49.そりゃないぜ
俺は走った。そりゃもう走った。最短距離を走ると村の入り口の近くを通ることになるので、少し遠回りのルートをいく。
以前俺が思わず釘刺したくなることやったのは事実だけどさぁ……! くそぉ、間が悪いッ!
『ふむ、そうか……さっきの声は聞かれてしまったかもしれぬな』
ミリルフィアの事を話すとババ様はそれだけ言って黙りこんだ。
『そうか、ってババ様、どうすんの!?』
『声が大きい』
『うぅ……』
『さて……声を飛ばせるケッセルフ家の人間か……』
仙人みたいな外見のせいで、この世の真理でも探っているように見えるが、やらかしちまったぜ、どうしよう、みたいな事考えてるんでしょう?
『ほぼお前の事は知れておるだろうし、さっきの事でお前が声を飛ばせることも隠せなくなった。下手に惚けない方が良いかもしれぬ』
『えぇー……』
『あまり無茶を言いそうな方には思えぬがな』
周りのケッセルフ家への印象がいいなぁ。まあ、わかるけどさ……貴族なのに腰が低いし。んん~……しょうがない、状況によっては相手するかぁ。
ババ様の離れからの帰りに補給隊の様子を遠くから伺ってみると、倉庫を建てる場所が決まったのか、広場の周りの草や木をガンガン切っているところだった。本当に行動が早いなぁ。ミリルフィアは隊長騎士となにか話していた。こうして見るとミリルフィアの方が騎士より立場が上のようだ。騎士が作業を説明しているようだし、ミリルフィアがなにか言う度に細かく頭を下げている。
しかし、倉庫を建てるってことなら、3日やらそこらでは駄目だろうな……木を切ってきて製材してってやると、どれぐらい時間がかかるんだか。その間こうやって見張ってると体にカビが生えそうだ。エスタと交代でやるかなぁ。
と、思ってたら、何日かして想像と違うことが判明した。
補給隊が持ってきた荷馬車は倉庫を建てるための建材が満載されていて、場所が空いたらどんどん木製の小屋を建て始めた。倉庫をささっと建ててしまって、あとから実際の補給品が送られてくるってことらしい。考えてみれば食い物運んできて、現地で木を切って倉庫の壁板から作ってたら食い物を屋根の下に収めるのがいつになるかわからんよな。
これは何日かすると、村の入り口が立派な倉庫街になりそうだな。ふむ、ミリルフィアも接触して来ないし、このまま倉庫が完成して帰っていったりして? なんて期待してたんですけどね。
エスタと交代で村の入り口を見張り、空いている方は森や山に出向いて狩りをする日々にも慣れてきた。嬉しい事に、兄弟達がフィーナの家に獲物を持ってきてくれるようになった。俺達がやるのを見て真似たのかもしれない。それともフィーナへの忠誠心がちゃんと芽生えたのか……今日も昼過ぎにペペルとポポラが鹿を引きずって持ってきて、今フィーナに褒められ、撫でられて尻尾をブンブン振っている。2匹がかりとはいえ、よく鹿を何百メートルも引きずってこれるもんだな……
ん? 馴染みのない気配が近づいてきてないか? まさか……と思っていると、エスタが畑の中から飛び出てきた。
『アルスさん、ミリルフィアさんが護衛2人と一緒にこっちに歩いてきてますよ』
『やっぱりな』
ついに来たか~。どうくるかわからんが、とりあえず、なにがあってもいいように……
「ウオォォーーーン!!」
俺は全力で吠えた。家からちょっと離れたところで鹿を解体していたサレアさんと、家の前にいたフィーナが驚いてこっちを見る。
『アルスさん。今、ピノン達を呼んだでしょ!? 流石の私にもわかりましたよ!』
『そうだけど?』
『ちょっと! そんなやる気満々になってどうするんですか! 相手が気を悪くするでしょ!』
『いやあ、兵士連れてるところが気になってさ。勿論殴り合いになったら俺1人でも負けないんだけど、舐めた事を最初から言わせないのも手だろ?』
『それにしたって……』
ピノン達が到着した。3匹が息を切らして俺のところに集まる。ペペルとポポラも興奮して俺のところに来た。呼んだ俺がビビるぐらい早い。近くにいたのだろうか。
「ヴォウ!」
俺が姿が見えたミリルフィア達を鼻で差すと、察したピノン達が散開した。
『あぁ……もう、知りませんからね……』
すぐに兵士2人を先頭にしてミリルフィアがやってきて、ひょろっとした方の兵士がミリルフィアと軽く言葉を交わした後、1人でこっちに近づいてきた。
「ふん、お前がフィー、ナ、か……」
フィーナに向かってその口の利き方はなんだ? フィーナに向かって横柄な態度をとった兵士に俺がムカついた途端、ピノン達が一斉に周囲の草むらや畑から姿を現した。この脅しの効果は抜群で、兵士は言葉を続けることができず、真っ青になっている。ミリルフィアの隣にいた兵士は剣を抜き放ったが、本人の怯えが伝わりカチャカチャと情けない音を立てている。
俺はフィーナと兵士の中間に立ち、牙を剥く。なんだ、余所者? 用があるんなら早く言えよ。
「こら、アルス!」
フィーナに叩かれた。叩かれたといっても手のひらで背中を押されたようなものだが……ちょっとフィーナ! 後ろに居てくれよ! こいつら剣とか持ってて危ないんだぜ!?
