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アルマ・バルベリーニの手記(4-3)

 ◆


 わたくしの身体は、大粒の雨を大量に浴びたかのように濡れそぼっている。

 無論、それはわたくしだけでなく、フィリスもヤッファもサラスもだった。

 だが、決して雨によって濡れたのではない。天高く舞い上がった湖の水によって、わたくし達は計らずも濡れてしまったのだ。


 サザーラントは、天を仰ぎ、哄笑を続けている。

 しかし、次の瞬間、彼女の身体は無数の小さな槍に貫かれ、切り裂かれた。


「ハッハハハハハ――ぐふうっ?」


 魔槍ゲイ・ボルグが、分裂して上空から飛来したのだ。

 わたくしの目でも、辛うじて捉えられた位なのだから、速度は優に音速を上回っていたであろう。

 現に、”ぶん”という空気を切り裂く音が、槍の後にわたくしの耳に届いた。


 サザーラントは、急速に力を失い、その身体を維持出来なくなってゆく。

 空中でよろめき、右手を伸ばし、何かを求める様に彷徨わせると、苦しげなうめき声を上げた。

 未だ、無数のゲイ・ボルグが刺さっている為、再生さえままならない様子だ。


 フィリスは、迷わず水の中に飛び込んでいったが、わたくしは、飛来したゲイ・ボルグが気になっていた。故に、周囲を警戒し、ガラントに備える。

 すると、完全に力を失ったサザーラントが、肉体を消失させた。それと同時に、天へと上っていた水が、大瀑布の様に下降に転じる。


「フィリス! ヤッファ! 戻れ!」


 濡れたわたくしの額に、冷や汗が流れた。

 この水流に飲み込まれれば、いかなフィリス、ヤッファと言えども唯では済むまい。トオル殿の事は当然心配だが、同時に、トオル殿だからこその安心感もある。きっと無事であろう。


 わたくしの声が届いたのかは分からぬが、フィリスとヤッファがすぐに水の中から現われた。

 

 二人とも、不満気に首を左右に振っていた。

 ヤッファは、下唇をかみ締めて、目に涙を溜めている。この無表情の少女にしては、実に珍しい仕草だった。それ程に、トオル殿を発見出来なかった事が悔しいのだろう。


 だが、真なる問題はここからだった。


 サザーラントを屠ったゲイ・ボルグの持ち主が、全身を魔方陣で覆いながら、瀑布の中心に穴を開けて現われたのだ。


「魔将共は皆、敗れたのか」


 ニヤリと笑うガラントは、しかし、僅かにやつれた顔をしていた。

 それもそうだろう。これ程の技を凌ぐ程の防御魔法を展開しつつ、ゲイ・ボルグにてサザーラントを討つ。ならば、どれ程の魔力を消費したというのか、大よそ、わたくしには想像も付かぬ程である。


「次は、お前の番だ」


 わたくしは、再び聖剣レーヴァデインを抜き放ち、ガラントを見据えた。


「ふむ。サザーラントも随分と美人だったが、アンタも中々だねぇ。まあ、アンタと戦う理由はねぇが……そうだな。俺が勝ったら、俺のモノになるってんなら、戦ってもいいかな」


 やつれた顔をわたくしに向けると、ガラントは傲然と言い放つ。

 やつれているクセに、随分と強気ではないか。


 ヴェルキン――あの悪魔を黙らせよう。

 わたくしは、内面に問いかけた。


【おう、アルマ。俺様と、ガラント……どっちがイイ男だ?】


 ――五月蝿い。そういう事ではない。問題はそこではない。戦えば良いのだ。いくぞ!


