表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/59

アルマ・バルベリーニの手記(5-2)

 ◆


「問答するつもりがない、と言いながら、随分と困ったお顔をされますね」


 わたくしの内心を読み取ったのか、激しい斬撃を繰り出しながらも、薄笑みを浮かべて問いかけてくるジェシカである。

 まったく、底の見えない女悪魔だ。


「貴様こそ、何故戦う。悪魔ならば悪魔らしく、己の欲望に忠実に生きればよいではないか。何も戦い、苦しむ必要などなかろう?」


 わたくしとジェシカは、互いに一旦距離をとる。

 どうやら剣の腕は互角だったようだ。

 これでは幾ら斬りあっても、決着が付かない。

 故に、わたくしは相手の動揺を誘う為に、言葉を発した。

 笑みを浮かべ、悪魔を見下した風に言ったわたくしは、中々に高慢な女に見えるはずだ。

 ジェシカはどうやら、わたくしの徴発に乗ったようである。


「あら? 私の問いに問いで答えるなんて、アルマさまは、つれないお方ですね。お仕置きしましょう」


 ジェシカが再び言葉を発した瞬間である。彼女は予備動作も無く、わたくし目掛けて突進してきた。

 同時に魔剣は紫色の弧を描き、わたくしの肩口に迫る。

 わたくしはその斬撃をレーヴァデインで弾き飛ばすと、ジェシカの顔面に肘を突き入れた。

 剣だけでわたくしが攻撃をすると思ったならば、それは間違いだと教えてやらねばならない。


「仕置きが必要なのは貴様の方だ! 悪魔めっ!」


 わたくしは剣を水平に払い、追い討ちをかけた。

 しかし、それはジェシカが飛び下がったので避けられてしまう。

 

 とはいえ、わたくしの肘を鼻に受けたジェシカは、その美貌を歪め、顔を左手で覆っている。ダメージはあったようだ。

 

「クッ……フフフ。痛い、痛いわ。なにかしら、この感じ。とても久しぶりに感じるわ」


 押さえられた顔の奥から、不気味に歪んだジェシカの顔が現われる。

 目は血走り、けれど紫色の唇は三日月形に歪んだまま。元のジェシカの顔がなまじ美しいだけに、狂気を孕むと、目を背けたくなるほど恐ろしい顔になる。


「ザーク・アル・ロード・セルガルド……いでよ地獄の門、来たれ闇の炎太子……獄炎爆ゲヘナストーム!」


「ば、馬鹿、ジェシカ! やめよ! まだ早いっ!」


「布石でございます、リリスさま――フフ、クフフフハハハ!」


 どうやらジェシカという女は、笑いながら怒っていたようだ。

 あの女の唱えた呪文は、余程の代物なのであろうか? フィリスにそっくりの女悪魔が、慌てて彼女に駆け寄ろうとしている。

 もっとも、その背をフィリスのフレイルが強かに打ちつけたので、駆け寄る事は出来なかったのだが。


【おいアルマ。たしかにアレはやべぇ】


 わたくしの眼前に、漆黒の巨大な門が現れた。

 両開きの扉は、鋼鉄製である事を誇示しているのであろうが、その表面が”じゅうじゅう”と音を立てて溶け始めている。

 つまり、鉄をも溶かす炎が扉の奥にはある、という事だろう。


「フハハハハ! 溶けなさい、アルマ! 私の顔を傷つけた罪を、その醜い死によって購いなさい!」


 無茶をいう女だ。

 しかし、ヴェルキンさえも危険を告げている。

 

【いいかアルマ! 今から俺が唱える呪文を復唱しろっ!】


 随分と焦っているヴェルキンだ。

 どうせあの門が開くと、地獄の業火とやらが溢れ出るのだろう。

 だが、此方には水竜神のサラスがいるのだ。最悪の場合でも、何とかなる。

 そう思い、わたくしはふとサラスに目を向けた。


 ――おや?