俺の願い虚しく、フィーナは俺の隣に立ったままだ。
「あなた達、気持ちは嬉しいけど、今は大丈夫だよ」
フィーナがいたずらをたしなめるように、ちょっと笑いながら話すと、ピノン達は包囲を解き、フィーナの後ろに集まってきた。トップの言うことを聞くのはいいが、ぬぅ……!
パチパチパチ、と忙しない早さの拍手の音が響いた。音の元はミリルフィア。ニコニコしながら拍手している。
「凄いわ叔父様に聞いていた以上ね! こんにちはフィーナちゃん。私はミリルフィアといいます。さっきはこの人達が失礼をしてごめんなさいね。ガスコンから私を命に代えても守れって言われてて、ちょっと緊張してるみたいなの」
フィーナがミリルフィアの前で跪いた。それを真似るように兄弟達も座り込む。エスタも兄弟達の隣で座り込んだ。俺は変わらず兵士2人を睨みつけていたが、フィーナに頭を小突かれたので渋々座る。
「ミリルフィア様、お会いできて光栄です。フィーナと申しま「あぁ、いいのよ、そんな改まった挨拶は~」
ミリルフィアがトコトコ無造作に近づいてきて、フィーナの肘を掴んでふわりと立たせた。俺や兄弟達に近づくことになるので、兵士達はぎょっとしているが、止める隙もない、実に気負いのない自然な動きだった。
「あ、え、えぇと……」
「可愛い! 叔父様はあんまり見た目のことは話さなかったから、こんな可愛い子だとは思わなかったわ~」
ふむ、なかなか見る目はあるじゃないか。
『私の声、聞こえる? フィーナちゃん?』
ちっ、やっぱりなにか探りに来たのか。この……!うぐ。
なにか察したのか、俺の後ろに移動して来ていたエスタに尻尾を踏まれた。
「あの……?」
フィーナはもちろん飛ばした声は聞こえないので、会話に妙な間が空き、フィーナが戸惑った声を上げた。
「ああ、ごめんなさいね、じっとみつめちゃって!」
ミリルフィアはフィーナの肘を離すと、パタパタと両手を振った。
「実はね、私の叔父様リーディン・ケッセルフがフィーナちゃんとアルス君に凄く興味があるみたいでね。補給隊がココ村に行くから私に一緒に行って話しをしてこいって言われててね」
「……はい、私にわかる事でしたらなん「もう! 硬い硬い! もうちょっと心を開いて欲しいなぁ」
無茶言うな。いきなりヤクザの組長の娘が訪ねてきたようなもんだぞ。
「そうだ、私の事はミリィって呼んで? 叔父様や友達はみんなそう呼ぶのよ」
「そ、そんな恐れお「言ってみて、ミリィって」
こいつ、人の話を聞かねぇ……フィーナが困ってるだろうが!
『ごめんね、困ってるのはわかるんだけど、ちょっと強引にいかないと仲良くなれないから~』
俺が唸って威嚇してやろうかと思った矢先に、まるで牽制するかのように声が飛んできた。くっ、返事をするべきか迷うな……
「では、ミから言ってみよう! はい、ミ!」
「あ、えぇと」
「ミ~?」
「……ミ」
「リ~?」
「リ」
「イ!」
「イ」
「ミリィ!」
「ミリルフィア様、お許しください……」
ミリルフィアがガクっと頭を垂れて落ち込む振りをした。なんてリアクションの大きな奴だ……
『うぜぇ……』
あ、しまった!
『んふ、やっと話してくれたね~?』
『ちょっと、アルスさん、うぜぇと、か、あ……』
『あら! あなたも話せるの?』
がっくりと頭を垂れたまま、ミリルフィアはにっこりと笑って、俺たちを見た。




