ヤッファ、ですか?
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漆黒の翼を持ったフィリスが俺の目の前に降り立つと、俺の横では純白のフィリスが杖を構え、厳しい表情を浮かべていた。
漆黒のフィリスは服装も禍々しく、緋色のローブを身に纏っている。杖を構えた様はフィリスと瓜二つなのだが、立ち上る禍々しい妖気が、決してフィリスとは相容れない存在である事を物語っている様だった。
「貴様が、私の望みによって生まれた悪魔じゃな?」
「ふふ。さすが、神格を持つ程のお方は、物分りが早くて助かります」
すぐさまフィリスは俺の前に立ち、詠唱破棄の光弾を放った。
光弾の影響で地上から雪が舞い上がり、一瞬だけ辺りの視界が閉ざされた。しかし、すぐにこれまでと変わらない状態で、闇フィリスが現われる。ダメージは受けていないらしい。
もう一人、黒髪緑眼の美女は上空で翼を広げ、剣を構えて此方を見据えていた。
どうしてスカートじゃないんだ!
と、俺は空を見上げつつ、唸る。
彼女はズボンらしきモノを身に着けていて、下から幾ら見上げても、パンツが見えないのだ。
くそう! ファンタジー世界の女剣士は、鎧の下はフレアスカートではないのか! ズボンなんて不愉快だ!
「おや? 私の創造主さまは、随分とお手が早い。しかし、創造主さま。貴女が私を消し去ろうと思えば、それは簡単なのでは御座いませぬか? 何しろ、貴女が望みを捨て去りさえすれば良いのですから。ふふふ。
……ああ、そうそう、自己紹介が遅れました。私はリリス。そして、空に控えておりますのは、私の部下で、ジェシカと申します。以後、お見知りおきを」
なるほど、黒髪の美女はジェシカちゃんか。お近づきになりたい。
「見知りたくもないわっ! 貴様が生まれたせいで魔王が生まれたのだっ! この、世界を破滅に導く悪魔めがっ!」
しかし、フィリスは全力拒否の様子。むしろ、青筋を立てて怒っている。
「あらあら? それを仰るなら、私を生んだ貴女はどうなるのですか? 貴女さえいなければ、世界が危機に直面する事もなかったのに。
でも、貴女は世界よりも大切なものがおありなのですから、仕方ありませんけれど」
歯軋りをして怒りを顕にするフィリスに対し、リリスの方は、常に微笑を浮かべ、動作もゆっくりとしたものだった。
どうやら、容姿が瓜二つでも、性格は真逆の様である。
そして、緑髪の二人は激突した。
地上すれすれを飛んで直進し、魔力を込めた杖を振り上げ、互いの頭上に振り下ろす。
瞬時に二人の美貌が飛び散り肉塊と化すが、半瞬の後には再生して、何事も無かったかの様に戻る。
フィリスの蹴りがリリスの腹部に当たったかと思えば、リリスの雷撃がフィリスの全身を貫いた。
戦いは、互角である。
それを見ていた上空の羽付黒髪女が急降下して、フィリスの背中に剣を穿つ。しかし、それは寸での所で、アルマの剣に弾かれた。
銀光が二合、三合と、アルマとジェシカの間で交わされる。
が、これは明らかにアルマが不利だった。すぐに剣を弾き飛ばされて、雪の中に倒れるアルマの姿が俺の視界に入る。
――属性反転!
俺は、属性を反転させて、黄金骸骨になり、銀の神錫を振り上げた。
真紅の稲妻がジェシカの剣に当たり、弾く。
ジェシカは、身体を仰け反らせてよろめいている。その隙に、俺はジェシカとアルマの間に割って入った。
「ヤッファ!」
俺は、ヤッファに声を掛けて、アルマを下がらせる。
だが、戦闘はここまでだった。
「貴方が、もう一人のトオルか。本当に、不死乃王と同じだな――」
フィリスと戦っている最中に、リリスが俺に視線を移したのだ。
「ふ、不浄な目で私のトオルさまを見るなっ!」
フィリスの明後日な怒りが、雪原の中に木霊する。
だが、俺も不快だった。
フィリスと同じ顔をしていても、どこか悪意を感じるその視線は、決してフィリスのものではない。
俺は一度だけ、”かちり”と歯を鳴らす。
不快だという事の意思表示は大切なのだ。
「ほう、これは」
上空からも、声が聞こえた。ジェシカの声だ。
俺がアルマとの間に入った瞬間、黒い翼を広げて上空に逃げていたのだ。
そして彼女は、大剣を下に向けている。もちろん、その剣の先には俺の身体があった。しかし、俺を見つめる緑色の目は、僅かに笑っている。或いは、好意的ですらある様な表情だった。しかし、パンツは見せてくれない様だ。
「ジェシカ、戻るぞ。竜を倒す、という目的は達したのだ。それに、まだ勇者共と戦う時ではない」
「ふむ。しかし、封印は?」
「封印は、せずとも良いのだ」
「ふ、ふふ。分かりました……仰せのままに」
どうやら彼女達は、俺達と戦うつもりが無い様だった。
リリスの方もフィリスと距離をとって、上空に上がっている。
ウルフィス、ヤッファ、エフリース、サラス達は今の戦闘を見て、一様に悔しがっていた。
それ程までに、戦闘の次元が違うのだ。
何より、リリスの言葉が本当ならば、彼等が戦って勝てる相手ではない。
