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悪魔、ですか?

 ◆


 太守府の中に、俺は円形の広間を貸し与えられていた。神に通常の部屋はないだろう、との事らしい。

 これはガレアッツォの配慮らしいが、本当のところは、フィリスが脅しただけだった。そんな事は、流石の俺でもお見通しだ。


 円形の広間は、本来、舞踏会等を行う部屋の様だった。

 部屋の中央に椅子があり、俺はそこに座っているが、前後左右が断然広い。加えて、天井にぶら下がるシャンデリアが、朝日を反射してキラキラと輝いていた。


 そして今、前日の馬鹿騒ぎが嘘の様に、俺の目の前に居る仲間たちの顔は、凛としている。


 フィリス、アルマ、ヤッファ、サラス、ウルフィス、エフリースが椅子に座る俺の前に立ち、俺の出立を待つ。

 皆、俺と共に魔王討伐――その前の竜達との交渉にも同行するつもりらしい。


 どうも俺としては、俺自身と戦いに行くわけで、世界の平和を守ると言いながら、兄弟喧嘩よりも酷い身内の騒動の様な気がしている。

 気持ちとしては、ラ〇ウを倒しにゆくケン〇ロウと同じ様なものだろう。兄貴が世紀〇覇者とか言い出してゴメンナサイ、みたいなもんだ。俺も、別世界の俺が、良かれと思って覇者になるのを止めなければならないのだから。

 もちろん、その原因となったフィリスは同行させても気兼ねしないが、アルマに対してさえ、俺は若干申し訳ない気持ちになっているのだ。いくら勇者だからと言っても、アルマに一切の責任はない。


 だから、やっぱりフィリスとアズナブイだけを伴って、こっそりと出て行こうと思ったのだけれど……


「エフリースも一緒に行くって! あーしも、エフリースが居た方が……良いと思うっ!」


 サラスが”ぷい”っとエフリースから顔を背けながら、言っていた。

 

 どうやら、サラスはツンデレの気があるようだ。

 エフリースは困ったようにモジモジとしながら、三度、頷いていた。


「ト、トオルさま。私もお連れ下さい! きっとお役に立ちますから!」


「……分かった、皆で行こう。でも、皆、危なくなったらすぐ逃げてくれよ」


 俺は頷きつつ、立ち上がった。

 苦笑出来るなら、苦笑しただろう。

 俺は、世界を守る前に、仲間を守ろうと思った。

 そして、仲間さえ守れない者に、世界なんか、守れるハズがないのだ。


 となれば、時間を無駄にすることは出来ない。

 今日という日が終わるまでに、まずはドラゴン達に会って、協力を仰ぐつもりだったからだ。


「ところでトオル殿。三柱のドラゴン達を皆で回るのは、少し効率が悪いのではないか?」


 俺が扉に向かって歩いていると、アルマが横に追いついて、首を傾げながら言った。


「駄目だな! 我が居らねば、ドラゴン共は話すら聞くまいよ! そもそも、《調停者》が何者かに協力する方がおかしいのだ!

 ……もっとも今回に限っては、魔王の力が余りにも強い。だから、或いは……だが」


 一瞬、俺もアルマの考えを理解して、二手か三手に別れようか、と思った。しかし、足元から偉そうな声が聞こえ、それが不可能だと言う。だが、言葉の後半がくぐもっていて聞き取りずらい。


「なんだ?」


「なんでもない!」


 俺は、確認の為に足元のアズナブイに問いただす。しかし、答えないアズナブイは、どこか不機嫌そうだった。

 それにしても、歩行速度が妙に速い。まさに蜥蜴だ。

 ちょっとウザいから踏んでみよう。


「むぎゅう! ……何をするかっ! もう案内せぬぞっ! せぬぞ?」


 俺を見上げて怒るアズナブイは、踏まれている時、妙に愛らしかった。


【アズナブイは、我々と《深淵》の戦力差を鑑みて、ドラゴン達が、放っておいても味方になるのではないか、と、考えている様です】


 思念体さんが、俺にこっそりと教えてくれた。

 ――なら、そのまま魔王に挑む方が良いかな?


【いえ。それでは、ドラゴン達が駆けつけるまで、我等が持たないでしょう。それ程に今、《深淵》は強大な力を持ちつつあります。

 何より、ドラゴン達を説得に向かうのではありません。これは、救出です。

 ……間に合えば、ですが】


 俺は、思念体さんの言葉に驚いた。

 ドラゴン達が、魔王や悪魔達に襲われて、もはや、一刻の猶予もない、ということだ。

 俺は、ガレアッツォに挨拶をしてから旅立とうと思っていたが、考えを変えた。

 扉を背に、身体を反転させると、再び全員を見据えて、宣言をした。


「今、すぐに行こう。アズナブイ、場所を教えてくれ! 飛ぶ!」


「ぴぎゃあ」


 アズナブイは、真剣な表情を浮かべ、頷いていた。

 おそらく、状況を理解したのだろう。しかし、俺には竜語は分からない。変な鳴き声を上げたな、と思った。


「場所は、一応、人間の言葉で教えてくれ」


 ◆◆


 アズナブイに座標を聞いて、俺は全員を白竜が住まうという西方の霊峰へと転移させた。

 辺りは一面の銀世界が広がり、空は灰色の雲が覆う。

 加えて言うならば、前方一メートルの視界さえ確保出来ない程の吹雪だった。

 

