39.転生ほやほや
お、おう……
えらいところに居合わせてしまった。日本人が転生した瞬間に立ち会ってしまった。俺と同じ北の山で生まれるとは、凄い偶然だな……偶然、偶然かなぁ? ここ、日本人が生まれやすい土地だったりする? もしそうだったら怖いなぁ。
『寒い、寒い、なんだっていうのよ。私、さらわれたの? さっきの声はなんだったのよ……』
おっと、いかんいかん。生まれたての時って不安だよな。すまんかった。
『近くまで来ているぞ』
『あ、あ! 助けて! 動けないの!』
そうだよね、生まれてすぐって動けなくて焦るよね。わかる。
『大丈夫だ、助けてやる』
と、そこまでいった時、強烈な殺気を放つ生き物が近づいてきているのに気がついた。ぞっとする。ここれまで感じた殺気の中で、最大のものだ。イノシシ以上かもしれない。俺は慌てて殺気の方に向き直り、陽炎を2本伸ばして、備えた。
木々の間を走り抜けて現れたのは、灰色の大きな犬だった。
しまった。この子犬達の母親だ。そりゃ、殺気も出すよな……俺、自分の留守の間に子供を獲りに来たハイエナ野郎に見えるよね。いや、実際に1匹拝借するつもりだけど。
灰色の母犬は睨み合う時間も惜しいのか、捨て身で飛びかかってきた。その余裕の無い仕草に、子供達をなんとしてでも守るという気概を感じて胸が熱くなってしまった。すまん、本当にすまんが……お前の子供にちょっと変なのが混じってるんだ、貰って行くよ。
母犬の体を2本の陽炎で絡みとる。空中で縫い止められた母犬は混乱し、暴れるが、拘束からは逃れられない。さて、細心の注意を払わないとな。
バチッ!
「ッ!」
手加減をした電撃を母犬に食らわせると、ビクリと体を震わせ、動かなくなった。母犬をゆっくりと地面に降ろす。生きてる、よな? 近寄って確かめようとすると、物凄い目で睨まれた。呪い殺されそうな目。意識はあるのに体は動かない状態か。やばい、超恨まれそう……
『ねえ、どうしたの? ねえったら!』
ええい、もう後戻りはできん!
『すまん、ちょっと、な。見分けがつかんから、できれば右手か左手を上げてもらえないか?』
『見分けが……? なに、どういうこと? こわいよ、こわい』
怖い怖い言いながらも、1番奥にぽつんと蹲っている子犬がノロノロと右手を上に上げようとしているようだ。こいつかな。
『今から右手に触るぞ?』
『え、ひゃっ!? なに、なにか大きくて濡れたものが!』
俺の自慢の鼻だ。よし、こいつだな。猫みたいに首の皮を咥えて持ち上げるとかできそうもなかったので、子犬の体ごと咥えて持ち上げた。俺もかつてはこれぐらいのサイズだったんだろうなぁ。今はそれを咥えて運べるんだもんな。大きくなったもんだ。
『え、え、なに、なに!? やめて! こわい、助けて! なんでこんな……いやぁ!』
あー、うるさい! ババ様がキレて文句言いに来た気持ちが今解った。これは煩い。声の飛ばし方をレクチャーしたいが、場所が悪い。暫く我慢するしかないな。洞窟から出て、村の方にそっと移動を始めた。
『少し我慢してくれ、悪いようにはしないから』
『う、うん。あの、あなたは、誰なの?』
誰と言われてもなぁ。
『俺はアルスだ。日本人だぞ』
日本人って言うのは余計だったか? 初対面の人にわざわざ日本人って言わないよな。
『アルスって……変な名前』
心の声が駄々漏れだからな、これぐらいで怒らないよ? 事情も知らないしね?
