のある犬じゃないか、とは思っているわ。私だけじゃなく、ケッセルフ家の軍に関わる人間はね」
「それは……」
「まずはそこから確認させて貰いたいの。私、魔法使いでアルス君と話せるから適任でしょう?」
おまけにリーディンの血縁だから俺の話もよーく聞いてるだろうしな。あー、はいはい……。
「アルスと、話せるんですか?」
「? そうよ……?」
ミリルフィアが不思議そうに俺を見つめてきた。飼い主だから通訳挟んで話してると思っていたようだな。
「あの、アルスに戦えって説得したりしませんか?」
「そんな事いうつもりはないわ。こう言ってはなんだけど、流石に1匹で戦況を変えたりできないでしょうから。でも、来てくれるんなら歓迎するけどね」
「……」
信用できねぇな。フィーナもこの沈黙はそういうことだろう。
「んん~、そうよね、信用できないわよね……そうだ、この村にも魔法使いが居るんでしょう? その人に来てもらって、私たちの会話を聞いていてもらうのはどう?」
「ババ様に聞いて……はい、わかりました」
「決まりね。……誰か居ます~? ココ村の魔法使いさんに言伝を頼みたいのだけれど~」
なるほどね。俺もこの世界の常識的なことは詳しくないから、ババ様が居てくれると助かるな。嘘で丸め込まれるってこともありえるからな。
ババ様は予想よりも早く、リィザに付き添われてやってきた。歩くのが大変そうだな……また回復しないと。
「お呼びとのことで参上しました。ココ村で相談役をしておりますソルバと申します」
「急にごめんなさい。ミリルフィアと申します。お呼び立てしたのは、公平な証人になって欲しいからです。アルス君に確認したい事があるんですが、お話しの内容が一方的なものでないか聞いていて欲しいのです」
リィザがババ様の後ろで怪訝そうな顔をする。まあ、お偉いさんが犬と会話するから聞いとけって言ったら何事かと思うよな。
「承知しました。この老骨がお役に立てるのなら幸いです」
「では、始めましょうか。フィーナちゃん、ちょっと退屈かもしれないけど、ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
緊張しながら答えたフィーナにミリルフィアがニコリと笑いかけた。
『さて、と。まずは、アルス君、エスタちゃんが何者なのかが知りたいのだけど、聞いてもいい?』
やむを得ん、話すか。
『俺もエスタも日本人だ』
『ニホン人? そういう種族ってこと?』
『日本って国に住んでた人間って意味だ。俺たちは人間だったが、気が付くと犬になって生まれていたんだ』
『え、えぇ……? どういうこと?』
『どうしてそんな事になったのかは見当もつかん。日本はこの世界のどこにもない国で、まあ便利で物が溢れるところだったよ』
ミリルフィアはいきなり混乱しているようだ。えーと、えーと、と口に出しながら木札になにか書き留め始めた。
『この世界のどこにもない国……心だけがどこかから飛んできて犬に入ってるってことなのかしら?』
『そういう解釈でいいんじゃないのか? 少なくとも犬が訓練されて喋れるようになった訳じゃない』
『じゃあ、あの不思議な力はニホン人の能力ってことね?』
『いや、ニホンではこんな魔法みたいな力は使えなかった。こっちで生まれて、暫くしてから使えるようになったんだ。声はすぐに飛ばせるけどな』
『えぇ……えー……え~~?』
ミリルフィアがまた唸りながら木札をガリガリやってる。ババ様も新発見でもあったのか少し驚いているようだ。あれ、日本人がサイキッカー軍団だと思われてた?
『じゃあ、話しは終わりだな?』
『いやいやいや! まだ全然終わってないですからね?』
ちぇー……フィーナが見つめ合う俺達の横で気を揉んでて疲れちゃうだろ。
『ところで、前から不思議に思ってたことがあるんだが、俺からもいいか?』
『いいですよ?』
『俺たちの能力を不思議な力っていうけど、魔法使いも似たような事ができるんじゃないのか? そんなに驚くようなことなのか?』
『ニホン人ならではの新鮮な質問ですね』
んん?
