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お別れですか?

 ◆


 俺の発言に、食堂にいる全員が息を飲んでいた。

 ヤッファすらうっすらと瞼を開き、驚きを顕にしているのだから、これには逆にびっくりだ。


「俄かには、信じがたい」


 ガレアッツォが、音をたてて唾を飲み込んだ後に、言った言葉がこれである。


「俺は《ユグドラシル》と精神的に繋がっている。その《ユグドラシル》がいうんだ。俺だって、世界が滅びる、なんて事は信じがたいし、想像も出来ない」


【個体、八坂徹。望むなら、崩壊のイメージを映像化して見せましょう。もちろん、ここにいる全員に】


 思念体さんの声が、俺の中で響いた。

 俺は無言で頷き、この場を思念体さんに委ねる。


 瞬間――吹き荒れる嵐の中、噴火する火山から溶岩が溢れ、街が灰燼と化す映像が俺の脳裏に浮かんだ。

 

 阿鼻叫喚とでも言えば良いのか、黒雲が空を覆い、雷が大地を穿つ。穿たれた大地は裂けて、あらゆる生物を飲み込んでゆくのだ。

 耳を劈くような雷鳴とともに、巨大な雹が降る。

 隕石が飛来し、大気を焼いてゆく。

 それだけではなく、黒雲から燃え盛る太陽が現われて巨大化し、最後は全てを飲み込んでゆくのだ。

 

 ――次いで、闇が訪れる。

 

 闇の中で、泡の様なものが弾け、消えてゆく。それが永劫に繰り返されるかと思われたとき、虹色の光彩がうねり、溢れ、奔流となって、全てを流してゆくのだ。


 映像は、それで終わった。


 その先は、《無》なのだと、俺は理解した。


 崩壊の先の《混沌》。そして、《混沌》が生み出すものは《無》なのだ。


 これが宇宙の崩壊だと言われても、俺は信じたかもしれない。

 もしも宇宙の先に何があるのかと問われれば、それが《混沌》なのだろう。

 そこは、あらゆる生命の存在を許さず、星々の存在さえも許さない世界だった。


 テーブルを囲む誰もが、怯え、震えてた。

 皆で共有した映像が終わりを告げると、俺は静かに口を開いた。


「見ただろう? これが……魔王が支配した先にある世界だ……いや、世界とさえ言えないだろうな」


「馬鹿な! 不死乃王ノーライフキングはそれと知って、世界を制覇しようというのか!?」


 俺の声に、やはり最初に答えたのはガレアッツォだった。

 テーブルに右拳を叩き付けながら、顔を苦渋に歪めていた。


不死乃王ノーライフキングは、未来を知らないでしょう。恐らく、フィリスの願いより生まれし者の意思が、大きく関与しているかと】


 そういう事なら、俺は俺を説得したいんだが?


【説得は、恐らく無理でしょう。もう一人の八坂徹は、こちらと接触した場合、《深淵》の媒体と化する可能性が、九十九パーセント以上あります。何しろ、《深淵》にとっては、このままの未来こそが望ましいのですから】


 ――じゃあ、つまり、そうなった場合、思念体さんは、俺を媒体にして《深淵》と戦うってことか?


【本意ではありませんが、現状では、そうせざるを得ないでしょう。ただ……】


 ただ?


【現状の戦力比では、私が戦ったとしても、勝算がありません。《深淵》だけならばともかく、悪魔達の力が強すぎます。

 対して、こちらでまともに対抗出来るとすれば、フィリスとアルマ――】


 ――ええっ1? 皆にあんな映像見せて絶望させといて、思念体さん、策無しですか?


【《調停者》の力を借りる他、ないでしょう。そもそも、私が世界を作る存在であるのに対し、《深淵》は破壊する存在。そして、《調停者》は守る存在ですから】


 思念体さんの言葉に、俺は、俺の足元でまどろんでいる赤いペットを見た。

 翼を小さくたたんで、忙しく腹が動いている所をみると、まどろむどころか、しっかり眠っている様だった。


不死乃王ノーライフキングは、このことを知らないだろう。つまり、悪意はない。

 だから、もう一度言う。問題は、善悪じゃあ、ないんだ」


 沈黙の後に響いたであろう俺の答えに、ガレアッツォの歯軋りの音が重なった。


 ◆◆


 太守府の一室を借りて、今、破壊神と共に新年を祝う会(仮)を行っている。


 結局ガレアッツォは、俺のいう事を信じてくれた。

 そして、水と風の勇者にも連絡をしてくれて、俺の話――というよりは、思念体さんの映像を見せて欲しい――を聞かせてやってくれ、との事だった。


 なので、俺達は二人を待つために、一週間程、ブレインドの街に逗留しているのであった。

 もちろん、ただ逗留しているだけでは骨休めにしかならないので、各自訓練をしたり、先の対策を立てたりと、それなりに忙しい毎日を過ごしていた。


 しかし、今日だけは違うのだ。

 何しろ、新年なのだ。祝わなければならない。


 フィリスが大々的に宣伝をして、少ないながらも、破壊神の信徒達が、太守府に集まったのだ。

 当然、俺は上座に座ると、またしても浴びるように酒を飲んでいた。

 食料不足が深刻化してきているとはいえ、今日位は良いだろう。

 それに昨日、水の勇者と風の勇者もブレインドに到着した事だし、酒を飲むには、丁度良いのだ。彼等は破壊神の酒宴に、苦笑を浮かべながらも参加し、俺達との絆を深めてくれている。