【おや? じゃねえ!】


 どうやら、わたくしの考えが甘かったようだ。

 サラスはバルアロムにかかりきりになっている。

 少年の様な姿だったバルアロムだが、今では醜い大きな中年だ。

 だが、攻撃方法はそれ程変わっていないらしく、自身の周りに無数の球体を浮かべて、そこから閃光弾を放ち、サラスを攻撃していた。

 サラスの方も自身の周囲に水の妖精を呼び出して、防御に攻撃にと使役している。

 だが、双方が使役している物体の数を見れば、明らかにサラスの方が劣っていた。

 となれば、サラスが此方を手助けする余裕はないであろう。


 ――困った。


【困った、じゃねえ! 早く詠唱を始めろ! なんとかなるから!】


 わかった。

 わたくしは、ヴェルキンの提案を承諾した。


【偉大なる神ヴェルキン】


「偉大なる神ヴェルキン――」


【その姿は美しく、そして逞しい】


「その姿は美しく、そして逞しい」


 なんだか、わたくしは嫌な予感がしてきた。

 本当にこの詠唱は、必要なのであろうか?


【疑問をもつな、アルマ! やるんだ!】


「疑問をもつな、アルマ! やるんだ」


【いや、そこはいい! いいか、続けるぞ……

 ああ、輝けるヴェルキンさま】


(ヴェルキン、わたくしに何を言わせたいのだ? その辺のくだりは、絶対にいらないだろう、いい加減にしろ)


【ちっ、ばれたか。いいか、言うぞ。

 ――我、アルマ・バルベリーニが命ずる。正義の名の下に、遍く星の下にある輝ける光よ。我にその力を貸し与えたえ給え――

 これが呪文だ。この時に意識を集中して、周囲から光の力を吸収する。

 そして――光輝轟鳴覇ジャステーィチア・アタッコォ――これで一気に解き放つんだ。

 こいつはなぁ、俺の超弩級でミラクルな必殺技なんだぜぇ!】


(超弩級でミラクルなヴェルキンの技、という事は理解した。しかし、わたくしの名で命じても、問題はないのか? 超弩級の部分が取れて、ミラクルなだけの技に成り下がらんか?)


【アルマ……気付いてねえのか? てめぇも既に、神の領域にいるんだよ】


(ほ、ほお。ならばもしかして、わたくしも飛べたりするのか?)


【今はそんなこと、どうでもいいだろ! てめぇ、骨のやろうと絡みすぎて、最近頭がおかしいぞ! ほれ、やり方だ!】


 うむ。そういわれると、否定のしようもない。

 今もわたくしの眼前では、赤々と燃え盛る炎が鉄の扉を焼いている。

 もはや扉を開くまでも無く、炎が鉄を融解させるのではなかろうか。


 ともかくわたくしは、脳裏に流れてくる手順を理解した。

 つまるところ、空間にある光を正義の名の下に集め、力と為す、という事のようだ。

 長時間集める事が出来れば、その威力は計り知れないモノになるようだが、それも夜と共に消えるという。

 使い勝手が良いようで、場合によってはまるで役に立たない技である。

 しかも媒体が必要で、光を宿すに足る武器がなければならないとのことだ。

 まあ、媒体は聖剣レーヴァデインで問題なかろう。


 眼前では、いよいよ大きな扉が開き、黒々とした溶岩の様な炎が溢れ出てきた。

 まさか、ジェシカはわたくしを待っていてくれたのではあるまいか?

 そんなことさえ疑いたくなるような、絶妙のタイミングである。


「我、アルマ・バルベリーニが命ずる。正義の名の下に、遍く星の下にある輝ける光よ。我にその力を貸し与えたえ給え――」


 わたくしは盾を捨てて、剣を両手で持ち、上段に構えた。

 そして集めた光の力を聖剣に委ね、精神を集中して一気に振り下ろす。


光輝轟鳴覇ジャステーィチア・アタッコォ!」


 ――パァン――


 眼前で、炎が光に飲まれて消えた。

 門があった部分は、床が黒ずみ、大きく凹んでいる。

 そして何より、ジェシカの背後が全て消滅し、宮殿の外が見えていた。

 一秒に満たない時間で、これ程の威力があるとは思わなかった。

 その代わり、わたくしの全身を酷い倦怠感が襲う。

 なるほど、集めた光の力が一定量に達していない場合、自身の魔力を使うのか。


【ああ、最低でも一時間は集めねぇと、辛いぜ!】


(そういう事は先に言え)


【言った所で間に合わねぇし、てめぇの魔力なら、零からでもあとニ発は撃てるぜ?】


 ふむ。

 まあ、二発撃ったら、わたくしは動けなくなるであろうがな。

 だが、威力が絶大であることは疑いようもない。


 うまくジェシカを倒せたであろうか?

