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アルマ・バルベリーニの手記(5-1)

 ◆


【けっ。アルマ、てめぇの度胸には流石の俺様も驚いたぜぇ? よくもグースカ眠れたもんだよ】


 わたくしが目覚めるなり、内面から不快な声が響いた。

 わたくしとしては今日の決戦に備えて、一切の疲れを残したくなかっただけのこと。ヴェルキンにどうこう言われる筋合いはない。


 わたくしは寝台から身を起こすと、静かに息を吸った。

「呼吸」という普段、何気なく行っている動作さえ、今日は尊い。

 

 わたくしの寝室では、力を弱めつつあるウィル・オー・ウィスプが揺らめいている。

 明滅を繰り返し、やがては消滅してゆく妖精達を見て、それを自らの未来と重ねずにはいられない。


 わたくしは、そっと部屋を抜け出して、浴場へと向かった。

 皆はまだ寝ているだろう。

 起こさないよう、ゆっくりと廊下を歩き、浴場へ出た。


「なんだ、これは?」


 浴槽に張られた湯は、心地よさ気な湯気を立ち上らせている。

 だがしかし、その手前の壁が壊されていた。

 

【フィリスが壊したんだろ。昨日、骨の野郎が竜神共を侍らせてお楽しみだったからな】


「なん、だと?」


 お楽しみとはなんであろう?

 わたくしは、ヴェルキンに聞きたかった。

 しかし、聞けないわたくしの乙女心。


 ともかく今ここで心を乱しては、昨夜ぐっすり眠った意味がなくなる。

 ましてや、ヤッファやサラス、それにエフリースに対してわたくしが嫉妬するなど……。

 心を静める為に深呼吸をすると、崩れた壁の破片を横にどけて、わたくしは内面に声をかける。

 

「ヴェルキン、すまぬがわたくしは沐浴をする。暫くの間、意識を下層に落としてくれぬか?」


【ちっ。俺様には、その程度の楽しみもなしかよ! 俺もアルマの裸が見てえよぉ!】


 不貞腐れつつも、ヴェルキンはわたくしの意志に従った。

 案外、根は真面目な神なのかもしれない。

 

 わたくしは、出来るだけ昨夜の事を考えないようにしつつ、衣服を脱いで湯船につかった。

 右肩を左手で触ると、筋肉の盛り上がりがわかる。

 もしもわたくしがドレスなどを着たら、さぞや不恰好になるであろう。

 その点、フィリスは剣を扱っていないだけに、しなやかな肉体だ。

 三人のエルフ達も――いや、竜神達も皆、繊細な美しさを持っている。


「ふ、ふふ。羨ましいと思うことも、嫉妬なのかな。女らしく生きようなどとは、思ったこともないのだが」


 胸に目をやれば、邪魔なほどに大きい脂肪の塊が二つある。

 戦闘に邪魔だと、我ながら邪険にしていた女の証だ。

 だが先日、トオルどのがうっかりこの胸に触れたとき、”マシュマロみたい”だと言っていた。

 マシュマロが何であるかはわからないが、柔らかいもの、だという。

 かつて、女に生まれた事が苦痛でしかなかったわたくしに、女である事を肯定する術を教えてくれたトオルどの。

 彼がこの胸を気に入ってくれたのなら、今は大切にしようと思う。


「勇者である事に固執して、女であることを捨てようと思ったわたくしが……おかしなものだ」


 わたくしは湯船の中に頭を沈め、息を止めた。


 世界が続くのならば、いずれわたくしは勇者であることを辞めようと思う。


 ――戦いが続くとしても、勇者の使命は次代に託しても良いはずだ。わたくしの力と責任は、時を繋げる事にあるのだろうから―― 

 

 湯の中で息を吐くと、泡が生まれた。

 泡は湯の中を駆け上がり、水面で弾けて消える。


 わたくし達のいる世界とは、この泡のようなものであろうか?

 トオルどのは、もっと深く世界を知っているだろう。

 わたくしは、世界のあり様など、興味が無い。

 ただ、皆が生きて、笑い合えればそれで良いのだ。

 出来るならば、肉体を持ったトオルどのに会ってみたい。


 とめどなく流れるわたくしの思考に、わたくしの肺活量は限界を迎えた。

 勢いよく湯から顔を出すと、わたくしは一切を振り払う。


 生きるも死ぬも、今日の一戦次第である。

 ならば、今更悩みは無用。生きれば良し。死すとしても、悔いぬ戦いをしようと思う。


 風呂から上がると、わたくしは一旦自室に戻り、装備を整えてから神の間へ向かった。

 神の間では、既に皆が揃っていた。

 わたくしはどうやら思いの他、長く浴場にいたようである。


 ◆◆


 トオルどのが転移した場所は、まさに魔王の本拠地であろう。

 玉座に魔王がいて、周囲に大悪魔達が居た。

 くわえて、既に倒したはずの三魔将までが顔を並べている。


 わたくしは瞬時に剣を鞘走らせた。

 

「バルバロッサ! 貴様、何故生きている!?」


 それと同時に、疑問を口にしていた。

 考えてみれば、それこそ考えられる事はそう多くは無い。

 魔王の仕業であろうことは、想像に難くないのだ。

 

