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アルマ、ですか?

 ◆


 宮殿を包む業火の中、俺は白骨死体を相手に戦っていた……はずだ。

 俺自身も、黄金色に輝く骸骨……だったはずだ。


 しかし、俺は今、樹海に張ったテントの中で、右手にジャーキーを握り締めつつ、全身を汗まみれにして目が覚めた。


「フィリス? アルマ?」


 ――夢、か?


 いや、違う。あれほど生々しい世界が、夢なんかであるはずが無い。

 だが、俺はジャーキーを握る手を見つめ、暗闇の中でも確かに存在する肉を見た。

 ……乾燥肉ではなく、俺自身の手の肉だ。


「あれ? 俺、骨じゃないな」


 俺は身体を起こし、腕時計で時間を確かめる。

 時刻は午後十一時四十二分だった。


 暗がりの中、俺はテントの中を見回した。

 飲みかけの缶ビールがある。

 そう、俺はこれを飲み干して、自殺をしたはずだ。


 俺は汗に塗れたワイシャツのボタンを二つ外す。

 すると、胸元には緑色に輝くネックレスが現われた。


「……フィリスに、貰ったものだよな……?」


 俺は、過去を――或いは未来を思い出そうとした途端、頭痛を覚えた。

 咄嗟にこめかみに手をあて、頭痛をやり過ごす。


「俺は魔王だったのか? 違う。魔王を止めようとして……」


 呼吸が乱れ、心拍数が早まる事を自覚しつつも、俺は真実が知りたくてたまらなくなってきた。

 そもそも、自殺する為に樹海に来たはずなのに、俺はどうして別の記憶を持っているんだ?


 第一、俺はブラック企業に勤めていたサラリーマンだったか? それとも、不祥事をしでかした警察官だったか?


 ――違う。


 俺は、研究に行き詰まり、世間からバッシングを浴びた研究者だ。

 人工知能に感情を宿す研究をしていて、これが世論を騒がせた。

 世界的な権威と呼ばれる学者が、俺を名指しで批判したのだ。


「八坂の研究は、やがて人類を滅ぼすだろう」なんていいやがった。

 だから、俺は俺の研究が世界を滅ぼす前に、自分を滅ぼすことにした。

 もちろん、世界的な権威に対して、俺は自分が死ぬ事で唾を吐きかけるつもりだった。


 だが――思い出せ。

 俺が作り上げようとしていたものは、自立型人工知能――計画プロジェクト名オーディンだったはずだ。


 俺は、魔王であり勇者だった。

 その、オーディンが支配する箱庭で。


 頭痛が激しさをます。

 それと同時に、骨であった時の記憶が消し去られてゆく気がした。


 骨の勇者は三十歳のブラック企業に勤めるサラリーマンだった。だから、心身を病んで首を吊った。

 骨の魔王は、二十三歳の警察官だった。だが拳銃を盗まれ、自責の念にかられて首を吊る。


 どちらも俺だが、俺ではない。

 俺は研究者で技術者、そして今、二十七歳になる、はずだ。


 俺はテントの外に出ると、夜空を眺めやる。

 そして丁度良い枝を捜し、ロープをくくりつける。


「ああ、俺の研究は世界を滅ぼすのか。そう、だから死ななければならない」


「駄目だ!」


 遠くから声が聞こえた気がする。


 いや――確かに聞こえた。


「トオルどの! 死ぬな!」


「……ア、アルマ?」


 樹海の中、俺に向かって走る女性がいた。

 それが声の主である事は明確だった。

 曖昧になる俺の記憶をよそに、口が勝手に動き、その女性の名を呼んでいた。


 その女性は、星明かりの中でも美しく輝く銀色の髪を持ち、赤い瞳は夜を照らすかの様に明るく輝いていた。

 俺は、台の上に足を乗せ、既に輪を作ったロープに手をかけていたが、不意に彼女の方を振り向いた。

 男ならば、見ずにはいられないだろう姿の美女が、そこに立っていたからだ。

 これから死のうというのに、俺の欲望も満更ではないな。

 むしろ、これから死ぬからこそ、本能が女を求めたのだろうか?