『お前の名前は?』
『私はカツラギユキノっていいます』
『カツラギね。大変だったな、まあ、全部説明するから安心してくれ。命の危険はない。多分』
『多分って……ねえ、この、あなたの声の聞こえ方がおかしいの、私の耳がおかしくなったのかも。どうしよう』
『大丈夫だ。それも説明するよ。まずは落ち着ける場所に行こう』
落ち着ける場所。しまった、どうしよう。
連れて帰らざるを得ない流れだったが、食糧難の村に犬拾って帰るのってどうよ? だが、今のカツラギは放っといたら死ぬ状態だから、なんとか1人で生きていけるぐらいまでは保護したいところだ。う、ううーん……フィーナのところが無理でもババ様になんとかしてもらうか? いや、でもババ様に言ってもらうと権力を傘にきてるみたいでやだなぁ。ん~……でもそんなこと言ってられないか。
「あ、アルスが帰ってきた」
「……なにか咥えてるよ?」
「ウサギでも獲ってきたんじゃない?」
「どうしたの? アルス?」
フィーナが俺の前にしゃがみ込んできた。俺が獲物を獲ってきた時と態度が違う。なにか察してくれたのかな。そっとカツラギをフィーナの手に乗せた。
『え、なに? 今度は……あ、あったかい。うう』
カツラギはまた混乱したように呻いたが、フィーナがそっと抱きしめると、静かになった。フィーナの胸に癒やされたようだな。
「えぇ! 子犬!?」
「わぁ、可愛い!」
リィザと茶髪がフィーナに抱かれているカツラギを見て歓声を上げた。実に女の子らしいリアクションだな。
『あ、あの、アルスさん、これは? 私、なにがなんだか』
『もうちょっとだけ待ってくれ。そうしたら落ち着くから』
カツラギは目がよく見えてないみたいだな。俺は最初から見えたんだが、犬種の差か?
「連れて帰るの?」
リィザが答えはわかってるけどね、と、おどけてため息をついた。
「うん、この子、震えてしがみついてきてる。目も開いてないみたい。こんなところに一人ぼっちじゃ死んじゃうよ」
やっぱりフィーナは優しいな。だが、その優しさを利用したみたいで辛い。
「まあ、アルスが連れてきた子犬だから、そう邪険にもされないか」
え、俺って知らない内にそんなに顔が効くようになったの? マジで?
「飼っていいぞ」
「本当……?」
あっさりと、おっさんことラッツの許可が降りた。あっさり過ぎてフィーナも信じられないのか、目を瞬かせている。可愛い。
「アルスの子なんだろう?」
違うよ!! なんでそうなるんだよ! 拾ってきただけだよ! フィーナもそう言っただろ!
「……」
フィーナも、そうなの? みたいな目で見ないでよ! 今までで1番傷ついたよ! ブンブンと顔を振りたくる。
「違うみたいだよ?」
「そうなのか?」
思いっきり頷く。
「ふむ、関係ない子犬なら……」
あ、しまった。だ、だが、俺の子供ということにするのは耐え難い……ぐぬぬ。
「まあ、いいじゃない。あなた」
流石です、サレアさん! 貴女なら助けてくれると思ってました!
「だが、こんな時に……」
「アルスが頑張ってくれるからウチはちょっと余裕があるのよ。小さな子犬ぐらい大丈夫よ」
「……そうか、なら」
おお、決まりか?
「じゃあ、飼っていいの?」
「ああ、アルスみたいに賢く躾けてくれよ?」
「アルスが賢いのは元からよ……でも、頑張る」
大丈夫だ、この子犬はかなり賢いと思うぞ。役に立つかはわからないが。
「ピピン……ポックル、ピルピス……うーん」
『これ、お前の名前候補だからな』
『えっ!? ちょっと、どういうことなんですか!? 私の名前はユキノですよ! さっき名乗ったじゃないですか! なんでこの人達には話しが通じないんですか!?』
フィーナの腕の中で大人しくしているカツラギに事実を伝えてやると、ビクビクと暴れだした。暴れるといっても、みじろぎ、ぐらいの動きだけど。
『そうだな。確かにさっき名乗ってたが、この人達には俺たちの言葉は聞こえないんだ』
『聞こえないって……? あの、そろそろ、説明して欲しいですけど、色々と……』
さて、なにから話したもんかなぁ……




