宙ぶらりんですか?
◆
敵は、未だ多くが残っていたはずだが、忽然とその姿を消していた。
砦から見えるものは、南に迷いの森、北にソーンロ山脈、西と東はこれといった特徴も無い低木が茂る平原が続いている。
「ま、魔軍がおりません! トオルさま! これは如何なる事ですかっ?」
朝から五月蝿いのは、褐色の髭も逞しい戦士団長ウルフィスだ。
昨夜、酒の勢いもあったのか、
「俺も破壊神を信仰する!」
などとのたまった後に、俺を抱えて眠りやがったのだ。
挙句に、朝から砦の望楼に俺の髑髏を抱え込んで上り、周囲を見渡し叫んでいる。
だが、俺の頭蓋を両手で持ち上げて、より高い位置に掲げる事も忘れていない。
うむ。見晴らしは良いぞ。そして、魔軍の事など俺は知らん。でも、答えてやろう、何しろ俺は神だからな。えっへん。
「確かに、居ないな。魔力も感知出来ん」
「と、いう事は?」
「撤退したんじゃないか?」
「うおおおお!」
ホントに朝から五月蝿いな、ウルフィス。
そこへ、もう一人五月蝿いヤツがやってきた。
顔面蒼白なフィリスが、口元を押さえながら望楼に駆け込んできたのだ。
昨日、フィリスは”大神官さま”などと煽てられてドワーフ達に随分酒を飲まされていたから、絶対に二日酔いなんだろう。口元にキラリと光る昨夜の残滓が見える。
「ト、トト、トオルさまが! トオルさまの頭がっ! ないおえ……」
「フィリス、俺はここだぞ?」
ウルフィスに抱え上げられたまま、俺はフィリスに声をかける。
朝日が俺の頭蓋に反射して、彼女の見る俺の姿は限りなく神々しいはずだ。
やはり、フィリスはひれ伏した。
「ご、ご無事でした……かオロロオロロ~~」
しかし、ひれ伏しながら、戻している。どうやら、俺の神々しさでひれ伏した訳ではないらしい。
それにしてもこの女、最低だ。酒は呑んでも呑まれるな、と今度教えてやろう。
「だ、大神官どのっ!」
慌ててウルフィスが緑髪の大神官に駆け寄るが、酒臭くて鼻を抓んでいる。
「フィリス……自分に治癒魔法でも使えば?」
「はっ……そ、そうですね……うっぷ」
俺のアドバイスを受け入れると、フィリスはみるみる体調を回復させた。
まったく、どうしてこの程度の事に気がつかないのだ。それにしても、これで二日酔いが治るなんて、神官って便利だな、と、思う。
「いや、目が覚めたらトオルさまの聖なる髑髏が無くなっていたので、慌ててしまいました」
爽やかな笑顔を俺に向け、胸に手を当てて緑の瞳を輝かせるフィリス。しかし、口元には吐瀉の残滓があり、ちょっと汚い。あまり俺に近づくな。
しかし、優しいウルフィスが布をフィリスに差し出して、口元を拭わせ、状況の説明までする。
「ああ、すまない、大神官どの。新たな朝を、どうしても我が神と共に迎えたかったのだ。
だが、そうしたら敵が消え去っていてな……ご相談申し上げていたところだ」
「む? それでは昨夜の誓いは冗談ではなく?」
「むろんだ。この身、この心、その全てを破壊神トオルさまに捧げ、我が武の全てを持ってお仕えしよう……もっとも……」
「しかし、それではポタリア王への忠誠はどうなるのじゃ?」
「……所詮、俺は一敗地に塗れた将だ、国に戻れば死を賜るだろう。だから、トオルさまにお尽くしするのはそれまでの間という事になる。
……そして、潔く死ぬ事が王への忠誠の証にもなるだろう」
「だが、此度の戦で勝利を収めたではないか?」
「……先の戦で死んだ兵は生き返るまい。そういう事なのだ」
「分かった、ウルフィス殿。せめてそなたの亡骸は、破壊神トオルの名の下に葬ろう……だが」
ウルフィスは、俺を小脇に挟んだままフィリスと会話を続けている。
なんていうか、二人とも感無量みたいな感じで目を潤ませているけれど、破壊神ってユリウスだろう。なんで俺がまんま破壊神になってんだよ。
【破壊神の固有名詞は、かつてユリウスが齎した災厄と救済により化身として得たもの。新たに八坂徹が破壊神の化身と認識されれば、固有名詞の変更も在り得ます】
あり得ちゃうの!?
もしも俺に心臓があったなら、口から飛び出そうなくらい驚いた。
元ブラック企業の中間管理職が、カルト教の神へと転職だと?
