年末ですか?
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俺がブレインドの街を視界に捉えたのは、もう年末も押し迫った頃だった。
年末といえば、俺が長く親しんだ世界では、クリスマスと言われる商戦が繰り広げられている時機だろう。
俺が居た飲食業界では、この時機、一斉にアルバイト達が休みを取る為、社員は別の意味で戦いだったものだ。
休みを取ったアルバイト達の中には、働くよりも孤独に過ごす事を選んだ猛者もいたようだが、そんな事をする位ならば、シフトに入って欲しかったものである。
とにかく、年末とは、決してカップルがどーのこーのする時機ではない。あくまでも商戦だ。つまり、戦士にとっては、戦いの時機である。
で、あるからして、この時機、俺はいよいよ敵の拠点に乗り込むというのに、気合も十分であった。
もっとも、幸いにして、こちらの世界には十二月二十五日生まれの聖人など居ない。いたとしても、神である俺の方が格上なので、さまざま塗り替えてやろうと思っているのだが、ブレインドの街では、どうなる事やら。
――などと、俺は揺れる馬車の中で、針葉樹を眺めつつ、それ程遠くも無い記憶と現在を交わらせて、思考に耽っていた――
「トオルさま、間もなくブレインドです」
おっと、余りに無口な俺の顔を、フィリスが心配げに覗き込んでいた。そろそろブレインドに着くようだ。
視線を移してブレインド街を遠目に――ここは俯瞰で見るとしよう――見ると、見事な城砦都市、とでも言えば良いのだろうか? 山間にある盆地に城壁が走り、その内側に、石畳の古風な街並みが見えた。
加えて、東西に流れる川が城壁の手前を水で満たし、天然の堀を形作る。おのずと市内に入るためには、橋を渡り、城門を潜らねばならない。
ここはかつてルーコイ帝国南方の要衝として知られた街だったという。それだけに、防備も完璧な様だった。
「門の前に衛兵達が立っているけど、ホントにここって、魔王に制圧されてるの?」
俺は、馬車の幌から身を乗り出して、前方を見た。
これと言って不穏な空気も無く、門前に立つ衛兵の様子も、殊更変わっているようには見えないのだ。
「うむ、随分と平穏な様子。不思議ですな」
俺の声に、御者台に座るウルフィスが、肩越しに答えた。
「既に、魔王の統治が行き届いているのだろう。あまり正面から行くのは気も進まぬが……さりとて入り口はあれだけだ」
後ろから、アルマの声が聞こえた。
少し忌々しそうだが、それもそうだろう。アルマにしてみれば、魔王から街を開放するのが目的なのに、街が魔王からの開放を望んでいないとしたら、本末転倒になるのだから。
ウルフィスは御車台で頷き、幌の上からエフリースが降りてきた。
エフリースは幌の中に入ると、アルマの隣に座る。
今ではヤッファとサラスもエフリースを蔑んだ目で見る事はないが、それでも、距離を縮めようとしている訳ではない。
ということでエフリース本人も、余計なトラブルを避けようと、エルフ達の側に、必要以上に近づく事は無い。
加えて、アルマの最近の孤立を見て親近感を覚えたのか、ダークエルフの少女は、銀髪の勇者と仲良くなっている様だった。
もっとも、ヤッファのアルマに対する心情は、ちょっと複雑な様だ。彼女は、アルマの事が決して嫌いな訳ではないらしい。
むしろ俺というファクターさえ無ければ、彼女に懐いている風でさえあった。だからヤッファは、エフリースとアルマが仲良く話をする姿を見て、”ぷいっ”っと目を逸らしたりしているのだ。
それにしても、最近、ウルフィスとサラスが妙に親しく見えるのだが、何なのだろう? 実際に親しいのだろうか?
見た目三十過ぎのドワーフが、十五、六歳に見えるエルフと良い感じになるのは、なんだか犯罪な気がするのだが。
今だって御者台に、二人仲良く並んで座っている。
なんとも、人間関係は難しいな――
と、思ったが、考えてみれば人間はアルマ一人だった事に気がついて、俺はちょっと愕然とした。
こうして、神と半神とエルフ、ドワーフ、ダークエルフ、そして人間を乗せた馬車は、ブレインドの街へ至る門の前で、止まったのである。
いや、正確には、ブレインドの門衛に止められたのだ。
◆◆
「何をしに来た、ドワーフ!?」
巨大な鉄門を背にして、鋼の甲冑も眩しい一人の衛兵が、ウルフィスに対して誰何した。
「いや、ポタリアから来たんですがね、まだ交易は出来ないのかなぁ、と」
ウルフィスが、愛想笑いを浮かべ、答えている。
勿論、魔軍とポタリア軍は戦争状態にあるので、ブレインドの人々が魔軍と手を結んでいるのならば、良い回答は得られないだろう。
「まだ、戦争が終わったとは聞いていない。
どちらにしても、外部からは何人も入れるな、と厳命されておる! 帰れ帰れ!」
二人の衛兵が、馬の鼻先で槍を交差させ、俺達の行く手を阻んでいた。
「と、いう事は、ブレインドは完全に魔軍の街、という認識で良いのだな?」
いつの間にか馬車から降りたアルマが、衛兵を前に問いただしている。
彼女は白銀の鎧を身に纏い、寒風に銀髪を揺らして、赤い双眸で衛兵を睨みつけていた。
「なっ! 仕方がないであろう! バルバロッサさまのお力は、一軍に冠絶する! 我等が束になったとて……」
「ふんっ! 貴様達は、それでも騎士かっ?
