戦闘開始、ですか?
◆
朝である。
俺はさっそく黄金骸骨になると、身体のパーツを全て繋げて完全体となった。
いや――完全体というか、治っただけだが。
「神の間」とフィリスによって名付けられた空間は、三十畳程の広さの部屋だ。
部屋の奥に、一段高くなった俺の座所がある。
フィリスをはじめ、ヤッファ、サラス、ウルフィス、エフリースは俺への礼拝に勤しんでいるが、一人、アルマだけは別の部屋にいた。
いや、むしろ風呂に行っている。
覗きたい。
しかし覗けない。
アルマの裸だけ見ていないという、この切なさ。
大事な戦いを控えて、こんな事で良いのだろうか。
むしろ皆、俺が覗きに行かないように、ここで見張っているんじゃないだろうか。
そんな風に考えてしまう、決戦の日の朝だった。
「トオルさま、これをお持ちになって下さい」
俺に捧げる祈りが終わると、いまだにひれ伏し続ける神官と、神官戦士に背中を見せて立ち上がったフィリス。
俺の前に歩み寄って、翡翠のペンダントを渡してくれた。
「なんだ、これは?」
「私の祈りを込めてあります」
「ふむ。呪いのペンダントか」
俺はペンダントを手渡されると、空洞眼を凝らしてまじまじと見つめた。
それから首にぶら下げる。
多分、こういうものは貰ったらすぐに身につけるほうが、贈った側からすれば、嬉しいはずだろうから。
「ち、ちが、違いまするぞ!」
「ハハハ。分かっている。ありがとう、フィリス」
胸にぶら下げたペンダントからは、滔々とフィリスの想いが伝わってくる。
どんな効果があるのかさっぱり分からないが、それでも何かの役にはたつのだろう。今のフィリスがまったく無駄なモノを作る筈もない。
俺がフィリスに礼を言っていると、部屋の扉をアルマが開けた。
既に完全武装のアルマは、髪から爽やかな香りさえ漂わせている。
「アルマ、もう準備は良いのか?」
「ああ。沐浴も済ませた。今日、我が命が尽きようとも、もはや悔いはない」
勇ましいアルマの言葉。しかし、戦いの目的は破滅の回避であり、生きる為に他ならない。
だからアルマには、死ぬ覚悟なんかして欲しくないのだが。
だが、ヤッファやサラス、ウルフィスにエフリースも互いに顔を見合わせて、微妙な笑みを浮かべていた。
みんなやめろ。変な覚悟をするな。
俺の空洞眼から、涙が溢れそうになる。
「俺達も、準備は出来ています」
金戦斧を肩に乗せて、赤毛のイケメンに変化したウルフィスが俺に言う。
「分かった」
確かに、俺の準備も出来ている。
既に属性を反転させているし、転移の準備も万端だ。
すぐにも魔王の下へ転移出来る。
――だが。
ふと、俺は思ってしまった。
俺が魔王の下へ転移できるのに、どうして魔王はそれをしないのか。
なぜ、俺を待っているのか。
何か作為を感じる。
罠――なのか?
俺は階の上に立ち、居並ぶ皆の顔を見た。
今更、これは罠だと言っても、誰も納得しないだろう。
罠ならば、噛み破れば良い。
きっと、今の俺達にならば、それが出来る。
俺は、意を決して念じた。
――転移。魔王トオルの下へ。座標ナンバー598234509――
そして俺は、玉座に鎮座する、俺と同じ姿の――白骨死体と相対したのである。
◆◆
「ファーハハハハ! 愚か者どもめ、よく来たな! ここがきちゃまらの墓場になるっ!」
俺達が到着すると、俺と同じく漆黒の衣を翻し、人差し指を俺に向けた白骨死体が叫んでいた。
相手は、まさに白骨だ。
俺が黄金骸骨なのに相手は白骨なのだから、もしや俺に分があるのだろうか?
【いいえ。魔王の属性は元来が光です。故に、属性を反転させて強大な力を得ようとするならば、闇にならねばなりません】
なるほど。
つまり、敵も万全の体制ということか。
確かに、俺達を囲むように三人の悪魔たちが居た。
それに――うそだろ! 魔将達までいるぞ?