 そう、俺達は昨日、同志になったのだ。


 昨夜――大晦日の夜のことだが――俺は水の勇者と風の勇者に、太守府の一室で、皆に見せたのと同じ映像を見せた。

 すると、やはり二人もガレアッツォと同じ結論に至ったのである。


「トオル殿に協力しよう。

 しかし、私では、恐らく《深淵》と戦うには力不足だ。だから、私は街へ戻り、魔物を駆逐しよう」


 水の勇者は、鳶色の瞳に力を込めて、俺に頷いてくれた。

 彼女は、アルマ程ではないが、美人である。出来れば側に居て欲しいな、と思っただけに、俺は少し残念だった。

 いっそ引きとめようかと思ったが、アルマが爽やかに頷いていたので、俺は何も言えなくなってしまった。


「うむ。トオル殿の事は、すべてわたくしに任せてもらおう」


 隣に立つフィリスの顔が引き攣っていたので、居た堪れなくなった俺は、話を風の勇者に振った。


「ふむ。俺もさすがに《深淵》が相手では力不足だろうな。同じく、街を開放しよう」


 巨大な盾を背負う風の勇者は、”ぼそり”と言った。

 黒いもみ上げが”ル〇ン三世”を思わせるが、体は極太、筋肉隆々の男である。なんでお前が風なんだ! と思わずツッコミを入れたくなる程だった。


 そして当然、勇者達でさえ、力不足だと思ってしまう対《深淵》戦である。

 挙句に敵は大悪魔達とくれば、光の勇者たるアルマも、さすがに腰が引けているかな、と思ったのだが、彼女は逆に闘志を燃やしているようだった。


「わたくしは、トオル殿の露払いに徹しよう。なに、悪魔如きに引けはとらぬ!」


 と、勇者達の提案を尻目に、俺に笑顔を見せてくれたのだ。

 思わず俺は頷き、アルマの両手を握り締めていた。

 もちろん、フィリスの嫉視がアルマの胸に刺さっていたが、そんなものは今に始まった事ではないので、もう、俺は気にしなかった。

 何しろ、思念体さんの算段では、大悪魔達と戦える可能性があるのは、フィリスとアルマだけなのだ。

 俺も思念体さんに聞いて初めて知ったのだが、アルマは半神デミゴッド化できるのだという。ただし、フィリスと違って制限時間があるらしく、それを過ぎれば身体を神に奪われるという縛りがあるらしいが、それでも彼女が一緒に居てくれるのは頼もしいのだ。

 あとは、三柱の《調停者》に頼んで、共に《深淵》と戦ってもらう、というのが、なんとか俺に勝算のある戦い方だった。


「なんだ? 結局、我の力が必要なのではないか! ワーッハッハッハ!」


 そういえば、昨夜、俺の話を聞いたアズナブイが大はしゃぎしたが、ヤツの役目は、三柱のドラゴンの下へ案内することだけである。

 所詮、ちびドラゴンが《深淵》と戦える訳がない。


 そんな訳で戦力的に不足な、ヤッファ、サラス、エフリース、ウルフィスは、ここでお別れ、という事になる。

 だからこそ、俺達は今日、無礼講で大騒ぎをしているのだった。

 新年の祝いと同時に、これは壮行会であり、お別れ会なのだ。


「なあ、トオルさま。俺は多分、水や風の勇者よりも弱い。けどな、破壊神の信徒だ。だったら《深淵》位は倒せないと、破壊神の信徒は勤まらねぇと思うんだ。

 ……だから、付いて行くぜ」


 俺が漆黒の長衣を身に纏い、金の装飾をぶら下げて、広間よりも一段高い位置に座り、酒を煽っていると、赤ら顔のウルフィスが近づいてきて、こう言った。

 昨夜、俺の帰りを待て、と言った時には、素直に従うような素振りを見せていたのだが……酔っているのだろうか?


「だが、ウルフィス……」


「盾くらいには、なれます。最後まで、お供をさせて下さい」


 俺の正面にくると、手に持った火酒を俺の杯に注ぐウルフィス。しかし、俺の空洞眼を見つめる褐色の瞳は、決して濁っていなかった。

 俺の左右に立つ金髪の神官二人も、とたんに跪き、口々に言う。


「……わたしも、盾になる……」


「あーしも行くよ。ヤッファが無茶しないように。それに、ウルフィスも心配、かも」


 もしも、俺に眼球があったなら、きっと涙が溢れていただろう。

 俺は、杯に注がれた酒を飲み干すと、代わりにウルフィスの杯を火酒で満たす。

 

 周囲では、皆、新年を祝っている。

 世界が崩壊に向かっている事を知るものは、未だ少ない。

 そんな中、また来年も、このように祝う為に、俺は戦うのだ。

 俺は、ウルフィス、ヤッファ、サラス等と頷き交わし、再び杯を空けたのだった。 

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