 わたくしは周囲を見回し、黒髪の女悪魔を探した。

 しかしその瞬間、わたくしの背中に激痛が走った。


「ウフフ、見事ね。でも、最強の奥義が囮っていうこともあるのよ、アルマさま」


 わたくしの油断だった。

 背後を取られ、しかも斬りつけられるなど、なんと無様なことか。

 瞬時にわたくしはその場から飛び退いて、ジェシカと距離をとる。

 傷が浅くて良かった。

 あと一歩でも踏み込まれていれば、わたくしの命は今頃無かったであろう。

 傷が浅かっただけに、わたくしの再生能力でも十分に回復は可能だった。


「まあ、いいわ。私の奥義を破ったご褒美に、私が戦う意味を教えてあげる」


「ふん。貴様に戦う意味が、本当にあるのか?」


「ええ。真実を、世界の真実を知りたいのよ。アルマ、貴女は気がついていたかしら? 私を生み出したのは、貴女だということに」


「何を馬鹿な……わたくしは別に世界のありようなど、どうでも構わぬのに……」


「本当に、そう言い切れる? 貴女は、どこかで繰り返される世界に気が付いたのよ。

 ――そして、世界を恨んだ。

 でも、どれ程恨んでも世界は変わらないし、変えられない。

 だから――私を生み出したのよ。もちろん、それは別次元の貴女だけれど……でも、貴女は貴女なのよ」


 わたくしは、ジェシカの言葉に揺れた。

 思い当たる節が、無いわけではない。

 だが、だからといって納得する事も出来ない。

 別次元の自分自身を自分だと言ってしまえば、わたくしとは一体何であるのか、それが霞がかってみえてしまうだろう。

 

 だが――トオルどのは、どの次元でも白骨化しているという。

 なぜ、彼にだけ別の未来が無かったのか。

 作為か、無作為か?

 わたくしの額に汗が浮かんだ。

 汗を拭うつもりは無い。わたくしはただ、自身の疑問をねじ伏せる為に、ジェシカの深い緑色をした瞳を睨みつける。


「なぜ、トオルどのは骸骨であらねばならないのか?」


 意を決して、剣を握る力を強くした。そして再び足を踏み出そうとしたとき、聞き捨てならないジェシカの言葉がわたくしの耳に刺さる。


「どうして、それを?」


「私が、貴女だから。ウフフ。

 ――さあ、アルマ、私に協力しなさい。そうすれば、トオルの真実に貴女も近づけるわ」


 わたくしはその先の事を今、思い出そうとしても、どうしても思い出せない。

 だが、わたくしとジェシカは一つの約束をこの時、交わしたのである。

 それは、あるタイミングで、同時に最大奥義を放つ――というものだった。

 見れば、ヤッファ、リリスも同じ行動をとっている。

 呆気にとられていたのは、サラスとウルフィス、エフリースだった。


 ――その時、世界は虚無へと吸い込まれた。


 わたくしは、彼等を裏切ったのだろうか? 

 いや、裏切ったというのなら、世界がわたくし達を裏切っていたのだ。

 また、サラスにもウルフィスにもエフリースにも会えるだろう。


 わたくしは、首を動かそうとして愕然とした。

 すでに、わたくしは肉体を持たない存在へと転化しているようだ。

 周囲には無数の淡い光の玉が浮いている。

 わたくしも、その一つなのだろう。


 これは、死、だろうか?


【ちっ。アルマ、俺との約束も破りやがったな……。ま、こうなる気はしてたがよぅ。流石の俺も、世界がなくなっちゃあ精神体を保てるかわからねぇよ】


 淡い光の玉が、わたくしに語りかけてきた。

 どうやら、ヴェルキンである。

 だが、ゆっくりと明滅を繰り返すそれは、徐々に力を失いつつあるようだった。


 わたくしの意識は、未だある。

 これから何処へ向かい、どうなるのか、わたくしにはもはやわからない。

 だが、わたくしの記憶は一秒ごとに書き換えられてゆくようだ。

 過去を、次々と忘れてゆく。あるいは、知らない事を思い出せるようになった。


 ト、オ、ル?

 

 いや――忘れてはならない事が、まだ、わたくしには、ある。

 わたくしはその記憶をとどめる為に、最後の力を振り絞る事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