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正論ですか?

 ◆


 俺達はガレアッツォに先導されて、ブレインド太守府に向かった。

 この街の支配者であるガレアッツォが、詳しい話をそこで話す、という事だったからだ。

 もとより、太守府を超えなければ先へ進めない俺達に、否は無い。だから素直にガレアッツォの提案を受け入れると、馬車を太守府の中へ乗り入れた。


 ブレインドの太守府は、行政府というよりは、堅固な砦といった形状だった。

 それもそうだろう。

 もしも戦いならば、ここを落とされれば終わり、という場所なのだから、堅固で当然だ。

 それでも、白い大理石の壁は磨きぬかれ、俺の白骨にも匹敵する輝きを保っていた。つまり、相応の美観も、持っているという事だ。


 俺達は、太守府の中に入ると、早速、一つの広間に案内された。

 そこは、細長いテーブルに銀の燭台が三つほど乗っている、食堂と思しき部屋だった。

 上座の先には、巨大な肖像画があった。描かれているのは、王冠を被り、白タイツをはいて、くるりんとした髭を生やした男である。

 俺の美意識が僅かに擽られたが、二十一世紀、普通の日本人が見たら”珍妙”な格好だろう。

 所謂、中世ヨーロッパ、王族の衣装に似ているのだ。


「あれは、ルーコイ帝国、第三代の皇帝だな。わたくしの遠い祖先でもある」


 俺の虚ろな視線の先が気になったのか、右隣に座るアルマが口を開いた。

 俺は最も上座に近い位置にいるから、俺から順に、アルマ、フィリス、ヤッファ、サラス、ウルフィス、エフリースと、そんな順番で並んでいるのだ。

 今の所、正面の席には、誰もいない。

 

「へぇ」


 アルマの言に頷きつつ、俺はさらに周囲を観察する。

 天井は吹き抜けていて、シャンデリアがぶら下がっている。それが、魔力供給によって光るものだという事は、この世界に来て一年以上が経過している俺の眼力に掛かれば、見破ることなど容易い。

 

 こうして暫く部屋を観察していると、武装を解いたガレアッツォと、その仲間たちが扉を開けて現われた。

 そして、俺達の正面に座り、徐に口を開く。


「いや、すまなかった。侘び、という訳ではないが、食事でもしながら事情を話そう」


 ガレアッツォが頭を掻きながら、照れくさそうに言っていた。

 元々、悪いヤツではないのだろう。けれど、もう一人の俺に、あっさりと魂を喰われてしまうあたり、どこかユルいんだろうな。


「……ここのところ移動続きだったので、碌なモノを食べていない。その意味では、わたくしとしては有り難いが……」


 アルマが”ちら”と俺の横顔を見た。

 そして、すぐにフィリスに目配せをすると、フィリスが俺の側に来て、肋骨に皮袋をひっかけてくれる。


 そう、ガレアッツォ! 

 この俺を見て、尚、食事を出そうとか、馬鹿にしてるのか?

 骨が、何か食えると思うのか?

 魂は食えても、食べ物を収める胃は無いんだぞ!

 それに、ここまでの旅で、魔軍占領下の人々の暮らしが、決して豊かではない事を知っていた。ならば、俺が食べる事に意味はない。むしろ、食料の無駄なのだ。

 そう思い、俺の細部が怒りに揺れていた。

 ”カタカタ”と、微細な揺れであったが、耳の良いアルマが聞き取るには十分だったらしい。


「言っておくが、ガレアッツォ殿。ここにおわすお方は、破壊神だ。そして、その大神官たるフィリスは半神デミゴッド

 ガレアッツォ殿は、わたくしに最も気を使われている様だが、この場では、王族など、ただの人の子だ。

 そして、破壊神トオル殿に対し、食事がもてなしとなるかどうか、考えられた結果かな?」


「な、なにっ?」


 俺の正面で、四つの椅子が揺れた。

 ガレアッツォは中腰になり、他の三人はそれぞれ席を立ち、俺とフィリスをまじまじと見ている。

 彼等は、ガレアッツォ率いる勇者のパーティーであった。

 一番左、つまり俺の正面にガレアッツォ。それから順に、女戦士、男ドワーフの神官、初老で痩躯の白髭魔術師と並んでいた。

 初老の魔術師などは、立ち上がった拍子に腰を痛めたようで、ドワーフの神官に治癒魔法をかけてもらっていた。

 

