アルマ・バルベリーニの手記(4-1)
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わたくしは、フィリスとリリスの戦いに見惚れていた。
わたくしは、勇者であるまえに騎士である。そのわたくしをして、フィリスの戦いは美しかった。
破壊と再生を繰り返す戦いは、間違いなく消耗戦なのだが、それが何だというのだ。戦いとは、そもそも双方が消耗する事で成り立つのだから、削り削られる力が強大であればあるほど美しいのだ。
ましてや一騎打ちである。わたくしが目を奪われるに十分な戦いだ。にも拘らず、黒髪の悪魔がフィリスの背後から迫った。それは、あまつさえ大剣を携えた、騎士のいでたちをした悪魔である。
――不遜だろう。
わたくしは、フィリスを守るという大義名分を怒りに置き換えて、ジェシカという名の悪魔の剣を弾いた。
しかし、悪魔の力は強く、剣速こそ互角であったものの、すぐにわたくしは追い詰められた。
トオル殿の見ている前で、わたくしは三合しか打ち合えず、剣を取り落としてしまった。
――無様だった。
正直、わたくしは、いっそのこと悪魔に止めを刺してもらいたいとさえ願った。
だが、トオル殿がすぐにわたくしとジェシカの間に割って入り、わたくしは一命を取り留めたのである。
【アルマよぉ。そろそろ限界じゃねぇか?】
雪の中で項垂れるわたくしに、内面から問いかけてきたものは、ヴェルキンだった。
光の神と呼ばれ、かつて闇の神ユリウスと戦い、互いを封印しあったという。
その人物像は、豪放磊落で勝手気ままな性格、加えて女癖も悪かったというから、何故、このような男が光の神なのか? と、かつてのわたくしは悩んだものだった。
しかし、今にして思えば、光だからこそ、何者にも束縛されない自由さが必要だったのだ。
(ヴェルキン……もはや、わたくしは貴方に縋るしか無いのか)
リリスと戦うフィリスを視界に納め、ジェシカを抑えるトオル殿を眺めやり、わたくしは内心に呟いていた。
それにしても、普段はわたくしの深層下に眠っているはずのヴェルキンが、これほどまでに表層に現われるとは、どうしたことであろうか?
わたくしは、ヤッファに抱えられながらも、疑念に首を傾げる。
【ユリウスの野郎が、消えたんだよ】
ユリウスが、消えた?
わたくしは、内面に対して強く疑念を抱いた。
破壊神――或いは闇の神ユリウスと言えば、ヴェルキンを封印していた存在だ。そして、それはトオル殿を加護していたはずでは――?
【簡単な事だな。破壊神として――つまり、闇の神として、トオルの力が上回った。つまり、破壊神トオルに、ユリウスは喰われたって事だ。
だから、今の俺様は、俺様の意思であんたの身体を奪う事も出来るんだが――】
わたくしは、ヴェルキンの説明に、背筋が冷えた。
ユリウスもヴェルキンも、元は人間の身でありながら、神格――フィリスの様な半神ではなく、純粋な神の格を与えられた程の者である。
そのユリウスをトオル殿が取り込んだ、という事ならば、今のトオル殿はどれ程の神格を持つというのだろうか?
いや、分かっている。
――主神級――
だが、その力を持ってしても、魔王には未だ及ばないという。
(ヴェルキン――貴方がわたくしの身体を支配すれば、悪魔共に勝てるか?)
わたくしは、光の粒子となった白竜フォームがヤッファを選んでいる姿を見つつ、ヴェルキンに問うた。
【さあ、な。確かにユリウスの封印が消えた今、かつての力を取り戻してはいるだろう。
が、俺の力は、どうもトオルってヤツには到底及ばんなぁ。ヤツの属神のフィリスってヤツと同じく位か……。
にしても、だ。フィリスってのはすげぇな。半神の中じゃ最強だろうぜ】
(で、では……!)
【慌てるな。取引といこうじゃねぇか。アルマ、てめぇは、悪魔共と戦いてぇんだろう? 反面、俺はそんなこと、知ったこっちゃねぇ。が、最後の封印であるこの身体――アルマ、てめぇの事だが。これを奪っても、所詮は女の身体だ。これは確かに強えぇが、これじゃあ、俺が女を楽しめねぇ】
(何が言いたいのだ?)
