ヤサカ、ですか?
◆
虚数空間に溜め込んだウランをいつでも分裂できる状態にしていると、いつの間にか俺の全身はバラバラに砕かれて、金粉の様に舞っていた。
「やばい! 砕かれすぎた!」
そう思ったのも束の間だ。
それでも意識があるものだから、まだもつだろうと考えていたが、これで別の攻撃でも喰らったら、俺、消滅してしまうのでは? と不安になる。
――魔王トオルを相手に、俺は結局大ピンチだった。
だが、不意に転機は訪れた。
「リリスッ!」
魔王トオルが首を回し、その肩越しに、リリスとフィリスの対決を見たのだ。
それは、フィリスがリリスに無数の剣を叩きつける寸前だった。
俺は、全身を撃ち続ける稲妻が止まった事を感じた。
それと同時に、不可思議な事が起こる。
フィリスもリリスもアルマもジェシカも、さらに他の皆も、身体の動きを止めているのだ。
今、動く者は白骨魔王と、金粉と化した俺だけだった。いや、俺は動けるというか舞っているというか……。
【魔王が、この空間の時を止めました】
なるほど、納得だ。
ともかくウランがついに溜まった。
その上、稲妻攻撃もこないとなれば、俺は全力を再生に傾けることが出来る。
ふと、核って分裂よりも融合の方が高エネルギーじゃなかったっけ? などと思ったが、今更後の祭だ。
さすがに全ての魔力を再生にまわすと、凄い速度で身体が回復してゆく。
足から腰、肋骨、背骨、頭蓋骨と順に骨の形を形成すると、そのおまけとして、右手が剣の形になっていた。
どうやら、神錫と一体化したようだ。
たしかに一体化してくれていた方が、何かと便利ではある。
それにしても、今は剣だけど、また俺が念じれば形が変わるのだろうか。
まあいい。
それより残念な事がある。
魔王の稲妻攻撃により、俺の衣服が失われたのだ。
衣服は漆黒のローブだったから、特にお気に入りという訳でもないが、無ければ無いで、俺は裸だ。
【衣服を再生させるよりも、純然たる防御に魔力を割きましょう】
思念体曰く、そういうことでもあるらしい。
でもきっと、嫌がらせをされていると思うな、ちくしょう。服くらい作らせろよ! 思念体め!
という訳で、完全に金色に輝く骸骨になってしまった俺は、今、そこはかとなく恥ずかしい。
そんな俺の目の前で、リリスが白骨にキスをした。
「おい! 俺には見えてるんだよ! てめぇら、戦っている最中にいちゃついてるんじゃねぇ!」
股間を見られている俺は、この際ビシッと言ってやった。
恥ずかしさを克服するには、逆ギレするとよい。ブラック企業に勤めている頃、それを上司から学んだ俺だ。こんな時でも慌てない。
それに、俺の股間には大切なものがついていない。
となれば、羞恥の根源が無いともいえるから、別にこのままでも構わないような気がしてきた。
それにしてもリリスとフィリスは瓜二つだというのに、何故かリリスの方が美人に見えてしまうのは、どうしてだろう。リリスがクールビューティーゆえの錯覚だろうか?
いや、違うな。
そもそもフィリスが残念なんだ。
今だって止まった時の中で、フィリスの表情はどこまでも残念だ。
必殺の攻撃を放とうとしているのに、何故かくしゃみをする寸前みたいな顔で止まっている。
これでは、百年の恋だって冷めてしまうだろう。
その点、時が止まっているとしても、アルマやジェシカに抜かりはない。
見事なキメ顔だった。
あれ、ヤッファ? 今、目をちらっと動かさなかったか?
燃える男ウルフィスは、まさに赤毛を逆立てて、バルバロッサの槍と金戦斧を激突させている瞬間の停止。
そしてエフリース。
君はいつまでお茶を飲んでいるんだい? 微笑みながら右手にティーカップを持つエフリースは、上機嫌なまま停止世界の住人になっている。
今が永遠に続けばいいな、なんて思っていないだろうか?
ここまでの俺の思考時間は0.01秒。身体回復と同時に考えていたのだ。決して暢気に周囲を観察していた訳ではない。
丁度俺の回復が終わると、リリスがこう言った。
「それなら、そちらもフィリスに頼めばよい。彼女ならばきっと、喜んでキスをすると思うが」
む? 今にもクシャミをしそうなフィリスにキスなんかしてもらいたくない。
どちらかといえば、アルマとジェシカの間に入って、二人の大きな胸で挟んでいただければ幸いである。
だがしかし、今は激戦の最中。そこに生まれた時間停止の空間だ。
ん? この空間を魔王が作ったのならば、もしかして……。
――頭脳明晰な俺は、見事に閃いたね。うん、脳はないけど。
今、魔王がリリスに近づいたらリリスは動き出した。
そして、中空で止まる黄金の剣を悠々と回避している。
ということは、だ。
今動ける俺も、もしかしたらフィリスを回復させる事が出来るかもしれない、よな?
