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リリスの真実

 ◆


「リリスさま、このまま宮殿に戻りますか?」


 高速で飛行しつつ、私に問いかけてくる者は、”希求のジェシカ”だ。

 私には、三対六枚の黒い翼がある。これは、魔界において、最高位の悪魔だけがもつ”魔神の証”でもあった。

 別に、不要であればしまう事も可能だが、不思議な事に、翼の枚数は速度と比例するのだ。故に、私は戦闘の可能性がある以上、翼の出し惜しみをしない事にしていた。


「いや、不死乃王ノーライフキングの下へ行こう。黒竜如きに魔王が負けるハズもないが、いらぬ情けをかけて余計な事をせぬとも限らぬ」


 私は、肩越しにジェシカの質問に答えた。

 ジェシカの翼は二対四枚だが、その最高速度は限りなく私に迫っている。或いは、魔剣を得る事で既に魔神となっているのかも知れなかった。


「ふむ」


 高速で飛行しながら首を傾げるジェシカは、どこか不満気だ。


「リリスさま、私は思うのです。魔界を統べるお方は、リリスさまを置いて他に、おられぬのではないか、と。

 そもそも、現魔王たる不死乃王ノーライフキングトオルは、魔界で生まれた訳ではないのでしょう? それは、リリスさまが魔王になるべきお方として召喚した事は存じておりますが、だからといって、悪魔ではない者が魔王として君臨し続けるなど、私には、いささか納得出来かねる仕儀にございます」


 ジェシカの閉じられた口元は、薄紫色の口紅がひかれている。

 それは、ともすれば人の至上の美を思わせてしまうジェシカが、悪魔である事を主張する為の化粧だった。しかし、今、この時においては逆効果である。いっそ、真摯に私を見つめるジェシカは、耽美的ですらあった。


「なぜ、そう思う?」


 私の問いには答えず、先を行く私に追いついたジェシカは、空中だというのに私の身体を両腕で捕まえた。

 別に、羽ばたいて飛んでいる訳でもないから落ちる事はないが、まさか私は、ジェシカがこの様な暴挙に及ぶとは思わなかったのだ。

 すぐさま、ジェシカは私の唇に、その艶美な唇を重ねてきた。


「なっ!やめろっ!」


 ジェシカの鎧が私の身体に食い込むが、決して痛い訳ではない。

 その時、ジェシカの背から、もう一対の翼が生える様を、私は見た。


「真実を示せ……」


 一度、私の唇から離れたジェシカの口が、小さく呟いた。そして、再び私の唇を、紫の唇が覆う。


「んっ、くっ」


 ジェシカが魔神化した事は認める。しかし、それでも私とは互角になっただけである。にも拘らず、今の私はジェシカに抵抗する事が出来ない。だとするならば、理由は一つだった――


 これが、ジェシカの存在理由”希求”なのだ。

 だが、一体何をジェシカは求めているというのか――


 ジェシカと唇を重ねている時間は、永遠でもあるかの様に私には感じられた。そして、めくるめく流れ去る私の記憶が、ジェシカの脳裏に投影されている事を悟ると、私は抵抗を試みた。

 

「リリスさま……そういうことですか」


 私の抵抗は、詮無いものだった。そして全てを知ったジェシカの緑眼が、私を睨みつけていた。

 私は胸元を押さえ、潤んだ瞳を瞬かせる事しか出来ない。

 別に、苦痛があったわけではない。むしろ純然たる快楽が、私の身体を包んでいた。

 

 頭の芯から足の先まで、もっとジェシカに触れていたい、そう思い、飛ぶ力さえ失われそうだった。

 だが、そうなれば、私の《願い》が叶わない。

 私は、小刻みに震える足に力を入れて、中空で佇むジェシカに杖を向ける。

 もしもジェシカが魔神化したのなら、魔剣ティルヴィングを持つ彼女に対し、魔杖を持たない私は不利だろう。だが、真実を知られたのならば、ここでジェシカを消さねば、私の《願い》は成就しない。


