ドワーフですか?
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迷いの森をヤッファとサラスの案内で抜けると、すぐにゴツゴツとした赤茶色をした岩肌が現れた。
彼方に見えるのは、山頂が白く雪に覆われたソーンロ山脈。あれを越えれば魔王が統べる大地に入るという事だが……。
「冬にあんな山を越えて行くのは自殺行為だと思うが?」
自殺した俺が言うのもなんだが、冬の雪山で遭難したら洒落にもならないと思う。まして、俺が白骨で発見されたら、世間はさぞや疑問に思うだろう。
「雪山なのに、どうして白骨化が進んだのか? 或いは別の場所で殺されてから……」
きっと、こんな憶測が飛び交うに違いない。この世界に新たなミステリーを作る気にはならない俺は、ちょっと慎重論を唱えていた。
「問題ない。ソーンロ山脈の地下にドワーフの王国が広がっていてな。そこを通れば山脈の北側に出られるのだ。間もなく、かの国へと至る洞窟が見えてこよう」
アルマが陽光を反射して輝く銀髪を掻き上げながら、俺の疑問に答えてくれる。
「ドワーフ……」
「はぁ……。あーし、ドワーフ苦手なんだよねぇ」
俺のローブの左右の裾を掴みながら、ヤッファとサラスが溜息をついていた。
なんだか、森を抜けても去る気配がないのは何でだろう。
彼女達は俺の半分程しか無い身長なのに、歩く速度も大人と変らぬほどで、息すら乱さず、当然の如く俺の側に侍っていた。
「こ、小娘ども……いい加減帰らぬか! そしてトオルさまから離れよっ!」
そんな二人の小さな妖精に、破壊神の大神官たるフィリスが唾を飛ばして怒鳴っている。
とても大人気なくてみっともないが、フィリスは真剣な眼差しだ。
「……帰らない。トオルさま……次の命令を……」
「そーだよ。あーしらに命令出来るのはトオルさまだけなんだよっ!」
ああ、そうか。魂を喰ったから、この子達は俺の支配から逃れられないのか。
「むっ、むぐぐ! トオルさまっ! 森を抜けたからには、妖精など用済みですっ! 早く帰れと命令をなさって下さいっ!」
げに恐ろしきは女の嫉妬。
幼女相手に嫉妬に狂うフィリスの緑色の瞳は、既に血走り赤緑色だ。
このままでいては、フィリスの精神衛生上よくないだろう。
真摯かつ誠実な上に優しさに富んだイケメン骸骨たる俺は、緑髪緑眼の美女に救いを差し伸べるに吝かではない。
大体、ちょっと頭にきたとはいえ幼女の魂を喰ってしまったのは、さすがにやりすぎたと反省もしている。となれば森も抜けたことだし、魂を返して開放しても良いだろう。
ていうか、魂の返却って、出来るのかな?
【個体、八坂徹が喰らった魂は統合され、現在の八坂徹を形成しています。故に、魂の返却を行えば、一時的に個体、八坂徹が弱体化します。返却しますか? Y/N】
俺は迷わずに「はい」と念じる。
何言ってんだい、思念体さん。元の俺の魂に戻るだけでしょうが!
俺の口から青白い炎が現れ、それが幼いエルフ二人を優しく包み込んでゆく。
二人はそれぞれ全身に青白い炎を漲らせたかと思うと、急速にその肉体を成長させ始めた。
【個体、八坂徹は魂の87パーセントを失いました】
思念体の宣言と共に、俺の身体からがっくりと力が抜ける。
え? 身体が重いんだけど?
