旅に出ますか?
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神殿のある丘を下り、窪地にある市街を抜けて王宮のある丘へとたどり着く。
このナカーシック王国の首都パチカデは、八つの丘と、その間を埋める盆地で成り立っているのだ。
王宮へと至る門では、槍を構えた衛兵が迎えてくれた。
流石に大神官だ。フィリスは衛兵に最敬礼をされながら、宮殿内に通された。
俺はというと、フードの奥を除かれそうになったので、、銀製の錫杖を翳して”イヤイヤ”をする。照れ屋さんだからだ。
「その錫杖はっ?」
「そうだ、神錫だ。即ち、こちらのお方は、破壊神ユリウス様である。下がれ無礼者がっ! 跪けっ!」
衛兵を説得するフィリスの言い様が酷い。
これで俺が破壊神じゃないってバレたらどうなるんだろう? 打ち首だろうか? まあ、今更首を打たれても死なないので、問題は無いが。
フィリスの剣幕に押された衛兵が、さっさと俺を通してくれる。
まあ、俺の顔を覗き込んだ兵士が悲鳴を上げていたけれど、それはこの際気にしないでおこう。イケメン効果と思えば、悪い気もしないし。
それにしても、銀の苦手な俺に銀の錫杖とは、神になるのも辛いものだ。持っているだけで”ぷるぷる”する。
俺たちは特に待たされる事もなく、謁見の間に通された。
俺が神だということで、最優先にされたのだろう。ある意味で、非常に肩身が狭い気持ちになる。
豪奢な玉座に座る王は、まだ若い。俺とそんなに歳も変わらないだろう。見たところ二十代だが、俺だって、生前は二十代に見えたはずだから、断固として同世代だと言おう。
もっとも結果として現在が「見た目は骸骨、中身はおっさん」なのは俺としても遺憾に思う。否定はしきれない。
しかし、目の前の男は国王という重責の為だろうか。若そうな見た目とは対照的に黒い目は淀み、死んだ魚のようである。ある意味で、この男も死人みたいだな。
まあ、空洞眼の俺にそんな事を思われているとは、夢にも思わないだろう。
真紅の絨毯の上、居並ぶ廷臣に囲まれながら跪くフィリスと俺。
目深に被ったローブのお陰で、俺が骨だとはまだ気付かれていないようだ。
「余がナカーシックの王、ウィンメーグ三世である。
……大神官フィリスよ。そなたと共におるのが黄金仮面、ということだが?」
「はい、陛下。こちらのお方こそ私が召喚いたしました破壊神ユリウス……そして、巷で噂の黄金仮面にございます」
フィリスの言葉が終わると同時に俺は属性を反転させ、金色に輝く。
すると、先ほどまで重くて仕方がなかった銀の錫杖がとたんに軽くなり、扱い易くなった。
さらに、俺はフードを捲り、自らの髑髏を顕にすると、立ち上がり王を睨みつける。(目は無い)
「ナカーシックの王よ。王の分際で神を呼びだそうなどと、無礼ではないのか? このような事をするよりも、街の治安を守る方が優先ではないのか?」
俺は、出せる精一杯の低音で王に語りかけ、昨日抱いた怒りをぶつけてみる。
そんな俺の反抗的な態度に、周囲に居る廷臣や騎士は警戒感を顕にした。
しかし、王は平然と、黄金に変わった俺を見やり、口元を歪めている。
「怒っているのかな、破壊神どのは?
所詮我が王国は滅び行く定め。余は、無礼を承知で、せめて黄金仮面に縋ろうとおもったのだが――」
はて? 俺は話の展開がわからなかった。
一国の王が、黄金仮面を頼ろうと思った、と? 確かに街ではそれなりに名が知れたかもしれない。だが、それもコソドロ相手であったり、その辺の暴漢相手であったり、弱小の妖魔を相手にしてのこと。多分、勇者という者には遠く及ばず、騎士や魔術師にも負けるのではなかろうか?