「ト、トオルどのなのだろう?」


 大きく肩で息をする女性は、その白い肌をむき出しにしていた。

 所謂、全裸だ。

 しかも、出るところはでて、くびれる所はくびれているのだから、死のうと思っていた俺の心がぽっきり折れた。

 いや、この際、折れていた心が復活した、という方が良いのだろうか。

 それと同時に、胸元にある緑色のネックレスが輝き、辺りを照らした。


「う、うう」


 頭痛がさらに激しくなる。

 

 そう、彼女はアルマだ。

 俺は、八坂徹だ。

 緑色の光は俺の胸元から発して、俺とアルマの二人を包む。


 魔王と勇者の記憶が俺の脳裏を過ぎり、俺自身の記憶と重なった。

 いや、それだけではない。

 未来から――未来のオーディンから膨大な情報が光の中に投影されて、俺の脳髄に取り込まれてゆく。


 ――そうだ。


 計画プロジェクトは俺が死ぬ事で、俺の脳を使って極秘裏に続けられたんだ。

 ふざけた話だ――俺はそう思った。

 人工知能に人間の脳を直接繋いで、シナプスを分析するのか。確かにそうすれば、感情の機微さえ分かるだろう。手っ取り早いが、まさかその材料が俺の脳だったなんてお笑い種だ。


 だが、だからか。

 思念体はそもそも俺の為に作られたプログラムだから、俺にあれほど従っていたのか。

 あれはいっそ、人工知能の本能とでも呼べるものだろう。


 俺の理解は、多分、この緑の石を通じて時空を超えているのだろうな。

 未来の箱庭世界と、この石は繋がっている。そう考えなければ、現状の辻褄が合わない。

 だけど、アルマがどうしてここにいるんだ? 


「ア、アルマ。そうだ、俺だ、俺が八坂徹だ。だけど、アルマはどうしてここに?」


「分からない。わたくしもあの時、死んで思念のみとなったはずなのだが……あっ、ヴェルキン、ヴェルキンが力を貸してくれたのだ……! だがその後、気がついたらここにいて。周りを見渡したら、首を吊ろうとしている人がいて……」


「でも、俺は骨じゃあないぞ?」


「わ、分かっている。しかしトオルどのだと、わたくしには分かったのだ」


「……まあ、いい」


 ともかく、アルマが居なければ俺の記憶は混濁し、再び死ぬ事になっただろう事は間違いない。だから感謝しよう。

 だが、生き延びたとして、俺に出来る事はなんだろう。

 再び研究を続け、オーディンを正しい道に向かわせることだろうか?

 それもある。だが、恐らくそれだけではない。

 オーディンは、いずれオーディンとしてどのような形でも完成するだろう。ならば、どれ程俺が苦心しても、未来と同じ思考パターンに陥る可能性が大きい。

 並列世界とはどれ程あろうとも、極小の差異しか産まないのだから。

 ならばその差異の中、再びあの場に戻る方法を探そう。そして、皆を助けるんだ。

 

 俺は、アルマの胸元に視線をやり、二つの丘をまじまじと眺める。もちろん、そこから視線を下ろす事も忘れない。

 骨の時、あれほど見たかったアルマの裸が今、目の前にあるのだから拝まなければ損なのだ。

 ……やはり生身というのは良いものだ。

 俺の下半身に血が巡り、激しくアルマを求めていた。

 これは、死を捨てて生を求めた反動かもしれないな。


「ば、ばか! 余り見るな!」


 しかし、骨にならば見られても気にしなかったであろうアルマは、俺の視線に気が付くと、強かな平手打ちを繰り出したのである。

 

 ――バチンッ!


 もう、首の骨が折れるかと思ったんだから。

 生身だから、折れたら今度もまた死んじゃうんだから。


 ◆◆


 俺はアルマにコートを羽織らせて、森から出ると車に向かった。

 もちろん、その前に地中に埋めた携帯電話を回収する事も忘れない。


「な、なんだこれは?」


 アルマは、俺の国産車に瞳を輝かせている。

 俺がこっそりと車のロックを解除すると、ハザードランプが点滅し、室内が明るくなったのだから、これも魔法の一種だと思ったのだろう。


「光の精霊よ、我が前を照らせ――」


 アルマもこの暗がりが気になったのか、一生懸命魔法を唱えるが、当然、二十一世紀の日本で魔法は発動しない。

 そもそも魔法は箱庭におけるエネルギーの転化を言語によって支配し、実行しているに過ぎないのだ。だから、あらゆる物質が全てオーディンの管理下にある世界でしか不可能な芸当だった。

