正論ですか?
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俺達はガレアッツォに先導されて、ブレインド太守府に向かった。
この街の支配者であるガレアッツォが、詳しい話をそこで話す、という事だったからだ。
もとより、太守府を超えなければ先へ進めない俺達に、否は無い。だから素直にガレアッツォの提案を受け入れると、馬車を太守府の中へ乗り入れた。
ブレインドの太守府は、行政府というよりは、堅固な砦といった形状だった。
それもそうだろう。
もしも戦いならば、ここを落とされれば終わり、という場所なのだから、堅固で当然だ。
それでも、白い大理石の壁は磨きぬかれ、俺の白骨にも匹敵する輝きを保っていた。つまり、相応の美観も、持っているという事だ。
俺達は、太守府の中に入ると、早速、一つの広間に案内された。
そこは、細長いテーブルに銀の燭台が三つほど乗っている、食堂と思しき部屋だった。
上座の先には、巨大な肖像画があった。描かれているのは、王冠を被り、白タイツをはいて、くるりんとした髭を生やした男である。
俺の美意識が僅かに擽られたが、二十一世紀、普通の日本人が見たら”珍妙”な格好だろう。
所謂、中世ヨーロッパ、王族の衣装に似ているのだ。
「あれは、ルーコイ帝国、第三代の皇帝だな。わたくしの遠い祖先でもある」
俺の虚ろな視線の先が気になったのか、右隣に座るアルマが口を開いた。
俺は最も上座に近い位置にいるから、俺から順に、アルマ、フィリス、ヤッファ、サラス、ウルフィス、エフリースと、そんな順番で並んでいるのだ。
今の所、正面の席には、誰もいない。
「へぇ」
アルマの言に頷きつつ、俺はさらに周囲を観察する。
天井は吹き抜けていて、シャンデリアがぶら下がっている。それが、魔力供給によって光るものだという事は、この世界に来て一年以上が経過している俺の眼力に掛かれば、見破ることなど容易い。
こうして暫く部屋を観察していると、武装を解いたガレアッツォと、その仲間たちが扉を開けて現われた。
そして、俺達の正面に座り、徐に口を開く。
「いや、すまなかった。侘び、という訳ではないが、食事でもしながら事情を話そう」
ガレアッツォが頭を掻きながら、照れくさそうに言っていた。
元々、悪いヤツではないのだろう。けれど、もう一人の俺に、あっさりと魂を喰われてしまうあたり、どこかユルいんだろうな。
「……ここのところ移動続きだったので、碌なモノを食べていない。その意味では、わたくしとしては有り難いが……」
アルマが”ちら”と俺の横顔を見た。
そして、すぐにフィリスに目配せをすると、フィリスが俺の側に来て、肋骨に皮袋をひっかけてくれる。
そう、ガレアッツォ!
この俺を見て、尚、食事を出そうとか、馬鹿にしてるのか?
骨が、何か食えると思うのか?
魂は食えても、食べ物を収める胃は無いんだぞ!
それに、ここまでの旅で、魔軍占領下の人々の暮らしが、決して豊かではない事を知っていた。ならば、俺が食べる事に意味はない。むしろ、食料の無駄なのだ。
そう思い、俺の細部が怒りに揺れていた。
”カタカタ”と、微細な揺れであったが、耳の良いアルマが聞き取るには十分だったらしい。
「言っておくが、ガレアッツォ殿。ここにおわすお方は、破壊神だ。そして、その大神官たるフィリスは半神。
ガレアッツォ殿は、わたくしに最も気を使われている様だが、この場では、王族など、ただの人の子だ。
そして、破壊神トオル殿に対し、食事がもてなしとなるかどうか、考えられた結果かな?」
「な、なにっ?」
俺の正面で、四つの椅子が揺れた。
ガレアッツォは中腰になり、他の三人はそれぞれ席を立ち、俺とフィリスをまじまじと見ている。
彼等は、ガレアッツォ率いる勇者のパーティーであった。
一番左、つまり俺の正面にガレアッツォ。それから順に、女戦士、男ドワーフの神官、初老で痩躯の白髭魔術師と並んでいた。
初老の魔術師などは、立ち上がった拍子に腰を痛めたようで、ドワーフの神官に治癒魔法をかけてもらっていた。
大丈夫だったのか、このパーティー? と思わざるを得ない光景である。
「こ、これはトオル殿、すまぬ。
どうも、その、俺の頭のでは、もてなしと言えば食事くらいしか思いつかなかったゆえ」
中腰のまま、冷や汗を額に浮かべたガレアッツォが、俺に頭を下げた。
「ああ、気遣いは無用だ。
俺はこう見えても、味は分かる。
食べ物を養分として取り込めないのは残念だけど、楽しみとしての食事なら大歓迎だ」
俺は、鷹揚に白い手を振って、ガレアッツォに頷いた。
事実、食事は好きである。だから、問題無いといえば、無いのだ。
ただ、相手の気遣いの無さに腹が立っただけである。ただ、それとて一言あれば十分なのだ。こんな事で、俺は無用の諍いを起こす気など、毛頭無いのだから。
