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支配者ですか?

 ◆


 石畳を蹴り、大きく踏み込んでアルマに必殺の突きを放つガレアッツォ。しかし、アルマは身体を開いて突きをかわすと、即座に自身も剣を抜き放ち、炎の勇者と対峙した。


「いきなり攻撃を仕掛けてくるとは、随分ではないか」


 赤い瞳に怒気を込めて、アルマがガレアッツォに言う。


「魔王を倒す事が、未だに正義だと思っているヤツの目を覚まさせてやろうと思ってな」


 対するガレアッツォは、飄々とした顔でアルマを見据えている。同時に、エルフ達の動きを警戒している様で、重心を落とし、どんな事態にも対応出来る様な体勢は維持していた。


「魔界を征服し現界に攻め込んで、国を一つ滅ぼした者が悪ではない、と貴様は言うのか?」


「国は滅ぼしたが、民を殺してはいない。正しき道は共存にある、と、俺は思うが、ね」


「共存、だと? 魔王に支配されるだけではないか!」


「元々、人の国も王が支配しているのだ、それが魔王に代わるだけのこと。何より、魔王ならば悪魔や闇の眷属さえ支配出来る。

 ……せっかく新たな秩序が生まれつつあるのだ。アルマ殿、協力しろ、とは言わんが、せめて邪魔はしないで頂きたいな」


 アルマとガレアッツォの問答に、俺は僅かばかり興味を持った。

 何しろ、俺の身体は不本意ながら闇の眷属であり、魔物なのだ。だとすれば、共存の方が有り難いのでは? と思ったとしてもおかしくないだろう。

 しかし、アルマは全力で否定していた。


「馬鹿を言うな! そもそも、無用な争いをせぬ為の魔界と現界の住み分けだろう! 人には人の、魔物には魔物の秩序があるのだ! それが無くなれば、先にあるのは混沌だけではないかっ!」


「さて、どうかな? 不死乃王ノーライフキングは混沌さえも飲み込んで、新たな世を作り給うお方、と俺は見ているが」


 アルマの鋭い眼光を正面から受けつつも、ガレアッツォの青い瞳は揺るがない。

 俺は、しかしガレアッツォに僅かの違和感を覚えていた。


【個体、ジャン・ガレアッツォは、魂を喰われています】


 俺の疑念を機敏に察知した思念体さんが、俺の内心で囁く。

 

 なんだと? 魂を喰うって、俺以外にも出来るヤツがいるのか?


【《深淵》の干渉により不確定だった魔王の正体が判明しました。

 魔王は、並列世界から呼ばれた、個体、八坂徹です】


 なんですって、思念体さん?

 俺が二人いるってことですか?


【あらゆる生命は、あらゆる可能性を別次元におきます。本来これらは統合されず、決して交わる事はありません。しかしこれは、フェリスの願いが《深淵》に届き、新たな力を生み出した事によって起こりえた奇跡です】


 へへ、フィリスのお陰で、俺に奇跡が起きたぜ。

 まさか、これがペ〇サスファンタジーか。俺の必殺技が流星拳になる日も近いな。


 ……と、混乱している場合ではない。

 思念体さんの言う事が事実なら、大変だ。

 何しろ俺は、俺を倒しに向かっている事になる。


【嫌ですか? 個体、八坂徹】


 珍しく、思念体さんが俺に気を使っているのかもしれない。

 勿論、自分を倒すなんて嫌に決まっている。けれど、今の俺は、所詮、骨だ。となれば、正直、あまり自分の身体に愛着もない。案外、余裕で攻撃出来るかもしれないな。


 でも、待てよ?

 俺が魔王だとして、悪人なのか? 

 ガレアッツォの魂を喰っていたとして、考えてみたら、俺もヤッファやサラスの魂を喰ってるし。


【善悪の問題では無いのです、個体、八坂徹。

 全ては、三つの世界、三つの思念から成り立っています。そして、その均衡が失われる時、全ては《混沌》へと変わります。それは、あらゆるモノの原点であり末路。

 不死乃王ノーライフキングは均衡を崩しつつあります。何としても、止めなければなりません】


 なるほど、本当に魔王が世界を崩壊させる、って事か。しかも、それが別世界の俺……

 なんだろう、この自演感。自演じゃないのに、自演だろ? って言われたら、否定出来ないぞ。

 しかし、そういう事なら、ガレアッツォの精神支配を、まずは解かないと。


 思念体さん、俺の魂を少しあげれば、ガレアッツォは支配から開放されるかな?