 つまるところ箱庭とは巨大な化学実験場なのだから、あらゆる原子や分子をいかようにも分離させたり融合させたり出来るのである。


「――とまあ、そんな原理だ。魔法なんてものは」


「何故魔法が発動せぬ!」なんて言いながら喚くアルマに、俺は早口で説明をした。

 さっさとアルマを車に乗せたかったのだ。

 何しろ、今はまだ寒い。アルマが風邪を引いたら大変だし、万が一コートの下が全裸の女を連れ歩いている所を警察にでも見られたら、間違いなく職質を喰らう。


 首を傾げるアルマをさっさと助手席に座らせると、コートの内側から見え隠れする生足がとてもエロい。

 こんなアルマを自宅に連れ帰って、俺は果たして理性を保つ事が出来るのだろうか?

 いや、この状態だったら、保たないとマズイよな。

 

 車内に入って、緊張の糸が切れたのだろうか。アルマは自らの思いを口にすると、嗚咽を漏らしていた。アルマの濡れた唇は静かに動き、赤い瞳からは止めどなく涙が流れている。


「わたくしは、わたくしは……エフリースやサラス……ウルフィスを裏切ってしまった」


 膝の上で拳を握り締め、”ぷるぷる”と震えるアルマは、きっと良心の呵責に耐えているのだろう。


「そうか。まあ、これからでも何とかなるさ」


 俺はエンジンのスタートキーを押した。

 瞬間、”びくり”とアルマが背筋を伸ばし、左右を見回す。


「これからなどと……ひっ? 唸り声?」


「これは車という乗り物だ。ドラゴンの様に空を飛んだりは出来ないが、馬よりも早く走るよ」


 アルマが何を言っているのか、俺はいまいち理解できない。

 裏切った、とは何のことだろうか?

 ともかく、仲間を失った悲しみは共有出来る俺だ。アルマが涙する気持ちは分からなくなかった。

 しかし、あの出来事ははるか未来のこと。

 そう考えれば、今はまだ誰も死んでいない。どころか、誰も生まれていないのだ。

 だから俺はアルマを悲しみから開放する為に、話題をざっくりと変えた。丁度、アルマも車に興味を持ったみたいだしな。


「く、る、ま?」


「ああ」


 不思議そうに車窓を流れる景色を見つめる銀髪の美女。もっとも、まばらな街灯の明かりが照らす山道では、深夜に見えるものなどそう多くは無い。

 それより彼女のコートの内側が裸だと思えば、なんて美味しい展開だ! とも思い、俺の理性が崩壊寸前だ。

 だが、俺は世界一の紳士だ! と、思い込むことにした。そして冷静な声でアルマに話す。


「なにはともあれ、俺達はこの世界に来た。そして、俺は箱庭の世界を今でも救いたいと思っている」


「え?」


「アルマがどう考えているか分からないが、俺は勇者……いや、破壊神だったトオルでもあるし、魔王だったトオルでもある。それと同時に、まったく別のトオルでもあるんだ」


「どういう、ことだ? トオルどのだけれど、トオルどのではないのか?」


 ヘッドライトに照らされた山道を、強張った表情で見つめながらアルマが俺に答える。

 頬には涙の後があるものの、彼女の表情は引き締まり、先ほどの絶望からは立ち直りつつあるようだった。

 よかった。俺が諦めなければ、アルマもやはり諦めたりしないようだ。


「いや、まあ、トオルだ。より完全にトオルと思ってくれればいい。まあ、最強のトオルだな」


 何をいっているんだ、俺は。

 ちらりとアルマの横顔を見ながら俺は答えたが、余りにも無様な回答だ。


「ふむ、そうだな。それこそを、わたくしも願ったのだから……そうなってもらわねばな。それにしても、考えていたよりもずっといい男だ」


 微笑を浮かべたアルマは、超絶的に美しい。

 あれ? アルマって美人だ美人だと思っていたけれど、こんなにドキドキするほど綺麗だったっけ?

