リリスの誤算
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トオルの頭を引っ叩くと、不意に回転した頭蓋骨。
私は別に、それ程強く叩いた訳ではない。
この期に及んで、戦いを余興に変えるつもりか――?
恐らく、魔王はそうしたいのであろう。
長い年月を共に、トオルと歩んだ私だ。アレが何を考えているのかなど、言葉にせずとも分かる。
トオルは魔王としての力を、確かに持っていた。だが、その性格は間違いなく魔王などではない。
今までの事を考えれば、世の為に良かれとの想いから、自らを魔王として振舞っていたのだろう。
――私とて、騙したくて騙していた訳ではない。
不意に、私の感情が昂ぶった。
私は、ただお前を生かす為にのみ、生きてきたのだ!
そう、叫びたかった。
トオルが真実を知れば、或いは不本意かもしれない。
だが私達の犠牲の上に、彼には未来が訪れるはずだ。
ならば、それで許してもらおうと思った。
うっすらと、私の視線が揺れる。
今日で全てが終わると思えば、いかな私でも感慨深くなろうというものだ。
にも拘らず、トオルはこの世界がいつまでも続くと信じて、今もふざけた攻撃を仕掛けていた。
敵が容易に回避できるが、かといって軽んじる事の出来ない攻撃である。
トオルは、私に叩かれ回転した頭を不意に止めると、口を開いて魔力を放出したのだ。
余程私は、今日だけは真面目にやれ、と、トオルに言おうか思い悩んだ。
しかし深く思い悩む間を、私の創造主たるフィリスは与えてくれなかったし、言った所で今更トオルが私のいう事を聞いたりはすまい。
なので結局、私は無言のままだった。
私は魔王から目を離し、自身の創造主たるフィリスを見た。
ついに彼女は六枚の翼を持つ神へと、自身を転化させたようだ。
そして、神のみが作り得る武器をその手に持ち、私に突進してくる。
「ほう、聖棍ですか。まだ、名を得ていないようだが。流石は我が――」
「だまれ。私は確かにお主を生み出した。だからこそ、私自身の手で消し去るのじゃ」
私の創造主は、どうやら私と会話をしたくないようだ。
憤怒の形相を浮かべ、自ら作り上げた聖棍を振り上げる。
ならば、私とて自らの力を示す他、生を保つ方法をしらない。故に、薄紫色のオーラを纏った杖を左から右に振り、その力を解放させる事にした。
「魔杖アビッソカラミーヤよ。私を守れ」
「承知した。
――闇の申し子に物申す。我は願う、我が前に立ちはだかる敵を退けたまえ。願い叶わば敵の命はそなたのものぞ。さあ夢魔よ、我が声を拠り所に、今こそ現われよ――」
私の魔杖は、一見するとただのオーク材で出来た杖である。
しかし、上部から中ほどにかけて、人の手形が浮き彫りになっているのだ。そして、その部分には決して消えることの無い血痕があった。
一説によると、かつての魔王が時の勇者に倒された時、その手にこの杖を握り締めたまま絶命した為だと言われている。
つまり、跡が付くほど握り締め、血が滲んで取れなくなった、ということだろう。
これが事実だとすれば、魔王の無念の程が窺えるというものである。
だからなのか、魔杖アビッソカラミーヤは、意志を持つ武器である。そして私を媒体として魔力を供給してやれば、独自に魔法の詠唱さえも可能となる。
驚くべきは、アビッソカラミーヤの魔法詠唱時だ。
杖の上部が変形し、瞼を太い糸で縫い付けられた人の顔が現われるのだ。
瞼を縫い付けられている理由は、杖の所持者にあくまでも隷属させる為と言われているが、これも定かではない。
ただ、声は確かにその口から出るのだった。
ゆえに、私はフィリスの攻撃を魔杖に防がせつつ、自らは攻撃魔法を唱えることが出来た。
魔法の同時詠唱など、いかな術師にも不可能である。
そして私は悪魔の中で最強の魔術師なのだ。
その私が同時に二つの魔法を行使出来るのだから、神となったフィリスといえども恐れるに足りぬ。
「我が敵を打ち砕く槍よ。嵐となりて眼前の敵を抉り貫け! 槍嵐!」
私の目論見どおり、魔杖の放った魔法が私とフィリスの間に闇の壁を作る。
そこに打ち下ろされた聖棍は、見事に棒の部分が闇に飲み込まれた。同時に、フィリスの身体は私の呪文により宙に浮き、その周囲を灰色の槍が飛び交い、フィリスの身体に突き立ってゆく。
「ぐっ……!」
だが、最初にダメージを負ったのは私だった。
フィリスの聖棍は、闇の虚数空間に転移させたにも関わらず、そこから抜け出し私の背中に一撃を加えた。
そしてフィリスは、六枚の羽を畳むと繭の様な姿になり、槍の嵐を凌ぎきったのだ。
正直、私は背中の痛みに耐えながらも、フィリスの戦闘能力に唖然としてしまう。
さらに、無数の黄金色に輝く剣が、私の頭上に煌いている。
みれば、既に私の魔法は破られ、フィリスは呪文の詠唱を始めていた。
「天を裂き地を砕く黄金の剣達よ。我が声に答え、今、闇を切り裂けっ! 聖剣乱舞!」
私は耳を疑い、目を疑った。
フィリスの唱えた呪文は、もはや呪文ではない。
聖剣を呼び出す呪文など初耳だ。しかも多数、である。
つまりこれはフィリスが独自に生み出した、新たな魔法だろう。
ということは、それ程フィリスは世界と密接に繋がったということだろうか?