『どういうことだ?』
『魔法というのは、魔力を操り、望んだ現象を誘導する技術ですが、適正で使える魔法が限定される上に、触媒と集中が必要なんですよ』
ふむ、イメージできる魔法使いとそんなに変わらない気がするが。
『ここまででも随分違うでしょう? 犬たちは走り回ったり噛みつき合いながら火を吐き出したりするみたいだから、触媒も集中も要らないのでしょう?』
『触媒は要りませんが、集中はちょっとはいりますよ?』
お、エスタが割り込んできた。話したそうにしてるな、とは思っていたが。
『あら、そうなの?』
ミリルフィアがまた木札をガリガリやってる。
『はい、慣れるとそこまで集中しなくてもできるようになりますけど。アルスさんは集中してるように見えないですね』
おい、人を集中できない子みたいに言うんじゃない。確かに一生懸命頑張って集中しなくても使えるけど。特に電撃と念力。多分使い込んだからだな。
『なるほどねぇ……あ、話しを戻すけど、魔法は戦場で使うには不向きなのよ。効果範囲も狭いし、そもそも攻撃に向いた魔法がそんなに開発されてないし』
『そうなのか?』
意外だ。魔法使いといったらまず火の球を飛ばすイメージなのだが。
『魔法は暮らしを良くする為に発展したものだからね。人を傷つけようと思ったら、石でも投げた方が効率的よ』
言われてみれば、そう、なの、か? ゲームみたいに魔法じゃないと倒せない精霊とかいないのかなぁ。
『そんな常識で今までやってきてたのに、ある日いきなり魔法みたいだけど魔法じゃない、強力な力にさらされて、私たちキルグフィッツ軍は大混乱って訳なのよ』
だから、とミリルフィアは重ねる。
『その力の秘密を調べることは急務な訳。でも、本人達もなんで使えるのか、わからないのかぁ……弱点とか、わからない?』
『弱点……連続で使っていると、しばらく使えなくなりますよ』
『そこは魔法と同じなのね! 新情報だわ』
新しい木札を出して書き留め出した。
待て、気になること言ったな。
『ある日いきなり、って言ったな。日本人はこれまで見つかってなかったのか?』
『そうねぇ……精霊説話なんかにはしゃべる獣の話はあるけど、こんなに何匹……何人? も発見されたことは無いと思うわ。まして戦争に参加するなんて聞いたことありません』
いきなり増えたってことか? なんでかねぇ……
『あ、そうだ。同じニホン人同士、説得できたりしない?』
『同盟の奴らに関わるのは御免だね』
『同盟?』
『そこのエスタもそうだが、日本人は皆日本に帰りたがってるんだよ』
犬になっちまって不便だしな、と続ける。まあ、俺は不便とも思わなくなったが。
『そこで、この世界の人間から、日本に帰れる方法を研究してやる、と声をかけられたら、どうすると思う?』
ここまででミリルフィアは察したようだ。
『それはついていくでしょうね。ですが、見たことも聞いたこともない場所に移動できる魔法を作れるとは思えません……先程も言いましたが、魔法って効果範囲が狭いんです』
でしょう? 俺の隣のエスタが、日本に帰る魔法は無理、と魔法使いに断言されて、ガックリとうつむいた。
『そうやって帰郷の方法を盾に取られて色々と協力している日本人の集団が、日本人同盟っていうのさ。かなり武闘派な奴らで、俺も何度か襲われたし、ココ村も襲われた』
『なるほど、きっとオーグラドの人間ですね。なんて卑劣な……!』
ググっと、ミリルフィアの手が握りこまれる。
『でも、それなら説得できそうですね。貴方たちは騙されている、と』
『確かにな。でも、向こうの大将に何を言われてるかわからんぞ? 声を飛ばせる人間が語りかけるのはやってもいいかもしれんが、期待し過ぎない方がいい』
『なるほどなるほど……これは大収穫でした。急いで叔父様に知らせないと』
ミリルフィアは失礼、と断ってからメモの推敲でもするかのように木札を並べてブツブツ言い始めた。
あー疲れた。しゃべり過ぎた。
『アルスさんが普通に話してくれて良かったぁ』
『どういう意味だコラ』
『最近のアルスさんって問答無用だぶっ殺すみたいな感じだから心配してたんですよ』
『そんな事ねぇよ!』
余所者を警戒してただけだってーの!
『いやー? 結構怖かったですよ~? 初対面の時からすっごい睨まれたし』
自分の世界に閉じこもったと思ったら、ミリルフィアが横槍を入れてきた。ええい、知らん知らん!
『誠に申し訳ありません。アルスはフィーナの事になると、我を忘れてしまいます。もしフィーナが怪我でもするような事があれば何をするか……』
ババ様がフォローしている風の脅しをかけてくれた。そうだぞ、フィーナへの扱いは気をつけてくれよ?
『ふふっ! それはもう十分わかりましたとも。……すみません、ちょっと伝聞を飛ばさせてもらいますね』
ミリルフィアがまた懐から木札を取り出した。今度は簡単な5画ぐらいの漢字っぽい模様が書かれている。ミリルフィアはそれを額に近づけた。
「起動しなさい、伝達の1番」
ミリルフィアから再び陽炎が立ち上る。
『通信、使者の103番から街の14番へ。コト、5、デン、2、キ、1、街の3番へ。終わる』
ミリルフィアが飛ばした声がやたら大きくなって聞こえる。この木札は拡声器か?
『通信、街の14番から使者の103番へ。リョウ、1、街3へ。終わる』
すぐに南から声が飛んできた。なんだこりゃ?
『通信、街の14番から中継の5番へ。コト、5、デン、2、キ、1、街の3番へ。終わる』
また南から声が飛んできた。これはもしかして……
『声を飛ばせる人間が伝言ゲームしてるのか? 一定距離に魔法使いが待機してて、自分の番号を呼ばれたら答える?』
『デンゴンゲーム? それはよくわからないけど、一定距離に魔法使いがいて、番号を与えられて、答えるのは正解よ。これで遠くの事を本隊に伝えるの。前線だと会話の内容が相手にも聞こえちゃうし、偵察の時は居場所を知られちゃうから今みたいな時にしか使えないけどね』
なるほどねぇ。
『ちなみに今のはケッセルフ家に、私が良いこと聞いたんですぐ帰りますって伝えたんですよ~。符丁を使ってるので、万が一敵に聞かれてもわかりにくいようになってるんです』
『まあ、それはわかったが。逆に敵にヤバい情報を知られたかもしれない、と思われて殺されないようにな』
『大丈夫ですよ、ここは地形的にあんぜ』
俺は陽炎でミリルフィアを殴りつけた。