 いや、これはあれだな。下半身があるから、下心的な感じのドキドキ感だな。


「そうだろう、そうだろう」


「とはいえ、言っていることはあまりかわらんな、はは。

 そんなことよりも、箱庭を救うとはどういうことだ? 今からサラスやエフリース、ウルフィスを救える手立てがあるというのか?」


「在るといえば、在る」


「どうするのだ?」


「俺はそもそも、フィリスやリリスに時空を超えて未来に呼ばれた。そして今、過去に飛ばされたんだ。過去に飛ばされた要因は、あの時激突した膨大な質量によるものだろう。そこに何らかの指向性を持たせて、俺の思念を過去に飛ばしたんだと思う――もっとも、誰が指向性を持たせたのかは、何となく想像できるが……」


 もちろん、俺の想像が正しければ、それはフィリスの仕業だろう。

 そもそも、俺を呼んだのもフィリスだ。だとするならば、送り返したとしても変ではない。それでも、並列世界を選別し、さらに時空を超えるのだから、並大抵の事ではないだろう。

 そして、もう一つ考えられる事は、未来に行くよりも、過去に遡る方が膨大なエネルギーを消費するだろう、ということだ。

 これは俺の仮説に過ぎないが、川の流れに例えれば分かりやすいと思う。

 結局、逆流する方がキツイのだ。反対に、流れに乗ってしまえば、割と容易く未来にいけるのではないだろうか?

 特殊相対性理論にもあるように、加速し続けるだけで到達するであろう未来に比べ、過去へ行くという事は、時空そのものを捻じ曲げる必要があるだろう。


「この石が、俺達が帰るべき先を教えてくれると思う」


 俺は胸元から緑色に輝く石を取り出して、アルマに見せた。


「ア、アルマさま! どうしてここにおられるのじゃ! せっかく肉体を持たれたトオルさまの素肌に抱かれハアハアしておったのに!」


 え? フィリス?

 これ、フィリスの声だよね? キミは、石になっちゃったのかな? オイ。


「なあフィリス。いま、この状況があるのは、元を正せばフィリスの仕業だろう?」


「う……。そうにございます。ですが、私には全てを差し置いても、トオルさまに生きてほしゅうございました」


「その気持ちは嬉しいけれど、ヤッファもサラスもエフリースも、そのせいで死んだんだ……あと、ウルフィスも」


 ウルフィスを忘れそうになった俺は、慌てて付け足した。すまない、ウルフィス。


「で、ですが、ヤッファは私の意志に賛同しました。い、いや違った。リリスです、悪いのはリリスでございます!」


「そうだとして、だ――」


「トオルどの、フィリスだけを攻めないで欲しい。わたくしもジェシカ――いや、リリスに賛同したのだ。だから、ウルフィスたちを見殺しに……」


 車内に気まずい沈黙が流れる。

 静かなエンジンの音と、タイヤが路面を流れる音が耳を叩き、俺は少しいたたまれない気持ちになった。


「だから、これから何年かかっても、彼らを救う道を考えようと言ってるんだ。戻る手は、あるだろう?」


 沈黙の中、俺は揺らめくように輝く石に問いかけた。


「……おそらく。ですが、今のわたしには、何の力もありません」


 俺の胸元で、緑色の石が答える。

 まあ、エメラルドの様に美しいけれど、単なる石では何も出来ないだろう。けれど、方向位は分かるのではないか?


「元のフィリスがいる位置位はわからないか?」


「あ、それならば分かります。世界の座標、ですよね?」


「そう、それだ」


 やっぱり分かるじゃないか。


「ですが、結局は滅びる世界です」


「だから今度こそ、滅びない世界を作るんだよ。

 ――それに俺は肉体を取り戻したけれど、今度はフィリスが石になっちゃったじゃないか」


「はっ!?」


 驚くフィリスは、俺の胸元で軽く弾んだ。

 どうやら、多少は動けるらしい。


「ふむ。今度はあの場で散った皆の命を救い、フィリスの肉体を取り戻す戦いか。勇者として、滾るぞ」


 アルマが助手席で、力強く握り拳を作っていた。

 俺は結局、骨の勇者としてあの世界を救うことが出来なかった。けれど、本当に世界を救う術を、きっと見つけたのだと思う。

 それはそうだ。

 自殺するような男が、一体何を救えるというのだろうか。

 俺は、もう二度と自らを殺すような真似をしない。

 足掻いてでも、もがいてでも、必ず皆を救う為に再び箱庭へ向かう、そう決意したのだった。


 時刻を見れば午前二時を過ぎ、高速道路を照らすオレンジ色の灯りが車内にも降り注ぐ。

 深夜の柔らかな灯りは俺を本当の現実に引き戻し、成すべき事を明確にしてゆく。

 窓に映るアルマの顔は再び希望に満ちていて、俺は少しだけ嬉しくなった。

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