表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/59

リリスの策略

 ◆


 今日は人間共が言う所の、元日だ。故に、新年を祝う式典をやる、と、魔王がのたまった。

 悪魔である私には、新年を祝う、などという習慣は無かった。しかし、魔王トオルは、そもそもが人間だという事で、このような行事を好むのである。

 また、同時に、人々と交歓する事を好むので、ルーコイ帝国を征服して以来、ここ――魔王お気に入りの宮殿――で、様々な祭事を催しているのだった。


 ここは人間によって、すでにホーフ宮殿という名が付けられていた。場所は、帝都ビコーンよりやや北西にある、緑豊かな丘陵地帯である。

 広大な人造湖と幾何学模様の庭園を初めて見た時、魔王は「ロココ! ロッコーコ!」とはしゃぎ回っていた。

 さすがに魔王のはしゃぎ様が五月蝿かったので、腹に据えかねた私は、魔王の頭と胴体を切り離し、三日程人造湖に沈めたのは、余談である。

 魔王も中々やるもので、素直に水から這い上がれば良いものを、湖の水を全て蒸発させて脱出を図ったのだから、あの時は人間共が恐れ慄いたものだった。


 それはともかく、新年というものを迎え、そろそろ一時間が経過する。

 先ほどまで、魔術師や悪魔達が天空に火花を散らし、”ドン、ドン”という轟音を響かせていたが、今では、周囲に笑いさざめく声が響くだけである。

 そういえば、天空に火花を散らす事を、魔王は「花火」と呼んでいた。

 私としては、「花火」だろうが「火花」だろうがどちらでも構わないのだが、魔王は、特に拘りを持っている様だった。

 拘りと言えば、この幾何学模様の庭園に数多の料理を並べ、人と魔が共に新年を祝う事も、魔王の拘りだろう。

 もっとも、私としては、これもどうでも良いのだが。


「リリス殿、良いのか? このままでは勇者共が帝都に攻め上ってくるのも、時間の問題だぞ?」


 不意に私の背後から声を掛けてきた者は、赤毛赤髭の巨漢、バルバロッサであった。

 そこかしこで炙られている肉を頬張り、杯を手にして赤ら顔であったが、眼光は真剣なものである。


「うむ。だがその前に、やらねばならぬ事がある」


「なんだ? 目下の一大事は勇者であろう?」


「うむ。だが、な、《深淵》によれば、アズナブイが勇者を認めたそうだ。となれば、《調停者》が我等の敵となったと考えるべきだろう」


ドラゴン達が?」


「そうだ。となれば、先に《調停者》を始末せねば、勇者と戦うどころではあるまいよ」


「む、むう」


 バルバロッサは炙り肉を食べ終わると、油の付いた指を舐めていた。しかし、この寒風が吹きすさぶ中、頬を伝う汗は、彼が緊張している事を現しているのだろう。

《調停者》とは、それ程に恐るべき存在なのだ。


《深淵》や《ユグドラシル》と互角の存在として、世界に君臨する思念体。そして、形作る実体は、四柱のドラゴンである。

 つまり、本来は思念体でしかない《ユグドラシル》や《深淵》に対して、圧倒的に優位な者が《調停者》なのだ。だからこそ、世界がどちらかに傾き始めた時、均衡を保つ事が出来る。


 ――だが、今は違う。

《深淵》も《ユグドラシル》も、不完全ながら、《器》を得ているのだ。

 

 私は当初、トオル殿の肉体を取り戻すのに、《調停者》とぶつかってもよいか、と考えた。しかし、その考えは捨てざるを得なかったのだ。

 何故ならば、《深淵》と《ユグドラシル》の勢力が拮抗しているならば、絶対に調停者は現われない。しかし、均衡が僅かでも崩れれば、崩れた分の力を、弱者に貸すのが《調停者》である。

