表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/59

リリスの誤算

 ◆


 トオルの頭を引っ叩くと、不意に回転した頭蓋骨。

 私は別に、それ程強く叩いた訳ではない。

 

 この期に及んで、戦いを余興に変えるつもりか――?

 恐らく、魔王はそうしたいのであろう。


 長い年月を共に、トオルと歩んだ私だ。アレが何を考えているのかなど、言葉にせずとも分かる。

 トオルは魔王としての力を、確かに持っていた。だが、その性格は間違いなく魔王などではない。

 今までの事を考えれば、世の為に良かれとの想いから、自らを魔王として振舞っていたのだろう。


 ――私とて、騙したくて騙していた訳ではない。

 

 不意に、私の感情が昂ぶった。


 私は、ただお前を生かす為にのみ、生きてきたのだ!


 そう、叫びたかった。


 トオルが真実を知れば、或いは不本意かもしれない。

 だが私達の犠牲の上に、彼には未来が訪れるはずだ。

 ならば、それで許してもらおうと思った。


 うっすらと、私の視線が揺れる。

 今日で全てが終わると思えば、いかな私でも感慨深くなろうというものだ。


 にも拘らず、トオルはこの世界がいつまでも続くと信じて、今もふざけた攻撃を仕掛けていた。

 敵が容易に回避できるが、かといって軽んじる事の出来ない攻撃である。

 

 トオルは、私に叩かれ回転した頭を不意に止めると、口を開いて魔力を放出したのだ。

 

 余程私は、今日だけは真面目にやれ、と、トオルに言おうか思い悩んだ。

 しかし深く思い悩む間を、私の創造主たるフィリスは与えてくれなかったし、言った所で今更トオルが私のいう事を聞いたりはすまい。

 なので結局、私は無言のままだった。


 私は魔王から目を離し、自身の創造主たるフィリスを見た。

 ついに彼女は六枚の翼を持つ神へと、自身を転化させたようだ。

 そして、神のみが作り得る武器をその手に持ち、私に突進してくる。


「ほう、聖棍ですか。まだ、名を得ていないようだが。流石は我が――」


「だまれ。私は確かにお主を生み出した。だからこそ、私自身の手で消し去るのじゃ」


 私の創造主は、どうやら私と会話をしたくないようだ。

 憤怒の形相を浮かべ、自ら作り上げた聖棍を振り上げる。

 ならば、私とて自らの力を示す他、生を保つ方法をしらない。故に、薄紫色のオーラを纏った杖を左から右に振り、その力を解放させる事にした。


「魔杖アビッソカラミーヤよ。私を守れ」

「承知した。

 ――闇の申し子に物申す。我は願う、我が前に立ちはだかる敵を退けたまえ。願い叶わば敵の命はそなたのものぞ。さあ夢魔よ、我が声を拠り所に、今こそ現われよ――」


 私の魔杖は、一見するとただのオーク材で出来た杖である。

 しかし、上部から中ほどにかけて、人の手形が浮き彫りになっているのだ。そして、その部分には決して消えることの無い血痕があった。

 一説によると、かつての魔王が時の勇者に倒された時、その手にこの杖を握り締めたまま絶命した為だと言われている。

 つまり、跡が付くほど握り締め、血が滲んで取れなくなった、ということだろう。

 これが事実だとすれば、魔王の無念の程が窺えるというものである。


 だからなのか、魔杖アビッソカラミーヤは、意志を持つ武器である。そして私を媒体として魔力を供給してやれば、独自に魔法の詠唱さえも可能となる。

 驚くべきは、アビッソカラミーヤの魔法詠唱時だ。

 杖の上部が変形し、瞼を太い糸で縫い付けられた人の顔が現われるのだ。

 瞼を縫い付けられている理由は、杖の所持者にあくまでも隷属させる為と言われているが、これも定かではない。

 ただ、声は確かにその口から出るのだった。


 ゆえに、私はフィリスの攻撃を魔杖に防がせつつ、自らは攻撃魔法を唱えることが出来た。

 魔法の同時詠唱など、いかな術師にも不可能である。

 そして私は悪魔の中で最強の魔術師なのだ。

 その私が同時に二つの魔法を行使出来るのだから、神となったフィリスといえども恐れるに足りぬ。


「我が敵を打ち砕く槍よ。嵐となりて眼前の敵を抉り貫け! 槍嵐ランチャ・テンペスタ!」


 私の目論見どおり、魔杖の放った魔法が私とフィリスの間に闇の壁を作る。

 そこに打ち下ろされた聖棍は、見事に棒の部分が闇に飲み込まれた。同時に、フィリスの身体は私の呪文により宙に浮き、その周囲を灰色の槍が飛び交い、フィリスの身体に突き立ってゆく。


「ぐっ……!」


 だが、最初にダメージを負ったのは私だった。

 フィリスの聖棍は、闇の虚数空間に転移させたにも関わらず、そこから抜け出し私の背中に一撃を加えた。

 そしてフィリスは、六枚の羽を畳むと繭の様な姿になり、槍の嵐を凌ぎきったのだ。


 正直、私は背中の痛みに耐えながらも、フィリスの戦闘能力に唖然としてしまう。


 さらに、無数の黄金色に輝く剣が、私の頭上に煌いている。

 みれば、既に私の魔法は破られ、フィリスは呪文の詠唱を始めていた。


「天を裂き地を砕く黄金の剣達よ。我が声に答え、今、闇を切り裂けっ! 聖剣乱舞デュランダラーエ!」


 私は耳を疑い、目を疑った。

 

 フィリスの唱えた呪文は、もはや呪文ではない。

 聖剣を呼び出す呪文など初耳だ。しかも多数、である。

 つまりこれはフィリスが独自に生み出した、新たな魔法だろう。


 ということは、それ程フィリスは世界と密接に繋がったということだろうか?


