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勇者達の未来、そして……

 ◆


 わたくし、アルマ・バルベリーニは勇者である。

 勇者のはずである。


 しかしながら現在、日本という国の東京という街に住んでいる。

 幸いな事に、現地人達と言葉は通じた。しかし、如何せん文字が読めない。それに、勇者だからといって働く場所があるわけでも無く、対峙すべき魔物が居るわけでもない。

 いたって平和な国であるのは良い事だが、わたくしとしては、些か退屈を持て余していた。


 あれから三年の月日が流れたのである。


 トオルどのは――いや、トオルは、毎朝四時に置き、資料とやらに目を通すと、決まって六時に出かけてゆく。

 出かける前に、わたくしとフィリスにキスをしてから出かけるのが日課になっていた。


 もちろん、唇のあるわたくしはそれが嬉しいが、フィリスは毎朝不平不満を述べている。


「トオルさま、そこはお尻です!」


 言っておくが、フィリスは石になっている。

 細かく言うならば、八角形の美しい緑色をした宝石の様な身体になっているのだが、流石にそれでは何処に何があるのかなど、わたくしでも分からない。

 たまにフィリスを磨いていると、彼女は妙な声を出す事があるが、それはそれで気持ちの悪いものだった。


「アルマさま、退屈じゃー」


 トオルが出かけると、決まってフィリスは退屈だと口にする。

 それもそうだろう。

 わたくしは、”ぱそこん”なるものを使って、かつての戦いの記録を手記として纏める作業で暇を潰す事が出来るが、フィリスはそうではない。

 単に、テーブルの上に鎮座しているだけなのだから、会話程度しか気を紛らわす事が出来ないのだ。


「ふむ、磨こうか?」


「昨日、トオルさまとお風呂に入ったから、今日は大丈夫じゃ!」


 元気に答えるフィリスは、鼻があったらきっと荒い息を吐き出していたであろう。

 

「そうか、よかったな」


 わたくしは頷き食卓に”のーとぱそこん”を置くと、徐にキーを叩いた。

 わたくしが執筆に食卓を使うのは、そこにフィリスがいるからである。

 

 そういえば、トオルがフィリスを連れてゆかないのは、おそらくわたくしへの配慮であろう。

 わたくしは、どうも排気ガスというものが苦手らしかった。

 外に出ると、すぐに気持ち悪くなってしまうのだ。

 その意味では、できれば早く、あの世界に帰りたかった。


「そういえばアルマさま。昨日、トオルさまが、もうすぐ帰れるぞ! といっていました。正直、石である楽さにもなれてきていたのに、再び肉体をもつかと思うと、少し気だるいですなぁ」


 すっかりフィリスはダメ石になっているようで、この生活に馴染んでいる。


「そうか。では、わたくしがトオルを独り占めし続けても良いのだな?」


「そ、そ、それはなりませぬ!」


 そう、わたくしは既にトオルと結ばれている。

 実際に、わたくしはトオルをこのまま独り占めにしたいのだが、フィリスとの間柄を考えれば、そうもいかないのは必定だろう。

 

 だが、トオルはこうも言ってくれた。


「アルマ、結婚する?」


 わたくしは、頷いた。

 しかし考えてみれば、わたくしにはこの国の戸籍というものがない。この国では制度として、わたくしは永遠にトオルの妻になれないのだ。

 だからわたくしはより一層、箱庭に帰りたいのである。


 だが、箱庭に帰ればフィリスの肉体が復活するのだ。

 トオルがわたくしと同様にフィリスも愛していることは、肌で感じて分かっていた。

 帰りたいと思う反面、肉体を取り戻すフィリスに対して、嫉妬をちくちくと感じるわたくしだった。


 だが、何よりかつての仲間を助けたい。

 たとえ三年の月日が流れていようとも、その思いだけは変わらないのだ。


 この日、昼過ぎに珍しくトオルが帰ってきた。


「おかえり――」


 わたくしが言い切るよりも早く、トオルは玄関から声を掛けてきた。


「アルマ! フィリス! 俺の計算によれば、今日だ! 予定よりも早まった! 樹海に行くぞ!」


 トオルは、自身がかつて自殺したというポイントこそが、未来へと通じるゲートだという。

 そこでフィリスの声を聞き、再び勇者として転移をするというのだ。

 しかし、今度は二人と一石なのだが、平気なのであろうか?