どうやらフィリスの戦闘力は、俺と魔王を除けば群を抜いている。
だったら、俺と魔王の戦力差を彼女に補ってもらおう。情けないけれど。
俺は床を蹴って走り、跳んだ。
そしてフィリスの腰を抱き、魔力を込める。
俺の頭蓋の左下で、豊かな長い睫毛が上下に動く。
潤んだ緑色の瞳が、俺を見つめる。
フィリスが復活した。
よし、俺の考えは正しかった。
その様を唖然として見つめる白骨と、フィリスそっくりなのにクールなリリスに向かって、俺はニヒルな笑みを向けた。
もちろん、骨がニヒルに笑うのは難しい。
奥歯を左右に揺すり、最後に下あごを出せば完成だ。
「ファーハハハハ! フィリスにキスをしてもらう為に、俺がここに来たと思っただろう!」
そして、こう言ってやった。
愚か者どもめ。フィリスを手にした俺は、もう無敵だぞ。
――ちゅっ。
――へ?
恥ずかしそうに目を伏せるフィリスは、心なしか上気している。
このまま、俺に纏わり付いてきそうな雰囲気だ。
すでに戦闘そっちのけで、何かを楽しもうとしているフィリスを静める為に、俺は神に祈った。
「――神はトオルさまです!」
そしたら、フィリスに窘められた。
そうだった。そういえばフィリスは、俺が破壊神だから俺の側にいたんだったな。
でも、今はそういう存在でもないけれど、良いのだろうか?
そもそも、破壊神ユリウスを俺は知らない間に喰らっていた。
破壊神ユリウスの大神官たるフィリス。今は戦神に格を上げている彼女だが、実際これで良いのだろうか?
いや、一番報われないのはユリウスでは?
駄目だ。今はそんな事を考えている場合じゃない。
ここを乗り切れば、時間なんていくらでもあるんだ。そうしたらゆっくりと考えて、フィリスと一緒に答えを出せばいい。
その為にも、勝たないと!
「そうだった! とにかくフィリス! あの骨はヤバイ! ちょっと一緒に戦おう!」
だから、俺はフィリスにこういった。
フィリスは満面に笑みを浮かべて、嬉しそうに頷く。
この時、何故かフィリスの笑顔は眩しく、俺は吸い寄せられるように彼女を見つめた。
不思議だったのだ。
「私の事を――忘れないで下さいね、トオルさま」
フィリスの心が、確かにこう言っていたのだから。
現実と幻想の入り混じった不思議世界はここまでだった。
次の瞬間に、アルマ達も一斉に動き出したからだろう。
そして俺とフィリスが魔王とリリスに向き直ると、凄く残念な事に、敵が増えてしまった。
◆◆
「なんだ、あのウルフィスよりも暑苦しいやつは?」
「イーフリートですね」
額に汗を浮かべるフィリスは、魔法による耐熱防御も完璧なはずだが、それでもきっと熱いのだろう。そりゃそうだ。
そもそも、背後でもアルマとジェシカが超高熱バトルを展開しているし、ウルフィスとバルバロッサも炎系の戦いだ。
宮殿が火事になるっつーの。もう火事だっつーの。
だからなのか、水を操るサラスが体力の限界を迎えんばかりにヘトヘトだ。
敵の攻撃を凌ぎ、攻撃し、激しく燃え盛る炎を和らげるサラスは、いっそ女神様のようだった。
床から炎の上半身だけが生えているかのようなイーフリートは、大きく両手を広げると、Yの字型の炎を俺とフィリスに向けて飛ばしてきた。
「トオルさま! 私に続いて詠唱をっ!」
いつに無く真剣なフィリスの声に、俺は頷きを返す。
「遍く世界に含まれたる水よ――」
「遍く世界に含まれたる水よ」
「我が声に耳を傾け、姿を現せ――水壁」
「我が声に耳を傾け、姿を現せ――水壁」
詠唱が終わると、まずフィリスの呪文が発動して俺達の前に逆さ瀑布の様な水柱が上がる。
それがイーフリートの攻撃を防いだと思ったら、俺の魔法が完成した。
この水柱は、イーフリートの腰を突き上げる様に立ち上り、”じゅうじゅう”と激しい音を立てながら、イーフリート共々蒸発してゆく。
水が増える事は無いが、常に水蒸気が発生し続ける様をみれば、俺の無限にある魔力が水を延々と作り続けているのだろう。
俺、水系もこんなに出来たのか?