 俺としては、アズナブイが言った通りの座標に転移しただけである。しかし先に、どんな場所か? 位は聞いておけば良かったな、と、僅かばかり後悔したのは内緒だ。


「ぬうううおっ! 寒い、寒いぞお!」


 いきなり大騒ぎをしたのは、ウルフィスである。

 一応、革鎧の上に毛皮の外套を着用していても、ドワーフは、どうやら寒がりの様だった。

 両手で身体を抱えて震えていると、ウルフィスの寸胴は、視界の悪い中、まるで墫の様に見える。


「うぷぷ。墫が震えてる」


 おっと、うっかり笑ってしまった。すまない、ウルフィス。


 もっとも、他にも、寒さは感じている者はいる。

 フード付きのローブを着ているヤッファ、サラス、エフリース達は、フードで頭をすっぽりと覆い、身体を縮めて白い息を吐いていた。

 しかしアルマは銀髪を靡かせて、わりと平然としている。

 どうしてだろう? と考えていると、フィリスがアルマの鎧を見つめて、俺と同じ様な疑問を感じていたらしく、質問をしていた。


「その鎧、対冷防御も?」


「うむ。対火、対冷、対風、対闇、各属性の防御が施されている。一応、ナカーシック最強の防具なのだぞ」


「ふむ」


 実は、アルマに問うフィリスも寒くなさそうである。

 当然、俺も寒くないのだが、やはり半神デミゴッドも俺と同じく、暑さも寒さも感じないのだろうか?


「そういうフィリスは寒くないのか?」


「はっ! ト、トオルさま! 寒うございます! ああ、寒い、寒い!」


 俺が聞くと、とたんに俺に身を寄せるフィリスだった。


「ああ、トオルさまの温もりが、私を癒しまする」


 残念ながら、死体であるところの俺には、温もりなど無い。どちらかと言えば、骨が凍りつつある程だ。

 むしろ、凍りついた俺の顎の骨が、フィリスの体温で暖められている。

 

 結論――フィリスは寒さを超越しているな。


「……大神官……離れて……邪悪な力……感じる……」


「ふぬぅうおおお!?」

 

 ヤッファが、眼光も鋭くフィリスに言う。

 いつもの事か、と、俺が考えるよりも早く、足元の雪に身体を埋めている真紅のチビドラゴンから呻き声が聞こえた。


「どうした、アズナブイ?」


「まずい、白竜フォームが負けそうだ!」


「なんだ、ドラゴンって、お前もそうだったけど、実は大した事ないのな? ハッハッハ!」


「トオル! 馬鹿な事を言っている場合ではないぞ! いかなドラゴンといえど、肉体を失えば現界に干渉することなど出来無くなる! そうなれば、現段階のお前たちに勝ち目は無くなるぞ!」


 ――確かに、《調停者》は死なない。しかし、世界は破滅する。


「アズナブイ! 敵はどこにっ――」


 俺がアズナブイの言葉を理解し、敵と白竜の場所を尋ねようとした時だった。

 目の前に、巨大な塊が降ってきたのだ。

 それは、雪の中でさえ白く輝く鱗を持った、巨大な爬虫類だった。だが、所々が真紅に染まり、雪原さえも、その体から流れる血で、みるみる赤く変えてゆく。

 息も絶え絶えの竜が、吹雪の中、俺達と僅かの距離に落ちた。


「フォーム!」


「むう……アズナブイ、か。油断したわ……悪魔如きに後れをとるとは……」


「早く変身しろ! このまま負けるつもり――」


 アズナブイが、自らの身体も省みず、羽ばたき、巨大な白竜の下に駆けつけようとした時、上空から二条の閃光が走り、フォームの身体を貫いた。


「グウオオオ……」


 巨大な口を開けて、苦痛に悶える白竜は、しかし、次の瞬間に両断されて、地上から消える事になる。


「切り裂け! 魔剣ティルヴィング!」


 上空から飛来したものは、自分の体程の大きさの剣を持った、黒髪緑眼の美人だった。

 もっとも、背中に二対四枚の黒い翼がある事を考えれば、人間ではないだろう。

 だが、黒に金の装飾の施された鎧を身に纏う、純粋な剣士の様にも見えるから不思議だった。

 

 ――あれが悪魔か、と、俺が思ったのもつかの間だった。

 その悪魔が、背中から前へ、大きく弧を描くように大剣を振うと、吹雪と白竜を同時に切り裂いて、天候さえも変化させたのだ。

 切り裂かれた大気の隙間から、太陽が覗いていた。


 大気と共に切り裂かれた白竜は、光の粒子となって散り散りになり、代わって地上に下りたのは、大剣を携えた黒髪の美人悪魔である。

 正直、白竜フォームには悪いが、俺好みの顔だった。


「お、おおお……フォーム」


 アズナブイが口をパクパクさせて、白竜の死を悼んでいるらしい。

 しかし、おかしな景色だった。

 

 吹雪の隙間に出来た一筋の晴れ間。

 上空に、切れ込みの様な青空が覗いているのだ。

 時間が経ち、雲が流れて形が戻れば、再び吹雪がやってくるのだろう。

 俺の周りでは、皆が茫然と眼前に立つ悪魔を見つめていた。


「ジェシカ、始末したのか?」


 余りに眼前に立つ悪魔が衝撃的だったので、ゆっくりと上空から降りてくる者に、誰も気がつかなかった様だ。

 上空から地上にいる悪魔に声を掛けた者は、三対六枚の黒い翼を持つ――フィリスだった。


「フィ、フィリス」


「はい? トオルさま、お呼びで?」


 あれ?

 俺は、太陽を後光の様に背負い、上空からゆっくりと降りてくるフィリスと、俺の横で、俺に呼ばれたことで満面に笑みを浮かべるフィリスを交互に見つめて、暫く首を傾げていた。


「フォームゥゥ!」


 そんな中、身体に似合わないアズナブイの絶叫が、雪深い白竜の霊峰に響き渡っていたのである。

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