 ともかく、わたくし達は車に乗るとあの場所へと向かった。

 車中、わたくしは自らの頬を二度叩き、気合を入れる。何しろこの三年間で心身共に鈍っているのだ。勇者として箱庭へ帰る事に、多少の不安があったのである。


 そうそう。わたくしは車に大切な”ぱそこん”を持ち込んだ。

 今ではこれもわたくしにとって、無くてはならない友なのだから。


 ◆◆


 追記――


 箱庭におけるオーディンシステムは、再会したヤッファ、サラス、エフリース、ウルフィス等と共に、ヤサカの名を持つ武器によって滅した。

 滅してしまえばおかしなもので、わたくし達の魔力は無くなり超人的な力もやはり消えた。

 

 だから、トオル曰く「完全に中世の暮らし」とやらに戻ったらしい生活を今、わたくし達は送っている。

 もちろん、わたくし達は勇者のパーティーとしてナカーシック王国はもとより各国に遇され、生活に不自由する事はない。


 やがてサラスとウルフィスは結ばれ、ドワーフとエルフの王国を築き上げた。

 エフリースは故郷に戻り、新たな国家を建設し、女王となっている。今のところ夫を立てる気は無いようだが、どうもドンベエとやら言うオーガが随分と彼女にご執心だそうだ。


 わたくしはと言えばトオルとの結婚式で、肉体を取り戻した大神官フィリス・デ・ラ・ロッソに待ったをかけられていた。


 わたくしとトオルの婚儀を取り仕切るべき大神官に、まさかこんな風に待ったをかけられるとは思わなかったわたくしだ。

 ――いや、むしろ、どのタイミングで待ったを言ってくるのか、正直に言えば試していたのだが。まさか今とは。


「わ、わたしもトオルさまの妻に! 是非!」


 新郎と神父を前に、緑髪の大神官は職務を放棄したのだ。


「しかし……フィリス。お前は神に使える身であろう?」


「わ、私の神はトオルさまで――!」


「フィリス――今の俺は勇者だろ? 俺が骨だったことは、内緒だっていっただろう?」


「うう! ならば、私は大神官など辞めまする! トオルさま! だからアルマさまとの結婚は待つのです!」


 困ったように眉を寄せるトオルは、少しだけ跳ねた黒髪を撫でて、わたくしを見つめる。

 わたくしとしては、この場であまり大きな顔も出来ない。何しろ、フィリスが石になっている隙に、トオルを寝取ったようなものなのだから。

 だからわたくしは提案した。

 純然たる勝負である。

 わたくしの剣術と、フィリスの棒術のどちらが強いか、だ。


「ならばフィリス、わたくしと勝負しよう。勝った方がトオルどのの妻になる。これでどうだ?」


「よかろう! アルマさま! いざ、尋常に勝負!」


 黄金の剣を抜き放ち構えるわたくしと、やはり黄金のフレイルを構えたフィリス。

 なにゆえ結婚式にこのような物騒なモノを持っているかといえば、これも神剣ヤサカと神棍ヤサカだからである。

 だがその時、抑揚こそ無いが、やたらと澄んだ美しい声が響いた。


「……トオルさま、私、あいじんでもいい……」


 列席する仲間や廷臣たちの中、アイスブルーの瞳が冷ややかにわたくし達の間に割って入る。ヤッファだった。


「俺は、妻を持つ前に愛人をもっちゃったんだな……いや、それよりも、一応、国王の御前だよ?」


 肉を得たトオルは、わたくし達三人を順に見ると、相変わらずとぼけた事を言っていたのである。


「なに、妹の顔を忘れた兄上など、国王とは思わぬよ」


「ア、アルマァ! おお、可愛い妹よ! それは言わぬ約束ぞぉ!」


 これは、嘘である。

 この世界において、わたくしは存在していなかった。だが、国王の記憶を操作することで、わたくしは自身の立場を保ったのだ。そして操った記憶を戻す術は、もうない。何故なら、オーディンが滅びたのだから。

 まあ、許せ兄上。兄上の記憶を代償に、世界は救われたのだ。

 それに別の世界では、本当に兄妹だったのだから――な。



 ナカーシック王国にて――


 ――アルマ・ヤサカ


 ~Fine~

最後までお付き合い頂きました皆様、どうもありがとうございました。

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