真実、彼女達が二人だけで竜を倒したのならば、俺が全力で戦っても、勝てる相手かどうかさえ分からないのだから。
多分ウルフィスあたりは、フィリスとリリスの攻防も、殆ど、目で追う事すら出来なかったのではないだろうか。
アルマも、悔しそうに肩を震わせていた。
「トオルさま……あんなモノを生み出してしまって、本当に、なんとお詫びすれば良いのか……」
飛び去る二柱の悪魔を見て、フィリスが俺の前で平伏していた。
流石のフィリスも、悪魔達の強さを鑑みて、追うつもりは無かったようである。
◆◆
悪魔達が去った雪原に残されたものは、敗北感にうちひしがれるアルマと、悲しみに肩を震わせるアズナブイ。あとは、呆気に取られるウルフィス、サラスにマイペースなヤッファとエフリースである。
しかし、光の粒子となった白竜フォームも、その意識は未だ中空を漂っている様だった。
「ハッハッハ! 負けてしもうた! 変身する暇もなかったわ! まあ、変身しても勝てたかは分からんがのう! ハッハッハ!」
肉体を消滅させられても、白竜は強気にのたまっている。
基本的に、竜は馬鹿なのだろうか? アズナブイも、なんだかこんな感じだし。
「フォームの愚か者! 肉体を失っては、《深淵》と戦えぬではないか!」
「む!? アズナブイ! そんな小さな身体に封印されたお主に言われる筋合いはないぞ!」
「なんだとう!?」
光の粒子に向けて、焚き火程度の炎を吐くアズナブイは、側に置くと暖かい。
暖を取ろうと、皆がアズナブイを取り囲んだ。
「まあ、慌てるな、アズナブイ。
お前には、新たな肉体がある。が、その肉体では、本来、竜が持つ力を十分に行使する事は出来ぬのだな?」
「そうだ。当たり前の事を言うな」
「なれば、だよ、アズナブイ……」
アズナブイの頭上で、光の粒子が随分と美しい人型になった。
若干透けている事を覗けば、銀髪の美しい少女である。肌も透けるように白かった。いや、透けてるが……
だが、裸には見えない。光の粒子を布状に全身に絡めて、胸や下半身を隠しているのだった。
恐らく、フォームの最終形態を模したものであろうが、殺されてしまうなんて、なんともったいない事をしたのだろう。アズナブイが赤いフリー〇様だった事を考えれば、随分と素敵な姿だった。
「なれば、我もこの力を別の肉体に入れようと思う。
無論、アズナブイよ……お前の様に、力を使いこなせぬのでは困る故……」
透けている手を、ひらりとヤッファに向けて、フォームは微笑を浮かべた。
「そこなるハイエルフの女……名は?」
アズナブイが炎を吐くのをやめたので、残念そうにローブに包まっていたヤッファが、ジト目をフォームに向けた。
銀髪に銀眼のフォームが、射抜くようにヤッファの蒼い瞳を見つめている。
ヤッファも負けじと、射抜く様な目になった。互いに無言で見つめ合い、何かしらの意思を交わしているようだ。
いや、まて――
ヤッファ、ハイエルフだったの!?
そりゃあ、強くなっている訳だよ! おじさん、驚いちゃったなぁ!
結局、一分くらい見つめ合った後に、ようやくヤッファが名前を答えた。
「……ヤッファ……」
「うむ、ヤッファとやら。暫し、我を受け入れよ。そなたであれば我が力を使っても、その身が朽ちる事はあるまい」
「……ヤダ……」
「は?」
フォームが、眼を見開いて口をパクパクとさせている。
「し、《深淵》と戦うには、我の力が必要だぞ?」
「……お前が……私に取り込まれろ……偉そうにするな……」
ヤッファはジト目を細めると、両手を大きく広げた。
瞬間、大気がヤッファの回りに集まり、凝縮する。
物凄い風が、巻き起こっていた。ヤッファの金髪が風に靡き、可愛らしいおでこが顕になっている程だ。
何となく、ヤッファのおでこを見たのは初めてだなぁ、と俺が考えていると、ヤッファの胸にフォームであった光の粒子が溶け込み、消えた。
「……私、偉そうなヤツ嫌い……でも、力は貰う……」
俺は、ヤッファの戦闘力が増大したのを感じた。
これならば、フィリスと互角だろう。あるいは、それ以上の力を得たのかもしれない。
耳をくるくると動かすヤッファは、口元に小さく笑みを浮かべて、俺を見上げていた。きっと、褒めて欲しいのだろう。
それにしても幽体になってしまったとはいえ、竜をあっさりと体内に取り込むなんて、随分と恐ろしい子に成長したもんだな、ヤッファは。
「ヤ、ヤッファ。良くやった。でも、戦いが終わったら、その力はどうするのかなぁ?」
俺は褒めつつも、やんわりとヤッファに聞いてみた。
「トオルさまに献上……する?」
いらない。俺はそんな力、いらないからね! と思ったが、ヤッファの潤んだ瞳を見たら、無碍に「いらない」とは言えず、曖昧に首を縦に振ることしか出来なかった。
「フォーームウウウ!」
そしてアズナブイの咆哮が、雪原に木霊した。
「さ、アズナブイ。次に行こう」
俺は、アズナブイの首を掴んで持ち上げると、青竜の居場所を聞いた。
仲間の竜を失って傷心のアズナブイは、「ぐるる」と唸ったが、ヤッファのジト目に観念して、次の場所を教えてくれたのである。