だが、暢気にそんな事を考えている場合ではない。聖剣の乱舞など、冗談としてもタチが悪い。
私は、魔杖と声を合わせて防御結界を張る。
三重――だめだ――五重にして鉄壁の守りを作った。
だがしかし、私の結界を造作も無く貫く黄金の剣たち。
それもそのはずだ。私の頭上に現れた亜空間から降り注ぐ黄金の剣は、その全てが聖剣デュランダーナなのだから。
「リリスっ!」
その時、黄金のトオルと対峙していたはずの、魔王トオルが私の側に現れた。
漆黒のマントを翻すと、時間を止めるトオル。
いや、私とトオルの周囲のみ時間を動かして、その他の時間を止めている。
なんにせよ、私がこの場を脱出する時間を作ってくれたようだ。
だが同時に――白骨のトオルが去った場では、黄金の骸骨が再生を果たしていた。
つまり、勇者トオルは魔王トオルと同様に、時間停止の中でも動ける、ということか。
とはいえ、彼等の戦いは圧倒的に魔王有利に進んでいるようだ。
――これほど私とフィリスの力に差があるとは、誤算だった。
だが私がフィリスに及ばない分、勇者トオルは、魔王トオルに及ばない。
ならば、とるべき道筋は見えた。
「ト、トオル、一緒に戦ってくれないか? 私一人では、悔しいがあの女に勝てない」
「か、可愛いことを言いやがって、リリスっ! いいぜっ!」
こんな時でも安請け合いをするトオルだ。
少し殴りたくなったが、これもこの男のいいところであると認めよう。
私は、止まった時の中で、トオルの頬にキスをした。
骨ばった――いや、まごうことなく骨なのだが、そのひんやりとした感触が、どこか私は懐かしかった。
「うほっ!」
トオルも、私の頬にキスを返して寄越した。
だがそれは、ただ単に歯が当たっただけである。
まあ、歯並びが良い事は認めるが、それはキスではないだろう。
「おい! 俺には見えてるんだよ! てめぇら、戦っている最中にいちゃついてるんじゃねぇ!」
どうやら、黄金骸骨を完全に回復させてしまったらしい。
私は彼に微笑を向けると、こういった。
「それなら、そちらもフィリスにキスをしてもらえばいいだろう? きっと、喜んでキスをすると思うが」
はっとして、中空で動かないフィリスを見つめる黄金骸骨である。
そして本当にフィリスの側に飛んでゆく。
呆気に取られる私を尻目に、黄金骸骨がフィリスの時間を動かした。
「ファーハハハハ! フィリスにキスをしてもらう為に、俺がここに来たと思っただろう!」
うっかり頷いてしまった私の目の前で、神々しいほどの光を放つフィリスが黄金骸骨にキスをした。
驚く黄金骸骨は、中空に漂いカタカタと震えている。
ついで、およそ五階分を吹き抜けた先にある天井を仰ぎ、手を組んで神に祈るような姿になった黄金骸骨。一体何がしたいのか、私にはさっぱり分からない。
「そ、そうだったのですか、早く言って下さいトオルさまっ!」
「い、いや、ちが、違うっ!」
「――ええっ?」
「ああ神様、どうかあらぶるフィリスを静めて下さい」
「ええっ? 神はトオルさまですっ!」
「そうだった! とにかくフィリス! あの骨はヤバイ! ちょっと一緒に戦おう!」
どうやら黄金骸骨としては、フィリスを戦力としたかったようだ。だが、一方のフィリスは目がハート。だからフィリスを落ち着かせたかったのか? よくわからない。
「え、ええと?」
困ったことに、こちらのトオルも顎に指を当てて、首をかしげ始めた。
戦闘中にも関わらず、全員なんと不謹慎なのであろうか。
とはいえ、これで戦力の均衡は保たれた。私としては上出来である。
「魔杖よ。炎の王を召喚せよ」
「承知――」
私は双方の戦力を鑑みつつ、状況を考える。
やはり未だ、時にあらず。
だが、悠然と時の流れに身を任せるわけにもいかないのだ。
だからこそ魔杖に指示を出し、私では使えない召喚魔法を唱えさせる。
魔杖の詠唱が終わると、私の眼前に炎の巨人が現れた。
バルバロッサよりもやや小さいが、それでも圧倒的な巨躯である。
それが全身から炎を立ち上らせて、白亜の宮殿を焦がしながらゆっくりと言葉を発した。
「願いを言え。一つだけ叶えてやろう」
「我が敵を焼き尽くせ」
私は、燃え盛る炎の中に浮かんだ二つの青い目を見据えて、命じる。
「容易き事だ」
低い声を響かせながら、炎の巨人は頷いた。
組まれた太い腕からも、炎の柱が次々と生まれ、消えてゆく。
そして彼は振り返ると両手を大きく広げ、黄金骸骨とフィリスに向けて、轟々と炎を吐きかけたのである。
「やめろーリリスー! 俺の宮殿がぁーー!」
私の隣で絶叫する魔王。
「気にするな。ここはもう二度と使わないのだから」
そう言いかけて、私は微笑するにとどめたのである。