 ――つまりは、相殺出来ないか? と俺は考えたのだ。


【開放、とは少し異なりますが、確かに相殺は可能です】


 なるほど、それならば話は早い。

 俺は、馬車から降りると、アルマとガレアッツォの間に入った。

 目深に被ったフードの奥から俺の眼窩が覗くと、ガレアッツォが、怪訝そうに眉を顰め、次いで驚き、剣を石畳の上に落とした。


「ノ、不死乃王ノーライフキング! こ、このような所へっ!」


 風が渦巻き、大気が俺の周りに集まる。

 それを合図として、俺はガレアッツォに自らの魂を少しばかり与えた。

 アルマは、問答の途中で俺に割って入られたのが不愉快なのか、少しばかり不貞腐れたように唇を尖らせていたが、大人しく剣を収めた。

 一応、俺の顔を立ててくれる様だ。

 相変わらず俺は虚脱感に襲われたが、それに反してガレアッツォは恍惚としている。

 ”トロン”とした目つきで涎を垂らしている様は、イケメンでもやっぱり気持ち悪いものだ。


 俺がガレアッツォに魂を与える儀式は、数秒で終わった。

 ガレアッツォは、目頭を一度だけ押さえ、涎を拭うと、周囲を眩しそうに見回していた。


「お、俺は……?」


「気分はどうだ、ガレアッツォ?」


 茫然自失だったのだろうが、俺の顔を見ると、すぐさま剣を拾い、身構えた炎の勇者だ。


「……不死乃王ノーライフキングっ! いくぞっ!

 ……いや俺は……たしか、不死乃王ノーライフキングに味方すると決めたはず……?」


 ……不死乃王ノーライフキングの魂喰らいを相殺した結果、俺が不死乃王ノーライフキング扱いである。


 そんなガレアッツォを見ると、アルマは腰に両手を当てて呆れ顔を浮かべ、兵達も互いの顔を見合って、困惑の表情だ。


「ガレアッツォ! 俺は骨だが不死乃王ノーライフキングじゃあない! 闇の神、破壊神にして、ユグドラシルの勇者だ!」


 ――そう、俺は闇、破壊神であり、ユグドラシルに選ばれた勇者なのだ――見習いだけど。

 堂々とフードを捲り、燦燦と輝く陽光を反射する俺の髑髏は、今、まさに輝いている。

 時に、路地から現われた魔の眷属と思しき者達が路上でひれ伏しているが、それは不可抗力というものだろう。

 なにしろ俺は、不死乃王ノーライフキングとそっくりなのだし、そうでなかったとしても不死公リッチー様だ。

 同時に、人々は戸口を固く閉ざして、家の中で震えているようだった。

 もういい、そんな人間共は震えて眠れ。


 ガレアッツォが俺をまじまじと眺め、周囲をぐるりと回りながら言った。


「ど、どういう、ことだ? まさに、不死乃王ノーライフキングの極限形態ではないか?」


 ――これは、ただの不死公リッチーだろう。とは、思っても俺は言わない。


「むしろ、わたくしが聞きたい。トオル殿が馬車から出てきたと思ったら、とたんにガレアッツォ殿が昔の様になったのだ。それは喜ぶべき事だが、正直、理解に苦しむ」


 ガレアッツォと俺のやりとりを見ていたアルマが、首を傾げながら疑問を口にした。

 それで、ようやくアルマを見つけた、とばかりにガレアッツォは光の勇者に向き直り、丁寧に謝罪した。


「や、これはアルマ殿! 先ほどはすまん! 危うく殺してしまう所だった!」


「いや、あの程度で倒されるわたくしではない」


「む? ギリギリで避けただけだろう?」


「馬鹿をいうな。余裕であった」


「まて、二人とも。こんな所で口論してもしょうがないだろ? 積もる話をするとしても、場所を選べよ!」


 どうも、この勇者同士はあまり仲が良くないのか、それとも互いに強さに自信を持っているのか、妙な事で言い合っていた。

 流石に見かねた俺は、間に割って入り、不毛な口論を止めたのだ。


「あ、うむ、そうだった。ガレアッツォ殿。ともかく、わたくし達はこの街を魔軍から開放したい。

 今、ここを支配しているのはバルバロッサだと聞いている。出来れば、ヤツの下に案内してくれぬか?」


 アルマはよく通る声で、言った。その為、路上で跪いていた魔物達が、敵意を込めた視線をアルマに送ったが、彼女はそれを軽く受け流す。

 ガレアッツォも、アルマの質問に対して、誰に憚る事も無く答えていた。

 

「……今、ここを支配しているのはバルバロッサではない」


「では、何者がこのブレインドを?」


「俺だ」


 ガレアッツォの親指が自らの顔を指すと、路上で魔物達が、悔しそうに地団太を踏んでいる。

 そして、アルマは不思議そうに口を開け、俺は腕組みをして、頷いていた。


 つまりブレインドは、魔王配下の勇者、ガレアッツォが支配者という事だった。

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