38.スローライフ
やはり問題は食料だった。畑に残っていた作物はほぼ食べてしまい、僅かに残ってた備蓄はもう無いらしい。
そこでフィーナを始めとした水汲みしてた女の子達が、交代で山に入って食べられる野草なんかを採り始めた。もちろん俺も護衛としてついていく。ちなみに今日は北の山に来ている。
「ねぇ、タルサ。フィンとはどうなの?」
「どうって……へへぇ」
「あー笑って誤魔化す気だなぁ!」
こんな時でも女子が3人集まれば姦しい。3人どころか5人もいるしな。フィーナ、リィザ、タルサに、俺が名前を知らない茶髪ロングの子と紅茶色の髪を三つ編みにした背の高い子だ。
話題は山小屋に手を繋いで現れたフィンとタルサの事だ。まあ、最近はタルサが居ると基本的にこの話しだな。ココ村は男女が並んで歩いてただけで付き合ってることになるレベルの恋愛観だから、手を繋いでいたタルサとフィンはもう婚約したも同然である。これには若干俺の希望が入っているが、今タルサに絡んでいる茶髪の子もそのように考えているらしく、タルサから詳しい話しを聞き出そうと懸命だ。
フィーナは特に興味も無さそうに皿のような広い葉の野草を黙々と採っている。頼もしい態度だ。
リィザは面白く無さそうに口をへの字に曲げてヨモギみたいな野草を採っている。フィーナとフィンをくっつけようという企みが瓦解して最近不機嫌なんだよね。まあ、世の中そう思い通りにはいかないよ。HAHAHA!
「私もいいな~って思ってたんだけどな~先越されちゃったぁ」
紅茶色の髪の子が、特に悔しがっていなさそうな、のんびりした口調で話しに混ざっていった。
「あたしも! 前から格好いいなぁって思ってたんだけど、山では大人に混じって怖い人達と戦ってて、凄いなぁって」
「私が村に隠れて震えてた時も来てくれたんだ~。山賊が5人も居たのにあっという間に倒しちゃってね」
「あ、その話聞きたい!」
その5人倒したの、俺です。ってか、タルサ、そんな近くにいた? 合流するまでに結構時間がかかった気がするんだけど。……まあいいか、あの時は目がハートになってたしな。話を盛りたくもなるか。
ん、このヌルっとした気配は……
俺はすっと気配を消すと、草むらに忍び寄った。はたして、そこには緑色の蛇がフィーナ達の方へ這いよってきているところだった。油断して噛まれてもつまらないので、陽炎で蛇の頭を掴むと、そのまま握りこんで殺してから咥えてフィーナのところに持って行った。
普通、女の子は蛇とか見せたら悲鳴を上げると思うじゃん?
「アルス、お手柄ね」
フィーナは蛇を俺から受け取ると、野草と一緒くたにして籠にしまった。そして俺の頭を軽く撫でて微笑んだ。
流石にみんな田舎っ子だからね。蛇ぐらいで怯みませんわ。蛇とか今や貴重な食料だから、今みたいに喜ばれるレベル。
「あ、今度は私にもお願いね、アルス」
リィザが便乗して俺を撫でてきた。まあ、見つけたらね。
さて、この辺を一回りしてみるかな、と山側に踏み出した瞬間、不意に世界が揺れた。
道にしっかり立っているのに、手足が浮いたような気がした。
なんだこれ!? 気持ち悪い……!
慌てて辺りに異常が無いか見回してみるが、フィーナ達は相変わらず喋りながら野草を摘んでいて、変わった様子は無い。……いや、リィザはなんかキョロキョロしてるな。
「リィザ、どうしたの?」
「なんかね、今ぐわーーって感じがして」
「なにそれ~?」
ふむ、ババ様の一族は感が鋭いのかね。なんか嫌な予感がするなぁ。ちと警戒するか。
暫くして、フィーナ達の籠がそこそこ野草で満たされ、もうちょっと山の方に行って籠を一杯にするか、帰るか相談し始めた。
なにも起こらないな……ま、いい事か。
『……』
なんだ? 誰かの声が飛んできたような……
『……ぁ、か……!』
声が飛んできてるな。だが、音量が一定でない上に雑音が混ざっているような感じで上手く聞き取れない。声を飛ばせる奴というだけで警戒対象だ。しょうがない、確認してくるか。
「ワン!」
「アルス、どこかに行くの? 遅くならないようにね?」
声をかけた俺が若干引くほどフィーナに思考が伝わった。おお、通じあってるな。
「フィーナ、アルスの言葉がわかるの?」
紅茶髪が興味を引かれたようでフィーナに声をかけた。
「言葉っていうか……声色で。なんか聞いてるみたいだったから、山の方にでも行くのかなって」
「へー……」
お見逸れ致しました。
「ワフッ!」
フィーナに返事しながら頷くと、ちょっと山の方に移動する。紅茶髪の、今はなんて言ったの~? とフィーナに問いかけるのが僅かに聞こえた。
『だ…ィ…、なぁ……よ!』
山の方に移動するにつれ、音量は大きくなるが、相変わらず聞き取りにくい。んー、なんか会話ってよりは、叫び声みたいな切羽詰まった感じだが……どうするかなぁ。
『なん、な、の…ょ…』
なんなのよ、かな? しょうがない、話しかけてみるかぁ。あんまり余所者と関わりあいになりたくないんだけどなぁ。
『おい、どうした? なんかあったのか?』
返事らしきものはすぐに帰ってきた。
『え、え! 声がした! なんなの、ねえ! 助けて!』
助けて、か。
『怪我でもしたのか?』
『怪我……そうかも! うごけないの! どうしてこんな、ここは? 怖い。なんなの、毛むくじゃら? 寒い、お腹が減った……私、寝てたはずなのに』
ずらずら、っと思考そのままみたいな声が飛んでくる。めちゃくちゃうるさい。
『わかった、待ってろ、とりあえず助けてやる』
『あ、ありがとう! 助かった……でも、なんだろう、変な声の聞こえ方……』
んー……これは、まさか。
声が飛んでくる方に暫く進むと、4、5メートルほど切り立った崖に洞窟があった。入り口は1メートル四方ほど。
あー……
『え、えっ!? なんで、こんな、私、どうしちゃったの!?』
洞窟を覗き込んでみると、小さな小さな、生まれたてと思われる灰色の子犬が6匹、震えていた。