 大丈夫だったのか、このパーティー? と思わざるを得ない光景である。


「こ、これはトオル殿、すまぬ。

 どうも、その、俺の頭のでは、もてなしと言えば食事くらいしか思いつかなかったゆえ」


 中腰のまま、冷や汗を額に浮かべたガレアッツォが、俺に頭を下げた。


「ああ、気遣いは無用だ。

 俺はこう見えても、味は分かる。

 食べ物を養分として取り込めないのは残念だけど、楽しみとしての食事なら大歓迎だ」


 俺は、鷹揚に白い手を振って、ガレアッツォに頷いた。

 事実、食事は好きである。だから、問題無いといえば、無いのだ。

 ただ、相手の気遣いの無さに腹が立っただけである。ただ、それとて一言あれば十分なのだ。こんな事で、俺は無用の諍いを起こす気など、毛頭無いのだから。

 もっとも、貴重な食料を無駄にしてしまうのは気が引けるが。


「トオルさまが咀嚼されたものは、私が食べます。ですから、私の分は要りません」


 一番奥の席で、エフリースが言った言葉に、ガレアッツォ達が息を飲む。

 褐色の肌を純白の神官服で覆った美貌の少女が、残飯処理をするというのだ。それは、どんなプレイだ? と、誰だって思うだろう。

 しかし、エフリースは元ゴブリン。つまり、自らの美貌に、未だ気付いていないのだ。

 だから、ゴミでも、平気な顔で拾って食べる。しかも、場合によっては、とても幸せそうに。

 俺などはその姿を見て、


「ああ、不憫な子!」


 と、思うのだが、性悪なサラスは、あえてパンを転がし、エフリースに拾わせる、という遊びをやっていた事がある程だ。

 流石に、それを見た時、俺はサラスを叱ったが、当のエフリースは、


「パン、ありがとう」


 といって、頬を赤く染めつつ、サラスに礼を述べていた。

 以来、サラスは少しだけエフリースに悪い事をしたと思ったのか、ヤッファよりもエフリースとの距離を、僅かばかり縮めた様であった。


 ◆◆


 テーブルの上には、次から次へと皿が現われては消えてゆく。

 前菜から始まり、魚介や肉など、色とりどりの料理を堪能し、俺は今、食後の茶を飲んでいた。

 欲を言えば、食後のデザートはアイスが良かったが、流石にそんなものは、無いのだろう。それはいずれ、俺がこの世界に伝授すれば良い。

 

「――さて、本題だが」


 俺の正面で、ガレアッツォが飲んでいたお茶をテーブルに置くと、厳かに口を開いた。

 皆、食事も終わり、満足げな表情を浮かべている。もちろん、エフリースも俺の残飯を食べる事は無く、きちんと運ばれた料理を平らげていた。

 俺の皮袋に収められた食料は、家畜の飼料にするということで落ち着いたのだ。


「魔軍の本隊は、帝都ビコーンに撤退した。

 俺が率いる魔軍もいるが、基本的にブレインドは今、人間――つまり、俺が統治している」


 テーブルに両肘を乗せ、手を組み、ガレアッツォは真摯な表情で語り始めた。


「確かに、破壊神トオル殿の言うとおり、俺は不死乃王ノーライフキングに挑み、魂を喰われ、彼の軍門に下ったのだが――同時に、俺は彼の理想にも触れた」


「理想?」


 ガレアッツォの言葉に、たまらず口を挟んだのは俺だ。

 不死乃王ノーライフキングはもう一人の俺なのだから、ソイツが描く理想というものには、やはり興味があった。


「うむ。人と魔の共存共栄、だ。

 俺の他にも、水の勇者も、風の勇者も不死乃王ノーライフキングの軍門に下っている。土の勇者は未だ生まれていないのかも知れんが。

 だが、重要なのは、水も風も……魂を喰われた訳ではない、ということだ」


「それは、理想に共鳴した、ということか?」


 俺は、唸った。

 人と魔の共存共栄は、確かに理想だ。その理想を前に、首を縦に振らない者が一体何人いるだろうか?

 だが、その先には《深淵》の現界に対する侵食があり、万が一にも《ユグドラシル》と交われば《混沌》が現われて破滅へと向かう。

 《調停者》が力の均衡を図る為に動いているが、今、大きく力を増しつつある《深淵》を止められるかどうかは、分からない。


【人の身で、その真理に到達する者は居ません。即ち、無知であるが故に、破滅へと向かうのです】


 思念体さんの声は、少しだけ残念そうに俺に響いた。


【また、個体、八坂徹。あなた程、虚ろな思念と対話出来る存在はありません。人々が触れる思念とは、漠然とした意識に過ぎません。

 ですから、人も魔も平等に――という理想は、まさに、夢の様に思えるのです。

 ――その先にあるのが《混沌》、つまり、破滅であることを、伝える者が存在しないのです】


「共鳴? うむ。そうではないか? 人と魔が、互いに争うことなく協力し合えば、現界も魔界も、より豊かになる。

 互いに門を挟んで、兵を置かずとも良いのだ。

 それで良いではないか? むしろ、不死乃王ノーライフキング――魔王の呪縛から解き放たれた俺でさえ、魔王の正しさを疑う事が出来んぞ」


 ガレアッツォの言葉に、他の三人も賛意を示し、頷いている。

 確かに、それだけを聞けば、誰も否定する事は出来ないだろう。

 ウルフィスも顎を指で撫でて、思案顔。アルマは瞼を閉じて仏頂面を浮かべ、フィリスは腕組みをしている。

 ヤッファは興味が無いのか、満腹になって眠気に負けたらしく、ゆらゆらと船を漕いでいるが、サラスは首を捻り、エフリースを見て、目が合うと慌てて逸らしていた。

 エフリースの方は、この話に、むしろ手放しで賛成しそうな勢いであった。


「そうだな。魔王の考えは、俺も正しいと思う。

 けれど、正しい事をした結果、世界が破滅するとしたら、皆はどうする?」


 俺は、言葉を選びながら、全員を見回して、問うた。

 多分、突飛な事を言っていると思われるだろう。けれど、これ以外の言い方を、俺は知らなかったのだ。

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