「と、とにかく敵がいなくなったのなら良い、まずはポタリアに向かおうではないか。
なに、心配するな。もはやウルフィスどのには破壊神の加護がある。たとえドワーフ王とて無下に裁けるものでもあるまい! 私も協力する。共に助命を願い出てやるとも!」
フィリスは精気を取り戻した顔色をウルフィスに向けて、笑顔で彼を勇気づける。
フィリスは、基本的な性格がとても優しいのだ。俺というファクターが絡まない状況でさえあれば、まさに聖女と呼べる程の慈愛を見せる事がある。
ウルフィスも、そんな大神官の言葉を聞き、破顔していた。
◆◆
砦から出て、俺たち一行はポタリア王国が広がるソーンロ山脈へと歩みを進める。
一行は、俺、フィリス、アルマ、ヤッファ、サラス、ウルフィスだけだ。
ウルフィスは、魔軍の襲撃を懸念して、砦に軍の全てを残す事にしたのである。それも当然だろう。南を迷いの森に面したあの砦は、実はかなりの要害と化している。あれがある限り、誰であろうとポタリアを南方から攻める事は不可能なはずだ。
と、思念体さんが言っていた。
俺は半ば繋がった胴体と、未だバラバラの下半身をフィリスの背嚢に入れて、髑髏だけを外気に触れさせていた。
――分かっている! それが、いかに不気味な姿かは、誰かに言われないでも分かってはいる。
しかし、風にあたるのが気持ち良いのだ。
冬とは言え、袋の中は蒸れる。万が一、カビなど生えたらどうしてくれるというのだ。
だから、俺はあえて頭だけを外に出しているのである。
丸一日程歩くと、ようやく洞窟の入り口に辿りついた。
大きく口を開けた洞窟の入り口には、幾人ものドワーフ兵がたむろしている。
いたる所に魔物やドワーフの死体がうず高く積まれ、先日の戦闘がいかに過酷なものであったかを物語っていた。
ドワーフ兵は、そんな戦の残骸を手際よく処理していたのだ。
「国王陛下にお会いしたいのだが……」
ウルフィスがおずおずと進み出て、衛兵に言葉をかける。
「……こ、これは、ウルフィス様!」
衛兵が声を大にして叫ぶと、周囲の兵も一斉に注目した。
「ご、ご無事で……」
「いや、むしろ諸君に迷惑をかけて面目ない……」
「いやいや! 今回はウルフィス殿のお陰で勝利を得られたのです! ライガル陛下もきっとウルフィス殿の帰還をお喜びになりましょう!」
「いや、先の敗戦があるからな」
「それとて今回の功を持って許しを請えば、極刑には至りますまい! 私も及ばずながら助命嘆願致しますっ!」
ウルフィスは結構慕われているようだ。
ドワーフ兵達が皆、笑顔で彼に接しているのをみれば、いっそ羨ましい程である。
反面、彼等がヤッファとサラスを見る目は冷たい。ドワーフとエルフは敵とは言えなくても、互いに干渉をしない事を旨としている種族、というヤッファの説明通りのようだ。
「トオル殿、少し死体の真似をしていてくれぬか? ここを通るのに、いらぬ騒ぎは避けたいのだ」
俺の側に銀髪の美人勇者が寄ってきて、言った。
無論、アルマのいう事に間違いなどあろう筈も無い。俺は、大きく頷き、微笑を返す。何しろ、未来の妻候補だからなっ!
「そ、そういうのを控えて欲しい」
おっと失礼。
「ト、トオルさまに失礼なっ!」
即座に噛み付くフィリスだが、流石に相手が王家の姫君とあっては多少の遠慮もあるのだろう。俺が反論しない事もあってか、フィリスもそれ以上の反論をしなかった。
「失礼、ウルフィス殿。我々には時間があまり無い。出来れば、早くここを通らせて頂きたいのだが……」
衛兵に囲まれ生存を祝福されているウルフィスに、アルマが近づき肩を叩く。
これは、ウルフィスにとっても助け舟になっていた。
同僚達から祝福されて嬉しくない訳でもないが、ウルフィスとて早く王宮へと向かいたい気持ちは一緒である。生きるか死ぬかが宙ぶらりんなど、誰だって嫌だろう。しかし、周囲を囲む仲間も無下に出来ないからこそ、無駄に時間を奪われていたのだから。
ちなみに俺は、生きているのか死んでいるのか、わりと宙ぶらりんである。
「あ、これはアルマ殿。
皆、すまない。此方の方は、ナカーシック王国の王妹にして光の勇者アルマ殿だ。
彼女が国王陛下にご助力を求めておられる。急ぎ陛下にお取次ぎ願えぬか?」
こうして、俺達は無事にドワーフの王国へと、足を踏み入れたのである。