……アルマ・バルベリーニ、押してまいるっ!」
衛兵二人の言い訳を右から左へと聞き流し、槍を剣で切り上げたアルマは、そのまま鉄門の前へと走りこんだ。
その動きに呆気に取られた者は、無論、門を守る騎士達だけである。
ヤッファ、サラス、エフリース、ウルフィスは、それぞれ馬車から降り、衛兵達がアルマの邪魔をしないように見守っていた。
俺とフィリスは、姿を現して、うっかり後光が差すとマズイので、馬車の中で待機だ。
アルマが剣を縦横に振うと、轟音を立てて鉄の扉が割れた。
一瞬のことで、衛兵達は呆気に取られて見ていたが、すぐさま事態が重大であることに気付き、アルマを取り押さえようと動いていた。
――瞬間だった。
ヤッファ、サラス、エフリースの三人が、瞬く間に十人は居るであろう衛兵達の武器を破壊していた。
まったく、呆れる程に素早いエルフ達である。
ウルフィスも金戦斧を振り回し、爆風を撒き散らしていたので、それを見た衛兵は、開いた口を閉じる事さえ出来なかった。
フィリスは、俺の隣で笑みを浮かべている。
何かあれば動くつもりだった様だが、それにしても最近のフェリスは少しおかしい。
笑みが、どこか妖艶なのだ。
目元も、睫毛が長くなったような気がするし、憂いを含んだ眼差しなど、どこか大人の色気を思わせるようになったフィリスだった。
はっ! まさか! つけまつげ?
「ト、トオルさま! な、何をっ! はぁっ! はふんっ! 痛っ! はふんっ!」
フィリスの睫毛を引っ張ってみたが、取れなかった。
つけまつげでは無いようだ。
それにしても、俺に睫毛を引っ張られて”はふん”はふん”していたフィリスは、やっぱり頭がおかしい事に変わり無いだろう。
と、こんな事をしている場合じゃなかった。
「ま、バルバロッサの野郎は俺達が倒してやる。心配するな!」
尻餅をついて涙目になっている衛兵に、陽気な声をかけたウルフィスは、再び馬車の御者台に戻った。
そしてガラガラと車輪の音を響かせて、悠々と門を抜ける俺達の馬車は、衛兵達の期待と絶望を背負いつつ、ブレインド市街に入ったのである。
◆◆◆
さて、クッションの無い椅子に腰掛けていると、骨である俺の身体と椅子のぶつかる音が、幌の中でよく響く。
何しろ、木と骨が布一枚で隔てられているだけなのだ、当然だろう。痛みが無いのは幸いだが、どうにも健康に良いとは思えなかった。
「なあ、どこまで馬車で進むんだ?」
石畳とぶつかる車輪の音、さらに幌の中でぶつかる骨と木の音に紛れて、俺の発した声がアルマに届く。
「一応、道なりに進めばブレインドの太守府がある。そこにバルバロッサが居るならば、そこまでだな。もっとも、そこまで悠々と進ませてくれるとは思えんが」
なるほど、アルマの言う事は尤もだ。
確かに、既に先ほど通った門からは警鐘が鳴り響き、街中で唱和する鐘の音が聞こえる。
まったくもって、見事な歓迎だろう。こうなると、俺達は「賊」以外の何者でもない。
加えて馬車の外を覗けば、石畳の目抜き通りは、太守府まで真っ直ぐに伸びている訳でもない。それは、決して行き止まりになる事はなくとも、右に曲がり左へ逸れてと、曲がり角の度に尖塔が立ち、そこに兵が詰めている様だった。
まず、俺達が最初の尖塔に差し掛かった時のことである。さっそく矢が降り注ぎ始めた。
それは、ウルフィスが御者台の上で煩わしげに斧を振うと、事も無げに飛び散ったが、次いで正面に、槍を構えた兵たちが並んだのである。
それを見たウルフィスは、流石に御者台から下りると、兵達に声を掛けた。
「俺達は、魔王を倒す為にやってきた勇者の一行だ。ここは、人、もしくは亜人の街だろう? そこをどいてくれないか?」
「ほう、勇者の一行か。それは奇遇だな。実は俺も勇者なのだがな。俺は炎の勇者、ジャン・ガレアッツォだ」
槍を構えた集団の中から現われ、名乗りを上げたのは、均整の取れた肉体に革の鎧を身に纏った、戦士風の男である。
その男の抜き放った剣は異様な光彩を帯びているが、あれはどういう武器だろうか? どうも、炎を纏っている様にも見える。ウルフィスの金戦斧的な特殊能力があったら怖いなぁ……と俺はこそこそと幌の中で観察していた。
「炎の勇者が光の勇者の道を阻むとは、一体どういう了見だ? ガレアッツォどの!」
相変わらず、素早く飛び出したアルマが、不快気な声を響かせて、炎の勇者と対峙している姿が俺の視界に入った。
まだ剣を抜いていないだけ、アルマは我慢しているんだろうな、と思った瞬間に、
「でぇぇぇい!」
炎の勇者がアルマを目掛けて飛び、朱色に輝く剣を彼女の喉元に向け、突き出していた。