「バルバロッサ! 貴様、何故生きている!?」
俺の疑問を口にしたのは、アルマだった。
「魔王トオルさまのお陰をもって、生きながらえる事が出来た。そればかりか、より巨大な力を得たのだ。フハハ……」
口元に笑みを浮かべるバルバロッサ。その背には、二対四枚の翼が黒光りしている。以前よりも強力な悪魔になったようだ。
他の二人も、やはり二対四枚の翼をもっている所をみると、悪魔公とやらに進化したのだろう。
もちろん、祝ってやる気はさらさらないが。
そんなやり取りの間に、魔王は此方に背を向け、小さくなっている。
見れば、両手で顔を覆っている有様だ。
「……だれか、魔王が噛んだ件に関して、言及してくれぬか?」
フィリスにそっくりの大悪魔リリスが、魔王の肩にそっと手を添えている。
それなりに仲は良さそうだ。
俺とフィリスみたいなものだろうか?
「い、いいんだ。俺なんてどうせ」
「噛むようなセリフを、言おうとするのが悪いのです」
「リ、リリスだって心の中で笑ってるんだろ?」
「蔑んでいるのです」
「ああっ、もうっ! リリスのバカァ!」
一瞬、リリスの方を向いていたかと思うと、再び顔を伏せた魔王。
――バンッ!
しかしその時、リリスの豪腕が唸った。
そして回転する魔王の頭蓋骨は、綺麗に四百五十度回転すると、俺と目が合った。
「見るなあ!」
叫ぶ頭蓋骨は、大きく口を開けると青白い閃光を放つ。
――魔王の攻撃だった。
こんな戦闘の始まり方は嫌だ、と思ってもやり直しが出来るわけでもない。
俺は錫杖を振り、閃光を弾く。
弾かれた閃光が天井に穴をあけ、青空を覗かせた。
ここは恐らく謁見の間だろう。
赤い絨毯が玉座まで連なり、左右は磨きぬかれた大理石が敷き詰められている。
加えて、四方の壁は、魔法防壁が張り巡らされていて、多少の攻撃ならば耐えそうだった。
だが――それを容易に貫いた閃光弾。
やはり魔王は、只者ではない。
俺は両足を開き、魔王との間合いを計る。
「ヤァァ!」
俺の右側を、一陣の白い風が通り過ぎた。
裂帛の気合というやつか。
フィリスにしては珍しく、杖を翳したまま、一足飛びに魔王まで間合いを詰める。
その刹那――
フィリスの身体は黄金の鎧に覆われ、光の翼が、その背から現れた。
手にもやはり黄金に輝く武器が握られている。
これが伝説の黄金聖〇士か!?
武器は……なんだ? フレイルか?
二つの棒がヌンチャクの様に繋がっているが、一本の棒が、やや長い。
魔王に到達すると、一気にそれを振りかぶり、勢いをつけて打ち下ろしたフィリス。
しかし、その攻撃はリリスに阻まれてしまった。
頭を両手で抱える魔王の身を守るように、リリスが己を盾にしてフィリスの前に立ちはだかったのだ。
「ほう、聖棍ですか。まだ、名を得ていないようだが。流石は我が――」
「だまれ。私は確かにお主を生み出した。だからこそ、私自身の手で消し去るのじゃ」
「ふっ」
リリスも六枚の翼を広げ、魔力を極限にまで高めた。
やばいな。フィリスとリリスの全力戦闘に魔王が巻き込まれる。
いやいや、俺は一体何の心配をしてるんだ。
それにしても、リリスの手に持っている杖もヤバイ。
石炭みたいな杖だが、紫色のオーラが覆っているし、全体的に発している雰囲気が禍々しすぎる。
「アルマァァ! 滅せよおお!」
一方で、アルマに突進するバルバロッサ。
しかし、振り向いたアルマに何をさせるでも無く、ウルフィスの斧がバルバロッサの槍を弾いた。
「小僧、邪魔をするな!」
赤毛赤髭のバルバロッサが、同じく赤毛のウルフィスに咆えた。
その瞬間、ウルフィスは手首を返し、金戦斧を水平に払う。するとバルバロッサのがら空きになった胴に、亀裂が走った。
バルバロッサから噴出す血はどす黒く、とめどなく流れている。
ふむ。ウルフィス……こんなに強くなったのか。
と、俺が思った瞬間、バルバロッサの姿がいつもの人馬型に変わる。それと同時に胴に作られた傷が塞がり、ウルフィス目掛けて長大な槍が突き出された。
「ぐっ……!」
かわし損ねたウルフィス。
肩口を掠めた槍は、ウルフィスの盛り上がった肩から血を噴出させる。
それから数合、剣戟の音が鳴り響く。
ウルフィスとバルバロッサは、まったく互角のようであった。