【おいアルマ。重要なことだ。はっきりさせねぇと、力を貸さねぇ】


 お前だ、お前。彫像などでは、大変な美男子だ、ヴェルキンは。


【フハハ。そうだろう、そうだろう。あんなヤツ、軽く捻ってやる】

 

 扱いやすいが、面倒な性格をしているヴェルキンを説得すると、わたくしは剣を握る手に力を込めた。

 流石に、一撃で倒せる相手とは思えないので、じっくりと隙を見つけて戦うつもりである。

 いくらヴェルキンが”捻ってやる”と言っても、迂闊に信じれば敗北するのは此方であろう。なにしろ、ヴェルキンには、ユリウスを軽く捻ろうとして、互いに封印しあったという情けない前科があるのだ。迂闊には信じられない。


水刃アクア・ラーマ


 その時、フィリスの声が響き、ガラントに水の刃が飛んだ。

 ガラントに向けて翳したフィリスの右手から、無数の水が跳び、刃の形となってガラントを襲う。

 ガラントは槍を振るって水を砕くが、しかし、それは水故に形を失っても再生して、結局はガラントの身体を切り刻んだ。


氷風竜ギアッチョ・ヴェント・ドラーゴ


 フィリスの無難な攻撃を見たヤッファが、何となく負けず嫌い精神を発揮したのだろう。両手を大きく広げると、ヤッファの頭上に、キラキラと輝く氷の竜が形成された。

 形は白竜を模したものであろう。それは、炎を吐くという理不尽な事をしつつ、ガラント目掛けて突進した。

 何処までも追尾する氷の竜は、ゲイ・ボルクに削られつつも、着実にガラントにダメージを与えている。

 わたくしは、フィリスとヤッファに目配せをすると、一つ頷いて空を蹴った。


光輪円舞鷲撃斬ウルティマ・アクイアラ・アタッコォ!」


 考えてみれば、神と半神と竜神の三人がいて、悪魔公デビルロード一柱如きに引けを取るはずがないのだ。

 僅かでも一騎打ちを考えた自分を、わたくしは恥じた。


 わたくしの剣は、ガラントを貫いた――筈だった。

 

 ボンッ!


 不可思議な炸裂音が鳴り、煙幕に包まれたかと思うと、わたくしの剣は空を斬った。そして辺りの中空には、二十体程の小さなガラントが、そこかしこに散乱している。


「チッ! 俺に奥の手を使わせるとはっ! やるな! お前ら、名を聞いておこうか!」


「アルマ・バルベリーニ!」


 わたくしは、ガラントの問いかけに、あえて光の勇者だと名乗らなかった。

 わたくしが、光になる――その思いが、またしてもわたくしの全身を駆け巡ったからである。仮にそうならなかったとしても、それならば、ヴェルキンをわたくしから解き放ち、その後は――

 だから、わたくしは、アルマ・バルベリーニなのだ。


「やかましい、悪魔。何故、私がお主に名乗らねばならぬのじゃ。下種め」


 悠然と名乗る事を拒否するフィリスは、杖を宙に浮かせて、緑眼で完全に相手を見下している。もはや、いつでも殺せるぞ、と言わんばかりの目つきだった。

 いや、小さなガラントの一つを捕まえて、既に消炭に変えている。なんという恐ろしい大神官であろうか。


「……増えた?」


 ヤッファは、口を△にして、呆然としている。

 多分、ガラントが小さくなって分裂した事に関して、頭の処理が追いついていないのだろう。「おおー?」という心の叫びが聞こえてきそうだった。


 というか、名乗ってしまった自分が恥ずかしい。

 わたくしは剣を手にしたまま、両手で頭を抱えた。どうして、わたくしはこう、馬鹿みたいに正直なのであろうか。埋まりたい。


 そんなわたくしの肩を、小さくなったガラントの一体が優しく叩く。


「お前だけだ……」


「おおお……!」


 あまりといえば、あんまりだ。

 わたくしは、不快に心を鷲掴みされた思いで、小さなガラントを両断した。

 

「ふむ。これは、流石の俺も分が悪い。いきなり内蔵を二つも失っては、命に関わるぞ」


 リーダーと思しきガラントが、髪を掻きながら呟いた。そして、指を”ぱちん”と鳴らすと、地上から浮き上がる魔将達の死体が三つ。

 一つは、細切れにされていたバルバロイだが、微妙に一まとめにされていた。


 次の瞬間、十八体のガラントは、三人の魔将を喰らった。

 いや、正確に言えば、取り込んだ、と言えば良いのだろうか?