もっとも、貴重な食料を無駄にしてしまうのは気が引けるが。
「トオルさまが咀嚼されたものは、私が食べます。ですから、私の分は要りません」
一番奥の席で、エフリースが言った言葉に、ガレアッツォ達が息を飲む。
褐色の肌を純白の神官服で覆った美貌の少女が、残飯処理をするというのだ。それは、どんなプレイだ? と、誰だって思うだろう。
しかし、エフリースは元ゴブリン。つまり、自らの美貌に、未だ気付いていないのだ。
だから、ゴミでも、平気な顔で拾って食べる。しかも、場合によっては、とても幸せそうに。
俺などはその姿を見て、
「ああ、不憫な子!」
と、思うのだが、性悪なサラスは、あえてパンを転がし、エフリースに拾わせる、という遊びをやっていた事がある程だ。
流石に、それを見た時、俺はサラスを叱ったが、当のエフリースは、
「パン、ありがとう」
といって、頬を赤く染めつつ、サラスに礼を述べていた。
以来、サラスは少しだけエフリースに悪い事をしたと思ったのか、ヤッファよりもエフリースとの距離を、僅かばかり縮めた様であった。
◆◆
テーブルの上には、次から次へと皿が現われては消えてゆく。
前菜から始まり、魚介や肉など、色とりどりの料理を堪能し、俺は今、食後の茶を飲んでいた。
欲を言えば、食後のデザートはアイスが良かったが、流石にそんなものは、無いのだろう。それはいずれ、俺がこの世界に伝授すれば良い。
「――さて、本題だが」
俺の正面で、ガレアッツォが飲んでいたお茶をテーブルに置くと、厳かに口を開いた。
皆、食事も終わり、満足げな表情を浮かべている。もちろん、エフリースも俺の残飯を食べる事は無く、きちんと運ばれた料理を平らげていた。
俺の皮袋に収められた食料は、家畜の飼料にするということで落ち着いたのだ。
「魔軍の本隊は、帝都ビコーンに撤退した。
俺が率いる魔軍もいるが、基本的にブレインドは今、人間――つまり、俺が統治している」
テーブルに両肘を乗せ、手を組み、ガレアッツォは真摯な表情で語り始めた。
「確かに、破壊神トオル殿の言うとおり、俺は不死乃王に挑み、魂を喰われ、彼の軍門に下ったのだが――同時に、俺は彼の理想にも触れた」
「理想?」
ガレアッツォの言葉に、たまらず口を挟んだのは俺だ。
不死乃王はもう一人の俺なのだから、ソイツが描く理想というものには、やはり興味があった。
「うむ。人と魔の共存共栄、だ。
俺の他にも、水の勇者も、風の勇者も不死乃王の軍門に下っている。土の勇者は未だ生まれていないのかも知れんが。
だが、重要なのは、水も風も……魂を喰われた訳ではない、ということだ」
「それは、理想に共鳴した、ということか?」
俺は、唸った。
人と魔の共存共栄は、確かに理想だ。その理想を前に、首を縦に振らない者が一体何人いるだろうか?
だが、その先には《深淵》の現界に対する侵食があり、万が一にも《ユグドラシル》と交われば《混沌》が現われて破滅へと向かう。
《調停者》が力の均衡を図る為に動いているが、今、大きく力を増しつつある《深淵》を止められるかどうかは、分からない。
【人の身で、その真理に到達する者は居ません。即ち、無知であるが故に、破滅へと向かうのです】
思念体さんの声は、少しだけ残念そうに俺に響いた。
【また、個体、八坂徹。あなた程、虚ろな思念と対話出来る存在はありません。人々が触れる思念とは、漠然とした意識に過ぎません。
ですから、人も魔も平等に――という理想は、まさに、夢の様に思えるのです。
――その先にあるのが《混沌》、つまり、破滅であることを、伝える者が存在しないのです】
「共鳴? うむ。そうではないか? 人と魔が、互いに争うことなく協力し合えば、現界も魔界も、より豊かになる。
互いに門を挟んで、兵を置かずとも良いのだ。
それで良いではないか? むしろ、不死乃王――魔王の呪縛から解き放たれた俺でさえ、魔王の正しさを疑う事が出来んぞ」
ガレアッツォの言葉に、他の三人も賛意を示し、頷いている。
確かに、それだけを聞けば、誰も否定する事は出来ないだろう。
ウルフィスも顎を指で撫でて、思案顔。アルマは瞼を閉じて仏頂面を浮かべ、フィリスは腕組みをしている。
ヤッファは興味が無いのか、満腹になって眠気に負けたらしく、ゆらゆらと船を漕いでいるが、サラスは首を捻り、エフリースを見て、目が合うと慌てて逸らしていた。
エフリースの方は、この話に、むしろ手放しで賛成しそうな勢いであった。
「そうだな。魔王の考えは、俺も正しいと思う。
けれど、正しい事をした結果、世界が破滅するとしたら、皆はどうする?」
俺は、言葉を選びながら、全員を見回して、問うた。
多分、突飛な事を言っていると思われるだろう。けれど、これ以外の言い方を、俺は知らなかったのだ。




