お告げですか?
◆
三日後。
俺の頭蓋骨が三分の二程回復し、何とか会話も成り立つようになってきた。
現状の俺は、祭壇の上に置かれた髑髏と骨の残骸。
周囲では怪しげな香が焚かれ、供物が添えられている。
フィリスが言うには破壊香というものだそうだ。随分と物騒な名前のお香だな。
供物は猪、野鳥、珍しい草花等が俺の下に揃えられていた。基本的にバラバラにされている。後に調理しやすくする為だろうが、見た目的にはスプラッターだ。
まさに怪しい宗教儀式だ。俺の前には跪く神官が三名。ヤッファとサラスが神官になったのだ。
「私……フィリスに及ばない……」
「あーし、フィリスに負けないー」
とは、二人の弁。
妙な所で張り合わないで欲しい。
神官達のすぐ後ろにはアルマとウルフィスが控え、さらに後ろはドワーフ戦士団の幹部らしき人々が続いている。
「我、抑えがたき破壊の衝動を御身に捧げたもう。
天地風火水を操るも、全ては回帰せる破壊の原罪において、あまねく神々に君臨せし破壊神の神託を乞う!」
大仰だよ!
そして、俺が神。
恥ずかしいんだよ!
「破壊神よっ! 我等の行くべき導を指し示したまえっ!」
……右、とでも言えば良いのだろうか?
「このまま攻められてはどうにもならん……」
「せめて破壊神におすがりできれば……」
香の煙が揺らめく中で、ドワーフ達の気弱な囁きが俺の骨を震わせていた。
この場所は、小高い丘の頂上に築かれた砦の最上階。屋根の上に作られた展望台である。
故に、俺は三百六十度を俯瞰して、敵の位置を知る事が出来た。
見るからに、敵は大軍で砦を囲んでいる。その数、恐らく一万は下らないだろう。対して此方は二千程。そして判断を求められるのは、戦素人である所の、俺。
多分というか間違いなく、切羽詰って藁にも縋る思いのドワーフ達の心の隙間に、フィリスが破壊神はいらんかね~敵な甘い言葉を囁いたのだろう。
フィリス自身、俺に対する信頼が絶大なだけに他意は無いのかも知れないが、気の毒なのはドワーフ達だ。
何しろ、祭り上げられた俺自身がノープランなんだから。
ああ、もう! 負ける要素しか無いよ? 助けて思念体さんっ!
【有利ですよ?】
おお! 思念体さん! やっと返事をしてくれた。今までどうしていたのだろうか。
【個体、八坂徹を形成する魂が微小であった為、私に取り込まれる恐れがありました。故に、リンク形成を最小にし、個体、八坂徹の魂が再構築されるのを待ちました】
あー、あー。納得。ヤッファとサラスに俺の魂をあげちゃったってことか。
それにしても、この敵に囲まれた状況で有利とは、どういうことだ?
【敵には拠点がありません。それにも関わらず、現状、彼等はドワーフの洞窟と、この砦に挟まれた場所に大軍を展開しています。ですから、敵を一旦此方に引き付けて、洞窟内のドワーフと連絡を取れば、敵軍を挟撃出来ます】
理屈はわかった。
俺は、思念体さんのいう事を、なんとなく噛み砕いてフィリスに伝える。
まだ、大声を出せる程に、俺の骨は回復していないのだ。
まあ、でも、思念体さんも帰ってきたし、属性反転すれば直るかもしれないな。
【属性を反転させた場合、各部位が不自然に接合されてしまう可能性が高い為、現状では自然治癒を推奨します】
どうやら、俺は暫くこのままのようです。くすん。
「ふむふむ……なるほど……。
今、神託が下されたっ!」
平伏していたフィリスが徐に立ち上がり、背後を振り返る。
そして拳を力強く握り締め、破壊神の大神官は、ドワーフの戦士団に勝利と破壊を約束したのだった。
まったく、フィリスの元気が羨ましいよ。
◆◆
どうやら戦は、勝ったらしい。
勝ったらしい、というのは、何しろ俺が戦闘に不参加だったからだ。
所詮、俺なんかは頭蓋骨があるだけで、胸骨と肋骨も繋がってないし、骨盤も割れっぱなしだから役に立たないので……くすん。