【個体:八坂徹は、現界、魔界において最強になる資質を備えています。思念体と同一である以上、同種以外のモノに敗北する事は、本人が望まない限り不可能です】
俺の疑問に、思念体さんが答えてくれた。
自信を持って、お兄ちゃん! と妹にでも言われたと思っておこう、やる気が出るからな。
【……私のヤル気は下がります】
おお……世界の意思たる思念体に俺は今、全力で否定された。
「どういうことだ?」
しかし、後には引けない。もはや平伏などせずに、腕組みをして王の言葉を待った。しっかりと神様らしく振舞う事にしたのだ。
殴られそうになったら、きっとフィリスが全力で守ってくれるだろう。それに、思念体の言を信じるならば、俺は殆ど無敵のはず。
ちょっとだけ思念体さんのモチベーションを下げてしまったが、まあ、何とかなるだろう。
「絶え間なく魔界の門から注ぎ困れる魔素により、この一帯の魔物共も活性化しておる。我が国で平和なのは、もはや王都パチカデだけだ。
それとても、わが宮廷魔術師団が日夜結界を張り続け、その境界を騎士団が守ればこそ維持出来ているに過ぎん。
そして、魔王を討伐すべく向かった勇者達一行は、悉く返り討ちに遭っているのだ」
王の言葉に、廷臣の一部が涙ぐむ。
だが、これも王の手の込んだ演技かもしれない。何しろ、そんな話は初耳なのだ。
【真実です。個体、八坂徹。今、現界は魔界に寝食されています。それ故に、魔王を討伐し、魔界の門を閉じなければ、この世界の主たる上位種族、人間、ドワーフ、エルフが殲滅されるでしょう】
ふむ。俺の疑問に思念体が丁寧に答えてくれた。
今まで思念体には基本的に、味噌作りや酒造り、料理を教えてもらっていたが、もっとこんな話を聞いておけば良かった。
思念体さんは、クックパッドではなくグーグルだったのだ。
「――そこで、だ」
王の言葉を継いで、凛とした声が謁見の間に響いた。
俺の後ろから、靴音を響かせて歩み寄る者が居る。
その者は、俺の横に並ぶと涼しげな微笑を浮かべて、「はじめまして」と小さく言った。
「破壊神ユリウスさま。わたくしは騎士アルマ・バルベリーニ。ウィンメーグ陛下の妹にして創造神に選ばれし勇者です」
なんとも、美人さんだ。
白銀に輝く鎧を身に纏い、その上には卵形の締まった輪郭が乗っている。輪郭を覆うのは銀色に輝く髪であり、赤色の瞳は輝きに満ちていた。
可愛い系のフィリスと美人系のアルマに挟まれて、俺は無意味に幸せだった。
「頼みの件だがな、余の妹……新たな勇者と共に、魔王を討ち果たして欲しいのだ、黄金仮面……いや、破壊神殿」
俺は、無い目を白黒させた。
そういう事だったのか、うっかり多幸感に酔っていた。
ではなく、フィリスが「もう終わりだぁ」等と言うから、すっかり俺も勘違いしていた。
世界は平和でなく、魔王の脅威はすぐ側まで迫っていたのだ。
王は平和の維持に努力していたし、勇者だけでなく俺にも頼るという事は、藁をも縋る思いであったのだろう。だから、ウィンメーグは自らの絶望を皮肉で包み、冷笑していたのだ。
つまり、事態はそれ程に深刻になっている。
俺は、自らの内側からこみ上げるモノを感じていた。
勇者として呼ばれてから三六六日。ついにこの日が来たのだ――
もちろん、俺は勇者として戦うのではない。破壊神ユリウスの化身として、黄金仮面として戦うのだ。
勇者と呼ばれたい気がしていたが、まあ、それも我慢しよう。こんな美人と一緒なら、きっとムフフな展開があるのではないか? ムフフ。
鼻息の荒い黄金骸骨であるところの俺は、鷹揚に国王に頷き、大きく胸を叩いたのである。
「……よかろう。アルマ・バルベリーニ殿、よろしく頼む。ハーッハッハッハ!」
こうして俺は女騎士に伴われて、魔王討伐という名の旅に出ることになった。
余談だが、フィリス・デ・ラ・ロッソも神官として俺達の旅に同行する事になった。
「ト、トオルさまのいらっしゃる所でしたら、たとえ地獄の底までも!」
こんな風に言われては、フィリスの同行を許可しない訳にもいかなかったのだ。
昨日までは散々下僕のように扱っていたのに、今ではすっかり俺を神として崇めている。
ちなみに、フィリスは俺のことを「ユリウスさま」と呼びたがったが、違和感がありすぎたので却下した。それに、旅の途中で破壊神の神官に破壊神の名で呼ばれるなど、多分色々と面倒になるので、ちゃんとトオルと呼んでもらう事にしたのである。