 ともかく、一瞬の出来事だったので、喰ったという表現が適切かどうかは分からない。ただ、取り込んだのであろう事だけは確かだった。


 ――なぜなら。十八体のガラントは、それぞれが元の大きさに戻っていたのだから。


「ゲプー」


「喰ったな!」


 ガラントの一人が、げっぷをしていた。そこへすかさずフィリスがツッコミを入れる。

 どうやら、やはり喰ったらしい。


「そう人聞きの悪い事をいうな。こうでもしなければ、俺が逃げられん」


「……逃げるの?」


 人を食った様な事を言うガラントに、相変わらず口を△にしたままのヤッファが、恐る恐る問うている。


「ああ。力を使いすぎた俺に、お前ら三人の相手は、ちと酷だ。まあ、普段なら四人位は同時にイケるんだが」


 わたくしを見つめながら、物凄く良い笑顔で言うガラントは、どこかトオル殿を思わせる雰囲気だった。故に、わたくしは、俯いてしまう。


【ケッ。俺様なら、十人でも同時にイケるぜっ!】


 ヴェルキンが、何かに対抗しようとしていたが、その間にガラントは飛び去ってしまった。

 

 追撃という訳ではないが、フィリスが全身から灰色の矢を打ち出して、大空を鉛色に染めている。

 わたくしは、これ程の魔法を見るのは初めてだった。

 恐らく、今のフィリスならば、たった一人でもナカーシック王国を滅ぼし得るだろう。


 ◆◆


 とりあえず、ガラントは撃退した。

 だが、辺りの惨状は酷いものである。何しろ、超水圧が飛び散ったものだから、樹は当然の事、巨大な岩までもが抉られ、地形が変わっている程なのだ。

 そんな中、アズナブイを抱えて現われたのは、エフリースだった。


 エフリースも当然、全身を濡らしていたが、実は、戦闘のドサクサに紛れて負傷したウルフィスを懸命に治療しながら、岩陰に隠れていたのだという。


「その……役に立たなくてゴメンなさい」


「いーよ。あーしも、全然役に立ってない。むしろ、ヤッファの足をひっぱっちゃったし」


 アズナブイを抱える腕に力を込めて、けれども項垂れるエフリースを、珍しくサラスが気遣っていた。

 もはや、ダークエルフとエルフという越え難い種族の壁を、越えつつあるのかもしれない。

 ウルフィスも、よろける足取りで岩陰から現われると、静かに頭を下げた。


「それよりも、サザーラントを失い、さらにトオルさまも水に呑まれてしまった……」


 フィリスは全身を風の魔法で覆い、髪と衣服を乾燥させながら言う。


「でも……サザーラントは……」


 フィリスの言葉を繋ぎ、何も無い中空に指したヤッファの指の先には、人の形をした光の粒子があった。

 やはり、サザーラントは封印されていない。ならば、その力を誰かが取り込めば、最悪の事態は防げるはずである。


「ま、まて! 姉上をどうするつもりだっ!」


 エフリースの腕の中で身を捩るアズナブイが、絶叫を上げる。

 

「そーだね。トールさまをこんな目に合わせて、あーし等に苦労かけさせたんだから、その落とし前って言うの? つけてもらうよ?」


 言うなり、サラスが両腕を広げで、有無を言わさずに水色の粒子を取り込んでゆく。


「な? な? な?」


 サザーラントの思念は抵抗を試みるが、先ほどの大技によって大きく力が失われているらしく、あやふやな言葉を操るのが精一杯であった。

 瞬く間に、サラスに取り込まれたサザーラントは、サラスの中で大きな変化を起こした様である。


「フ、フハハ! 凄い! 凄いよ! これが竜の力なんだ!」


 サラスの髪色が、金から蒼に変わり、瞳が蒼から金色になる。

 わたくしは、ヤッファには起こらなかった変化が、なぜサラスにのみ起こったのかが気になったが、それを追求する前に、更なる変化が訪れた。


 湖の中心に、大渦が生まれたのだ。そして、見る間に水が無くなってゆく。


「トオル殿か?」


 わたくしの言葉に、フィリスが口元を綻ばせて答えた。


「あの方以外に、このような出鱈目が可能なお方など、おりませぬ」


「姉上ええええ!」


 しかしアズナブイの絶叫も、湖が生み出す轟音に負けず、わたくしの耳を劈くのであった。

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