【つまり、俺の力をお前に貸してやるって事だ。その代わり、この戦いが終わったら、お前の身体から俺を解放しろ! ……俺は男に戻りてぇ。
嫌とは言わせねぇぞ。これは、てめぇに出来なくても、トオルって神なら造作もねぇ事だろうからな】
(ま、まて。力を貸してくれるというのは有り難いが、わたくしの頼みを、トオル殿が簡単に飲んでくれるだろうか?)
【飲むさ。トオルって神は、てめぇの身体を相当に気に入ってるぜ! 色仕掛けでも何でもすりゃあ、簡単だ!】
(ば、馬鹿なっ!)
わたくしは、顔から湯気が出るほどに赤面したと思う。
トオル殿がわたくしの身体を気に入っているなどと……
わたくしは、フィリスの様に華奢な身体ではないし、ヤッファの様に可愛らしくも無い。確かに、国では美しいと持て囃された事もあるが、それは女らしさと同義ではないのだ。
そんなわたくしを、トオル殿が――
【どうする? てめぇに覚悟がねぇなら俺は諦めて、てめぇの身体を勝手に使うぜ?】
(い、いや、分かった。約束する。ヴェルキン、以後、わたくしに力を貸して欲しい)
【了解だ。交渉は成立だな】
こうしてヴェルキンは、意識の半ばをわたくしと共有した。
すると、ジェシカに飛ばされた時に痛めた肩も、背中も、嘘の様に痛みが無くなり、身体がとても軽くなった。
視界も、いや、もはや視界と呼べるモノではなく、全方位の事象が手に取るように分かる様になったのである。
「アルマ、次に行こう」
ヤッファが白竜の力を取り込み終わると、早々にトオル殿はわたくしに告げた。少し、呆けている様に見えたのかもしれない。
わたくしは頷き、トオル殿の転移に従った。
◆◆
次は、青竜を説得に行く、という事だった。
しかし、どうやら悪魔は竜を狙って攻撃をかけてきている様だ。となれば、青竜とて危ういかもしれない。
そんなわたくしの予測は、当たった。
トオル殿と共に転移を終えると、そこは既に青竜サザーラントと悪魔達の戦場だった。
巨大な湖上を舞台に、巨大な青い竜と、金髪碧眼の美しい悪魔が戦っている。
その様を見たトオル殿は、すぐさまサザーラントに加勢する為に飛んだ。
しかしそれを抑える為、トオル殿の目の前にバルバロッサが現われたのである。
わたくしは、歓喜した。
今、わたくしは内心に問いかける。
(早速だが、ヴェルキン、力を貸して欲しい)
【ああ、てめぇのヤル気ってのが、ビンビン伝わってきてるぜぇ! いっちょ、やってやれやぁ!】
力が溢れてくる様だった。
わたくしは、人馬の姿をしたバルバロッサに向けて歩みを進め、聖剣レーヴァデインを抜き放つ。
今ならば、聖剣を聖剣として扱える気がした。
「長くは持たん。が、わたくしが持たせている間に、青竜を助けてくれると有り難い」
わたくしは、バルバロッサに足止めをされているトオル殿に声を掛けた。
そもそも、サザーラントに加勢するに当たって、彼はわたくしの名を呼ばなかった。
彼にとって、既にわたくしは横に並ぶ資格が無いという事らしい。それは、先ほどの失態を思えば、当然の判断だろう。
だから、わたくしは今、戦い、バルバロッサを破らねばならない。
そうでなければ、トオル殿は再び、わたくしに背中を預けてくれないだろうから。
【おいおい、てめぇ。変な女だとは思ってたが、骨に欲情してやがんのか?】
(なっ! なっ! よ、よ、欲情などではないっ!)
わたくしは、全力で踏み込み、剣を横になぎ払った。
バルバロッサは後方に飛び、わたくしの剣先をかわしたつもりだった様だが、そうはいかない。
聖剣は、空をも断つ。
バルバロッサの鎧は砕け、その胸からは鮮血が迸った。
「ふむ。魔にその身を落としても、血は未だ赤い様だな……」
わたくしは、内心の言葉に赤面しつつ、眼前の敵を見据える。
剣先をバルバロッサの巨体に据えて、わたくしはもう一度、駆けた。