 だが、暢気にそんな事を考えている場合ではない。聖剣の乱舞など、冗談としてもタチが悪い。

 

 私は、魔杖と声を合わせて防御結界を張る。

 三重――だめだ――五重にして鉄壁の守りを作った。


 だがしかし、私の結界を造作も無く貫く黄金の剣たち。

 それもそのはずだ。私の頭上に現れた亜空間から降り注ぐ黄金の剣は、その全てが聖剣デュランダーナなのだから。


「リリスっ!」


 その時、黄金のトオルと対峙していたはずの、魔王トオルが私の側に現れた。

 漆黒のマントを翻すと、時間を止めるトオル。

 いや、私とトオルの周囲のみ時間を動かして、その他の時間を止めている。

 なんにせよ、私がこの場を脱出する時間を作ってくれたようだ。


 だが同時に――白骨のトオルが去った場では、黄金の骸骨が再生を果たしていた。

 つまり、勇者トオルは魔王トオルと同様に、時間停止の中でも動ける、ということか。

 とはいえ、彼等の戦いは圧倒的に魔王有利に進んでいるようだ。


 ――これほど私とフィリスの力に差があるとは、誤算だった。

 だが私がフィリスに及ばない分、勇者トオルは、魔王トオルに及ばない。

 ならば、とるべき道筋は見えた。


「ト、トオル、一緒に戦ってくれないか? 私一人では、悔しいがあの女に勝てない」


「か、可愛いことを言いやがって、リリスっ! いいぜっ!」


 こんな時でも安請け合いをするトオルだ。

 少し殴りたくなったが、これもこの男のいいところであると認めよう。

 私は、止まった時の中で、トオルの頬にキスをした。

 骨ばった――いや、まごうことなく骨なのだが、そのひんやりとした感触が、どこか私は懐かしかった。


「うほっ!」


 トオルも、私の頬にキスを返して寄越した。

 だがそれは、ただ単に歯が当たっただけである。

 まあ、歯並びが良い事は認めるが、それはキスではないだろう。


「おい! 俺には見えてるんだよ! てめぇら、戦っている最中にいちゃついてるんじゃねぇ!」


 どうやら、黄金骸骨を完全に回復させてしまったらしい。

 私は彼に微笑を向けると、こういった。


「それなら、そちらもフィリスにキスをしてもらえばいいだろう? きっと、喜んでキスをすると思うが」


 はっとして、中空で動かないフィリスを見つめる黄金骸骨である。

 そして本当にフィリスの側に飛んでゆく。


 呆気に取られる私を尻目に、黄金骸骨がフィリスの時間を動かした。


「ファーハハハハ! フィリスにキスをしてもらう為に、俺がここに来たと思っただろう!」


 うっかり頷いてしまった私の目の前で、神々しいほどの光を放つフィリスが黄金骸骨にキスをした。

 驚く黄金骸骨は、中空に漂いカタカタと震えている。

 ついで、およそ五階分を吹き抜けた先にある天井を仰ぎ、手を組んで神に祈るような姿になった黄金骸骨。一体何がしたいのか、私にはさっぱり分からない。


「そ、そうだったのですか、早く言って下さいトオルさまっ!」


「い、いや、ちが、違うっ!」


「――ええっ?」


「ああ神様、どうかあらぶるフィリスを静めて下さい」


「ええっ? 神はトオルさまですっ!」


「そうだった! とにかくフィリス! あの骨はヤバイ! ちょっと一緒に戦おう!」


 どうやら黄金骸骨としては、フィリスを戦力としたかったようだ。だが、一方のフィリスは目がハート。だからフィリスを落ち着かせたかったのか? よくわからない。


「え、ええと?」


 困ったことに、こちらのトオルも顎に指を当てて、首をかしげ始めた。

 戦闘中にも関わらず、全員なんと不謹慎なのであろうか。

 とはいえ、これで戦力の均衡は保たれた。私としては上出来である。


「魔杖よ。炎の王を召喚せよ」


「承知――」


 私は双方の戦力を鑑みつつ、状況を考える。

 やはり未だ、時にあらず。

 だが、悠然と時の流れに身を任せるわけにもいかないのだ。

 だからこそ魔杖に指示を出し、私では使えない召喚魔法を唱えさせる。


 魔杖の詠唱が終わると、私の眼前に炎の巨人が現れた。

 バルバロッサよりもやや小さいが、それでも圧倒的な巨躯である。

 それが全身から炎を立ち上らせて、白亜の宮殿を焦がしながらゆっくりと言葉を発した。


「願いを言え。一つだけ叶えてやろう」


「我が敵を焼き尽くせ」


 私は、燃え盛る炎の中に浮かんだ二つの青い目を見据えて、命じる。


「容易き事だ」


 低い声を響かせながら、炎の巨人は頷いた。

 組まれた太い腕からも、炎の柱が次々と生まれ、消えてゆく。

 そして彼は振り返ると両手を大きく広げ、黄金骸骨とフィリスに向けて、轟々と炎を吐きかけたのである。

 

「やめろーリリスー! 俺の宮殿がぁーー!」


 私の隣で絶叫する魔王。

 

「気にするな。ここはもう二度と使わないのだから」


 そう言いかけて、私は微笑するにとどめたのである。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