砦の門の一つにあえて隙を作り、そこに敵をおびき寄せてアルマとフィリスが待ち伏せるという極悪作戦を敢行したようだ。
その後、彼女達の凶悪な破壊力に恐れをなして撤退する魔軍を、ウルフィス率いるドワーフ戦士団が追い、散々に蹂躙したそうだ。
敵を挟撃するにあたり、もっとも重要な連絡役をヤッファとサラスが買って出た。
風を友とし、大地に親しむ妖精が本気を出して敵の目を誤魔化せば、監視の目をかい潜るなど造作も無いことだった。
そうして追われる魔軍は、逃げた先でも洞窟から現れたドワーフ軍に蹴散らされるという、散々な目に合っていた。
お陰で砦の包囲は解かれ、皆の顔にも笑顔が戻っている。
バルバリアとやら言う魔将は、結局現れなかったというが、まあ、現れた所でさ、どーせアルマが倒すんでしょう。はいはい。勇者様様だね、ちくしょー。
それにしても、むさ苦しいドワーフの戦士達が、俺の頭蓋骨をありがたそうに撫で回すのが、何とも不快だった。
まあ、作戦を授けたのは確かに俺……。というか思念体だから、ありがたがるのも分かるんだが。しかし、俺の気分はすぐれないぞ。
今、俺たちは戦の勝利を祝って、砦の大広間で酒盛りの真っ最中である。
祭壇も望楼から引越しをして、俺は現在、絶賛祭られ中なのだが……。
「酒」
俺の側で赤ら顔をしているドワーフに、俺は言ってみた。
暇だし、ごついおっさんドワーフに頭を撫でられても、全然嬉しくないのだ。なのに耐えて撫でられてやってるんだから、せめて酒位よこせってなもんだ。
すると、赤ら顔のドワーフさんは俺の前にやってきて、俺の頭蓋骨を持ち上げ、あろうことか酒墫の中に突っ込んでくれた。
「おお、破壊神さま! 酒をご所望で? 今回はアンタの言葉があったから勝てたんだ。いくらでも飲んで下せぇ!」
まさに、俺は酒を浴びている!
飲む必要がない身体だが、感知する事で酒の質を知る事は出来る。
これは、麦酒だった。
しかも、若干甘いテイストだ、北欧のビールに近いぞ。
「フフハハハハハ! 良いぞ! 良いぞ! もっと酒を!」
「おお、破壊神さま! イケるクチですなぁ!」
「おお! ドワーフ共もなぁ! ウワハハハ!」
「おおっ! 破壊神さまっ! 俺の酒も一つ飲んでくれ!」
「ウムウム! 苦しゅうない! 俺の顔にかけるだけでも良いぞ! ウワハハハ!」
「破壊神さま! お、俺も破壊神さまを信仰してよろしいでしょうかっ!」
「おおっ? お、俺も信仰するっ!」
「信仰を許すから、酒をもっとよこせ! ワハハハハ!」
俺はドワーフ達との饗宴に髑髏を投じ、実感が無いままに勝利の美酒を味わい尽くしていた。
思えば、この世界に来てからこれ程の酒を飲んだのは初めてだ。
信仰がどうのとか言ってるが、知ったことか。どうせ飲んでるし、ドワーフ達も寝たら忘れるだろう。だから、適当に話を合わせておく事にした。
しかし、傍から見れば、髑髏に酒を浴びせかけるカルトな宗教以外の何ものでもないだろう。挙句に、その髑髏はたまに動いて大声で笑うのだから、何処の邪教だというのか。
そんな俺をウットリと眺めるフィリスとヤッファ、それにサラスの視線は完全にカルト教の幹部のモノに違いない。
だが、翌日、ウルフィス率いるポタリア王国ドワーフ戦士団は、第二戦士団長を筆頭に、およそ一〇〇〇名が破壊神トオルに、その信仰を捧げたのである。
その数は、第二戦士団残存兵力の、およそ半数にも達していた。
あれぇ? 破壊神ってユリウスじゃなかったっけ?
フィリス、ヤッファ、サラスが歓喜に咽び泣く中、アルマが一人釈然としないような顔をして、溜息をついていた。
考えてみれば彼女は創造神が選んだ勇者なのだから、当たり前の事かもしれないな。
俺も釈然としないのだが、その表情から内心を窺い知る者はいない。なぜなら、骸骨だから表情が無いのである……。