「魔王トオルさまのお陰をもって、生きながらえる事が出来た。そればかりか、より巨大な力を得たのだ。フハハ……」


 バルバロッサの答えはやはり、わたくしの予想通りだった。

 生きながらえたのなら、もう一度殺そう、そうわたくしは決意した。

 

 重心を落とし、一足飛びでバルバロッサの間合いに入れるよう、右足を後ろにして剣を構える。


 が、しかし――


 その時、わたくしの聖剣レーヴァデインが青白い輝きを放ち、何かと共鳴し始めた。

 視線だけをバルバロッサから外し、わたくしはレーヴァデインと共鳴するモノに目をやると、そこに見えたのは、魔剣ティルヴィングだった。

 ジェシカとやらいう女悪魔が共鳴する魔剣を抜き放ち、口角を吊り上げ、わたくしを見つめていた。

 

 力の質、量、共にバルバロッサを遥かに凌ぐであろう相手だ。

 今、迂闊にバルバロッサに飛び込めば、わたくしは背後から魔剣ティルヴィングの餌食になるだろう。

 

 その時、バルバロッサが槍を振り上げ、わたくし目掛けて突進してきた。

 盾で防ぎ、剣でジェシカの攻撃を受け流すか――?


【間に合わねぇな。バルバロッサの攻撃じゃ、てめぇは致命傷にならねぇ。傷覚悟で、あの女悪魔にだけ注意を払ってた方がマシだな】


 たしかに、ヴェルキンの忠告は正しい。

 バルバロッサの攻撃ならば、わたくしが死ぬ事はないが、ジェシカの攻撃を受けてしまえば、一瞬で消滅させられるだろう。

 逆に言えば、わたくしのレーヴァデインも、ジェシカを一撃で消滅させる力を秘めているはずだ。


 わたくしは、体をジェシカに向けると、バルバロッサの一切を無視する事にした。

 

 その刹那――


 激しい金属音が響き渡り、ついで空を切る”ぶおん”という音がわたくしの耳に届いた。


 わたくしが目の端で捕らえたものは、赤毛のバルバロッサと、同じく赤毛のウルフィスがぶつかりあっている姿だった。

 右から左へ斧を振ってバルバロッサの槍を弾くと、その後すぐに捻れた身体を逆回転で戻すかのように、左から右へと斧を振りぬいたウルフィス。

 バルバロッサは身体を半歩下げてその攻撃をかわそうとしたが、かわしきれなかったようだ。

 いや――正確には、バルバロッサはウルフィスの一撃をかわしていた。

 だからバルバロッサを傷つけたものは、ウルフィスが斧を振りぬいた瞬間の風圧だ。

 バルバロッサの胸には、横一文字に真紅の線が引かれていた。

 ウルフィスが竜神となったのは、さすがに伊達ではないようである。


 だが、バルバロッサもただやられてはくれない様だ。

 体が大きくなり、漆黒の翼もまた大きく広げられた。

 形は人馬が一体となった様な禍々しいものであり、もはやウルフィスとの体格差は三倍にもなろうとしていた。

 それでも、ウルフィスとて大きくなっているのだ。

 つまり、バルバロッサは人である事を完全に捨て去り、悪魔化したということだろう。

 

「ぐっ……!」


 しかもバルバロッサは巨大化しつつも素早くなったようで、ウルフィスの速度を超える突きを放つ。

 その力は、竜神に匹敵するというのだろうか?

 結果、ウルフィスは負傷した。

 だが、ウルフィスも負けてはいなかった。超速再生によって、瞬時に傷を塞いでゆく。

 

 正直、加勢したいが、正面で状況を見つめるジェシカと目を合わせているだけで、わたくしにはウルフィスを助ける余裕がない。

 幾度も響く剣戟を聞けば、ウルフィスの力がバルバロッサに劣っていないことは分かった。

 

「アルマさま、ここは俺に任せてくれ」


 剣戟の合間に、余裕を含んだウルフィスの声が聞こえた。


「すまん、頼む。わたくしは、あの黒髪の女を倒す」


 わたくしは意を決して赤い絨毯を蹴った。

 滑らない事は確認している。

 最短距離を選び、最速で漆黒の女悪魔に聖剣をたたきつけるのだ。

 わたくしは右腕を突き出し、全身を使ってジェシカの喉元を狙った。

 しかし、剣は空をきる。

 右に体を開いて、わたくしの剣をかわしたジェシカ。

 手首を返して、わたくしはさらにジェシカの首筋を狙った。


 ――ギィン!


 青白いオーラを纏ったわたくしのレーヴァデインと、紫色のオーラが立ち上る魔剣ティルヴィングがぶつかった。


 瞬間、空気が弾かれ、わたくしの銀髪も、ジェシカの黒髪も暴風に晒されたかのように、後ろに流れた。


「アルマ・バルベリーニ。貴女は、何故戦う? 貴女の真実はどこにある?」


「敵と問答するつもりは、無い!」


 わたくしは、三日月形に口元を歪めた悪魔の言葉に、僅かだが耳を傾けてしまった。

 何故と問われて即答できないわたくしは、或いは今の世界の有りようを否定したいのかもしれない。

 そう考えてしまったからである。


 


 


 

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