 つまり、どちらも滅ぼそうとしない《調停者》は、恐らく全力を出す事はない。

 何より、現状の戦力比は、四対三対二である。

 無論、陣営は、魔王、ドラゴン、勇者、の順だ。

 ならば、いっそ《調停者》を先に潰さねば、《ユグドラシル》との全力決戦など覚束ないのだ。何より、このままでは《調停者》の思惑通りに事が進むであろう。

 あくまでも、時空に穴を穿つ為には、強大な二つの力が激突しなければならないのだから、それは困るのだ。

 もっとも、予想に反して《調停者》との戦いで時空に穴が開くならば、それはそれでも構わないが。


 私は目を伏せて、バルバロッサから表情を隠した。

 バルバロッサは、あくまでも、人と魔の平等や平和を求めている。

 トオル殿の目的に共鳴していると言っても良い。だから、魔王に心酔すること神を崇めるが如く、であった。

 であれば、私の真意を知られる訳にはいかないのだ。


白竜ホワイトドラゴンは魔王自ら。黒竜ブラックドラゴンは私とジェシカで。青竜ブルードラゴンは、ガラントとお主ら三魔将で倒してもらう事になる」


 私は、手に持った杯を煽り、微笑を浮かべてバルバロッサに宣言をした。

 私達の周囲では音楽が鳴り始め、人間の貴族達がそれぞれに踊り始めている。

 悪魔貴族達も、それに混じっていた。ある意味、この宮殿は平和そのものの新年とやらを迎えているのだろう。

 しかし、私の眼前にいる巨漢の魔将は、”ごくり”と大きな音を立てて唾を飲み込むと、静かに頷いていた。


「……承ろう」


 一礼して去る後姿は、魔将というより人間そのもののバルバロッサである。

 もちろん、私とて今は翼をしまって、どこから見ても人間そのものだと言える姿だ。だから、バルバロッサが私の前から去ると、微笑を浮かべた人間の貴族が私の前に現われた。


「お嬢様、一つ、私と踊っていただけませんかな?」


「馬鹿馬鹿しい。殺すぞ?」


 私は、踊りも音楽も興味が無い。ましてや人間の男など、下等な悪魔を生む源泉にしかなり得ぬモノだ。いっそ、嫌悪すら覚える。

 私が人間の営みや生み出したもので好むモノがあるとすれば、せいぜいが酒だ。

 あれは飲み込んだ瞬間に、ふわりと体が暖かくなるのが良い。特に、先ほどまで飲んでいた「火酒」という蒸留酒が、私の好みだった。


 ◆◆


 翌日、ホーフ宮殿、謁見の間に、私は魔軍の緒将を集めた。

 白と黒のモザイク模様をした床に、魔族達の影は映らない。それを当初、不気味そうに眺めていた人間の将軍達も、今では慣れたもので、気にとめる様子さえなかった。


「あーあー、みんな、改めて、明けましておめでとう」


 ”ぴん”と張り詰めた静寂の中、魔王のゆるい声が響いた。


「明けまして、おめでとうござりまする!」


 悪魔も人間も、さらには雑多な魔界の種族達も、一斉に唱和した。

 しかし私は、新年の挨拶をさせる為に皆を集めた訳ではない。あくまでも、《調停者》討伐を宣言する為である。

 早速、私は口を開き、一同に宣言をした。

 私の決定には、たとえ魔王といえども逆らえないのだ。皆が、私の宣言に唯々諾々として従う。

 とはいえ実際、戦いに出るのは、トオル、私、ジェシカ、ガラント、そして三魔将だけである。そこかしこで安堵の声も漏れていた。


「ええええ? リ、リリス! 俺、一人で黒竜ブラックドラゴンなんて倒せないよ!」


 私の言葉に、玉座で飛び上がって驚いている黄金骸骨は、魔王こと不死乃王ノーライフキングトオルだ。

 正直、張り倒したい。

 恐怖に駆られる気持ちは分からないでもないが、これならば、昨日のバルバロッサの方が余程に男らしい反応だろう。

 

「ふふ、うふふふ。リリスさまと白竜ホワイトドラゴン退治ですか。面白いですわ」


 妖艶な笑みを漏らしているのは、ジェシカである。

 《希求》が一体何を求めているのか定かではないが、彼女の戦闘能力は、私に次いで高い。あと百年も生きれば、《魔神》の領域にも達するだろう。


「ふむ? 青竜ブルードラゴンか。倒したら、皆で食べようか」


 豪放磊落に言い放つ男は、当然ガラントである。

 この男は《暴食》から生まれた《悪魔》にも関わらず、金髪碧眼の美青年型だった。その為、魔王の宮廷において、もっとも女からの人気が高い男でもあった。

 今も、まだ若い女性の将達は、ガラントに目を奪われているようである。さらに言えば、それは人間の女が顕著であった。

 本人が言うには、《暴食》とは、何も胃袋に収める事が全てではない、と意味深な事を言っていたが、どちらにしても、私には関係のない事である。


「では、ゆくぞ! 皆、武運を祈る!」


「リ、リリスー。俺、一人は嫌だよー」


「二、三人、手練の将でも連れて行かれるが良いでしょう。もっとも、トオル、貴方が彼等を守れると思うならば、ですが」


 玉座から黄金の右手を伸ばして私に縋る仕草を見せる魔王は、それでも何故か威厳を失わない。

 それは、ここに居る皆が、魔王の属性反転後の絶大な力を知っているからだった。


 当然、その力は私とて足元にも及ばない。

 恐らく、魔王の力は、ドラゴン二柱を同時に相手取っても、引けを取らないだろう。

 ただ惜しむらくは、本人がそのことに気付いていない事だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