【むしろ、何故今まで魔法を覚えなかったのですか? 個体、八坂 徹は魔法戦闘にこそ特化すべきでした】
え? 今更? 今更なの、思念体さん! もう遅いでしょ!
しかし、考えてみれば呪文を覚えるのは結構難しい。
肝心なときに呪文を間違えたら、どうせ発動さえしないのだろうから。
【はい。詠唱は即ちプログラムですから、一文字でも違えば発動しません】
やっぱり微妙だな。
自慢じゃないが、俺は鎌倉幕府が出来た年号さえ覚えられないという程の記憶力だ。
この定評ある記憶力で可能なのは、精々が彼女の誕生日を覚えるくらい。しかも、例年ニ、三日の誤差がある。
はっ! だからフラれたのか?
「ぐっ!」
馬鹿な事を考えていると、俺の身体を縛る桃色の鎖が現れた。
ファンシーな色なのに、力を入れても全然切れないこの鎖。一体なんなんだ? しかも、まるで魔力を吸われているかのようで、俺の力が弱まっている事を示すかのように、立ち込める水蒸気が減っている。
それと反比例するかのように、イーフリートは元の巨大さを取り戻しつつあった。
「魔力吸引鎖」
水蒸気が晴れてくると、リリスの右手から伸びる桃色の鎖が見えた。
金の骨にまきつく桃色の鎖。
そして、鎖からは仄かなフローラルの香りが立ち上ってくる。
フィリスは聖棍を手に、魔王と肉弾戦の真っ最中であり、彼女に助けを求める事は出来なかった。
ていうか、フィリス。アイツと互角ってどういうことだよ。
「トオルさま。その鎖、吸える魔力には限界がございまするっ!」
フィリスのありがたい助言が、しっかりと聞こえた俺。
だが次の瞬間、石化したフィリスが地上に落ちて砕けた。
「くそっ!」
がちりと奥歯を鳴らし、俺は魔力を最大限鎖に注ぎ込む。
すると、鎖を握るリリスの表情が歪み、額から汗をぽたぽたとたらし始めた。
不意に桃色の鎖は霧散し、リリスが荒い息をしながら跪く。
「ふふ……これでいいわ。これで、私の力も高まった……」
――ピシッ
石化して地上に落ちたはずのフィリスは、自ら石化を解いた。
そして、砕けた石の欠片からそれぞれ一人のフィリスが誕生する。
むちゃくちゃだろう……フィリス。
その数は、なんと八体になっていた。
白骨魔王は、両手を口にあてて恐れおののいている。
これでずっとフィリスのターン、なのか?
「時間停止ならばいざ知らず、この程度で私を止められると思うてか? 魔王よ!」
凛としたフィリスの声が響く。
そのまま八人のフィリスは聖棍を回転させると、黄金の弧は高温の水蒸気も、そして炎さえも引き裂いてゆく。
「今こそ名づけよう! 聖棍の名は、ヤサカだ!」
俺の苗字を得た聖棍は、縦横に振りぬかれ、空を裂き、イーフリートにダメージを与える。
それにしても、まさか俺の苗字が”八坂”だったからフィリスは八人になって、フレイルまで八本になったとかじゃないだろうなぁ?
あと、どうせ苗字を使ってくれるなら、剣とか槍にしてほしい。
あれはどう考えても、黄金の、ちょっと長めのヌンチャクだもの。
だが、どうやら八人になったフィリスはイーフリートに三人、魔王に五人で見事な対応をしている。
もう、フィリスの軍団がいればこの戦いに勝てるんじゃないか? って気がしてきた。
とはいえ俺も神。
負けてはいられない。
力強く足を踏み出すと、俺はリリスに向けて剣化した右手を突き出した。
多分、彼女とは肉弾戦の方がいいだろう。
魔法戦闘になれば、いくら俺の方が魔力が上でも明らかに不利だ。
だから、魔力を力に転化して、いつもどおり強引に戦うしかない。
あとは、タイミングを見て核攻撃を魔王にかませば、俺達の勝ちなのだ。
よし、だんだんと明るい未来が見えてきたぞ!