「リリスさま。私に、敵対の意志はございません。私が求めていたものは、真実……そして、それゆえに生まれる無償の愛。それを齎す者は”復活のリリス”貴女なのですから」


 不意に優しげな眼差しを向けて、私を見たジェシカである。

 確かに、剣を抜く素振りも見せず、ただ、自身の身体を抱きしめるようにしていた。


「ああ、リリスさま。貴女の真実は、美しい。世界でもなく、未来でもない。ただ一人の男の為に、貴女の創造主は、貴女を作られたのだ」


「だ、だからどうしたというのだ?」


「分かりませんか? 貴女は今まで、世界の誰にも必要とされていなかったのです。にも拘らず、ただ一つの小さな目的の為に、世界さえ滅ぼしうる組織を築き上げた。

 だからこそ、そんな貴女を、私は誰よりも可愛らしいと思うのです。そして愛したい……」


 空中で跪き、私の右手を取ったジェシカは、その手にそっと唇を重ねた。

 顔を上げたジェシカの表情は恍惚としていたが、恐らく私も同様にだらしない顔だったに違いない。


「で、ではジェシカ。これからも変わらぬ働きを期待して良いのだな?」


「良いも何も。私の目的は、真実の希求。それは、貴女と共にあるのです」


 ジェシカの細い指が、私の髪を軽く撫でる。優しくしなやかに動くそれが、私にはとても心地よく思えて、いつまでも身を委ねていたくなった。

 しかし、そうもいかない。

 私は、ジェシカの頬に軽く唇をつけると、再びトオルがいるであろう岩山を目指した。


 ◆◆


 黒竜の居場所は、地竜山と呼ばれていた。それは、荒涼とした荒野にポツンと隆起した、やはり不毛な岩山である。

 黒竜とは、即ち地竜なのだ。だからという訳だろうか、ゴツゴツとした岩肌が大半をしめるその山の地下深くに、黒竜ギアスの棲家はあるのだ。


 私とジェシカが岩山をくり貫いて地中深くを進むと、広大な地底空間の中で、昼間の様に明るい場所に出た。

 光と炎の精霊”ウィル・オー・ウィスプ”の大量動員である。無論、こんな馬鹿な真似をするのは、魔王トオルに他ならない。

 その空間の中央では、談笑する漆黒の竜と、漆黒の衣を纏った黄金の骸骨がいた。


「だからさ、ギアス。俺ん家に来いよ! ホーフ宮殿! いい所だって! もうね、酒とか飲み放題だから!」


「ハハハ。だが、我は相当に飲むぞ? 泉一つでは、きっと足りぬぞ?」


「いいって! ウチのガラントってヤツも相当飲むし……。

 ああ、そうだ! 今度、飲み比べしよう! ま、俺が絶対に勝つけどな!」


 私は、右のこめかみを指で押さえながら、ゆっくりと歩み、トオルの前に立った。


「ジェシカ……やれ」


 私の命令を聞いたジェシカは、すでにギアスの背後で姿を隠していた。

 そして、魔剣ティルヴィングを一閃させると、ギアスが縦に割れる。


「ギアスーーーー!」


 トオルの絶叫が木霊するが、私は構わずに黄金色の頬骨を引っ叩く。

 ぐるりと回転した頭蓋骨が、あらぬ方向を向いて止まったが、それで魔王の命に別状がある訳もない。


「トオル、私は、ギアスを倒せと言ったのだ。仲良くなってどうするのだ?」


「だって、リリス」


「だって、ではない」


「だってな、ギアスは悪いヤツじゃなかったんだよ」


「だったら、尚更敵だろう。私は悪魔で、貴方は魔王だ」


「むぐぐ! だからってリリス! やって良い事と悪い事があるぞ!」


「良い事をやらぬのが、悪魔というものだ。悪魔としては、正解なのだ」


「リリスのバカヤローー!」


 私の背後で、ギアスの巨体が大気と同化して消える。それと同時に、ギアスの魂とでも言うべきモノが、辺りに漂い始めた。

 これを、もう一人のトオルの仲間が、きっと吸収するだろう。そして、我等と互角の力を付ければ良い。

 

 ――もうすぐ、願いが叶うのだ――


 私は、横に立つ長身のジェシカを見つめ、頷いた。

 彼女も、私の瞳を真っ直ぐに見て、頷きを返してくれる。


 なるほど、真実を共有する同志がいるというのは、限りなく心が温かくなるものだ。そう思いながら、私は魔王トオルの腕を引き、宮殿に帰る事にした。

 トオルは、虚ろな眼に両手をあてて、ただひたすら嗚咽を漏らしている。

 だからといって、自分に非があることも認識しているらしく、自分自身を責め続けるだけなのだから、そこだけは尊敬しても良いだろう。


 この日、魔王の慟哭は激しく、闇に閉ざされたホーフ宮殿には、人の子が一切近寄らなかったのである。



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