「まずいぞ。囲まれている」
俺が脱力の極にあるというのに、アルマの声が緊張感のある響きを帯びている。
草花に囲まれている、という優しい意味では無さそうだ。
アルマが純白のマントを翻して、長剣を抜き放っていた。
フィリスも樫の杖を握りなおし、怒りを納めて周囲に警戒の目を光らせている。
反面、俺は銀の杖が重く、うっかり取り落としてしまう程に憔悴していた。むしろ、魂の返却というか、あげちゃった感じだ。
しいていうなら、レンタルしたDVDを暫く返さなかったら、驚く程の延滞金を請求された感じだろうか? これなら、新品が買えたよ! って、金額になっているようなものだ。
忘れていただけですっ! と、言っても許してくれない店員は、きっと何処までも正しい。
おっと、一体何の例えなのか、自分でも解らなくなったぞ。
「魔族の一党めっ! 殲滅してくれるっ!
戦士団、前へっ! 俺は不死公をやるっ!」
周囲から、短身ながらも戦車のような体躯の人々が迫る。
俺はよろける脚を絡ませながら、属性反転を試みるが、残念な事に思念体が反応してくれない。
にも関わらず、眼前に巨大な戦斧を抱え、皮鎧を身に着けた屈強そうな男が迫っていた。
――ごわん、どかっ、ばきっ――
振りかぶった斧を俺の頭上に一振り。斧を返され、俺の胴が分離して、最後に斧の平で押しつぶされた。
俺は、ばらばらになりました。
ばらばら殺人事件です。
「トオルさまっ!」
フィリスの悲鳴が聞こえる。
しかし、彼女も自身を守る結界を展開するだけで精一杯の様で、俺を救出する余裕はないだろう。
「なっ……トオル殿っ!」
アルマも驚いた顔を浮かべている。それもそうだろう、俺の戦闘能力からすれば、本来、こんな所で負けるはずもないのだから。
しかし、アルマは凄いな。二〇人位のドワーフ戦士を一人で捌いている。しかも、きっと殺さない様に手加減もしているのだろう。
「武器を収めよ! 私達は敵ではない。魔王を滅ぼしにきた勇者だっ!」
アルマは、ドワーフたちにそう呼びかけていた。
「そっ、そうだ! そなた等、何をしたか分かっておるのかっ!? 今、そなた等が破壊した骨は、破壊神ユリウスさまなるぞっ!」
フィリスの絶叫は悲鳴に近く、周囲の山々に木霊する程だ。
ていうか、破壊神って言わない約束だったのに。きっと、気が動転したフィリスは、既に己を失っているのだろう。
あと、破壊された破壊神って、ちょっと切ないんですが。せめて他の言い方をして欲しかった。
そんな状況の中、俺から魂を返却された妖精達の変化が終わっていた。
緑の簡素な衣服から伸びた手足もしなやかに、身長だけならばフィリスと変らない程になっている。
「引け、ドワーフども……引かねば我が主の仇、とらせてもらうぞ……」
切れ長の目を、俺を倒したドワーフに向けて、すっかり大人になってしまったヤッファが言った。ジト目も美人がやると、妖艶に早変わりするようだ。
「あーし、あいつを許さない」
腰のベルトに挿していた短剣を抜き放ち、ヤッファよりも、やや丸い瞳に怒気を滾らせてサラスが凄む。
なぜ、開放されてないの?
俺、魂を返してあげたはずなのに……?
二人は相変わらず俺に対する忠誠心を持っているようだ。むしろ、強まったというか、支配していた時よりも自主的だ。
「ま、まてっ! 妖精! 人間っ! どういう事だ? 俺は不死公を倒したはずだっ! お前たちの敵意の意味がわからんっ!」
砕けた俺の頭を踏みつけて、極太ドワーフが周囲に叫ぶ。
百人近いドワーフ達を相手に縦横に暴れるアルマに脅威を感じ、決して崩れぬ結界を張るフィリスに驚き、今、敵意を向けてくる成長した妖精を見て恐怖したのだ。
そして、魔の眷属ではありえない者達を敵としたかも知れない疑念を、ドワーフ達の隊長は感じていたのだろう。
少なくとも、俺の探知では、そんな風にドワーフの内心を量っていた。
どうでもいいが、ドワーフの戦士よ。俺の頭蓋骨から足をどけてくれまいか。
二つに割れていただけなのに、六つに割れちゃったんだけど。




